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08 回想・お友だち(ラウル視点)
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彼女の発言に、奴らは黙ってしまった。俺も突然のことでうまく言葉が出てこない。
「お名前を教えてくださいますか?」
少女の微笑みは、花が溢れるようだ。
女の子に助けられるなんて屈辱的だし、余計なお世話だと振り払う事もできたのに、あまりにも彼女が眩しくて……。
「……ラウル。ラウル・トゥイナ」
気が付けば答えていた。
「ラウル様ですね。参りましょう!」
彼女に手を引かれ、立ち上がった。
パンパンと、俺の服に着いた土を払う少女。
奴らは反論しないのかと見れば、泣きべそをかいて、従者に慰められていた。
(……なぜに泣く?)
ぼうっとしていると、彼女に手を引かれた。
「お友だちになった記念に、美味しいお菓子を食べましょう! おすすめのお店があります!」
歩き出してから気付いたが、こんなに可愛い子と手を繋いでいるのか、俺は。
「私のことは、アリスとお呼びください」
その声は、耳に心地よく響いた。
「……アリス、様」
その名は、俺の口から出ても美しい。
それをどう受け取ったか分からないが、彼女は嬉しそうに笑った。
「彼らは、あなたが羨ましいのですね」
俺の疑問を感じ取ったように、彼女は続けて話す。
「お父様のお仕事を手伝って、成果を出しているのでしょう? すごいです!」
(すごい?)
俺が奴らから嫌われている理由は、薄々分かっていた。おそらく、親がトゥイナ商会から金を借りているのだろう。商売だから、当然、無利子というわけにはいかない。金がなくて借りたのに、利子を上乗せして返済するのは大変だ。
奴らは、資金繰りに奔走する親の姿を見て、俺に怒りをぶつけていたのだ。
だが、お前らは知らないだろう。
トゥイナ商会が、親の領地のワインや小麦、特産品を高く買っていることを。
いや、知らなくていい。余計な気を遣わせてしまうし、プライドを傷付けてしまうかもしれない。
だから、父上は、あえて憎まれ役を買っているのだ。
(それなのに、君は褒めてくれるのか)
彼女は、俺の心に巣食っていたドロドロとした感情を、たった一言で晴らした。
「経済は、人を生かすのですって。先日、お祖父様から聞きました。私には難しくて分かりませんが、ラウル様が幸せにした人は、たくさんいるはずです」
人を生かすなんて大層なことは、考えたこともない。ただ、俺は喜ぶ人の顔が見たくて、父上の仕事を手伝っていた。
それは、間違いではなかったのか。
「……ありがとう。そんなこと言われたのは、初めてだ」
彼女は、目を見開いた。その顔は反則だ。可愛すぎるじゃないか。
「ラウル様のお友だちは、奥ゆかしいのですね。私なら、褒めまくります!」
光が弾けるように、彼女は笑う。
君の期待を裏切るようで申し訳ないが、俺に友だちはいないし、これからもできる予定はない。
でも、君がいてくれたら、それで十分かもしれない。
「本当に?」
「もちろんです!」
彼女は、最高の笑顔をくれた。
繋いだ手から、何かが俺に流れてきた。それは、凍りついた心を溶かすような、柔らかい温かさだった。
お菓子屋さんでは、お互いの食べたいお菓子を聞いて買い、それを交換した。
本当の友だちのようで、ウキウキする。
お菓子は、公園のベンチに座って食べた。
好きな本は何か、好きな食べ物は何か。そんな、たわいもない話をしている今が、何よりも幸せだった。
「お嬢様、お時間です」
小一時間ほどで、どこからか護衛が現れ、夢のような時間に終わりを告げる。
「また会える?」
「もちろん! 私たち、友だちだもの! また、明日!」
最後に握手をして、彼女は行ってしまった。
馬車に乗って遠ざかる彼女を見送ったまま、俺はしばらく動けなかった。
手に残る彼女の温もりを忘れたくなくなかったし、この場から離れたら、魔法が解けてしまいそうで、怖かったから。
(……また、明日)
この約束があれば、学園に通うのも苦痛ではないと思えた。
翌日、彼女のことをジャンさんに聞いたら、「さすがは、ギルツ家の長子だな」と言って、教えてくれた。
「彼女のクラスは、通称『籠の鳥』と呼ばれる女子クラスだ。王族や高位の貴族令嬢が多く在籍しているから、警備がとても厳しい。俺たちは騎士団から配属されているが、あっちは、要人警護のプロだ。会うのは難しいぞ」
転校初日に警備のお兄さんから言われたことが、頭を掠めた。
「校舎も違うから、偶然を装ってバッタリ会うこともできない。高嶺の花の女子クラスは、みんなの憧れだ」
ジャンさんの言った通り、女子クラスは、完全に他の生徒と隔絶されていた。
体育や移動教室、全校集会や学食へ行くタイミングを狙っても、うまく護衛に追い返されてしまう。それは、俺だけではなく、他の男も同じだった。
(鉄壁のガードに阻まれている)
そう考えると、あの日の出会いは、この上ない幸運だったのだ。あいつらが、なぜ泣いていたのか、今なら分かる。
(アリス様は、友だちに飢えていたのかもな)
限られたクラスメイトに、自由のない生活は、窮屈だったろう。彼女の気持ちを考えると、胸が締め付けられる。
ただ、一つだけ気になることがあった。
(あいつは、誰だ)
彼女に会うことを許されている男子生徒が、一人だけいた。婚約者かと焦ったが、どうやら違うらしい。王女殿下も交え、三人で一緒にいることが多い。高貴な身分だとは思ったが、名前を聞いて腑に落ちた。
(『建国』の家の繋がりは、健在なのか)
俺は、彼の立ち位置が羨ましくて仕方なかった。
しかし、数百年来のお付き合いには太刀打ちできない。自分の出自を恨むが、こればかりはどうしようもない。
(おかしな話だ。あれだけ貴族を毛嫌いしておいて、今は、彼女に釣り合う、高い身分を欲するなんて)
初めの頃は、彼女の元気な姿を遠目に見られるだけでも幸せだったのに、俺は、徐々に自分を抑え切れなくなっていた。
「お名前を教えてくださいますか?」
少女の微笑みは、花が溢れるようだ。
女の子に助けられるなんて屈辱的だし、余計なお世話だと振り払う事もできたのに、あまりにも彼女が眩しくて……。
「……ラウル。ラウル・トゥイナ」
気が付けば答えていた。
「ラウル様ですね。参りましょう!」
彼女に手を引かれ、立ち上がった。
パンパンと、俺の服に着いた土を払う少女。
奴らは反論しないのかと見れば、泣きべそをかいて、従者に慰められていた。
(……なぜに泣く?)
ぼうっとしていると、彼女に手を引かれた。
「お友だちになった記念に、美味しいお菓子を食べましょう! おすすめのお店があります!」
歩き出してから気付いたが、こんなに可愛い子と手を繋いでいるのか、俺は。
「私のことは、アリスとお呼びください」
その声は、耳に心地よく響いた。
「……アリス、様」
その名は、俺の口から出ても美しい。
それをどう受け取ったか分からないが、彼女は嬉しそうに笑った。
「彼らは、あなたが羨ましいのですね」
俺の疑問を感じ取ったように、彼女は続けて話す。
「お父様のお仕事を手伝って、成果を出しているのでしょう? すごいです!」
(すごい?)
俺が奴らから嫌われている理由は、薄々分かっていた。おそらく、親がトゥイナ商会から金を借りているのだろう。商売だから、当然、無利子というわけにはいかない。金がなくて借りたのに、利子を上乗せして返済するのは大変だ。
奴らは、資金繰りに奔走する親の姿を見て、俺に怒りをぶつけていたのだ。
だが、お前らは知らないだろう。
トゥイナ商会が、親の領地のワインや小麦、特産品を高く買っていることを。
いや、知らなくていい。余計な気を遣わせてしまうし、プライドを傷付けてしまうかもしれない。
だから、父上は、あえて憎まれ役を買っているのだ。
(それなのに、君は褒めてくれるのか)
彼女は、俺の心に巣食っていたドロドロとした感情を、たった一言で晴らした。
「経済は、人を生かすのですって。先日、お祖父様から聞きました。私には難しくて分かりませんが、ラウル様が幸せにした人は、たくさんいるはずです」
人を生かすなんて大層なことは、考えたこともない。ただ、俺は喜ぶ人の顔が見たくて、父上の仕事を手伝っていた。
それは、間違いではなかったのか。
「……ありがとう。そんなこと言われたのは、初めてだ」
彼女は、目を見開いた。その顔は反則だ。可愛すぎるじゃないか。
「ラウル様のお友だちは、奥ゆかしいのですね。私なら、褒めまくります!」
光が弾けるように、彼女は笑う。
君の期待を裏切るようで申し訳ないが、俺に友だちはいないし、これからもできる予定はない。
でも、君がいてくれたら、それで十分かもしれない。
「本当に?」
「もちろんです!」
彼女は、最高の笑顔をくれた。
繋いだ手から、何かが俺に流れてきた。それは、凍りついた心を溶かすような、柔らかい温かさだった。
お菓子屋さんでは、お互いの食べたいお菓子を聞いて買い、それを交換した。
本当の友だちのようで、ウキウキする。
お菓子は、公園のベンチに座って食べた。
好きな本は何か、好きな食べ物は何か。そんな、たわいもない話をしている今が、何よりも幸せだった。
「お嬢様、お時間です」
小一時間ほどで、どこからか護衛が現れ、夢のような時間に終わりを告げる。
「また会える?」
「もちろん! 私たち、友だちだもの! また、明日!」
最後に握手をして、彼女は行ってしまった。
馬車に乗って遠ざかる彼女を見送ったまま、俺はしばらく動けなかった。
手に残る彼女の温もりを忘れたくなくなかったし、この場から離れたら、魔法が解けてしまいそうで、怖かったから。
(……また、明日)
この約束があれば、学園に通うのも苦痛ではないと思えた。
翌日、彼女のことをジャンさんに聞いたら、「さすがは、ギルツ家の長子だな」と言って、教えてくれた。
「彼女のクラスは、通称『籠の鳥』と呼ばれる女子クラスだ。王族や高位の貴族令嬢が多く在籍しているから、警備がとても厳しい。俺たちは騎士団から配属されているが、あっちは、要人警護のプロだ。会うのは難しいぞ」
転校初日に警備のお兄さんから言われたことが、頭を掠めた。
「校舎も違うから、偶然を装ってバッタリ会うこともできない。高嶺の花の女子クラスは、みんなの憧れだ」
ジャンさんの言った通り、女子クラスは、完全に他の生徒と隔絶されていた。
体育や移動教室、全校集会や学食へ行くタイミングを狙っても、うまく護衛に追い返されてしまう。それは、俺だけではなく、他の男も同じだった。
(鉄壁のガードに阻まれている)
そう考えると、あの日の出会いは、この上ない幸運だったのだ。あいつらが、なぜ泣いていたのか、今なら分かる。
(アリス様は、友だちに飢えていたのかもな)
限られたクラスメイトに、自由のない生活は、窮屈だったろう。彼女の気持ちを考えると、胸が締め付けられる。
ただ、一つだけ気になることがあった。
(あいつは、誰だ)
彼女に会うことを許されている男子生徒が、一人だけいた。婚約者かと焦ったが、どうやら違うらしい。王女殿下も交え、三人で一緒にいることが多い。高貴な身分だとは思ったが、名前を聞いて腑に落ちた。
(『建国』の家の繋がりは、健在なのか)
俺は、彼の立ち位置が羨ましくて仕方なかった。
しかし、数百年来のお付き合いには太刀打ちできない。自分の出自を恨むが、こればかりはどうしようもない。
(おかしな話だ。あれだけ貴族を毛嫌いしておいて、今は、彼女に釣り合う、高い身分を欲するなんて)
初めの頃は、彼女の元気な姿を遠目に見られるだけでも幸せだったのに、俺は、徐々に自分を抑え切れなくなっていた。
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