上 下
20 / 65

20 古着屋にて

しおりを挟む
(逃げたいから逃げる!)

 街のメインストリートを駆け抜けながら、私は心に決めた。

 それにしても、平日の昼間だというのに男性が多いが、みなさま仕事はいいのだろうか。避けながら走るのも、一苦労だ。
 しかも、彼らは私を、割とガッツリ見てくる。そんなに、女子の走る姿が珍しいのか。

(今は、お店を探さなきゃ)

 この服装は、騎士団に覚えられた。
 着替えなくては、すぐに見つかってしまう。
 既成服を売っていそうな店や、古着屋を探しながら走ると、一軒の店が目に飛び込んできた。

「古着屋、かな?」

 斬新というか、趣味が悪い看板が出ている。若者向けの風変わりな店という印象を受けたので不安になったが、背に腹はかえられない。
 あちこちからの視線を感じながら、ドアを開ける。

「お、お邪魔しまーす」

「いらっしゃいませ~。何をお望みで~?」

 細身のお兄さんが、親しみやすい感じで出迎えてくれた。この人が店主だろうか。

「えと、今すぐ着られる服はありますか? 全身のコーディネートはお任せします」

「ご予算は、いかほどで?」

 おばあ様がくれた財布を覗いて、中身を確認する。このお店では、どのくらいの予算が適当か分からない。

「えーと、銀貨一枚で何とかなりますか?」

「十分でさ~。イメージは?」

 なんとなく、人を値踏みするような、彼のねっとりとした視線に違和感を覚えた。
 でも、今はこの人を頼るしかない。

「私と真逆の方向で。いかにも、街の若者って感じにしてください」

「そうっすねえ。お客さん、いいところのお嬢ちゃんでしょ。なら、いっそのこと男装したらどうっすか?」

 それ、いいかも。
  
「お願いします!」

「じゃあ、下はこれ、上はこれかな~。髪の毛を隠さなきゃならないから、帽子はこれっすね。靴は、そのままでいいっす。そこで着替えられるんで、どうぞ」

「ありがとう」

 さすがはプロだ。
 テキパキと一式揃えてくれた。

 カーテンに仕切られたスペースで、私は変身する。
 野性味あふれる服で驚いたけれど、サイズがピッタリで動きやすい。どこから見ても少年だから、誰も私だと思わないだろう。

 ローズに借りていた服はカバンに入れたが、制服もあるのでギュウギュウだ。シワになりませんように。

「着てみました。どうでしょう?」

 お兄さんにチェックしてもらう。

「いいっすね! 完璧っす!」

 店主は、満足そうに笑った。私は、これで移動しやすくなったと胸を撫で下ろす。
 フーッと息を吐くと、店主の目が光った。
 
「お客さん、訳ありっすか」

「え。ええ、まあ。ちょっと疲れちゃって」

 ぎこちない笑顔で答える。
 思えば、朝からよく動いている。まだ昼過ぎだというのに、疲労感がハンパない。

「疲れに効く、いい物があるっす。初回はサービスなんで、試してみるっすか?」

(うわあ。めっちゃ、胡散臭い)

 いや、ダメだ。
 見た目や先入観で、人を判断してはいけない。

「どんな物ですか?」

「魔法の薬っす。疲れや眠気が吹っ飛ぶし、頭も冴えるっすよ。痩せる薬としても女の子に人気があるっす。悩みもなくなるくらい、楽しい気持ちになれるっすよ」

 見た目や先入観も、時には信じよう。
 授業や講演会で、「こんな風に誘われたら注意しなさい」と言われたセリフそのままだ。 
 魔法の薬とやらは、おそらく魔薬だろう。

「えーと、私には必要ないかな。一時的に忘れても、問題は解決しないもの」

「でも、お客さんは今、逃げているんでしょ? 同じことっすよ。ツライ思いして逃げるのと、ハイになって忘れるのと、どっちを選ぶかって話っす。俺は、楽しい方がいいっすけどね」

 それは違う。
 私は、健康的に逃げたい。

「今から試してはどうっすか?」

 やけに勧めてくる。
 魔薬には、よくない副作用があるはずだ。

「あのー、魔法の薬には、依存性がありますよね? やめられなくなるのは怖いですし、幻覚を見るようになると聞きました」

 その瞬間、店主の雰囲気が一変する。

「……よく知ってるね、お客さん。ついでに言うと、クスリには、そこそこ金がかかるんだな」

 店主の口ぶりが変わった。
 身の危険を感じ、全身から冷や汗が噴き出る。

(これは、あれだ、良くない人だ)

 こちらが本来の姿だとしたら、まずい。
 私を帰す気はなさそうだ。
 気付かれないように、ドアに向かって後退りを始めた。

「……これは、人選を間違えちまったな。いい金づるになると思ったのに、意外にしっかりしてやがる」 
 
(店主が近付いてくる。ヤバイヤバイ)

「あの、私は帰ります。お代はここに置きますね。さようなら!」

 銀貨を置くと、店を飛び出した。

「ええっ!?」

 なぜか、店の外には人だかりが出来ていた。
 これでは、なかなか抜け出せそうにない。魔薬の常用者か、店の利用者かは判断できないが、とにかく邪魔だ。

「すみません! 通してください!」

 声を張り上げると、私がいることに気付いた人たちが、驚いて道を開けてくれた。
 それからすぐに、店のドアが開く。

「女には、他の利用価値がある! あいつを逃すな!」

 店主の声だろう、酷く物騒な内容が聞こえた。

(まずい、まずい!)

 こんな格好をしているから、街の人たちは不良同士のケンカくらいにしか思わないだろう。助けを求めても無駄だと諦め、必死に人をかき分け進む。
 
「おい! お前ら、あの子をどうする気だ!」

 人垣になっていた男性のうちの一人が、問いただしたようだ。

(ええっ!? 助けてくれるの!?)

 声しか聞こえないが、私の知り合いではないはずだ。予想外の展開に、驚きと嬉しさが込み上げる。

「関係ない奴は、引っ込んでろ!」

「俺たちは……」

 小競り合いが起こったようだが、声はもう聞こえない。私が人波を乗り越えて、無事に走り始めたからだ。

 どこの誰かは存じませんが、ありがとう。
 世の中、捨てたものではない。

「アリス殿ー!」

「きゃあ!」

 安心してホッとしたのも束の間、今日はやけによく聞く、あの人の声が後ろから追いかけてきた。
 振り返ると、店の関係者と思われる男たちが走っていて、その後ろに、ラウル様がいた。

(ひいっ! 追手が増えたあ!)

 走る速度を、グンと上げる。
 なぜ、この格好で私だと分かるのだ。
 銀貨一枚かけた、変装の意味とは。

 後ろを確認しながら走るのは、効率が悪い。
 分かってはいるが、気になって振り向いてしまう。
 男たちの声がどんどん近付いてくるからだ。

 俊足のラウル様が追い付き、片っ端から薙ぎ倒しているが、取りこぼした数人の男が、すぐそこまで迫っていた。

(足! お願い! 動いて!)

 前を向いた拍子に帽子が飛んで行き、長い髪が揺れる。彼らに踏まれた帽子のように、いつかは追い付かれてしまう恐怖を思うと、心臓がギュッと縮む。足には自信があったのに、思うように走れない。

(息が、苦しい。もう、無理かも)

 心が折れそうになった時、前方に懐かしい気配を感じた。

「アリス! そのまま走れ!」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

【完結】「婚約者は妹のことが好きなようです。妹に婚約者を譲ったら元婚約者と妹の様子がおかしいのですが」

まほりろ
恋愛
※小説家になろうにて日間総合ランキング6位まで上がった作品です!2022/07/10 私の婚約者のエドワード様は私のことを「アリーシア」と呼び、私の妹のクラウディアのことを「ディア」と愛称で呼ぶ。 エドワード様は当家を訪ねて来るたびに私には黄色い薔薇を十五本、妹のクラウディアにはピンクの薔薇を七本渡す。 エドワード様は薔薇の花言葉が色と本数によって違うことをご存知ないのかしら? それにピンクはエドワード様の髪と瞳の色。自分の髪や瞳の色の花を異性に贈る意味をエドワード様が知らないはずがないわ。 エドワード様はクラウディアを愛しているのね。二人が愛し合っているなら私は身を引くわ。 そう思って私はエドワード様との婚約を解消した。 なのに婚約を解消したはずのエドワード様が先触れもなく当家を訪れ、私のことを「シア」と呼び迫ってきて……。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...