婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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17 アーカンホーム

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「ふわーっ! やっと抜けたー!」

 物置に通じる隠し扉を開けて、開放感を得る。
 カビ臭い地下通路は、オバケが出そうで怖かった。
 頑張った自分を褒めてあげたい。

「太陽の大切さが分かったよー」

 ガラス窓から差し込む光に、感動する。
 昼だからといって、明るいのが当たり前ではないのだ。暖かさと安心感を与えてくれる、太陽のありがたさが骨身に沁みる。

「……ご機嫌で何よりですわ、アリス」

 突き刺さるような声が聞こえて、心臓が跳ねる。
 親友の声に似ているが、今頃は学園にいる時間だ。
 こんな場所にいるわけがない。

「あれ? 幻聴かな?」

「現実逃避していないで、私と向き合いなさいな」

 横を見ると、難しい顔をした心の友がいた。
 彼女は、この国の王女。私たちは幼なじみだ。
 付き合いは、祖先の代まで遡る。
 我々のご先祖様は、国のために戦った英雄だ。
 私とレオンの祖先は、戦場で武勇を馳せたが、彼女の祖先は法の整備をしてくれた。
 その昔、寝ても覚めても国の未来を語り合った祖先たちの絆は、私たちにも受け継がれている。

「えーと、どうしてここにいるの?」

 学園を休んで、地味なワンピースを着ているからには、何かわけがあるのだろう。

「それは、こっちのセリフでしてよ。大捕物の直前に、ひょっこり現れてもらっては困りますわ」

 どうやら、私は歓迎されていないらしい。
 ローズによると、礼拝堂に併設されたアーカンホーム(養護施設)の調査をしているという。
 このホームから引き取られた子どもの多くが行方不明になっていて、国の機関が調べても、消息が掴めないそうだ。

「手紙や贈り物が届きませんの」

「どういうこと?」

「私、国中のホームの子どもたちと、巣立った子どもたちの誕生日には、カードと贈り物をしていますの」 

 それは、ものすごい人数になるのではないか。
 誕生日の管理や、品物選びは他人に任せられるとしても、ローズは毎日、たくさんの誕生日カードを書いているのだろう。
 
「ところが、このホームに関わった子には、届かないことが多くて、不審に思っておりましたの。調べてみたら、家の住所も養父母の名前もデタラメで、どこの学校にも籍がありませんでしたわ」

 もしかしたら、犯罪に巻き込まれたのだろうか。彼らがいなくなっても、探す血縁はいないに等しい。せっかく、幸せになれると希望を抱いてホームを出たのに、そんなのはあんまりだ。

「家もなく、学校にも通っていない子どもたちが、今ごろどんな環境に置かれているか、気になって仕方ありませんわ」

 彼女は、彼らが生きていると信じている。何としてでも手がかりをつかんで、助け出すつもりだ。
 だからといって、王女自らが調査に乗り出すとは、さすがはローズだ。

「道で行き倒れていた子、天涯孤独の子、家庭で虐待を受けていた子、病気や貧しさから預けられた子、学校に行けずに働いていた子。みんな、自分の力ではどうしようもならない理不尽さの中で、懸命にもがいていましたわ」

 ローズは、彼らのことを思い出すように話す。

「この世は、子どもだけで生きていけるほど甘くはありませんもの。衣食住が満たされるのは、私たちが想像するよりも、遥かに重要で尊いことですのよ」

 ホームに入ることで、人間らしい暮らしと、安心感を手に入れることができるのか。自分と同じくらいの年の子が、親の庇護を受けられないがために、生死の境を彷徨さまようなんて、やるせない気持ちになった。

「みんな、仲良くしてる?」

「もちろん、ケンカはありますわ。それでなくとも、反抗期や思春期の集団ですもの。人間関係でこじれることは、私たちと同じで、普通にありましてよ。でも、命をつないでこそのいさかいですわ」

 生まれた家によって格差があるのは理解していたが、命に関わるレベルは見過ごすことはできない。どうにかならないものなのか。

「私たちが彼らに出来ることは、あまりありませんわ。もちろん、成長を見守っていますし、自立に向けたプログラムも組んで、サポートしていますのよ。 
 でも、結局は、自分でいあがるしかないのですから。
 そのための知識と技術、そして、人間としての誇りと愛を、ここにいるうちに、身に付けて欲しいと願っておりますの」

 熱く語る親友がまぶしい。

「ローズって、すごいんだね」

「当然ですわ。私が、次の時代を築いて行くのですから。私の無能や不手際で、多くの人を不幸にするわけにはまいりませんもの」

「……殿下、養父母たちが集まってきています」

 物置小屋の外から男性の声がした。「分かったわ」とローズは答え、何のためにここにいるのか教えてくれた。

 今日は、三人の子どもが引き取られるらしい。
 やはり、行き先が不明瞭だったので、これから後をつけて調査するそうだ。うまくいけば、芋づる式に多くの犯罪を引っ張り出せるかもしれない。
 待ちに待った、チャンスだ。

「でも、ローズは必要なの? 騎士だけでよくない?」

 彼女は、不敵に笑う。

「私は一人っ子でしょう? ここの子たちは、私の兄妹と思っていますの。人任せにできませんわ」

 彼女は情に厚い。

「それにしても、昼間から、堂々と連れて行くんだね」

「夜中にこっそり連れて行く方が怪しいですわ。普通の家庭に、引き取られていくはずですのよ」

(それもそうだ)

 彼らが悪者だと思い込んでいるから、見え方が違ってしまうのだろう。先入観や思い込みは、事実を見落とす危険があると、心のメモに記す。

 ふと、ラウル様の事が頭をよぎる。
 彼に対して、先入観がないと言えば嘘になるけれど、誤った認識は、交流を深めていくうちに氷解するものだろう。

 今なら、みんなの言葉の意味が分かる。彼の第一印象が悪過ぎたため、「本来の彼にたどり着くには時間がかかる」と、アドバイスをくれたのだ。
 確かに、徐々に変化は見られたが、追跡魔であることと、指輪への細工が、全てを台無しにした。

 見えない相手に対して怒りに燃えていると、それを調査意欲と取ったローズが、私に尋ねた。

「もしかして、アリスも着いてくる気かしら?」

「も、もちろん! 乗りかかった船だもの」

「……沈没させないことを祈りますわ」
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