12 / 65
12 心は自由
しおりを挟む
「えーと」
どこから突っ込めばいいのか、回らない頭で考える。口に出せば、混乱した頭が整理されるだろうか。
「私の思い違いであればいいと、心の底から願うのだけれど、もしかすると、あれはラウル様のお声かしら」
「もしかしなくても、ラウル様です」
「即答」
嘘でもいいから否定して欲しかった。しかも、先ほどのセリフは何だ。彼は二重人格者なのか。それはそれで、怖い。
「なぜ、私は、誘拐されたことになっているの?」
「想像の域を出ませんが……。私が屋敷を出た後、爆発音がしました。おそらく、お父様がドアを破壊したのでしょう。その時、ラウル様と思しき騎士が、血相を変えて屋敷に向かう姿をお見かけしましたから……」
たまたま騒動に気付いて、屋敷に駆けつけてみると、私はいない。だから、誘拐されたと勘違いしたのか。
その後、なぜ学園に来たかは謎だが、ちょうどそこにいた偽門番が怪しいと睨み、誘拐事件の犯人とした。多少のズレはあるが、思い込みで犯罪者を見抜くとは、めちゃくちゃな人だ。
「まさか、私を心配しているのかしら」
「……理性が吹き飛ぶほど」
「うわあ」
吹き飛ぶのは、ドアだけで十分だ。お父様も、適当な言い訳をしておいてくれればいいのに。しかも、散乱した部屋を見られたかもしれない。いつもは綺麗にしているのに。ナタリーが。
「お気を確かに」
いっそのこと倒れたい。でも、ここは数少ない大切な居場所だ。今後、学園に居づらくなったら、どうしてくれる。守るもののために、私は立ち上がった。
「ええ。的外れとは言え、私のために狼藉者と戦っておられるのは、理解しているわ。
今から、ラウル様の所へ参ります。会って話せば、誤解も解けるでしょう」
「まだ危険です。もう少し後にされては?」
もう少しどころか、行かなくて済むのなら永遠に行きたくない。だが、私にはやるべきことがある。
「ラウル様の通信器を取り上げたいの」
また放送が入ったらと思うと、居ても立っても居られない。妹は、秒で納得した。
「では、護衛を呼びましょう。
一つだけ、約束してください。婚約を取り消したいなどと、口が裂けても言わないで欲しいのです。
今までのラウル様の態度を見て、お姉様がそう思われるのは無理もありませんが、時期尚早です。早まった行動はお控えください」
「なぜ?」
「……えらいことになるからです」
ずいぶんと、ぼんやりしている。すでに結構な騒動に巻き込まれているのに、これ以上、何が起こると言うのだろう。
それに、貴族でも心は自由であるべきだ。行動は制限され、身分に相応しい振る舞いを求められても、夢見ることくらい、許されてもいいではないか。
思うようにならない現実に苦しくなった時も、想像の世界を旅することで、束の間の夢が見られる。
それは現実逃避ではなく、心のエネルギーをチャージしているのだ。前を向いて生きるために。
それすらも奪うなど、言語道断だ。私は、子孫繁栄のための人形ではない。
「お父様が、怒っていらした理由が分かったわ。ローズとレオンに『婚約者をやめたい』と伝えたのがいけなかったのね」
表現の自由まで奪われ憤慨する私とは逆に、妹は青ざめた。
「レ、レオン様に!? 大変! 止めなくちゃ!」
ソフィは令嬢モードをかなぐり捨てて、走って行った。ナタリーと同じ反応なのが気になるが、入れ違いで護衛が来てくれたので、考えるのをやめて馬屋に向かう。正門までは距離があるので、ソレイユに乗って行くのだ。
(あら、遅刻者かしら)
遅れて登校してきた生徒たちが、全力で走って来る。すれ違い様に「引き返せ! 巻き添えを食うぞ!」と忠告してくれるが、私だって行きたくはない。
しかし、暴走した彼の口を止めなければならないし、必要ならば加勢をせねば。非常時に備えて、スカートの下には、常に暗器を忍ばせているのだ。
「あれ?」
正門に着いたのに、誰もいない。移動したのだろうか。この辺りは、森のようになっていて見通しが悪い。ソレイユと周囲を見て回ろうとした時、護衛が動いた。
「アリス様、お下がりください!」
直後に、『キーン!』『ドン!』『ぐわっ!』と不穏な音がした。ソレイユは驚き暴れるが、何とか宥めて近くの木に手綱を結ぶ。落ち着くまでは、ここで待っていてもらうことにした。
「行かれますか?」
「ええ。無茶はしないわ」
護衛と安全を確認しながら歩くと、少し開けた所に、騎士の制服に身を包んだ、ラウル様を見つけた。足元には、四人の偽門番が転がっている。
その傍らに落ちている剣は、騎士団に支給されているものだ。全て真っ二つになっているが、あれは、そう簡単に折れる代物ではない。ラウル様の力量が分かる。
「終わったようですね。彼も怪我はなさそうだ」
護衛の言葉が、耳に入ってこない。
なぜならば、私の目は、ラウル様に釘付けだったから。
その一挙手一投足から、目が離せない。
(こんなの、おかしい。男性に対して免疫がないからだわ。一時的な、気の迷いよ)
木漏れ日がさす、明るい所に彼はいた。
剣を鞘に収めると、ふうっと、息を吐いて首元を緩める。
憂いをたたえた表情でありながらも、その姿は美しく、光り輝いていた。
まるで、理想の王子様のように。
どこから突っ込めばいいのか、回らない頭で考える。口に出せば、混乱した頭が整理されるだろうか。
「私の思い違いであればいいと、心の底から願うのだけれど、もしかすると、あれはラウル様のお声かしら」
「もしかしなくても、ラウル様です」
「即答」
嘘でもいいから否定して欲しかった。しかも、先ほどのセリフは何だ。彼は二重人格者なのか。それはそれで、怖い。
「なぜ、私は、誘拐されたことになっているの?」
「想像の域を出ませんが……。私が屋敷を出た後、爆発音がしました。おそらく、お父様がドアを破壊したのでしょう。その時、ラウル様と思しき騎士が、血相を変えて屋敷に向かう姿をお見かけしましたから……」
たまたま騒動に気付いて、屋敷に駆けつけてみると、私はいない。だから、誘拐されたと勘違いしたのか。
その後、なぜ学園に来たかは謎だが、ちょうどそこにいた偽門番が怪しいと睨み、誘拐事件の犯人とした。多少のズレはあるが、思い込みで犯罪者を見抜くとは、めちゃくちゃな人だ。
「まさか、私を心配しているのかしら」
「……理性が吹き飛ぶほど」
「うわあ」
吹き飛ぶのは、ドアだけで十分だ。お父様も、適当な言い訳をしておいてくれればいいのに。しかも、散乱した部屋を見られたかもしれない。いつもは綺麗にしているのに。ナタリーが。
「お気を確かに」
いっそのこと倒れたい。でも、ここは数少ない大切な居場所だ。今後、学園に居づらくなったら、どうしてくれる。守るもののために、私は立ち上がった。
「ええ。的外れとは言え、私のために狼藉者と戦っておられるのは、理解しているわ。
今から、ラウル様の所へ参ります。会って話せば、誤解も解けるでしょう」
「まだ危険です。もう少し後にされては?」
もう少しどころか、行かなくて済むのなら永遠に行きたくない。だが、私にはやるべきことがある。
「ラウル様の通信器を取り上げたいの」
また放送が入ったらと思うと、居ても立っても居られない。妹は、秒で納得した。
「では、護衛を呼びましょう。
一つだけ、約束してください。婚約を取り消したいなどと、口が裂けても言わないで欲しいのです。
今までのラウル様の態度を見て、お姉様がそう思われるのは無理もありませんが、時期尚早です。早まった行動はお控えください」
「なぜ?」
「……えらいことになるからです」
ずいぶんと、ぼんやりしている。すでに結構な騒動に巻き込まれているのに、これ以上、何が起こると言うのだろう。
それに、貴族でも心は自由であるべきだ。行動は制限され、身分に相応しい振る舞いを求められても、夢見ることくらい、許されてもいいではないか。
思うようにならない現実に苦しくなった時も、想像の世界を旅することで、束の間の夢が見られる。
それは現実逃避ではなく、心のエネルギーをチャージしているのだ。前を向いて生きるために。
それすらも奪うなど、言語道断だ。私は、子孫繁栄のための人形ではない。
「お父様が、怒っていらした理由が分かったわ。ローズとレオンに『婚約者をやめたい』と伝えたのがいけなかったのね」
表現の自由まで奪われ憤慨する私とは逆に、妹は青ざめた。
「レ、レオン様に!? 大変! 止めなくちゃ!」
ソフィは令嬢モードをかなぐり捨てて、走って行った。ナタリーと同じ反応なのが気になるが、入れ違いで護衛が来てくれたので、考えるのをやめて馬屋に向かう。正門までは距離があるので、ソレイユに乗って行くのだ。
(あら、遅刻者かしら)
遅れて登校してきた生徒たちが、全力で走って来る。すれ違い様に「引き返せ! 巻き添えを食うぞ!」と忠告してくれるが、私だって行きたくはない。
しかし、暴走した彼の口を止めなければならないし、必要ならば加勢をせねば。非常時に備えて、スカートの下には、常に暗器を忍ばせているのだ。
「あれ?」
正門に着いたのに、誰もいない。移動したのだろうか。この辺りは、森のようになっていて見通しが悪い。ソレイユと周囲を見て回ろうとした時、護衛が動いた。
「アリス様、お下がりください!」
直後に、『キーン!』『ドン!』『ぐわっ!』と不穏な音がした。ソレイユは驚き暴れるが、何とか宥めて近くの木に手綱を結ぶ。落ち着くまでは、ここで待っていてもらうことにした。
「行かれますか?」
「ええ。無茶はしないわ」
護衛と安全を確認しながら歩くと、少し開けた所に、騎士の制服に身を包んだ、ラウル様を見つけた。足元には、四人の偽門番が転がっている。
その傍らに落ちている剣は、騎士団に支給されているものだ。全て真っ二つになっているが、あれは、そう簡単に折れる代物ではない。ラウル様の力量が分かる。
「終わったようですね。彼も怪我はなさそうだ」
護衛の言葉が、耳に入ってこない。
なぜならば、私の目は、ラウル様に釘付けだったから。
その一挙手一投足から、目が離せない。
(こんなの、おかしい。男性に対して免疫がないからだわ。一時的な、気の迷いよ)
木漏れ日がさす、明るい所に彼はいた。
剣を鞘に収めると、ふうっと、息を吐いて首元を緩める。
憂いをたたえた表情でありながらも、その姿は美しく、光り輝いていた。
まるで、理想の王子様のように。
72
お気に入りに追加
570
あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。


婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる