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13 戦略的撤退
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(……お伽噺の主人公のようだわ)
例えるならば、囚われの姫を助ける、煌めきの王子。
見目麗しい彼に救われ、心を乞われたら、お姫様は天にも登る気持ちだろう。傍観者の私ですら、不覚にも、ときめいてしまうもの。
でも、私は、お話の登場人物にはならない。読者や観客として、楽しむ側でいよう。人生の平穏のためにも。
そんなことを考えながら隠れて観察していたのだが、私の邪な気配を察知したのか、ラウル様が気付いた。野生の勘だろうか、すごいな。
「ア、リス、殿?」
目を大きく開き、呆然とした顔で一歩、二歩と進むと、地面を大きく蹴り、跳ぶように駆けてくる。それは鬼気迫るもので、身の危険を感じるほどだ。護衛が険しい顔になり、速やかに前へ出る。
「ラウル様、危ないです!」
あわや衝突と思われた時、彼は超人的な急ブレーキをかけ、危険を回避した。そのまま鮮やかに護衛をかわすと、ギュッと、私を抱きしめる。
プロの護衛たちが束になっても反応できなかったとは、人間離れした動きだ。
「心配させるな!」
叱りつける言葉の強さと裏腹に、彼の胸は早鐘を打っていた。戦いの後だから、心拍数が上がっているのだろう。
二日連続でラウル様の腕に包まれて、私の心臓も悲鳴をあげていた。
でも、不思議だ。彼と一緒にいるのに、呼吸が楽にできる。同じ空間にいるだけでも耐え難かった毒気が、幾分か抜けているようだ。そのせいだろうか、心配されるのも悪い気はしないなと、素直に思えた。
(毒舌のカーテンに覆われて見えなかったけれど、彼は本来、凛々しく、逞しい騎士なのね)
そう思った時、禍々しい気配を感じた。闇色のそれは、二人を中心にブワッと膨らみ、パチンと弾けて光に溶けて行く。
(今のは何!?)
彼も周りをキョロキョロ見回しているから、私の妄想ではないようだ。そんなラウル様を見ていたら、ふいに目が合って、現実に戻された。
「ご、ごめんなさい。でも、私は誘拐されていません」
ピクリと反応し、彼は一時停止した。
驚きのあまり目が点になるが、ゆるやかに再起動する。
彼の持つ情報の精査と、思考の再構築に取り掛かる様子が見てとれるが、作業は難航しているようだ。
しばらくして、ようやく口を開く。
「……どういうことだ?」
納得できる答えが、見つからなかったらしい。
しかし、「余計なことを言うな」と釘を刺されている私には、上手に説明できる自信がない。
(えーと)
見つめ合う二人の間に、何とも言えない空気が流れる。
(私はどうすれば)
いくら『沈黙は金』といっても、このまま黙っているわけに行かない。おまけに、ずっと見上げているから首が辛い。頭部は意外に重いのだと、痛みが教えてくれる。
その時、ガヤガヤと大勢の人が近付いてくる物音が聞こえた。
「ラウル、お手柄だったな! 森の外れで、門番たちを見つけたぞ! 服を剥かれて裸だったが、無事だ! あいつら、鍛え直してやらなきゃな!」
絶妙のタイミングで、警備隊長のジャンさんと、警備のお兄さんたちが現れた。
(助かった!)
さりげなく、ラウル様の腕をほどき、適切な距離を保つ。彼が残念そうな顔をしているのは、私から答えを聞けなかったからだろう。
「アリス殿、誘拐されたのですか?」
「災難でしたね」
「ご無事で何よりです」
お兄さんたちは、口々に労いの言葉をかけてくれるが、それは違う。私は自分で登校している。誰か目撃者はいないのか。
「ラウル、すまないが、こいつらを連行するのに付き合ってくれ」
「あ、ああ。もちろんです。それと、誘拐事件は俺の思い違いでした。お騒がせしてすみません」
申し訳なさそうに話す彼に、隊長はニカッと笑う。
「いや、悪者は捕らえられたし、アリス嬢がご無事なら、何の問題もないだろう。俺が責任を持つから、安心しろ」
ジャンさんは、いい上司だ。今回のことで私に変な噂が立ったら、彼に相談しよう。
とりあえず、言いたいことは伝えたし、ラウル様も引き上げるならば、解散でいいだろうか。私は、一刻も早く日常に戻りたい。
姿勢を正し、模範的な貴族令嬢に変身する。
「ラウル様。襲撃を未然に防いでいただき、ありがとうございました。学園を代表して、心よりお礼申し上げます」
私がそう言うと、彼はふわりと微笑んだ。毒製造機とは思えない、キラキラと輝く笑顔だった。放たれた光の洪水に飲み込まれ、何かに落とされる寸前だったが、鋼の精神力で踏み止まる。
(……ふう、危なかった)
あんな表情、私には刺激が強すぎる。
ラウル様は、偽門番から奪ったという通信用の魔道具を返却し、騎士用の物を装着すると、私を見た。
「すぐに戻ってくる。話を聞かせてくれ」
「え」
そう言い残すと、偽門番を引きずって、警備隊長と行ってしまった。私は、彼らを見送りながら考える。
「彼は、何の話を聞きたいと思う?」
頭が飽和状態の私は、護衛に尋ねる。
「朝からの経緯かと思われます」
そうなると、全ての根幹である婚約破棄の話は避けて通れないが、みんなが黙っていろと言うから、何も話せない。困った。
嘘もダメだ。下手な嘘はすぐにバレるし、一つの嘘を隠すために、次々と嘘を重ねないとならない。私の頭では、ストーリーを覚えきれずに崩壊するだろう。誤爆する自分が、ありありと想像できる。
(黙っておいたほうが無難だわ)
だが、口を割らないとなると、彼は実力行使に及ぶだろうか。尋問からの拷問コースが頭に浮かぶ。痛いのは嫌だ。
例え、ギルツ家に逃げ込んでも、怒り心頭のお父様に監禁されて、結婚式まで出てこられないかもしれない。
八方塞がりではないか。
「ソレイユ、私はどうしたらいい?」
考えることを放棄して、愛馬に相談する。
面倒くさくなったとか、責任転嫁とか、そんな理由ではない。たぶん。
自分だけで決めると答えを間違える事があるから、他者の意見を聞くのは、とても大切だと思う。馬だけど。
すると、ソレイユは前足で地面をかく。普段の私なら正しくメッセージを受け取るが、生憎、今の私は平常心を失っている。
「……ひとまず、この場を離れます」
「彼を待たないのですか?」
「ええ。今は、その時ではないと判断しました」
これぞ、政治家が得意とする「問題の先送り」だ。
私に考えがあるだろうと深読みしてくれたのか、護衛たちも承知してくれた。
期待を裏切るようで申し訳ないが、私に策はない。行き当たりばったりで進むだけだ。広い視野もないし、長期的な展望を持つこともできないが、これでも精一杯生きているのだから、許して欲しい。
しかし、このままではダメだ。有効な手段やミラクルな言い訳を思いついたら、彼と向き合おう。だから、私に少し、時間をくれないだろうか。
(さて、どこに身を寄せようかな)
少ない選択肢の中から、行き先は、おばあ様の家に決めた。ここから十五分くらいで行けるし、ラウル様は場所をご存じないので、しばらくは、ゆっくりできるだろう。
一つ、気になる事があった。
護衛が打ち合わせをしているときだ。少し離れた所にいたので、話している内容までは分からなかったが、「ついに来た」「始まったな」と言っているようだった。悪者は捕まり、事件は解決したのに、おかしな事を言うものだ。
「アリス様、お待たせ致しました」
護衛の準備が整った。先生やソフィには、警備のお兄さんから伝えてくれると言うので、お言葉に甘えてこのまま向かう。
「頼みます。ソレイユ、おばあ様の家までお願いね」
ラウル様とは、少しばかり距離を取るが、これは逃げではない。
戦略的撤退である。
例えるならば、囚われの姫を助ける、煌めきの王子。
見目麗しい彼に救われ、心を乞われたら、お姫様は天にも登る気持ちだろう。傍観者の私ですら、不覚にも、ときめいてしまうもの。
でも、私は、お話の登場人物にはならない。読者や観客として、楽しむ側でいよう。人生の平穏のためにも。
そんなことを考えながら隠れて観察していたのだが、私の邪な気配を察知したのか、ラウル様が気付いた。野生の勘だろうか、すごいな。
「ア、リス、殿?」
目を大きく開き、呆然とした顔で一歩、二歩と進むと、地面を大きく蹴り、跳ぶように駆けてくる。それは鬼気迫るもので、身の危険を感じるほどだ。護衛が険しい顔になり、速やかに前へ出る。
「ラウル様、危ないです!」
あわや衝突と思われた時、彼は超人的な急ブレーキをかけ、危険を回避した。そのまま鮮やかに護衛をかわすと、ギュッと、私を抱きしめる。
プロの護衛たちが束になっても反応できなかったとは、人間離れした動きだ。
「心配させるな!」
叱りつける言葉の強さと裏腹に、彼の胸は早鐘を打っていた。戦いの後だから、心拍数が上がっているのだろう。
二日連続でラウル様の腕に包まれて、私の心臓も悲鳴をあげていた。
でも、不思議だ。彼と一緒にいるのに、呼吸が楽にできる。同じ空間にいるだけでも耐え難かった毒気が、幾分か抜けているようだ。そのせいだろうか、心配されるのも悪い気はしないなと、素直に思えた。
(毒舌のカーテンに覆われて見えなかったけれど、彼は本来、凛々しく、逞しい騎士なのね)
そう思った時、禍々しい気配を感じた。闇色のそれは、二人を中心にブワッと膨らみ、パチンと弾けて光に溶けて行く。
(今のは何!?)
彼も周りをキョロキョロ見回しているから、私の妄想ではないようだ。そんなラウル様を見ていたら、ふいに目が合って、現実に戻された。
「ご、ごめんなさい。でも、私は誘拐されていません」
ピクリと反応し、彼は一時停止した。
驚きのあまり目が点になるが、ゆるやかに再起動する。
彼の持つ情報の精査と、思考の再構築に取り掛かる様子が見てとれるが、作業は難航しているようだ。
しばらくして、ようやく口を開く。
「……どういうことだ?」
納得できる答えが、見つからなかったらしい。
しかし、「余計なことを言うな」と釘を刺されている私には、上手に説明できる自信がない。
(えーと)
見つめ合う二人の間に、何とも言えない空気が流れる。
(私はどうすれば)
いくら『沈黙は金』といっても、このまま黙っているわけに行かない。おまけに、ずっと見上げているから首が辛い。頭部は意外に重いのだと、痛みが教えてくれる。
その時、ガヤガヤと大勢の人が近付いてくる物音が聞こえた。
「ラウル、お手柄だったな! 森の外れで、門番たちを見つけたぞ! 服を剥かれて裸だったが、無事だ! あいつら、鍛え直してやらなきゃな!」
絶妙のタイミングで、警備隊長のジャンさんと、警備のお兄さんたちが現れた。
(助かった!)
さりげなく、ラウル様の腕をほどき、適切な距離を保つ。彼が残念そうな顔をしているのは、私から答えを聞けなかったからだろう。
「アリス殿、誘拐されたのですか?」
「災難でしたね」
「ご無事で何よりです」
お兄さんたちは、口々に労いの言葉をかけてくれるが、それは違う。私は自分で登校している。誰か目撃者はいないのか。
「ラウル、すまないが、こいつらを連行するのに付き合ってくれ」
「あ、ああ。もちろんです。それと、誘拐事件は俺の思い違いでした。お騒がせしてすみません」
申し訳なさそうに話す彼に、隊長はニカッと笑う。
「いや、悪者は捕らえられたし、アリス嬢がご無事なら、何の問題もないだろう。俺が責任を持つから、安心しろ」
ジャンさんは、いい上司だ。今回のことで私に変な噂が立ったら、彼に相談しよう。
とりあえず、言いたいことは伝えたし、ラウル様も引き上げるならば、解散でいいだろうか。私は、一刻も早く日常に戻りたい。
姿勢を正し、模範的な貴族令嬢に変身する。
「ラウル様。襲撃を未然に防いでいただき、ありがとうございました。学園を代表して、心よりお礼申し上げます」
私がそう言うと、彼はふわりと微笑んだ。毒製造機とは思えない、キラキラと輝く笑顔だった。放たれた光の洪水に飲み込まれ、何かに落とされる寸前だったが、鋼の精神力で踏み止まる。
(……ふう、危なかった)
あんな表情、私には刺激が強すぎる。
ラウル様は、偽門番から奪ったという通信用の魔道具を返却し、騎士用の物を装着すると、私を見た。
「すぐに戻ってくる。話を聞かせてくれ」
「え」
そう言い残すと、偽門番を引きずって、警備隊長と行ってしまった。私は、彼らを見送りながら考える。
「彼は、何の話を聞きたいと思う?」
頭が飽和状態の私は、護衛に尋ねる。
「朝からの経緯かと思われます」
そうなると、全ての根幹である婚約破棄の話は避けて通れないが、みんなが黙っていろと言うから、何も話せない。困った。
嘘もダメだ。下手な嘘はすぐにバレるし、一つの嘘を隠すために、次々と嘘を重ねないとならない。私の頭では、ストーリーを覚えきれずに崩壊するだろう。誤爆する自分が、ありありと想像できる。
(黙っておいたほうが無難だわ)
だが、口を割らないとなると、彼は実力行使に及ぶだろうか。尋問からの拷問コースが頭に浮かぶ。痛いのは嫌だ。
例え、ギルツ家に逃げ込んでも、怒り心頭のお父様に監禁されて、結婚式まで出てこられないかもしれない。
八方塞がりではないか。
「ソレイユ、私はどうしたらいい?」
考えることを放棄して、愛馬に相談する。
面倒くさくなったとか、責任転嫁とか、そんな理由ではない。たぶん。
自分だけで決めると答えを間違える事があるから、他者の意見を聞くのは、とても大切だと思う。馬だけど。
すると、ソレイユは前足で地面をかく。普段の私なら正しくメッセージを受け取るが、生憎、今の私は平常心を失っている。
「……ひとまず、この場を離れます」
「彼を待たないのですか?」
「ええ。今は、その時ではないと判断しました」
これぞ、政治家が得意とする「問題の先送り」だ。
私に考えがあるだろうと深読みしてくれたのか、護衛たちも承知してくれた。
期待を裏切るようで申し訳ないが、私に策はない。行き当たりばったりで進むだけだ。広い視野もないし、長期的な展望を持つこともできないが、これでも精一杯生きているのだから、許して欲しい。
しかし、このままではダメだ。有効な手段やミラクルな言い訳を思いついたら、彼と向き合おう。だから、私に少し、時間をくれないだろうか。
(さて、どこに身を寄せようかな)
少ない選択肢の中から、行き先は、おばあ様の家に決めた。ここから十五分くらいで行けるし、ラウル様は場所をご存じないので、しばらくは、ゆっくりできるだろう。
一つ、気になる事があった。
護衛が打ち合わせをしているときだ。少し離れた所にいたので、話している内容までは分からなかったが、「ついに来た」「始まったな」と言っているようだった。悪者は捕まり、事件は解決したのに、おかしな事を言うものだ。
「アリス様、お待たせ致しました」
護衛の準備が整った。先生やソフィには、警備のお兄さんから伝えてくれると言うので、お言葉に甘えてこのまま向かう。
「頼みます。ソレイユ、おばあ様の家までお願いね」
ラウル様とは、少しばかり距離を取るが、これは逃げではない。
戦略的撤退である。
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