婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

文字の大きさ
上 下
10 / 65

10 回想・努力が報われるのは、今とは限らない(ラウル視点)

しおりを挟む
 俺たちは、早速計画を立てた。
 学園内では護衛が壁を作っているので、付け入る隙がない。狙うなら下校時だ。アリス様は、普段は馬車だが、たまに街を歩く時がある。賭けるなら、そこだ。
 俺たちは、ギルツ家の御者や街の人、店主などから情報を入手し、彼女のお気に入りの店や、行く日を絞り込んだ。
 決行当日は、複数のチームに別れ、彼女がどこに現れてもいいように張り込む。
 しかし、どういうわけか、彼女は来ない。

(俺たちの行動が、護衛にバレていたのかもしれない)

 それ以降も、護衛の裏をかく作戦を立てたが、さらに裏を行かれた。

(プロにはかなわないのか)

 毎回へこんだが、諦めるものかと奮起した。仲間がいてくれるから、俺は、何度でも立ち上がることができる。

(作戦を変えよう)

 次は、一点突破を目指すことにした。公的に接触する機会を得れば、護衛も手が出せないだろう。
 
「学校行事、委員会、クラブ活動、何でもいい、アリス様と接点を持つんだ。その一人を足掛かりに、全員が友だちになる」

「それなら、護衛も裏工作できないな」

「名付けて、『友だちの友だちは、みんな友だち作戦』だ。頑張るぞ!」

「おーっ!」

 だが、ここまでやっても、ことごとく、うまく行かなかった。『かなともの会』メンバーが、自然な流れで外されるのだ。彼女の希望する事柄を調査して、根回ししてもダメなんて、どうなっているのだ。

 舞踏会さえも、接近は不可能だった。
 女子ならイケると思ったのに、阻止された。全てのメンバーが、煌びやかな男性に声をかけられ、夢のような時間を過ごしているうちに、お開きとなるのだ。
 では、男子メンバーはどうかというと、美しいお姉様が現れて、「私と踊りましょう」と連れ去られる。そして、足腰が立たなくなるまで、踊らされるのだ。なんて恐ろしい。男の扱いが、ひどくないか。
 俺の場合は、「この子が、君と踊りたがっているわ」と、大量の女生徒を紹介された。期待の眼差しで待つ彼女たちを、無碍むげにすることもできず、俺はひたすら踊った。みんなから「嬉しいです」「念願が叶いました」と言われるので、パートナーが見つからなくて、困っていた子たちだったのだろう。俺で役に立てたなら、それでいい。
 本命は、楽しそうにクラスメイトと踊っている。そんな彼女を見られるだけでも、幸せだと思ってしまう自分が、なかなかに切ない。

(難攻不落の城を攻めるのは大変だ。外堀すら越えさせてもらえない)

 それでも、俺は『アリス様の友だち』だということを、心の支えに生きてきた。彼女に相応しい男になれば、会えるチャンスがあるかもしれないと、勉強も、苦手な運動も、マナーやダンスも頑張った。

 しかし、半年後、さらなる試練が訪れる。

 それは、地区長が、我が家を訪れた日だった。
 ろくに説明もなく、他言無用の宣誓書に署名させられた時、おかしいとは思ったのだ。
 でも、まさか、ギルツ家に関する、重大な事実が告げられるとは予想もしていなかった。
 それを知った俺は、絶望する。

(俺に、勝ち目はないじゃないか!)

 彼女が守られていた理由は分かったが、それ以上に、このままでは永遠に手が届かない現実を突きつけられ、打ちのめされた。

 ここで、俺は、大きな選択を迫られる。
 このまま、会の一員として、護衛と終わりなき不毛なゲームを続けるか。それとも、一人の男として、彼女と未来を歩む権利を手に入れるのか。

(……準備期間が、あと二年半しかない。圧倒的に不利だ。……それでも、諦められない!)

 俺は、大急ぎで武術を身に付けることにした。剣を握ったことはないに等しいが、やるしかない。
 師匠から、身体能力、敏捷びんしょう性、耐久性、反応の速さ、精神力など、一通りのチェックを受けた後、宣告された。

「見事に、もやしっ子だな。根性だけでは、強くなれんぞ。二年半で仕上げるのは無茶だ。やったところで、しぬか、再起不能だな。お前はまだ若い。早まるな。やめておけ」

 俺は、命をかけないと、チャンスすらもらえないらしい。

(……彼女へ続く道が、険しすぎる!)

 思わず膝をつきそうになったが、俺は石にかじりついてでも、彼女を追うことを選んだ。

「今はダメでも! 二年半で、スタートラインに立てればいいんです! そこから三年後に向けて、俺は強くなる! どんな犠牲を払っても!」

 必死に懇願する俺を見た師匠は、獲物を見つけた獣のような目をした。

「ふうむ。根性だけでは強くはなれんが、根性がなければ強くはなれん。……いいだろう。お前を二年半で、物にしてやる。その代わり、住み込みで稽古するのが条件だ。とても時間が足りん。親御さんの許可をもらってこい」

「は、はい! ありがとうございます!」

 もうすぐ十五になる俺は、親元を離れることになった。
 朝からハードな練習を済ませて学園に通い、帰ったら夜中まで稽古だ。会の活動はマルセルに託し、俺は鍛錬に集中した。毎日ボロボロだったが、学園で見かける彼女の姿に癒されたし、励まされた。
 あとは、なぜか、差し入れの数も増えた。

 師匠は、約束通り二年半で、年齢以上の強さを与えてくれた。おかげで、何とか最初の試練は通過したが、まだ足りない。貴族として必要な、知識や教養も、満遍まんべんなく身につけなくてはならない。文字通り、血反吐ちへどを吐いて努力した。

(あれ?)

 学校と師匠の家を往復していたら、いつの間にか、俺は旅立つ日を迎えていた。そういえば、俺は高等部の三年生になっていたのだった。
 
(努力は報われるのではないのか!?)

 呆然としたまま、卒業式が始まった。会場にいるはずの彼女を探すが、涙で前が見えない。マルセルたちも、「最後まで友だちになれなかった」と号泣する。
 それでも、会のメンバー同士でカップルが誕生していたり、会で培った人脈を活かして、就職や進学につなげたりと、夢と現実に折り合いをつけて、皆は羽ばたいて行った。

 だが、俺の試練は、まだ続いている。この年の卒業生で、彼女を諦めていないのは俺だけだった。

*~*~*~*~

 卒業後、俺は騎士団へ入る道を選んだ。学園に配属されれば、毎日彼女に会えると思ったからだ。
 しかし、いまだに夢は叶わない。俺の下心が、見透かされているからだろう。人事も、いい仕事をする。毎日「異動させてくれ」と顔を出しているが、それが逆効果だったか。今度、ジャンさんに相談してみよう。

 俺たちの無念は後輩に受け継がれ、『かなともの会』は存続している。彼女が婚約した時、さすがに解散になるかと思ったが、意外な依頼が飛び込んできた。

「名誉会長だそうだな。会のメンバーに、アリス様の身辺警護を頼めるか?」

 ある時、アリス様の護衛が、騎士団に現れて言った。護衛を減らすのが彼女の望みだが、それは難しい。ならば、『かなともの会』に頼もうという話になったらしい。

「素人集団ですが、いいのですか?」

「あれだけ俺たちを困らせておいて、よく言う。隠密行動、調査能力、視野の広さ、計画性に団結力、巧みな根回し、学生にしておくには惜しいくらいだ。
 アリス様を想う気持ちが強くとも、きちんと統率が取れており、迷惑行為もしない。彼らの節度ある行動は評価している。六年間、見ているからな。
 会を立ち上げられたときは焦ったが、今となっては感謝だな。任務とはいえ、邪魔をして悪かった」

 やはり、彼らが妨害していたのか。一年前なら殴っていたが、今の俺は、そんなことはしない。これが男の余裕ってやつだな。

 俺は、その依頼を受けることにした。会のメンバーに話すと、全員が飛び上がって喜び、今まで頑張ってきてよかったと泣いた。教室以外での護衛という話だったので、早朝、休み時間、放課後に動けるように、現会長レオンがシフトを組んだ。

「普通の友だちのように、そばにいてくれて構わない」

 そう護衛が許可をくれたので、みんな、水を得たうおのように、イキイキと働いてくれた。なぜならば、やっと『お友だち』になれたのだから。
 ただし、彼女が一人になりたそうな時は、距離をとって気付かれないように見守る。そう、彼女は一人で動いている気になっているが、必ず誰かは近くにいるのだ。

 俺は名誉会長として、たまに様子を見に行く。報告によると、友だちが増えた彼女は、味を占めたのか、さらなる友を求めて、あちこちのクラスに顔を出しているらしい。そのおかげで、今までとは違う層のファンが増えているようだ。なんだか、昔を彷彿とさせる。

 そういえば、初期メンバーのほとんどが、俺と同じように、アリス殿から「友だちになりましょう」と言われたらしい。彼女は、今も昔も変わっていないのか。
 文句を言うつもりはないが、無自覚に人を籠絡ろうらくするなど、罪な人だ。相手によっては、勘違いして、暴走するかもしれないだろう。やはり、俺が守らねば。

*~*~*~*~
 
 こうして振り返ってみると、思い通りにならない青春時代を経て、俺は、すっかり悲観的な大人になったものだ。

 それでも、分かったことがある。
 努力は必ず報われるが、それは、いつになるかわからない。数日後かもしれないし、数年後かもしれない。
 だから、目先のことで絶望しなくてもいい。努力し続けた来た日々は、決して、無駄にはならないし、諦めなければ、きっと、道は開ける。願い通りの未来が来なくても、違う形で日の目を見ることもあるだろう。「失敗だった」「力が足りなかった」と、おのれ卑下ひげするのではなく、過去の自分を誇っていいのだ。

 俺には、夢がある。

 いつか、君と出会った時の話をしたい。
 そして、もう一度、あの店へ焼き菓子を買いに行こう。
 だから、無事でいてくれ。

 そう願いながら、俺は学園に向かった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

処理中です...