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04 想いは届かない(ラウル視点)
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朝靄たなびく騎士団の鍛錬場で、俺は一人剣を振るっていた。昨日の興奮が冷めなくて、目が覚めてしまったのだ。家にいても落ち着かないから、適当に体を動かしている。
夜もあまり寝ていないが、不思議なことに力が漲っているし、体は軽い。このまま、魔物討伐に行けそうなくらいだ。
しばらくすると、同僚がやってきた。
「よう、ラウル! ご機嫌だな!」
「……分かるか?」
「そりゃあ、そんだけ顔が緩んでいたらな」
「えっ」
慌てて右手で口を隠す。全く自覚していなかったが、顔に出ていたらしい。意識して引き締めるが、すぐに戻ってしまうから、困ったものだ。
でも、それは仕方のない事だろう。
(……昨日は、特別な日だったから)
指輪を渡せるだけで、十分だった。
それなのに、眩暈を起こしてよろける彼女を抱きしめて、その上、お姫様抱っこまでできるなんて夢のようだった。
しかも、俺の腕の中で恥じらうアリス殿が、とんでもなく可愛すぎる。あの人は俺をころす気か。ダメだ、キミを残してしぬわけにはいかない。
だから、思わせぶりな事を言って俺の心を掻き乱すのはやめてくれ。君の何気ない一言で、妄想が暴走して心臓がもたない。
(仕方ないか。彼女は何も知らないのだから)
俺の腕の中で戸惑っていたのは、そんな機会がなかったからだろう。彼女は純真無垢で初心なのだ。
それがまた、俺の優越感を満たしてくれた。少しでも長く一緒にいたくて、牛の歩みで部屋まで行ったけれど、おかしくなかっただろうか。
昨日は廊下で失礼したが、今度は彼女の部屋に、入れてもらえるだろうか。
「そういえば、指輪は渡せたのか?」
幸せに浸っていると、マルセルが聞いてきた。邪魔をしないでもらいたいが、彼には恩があるので無碍にできない。
「ああ。世話になったな」
彼女への『謝罪』の気持ちと、心からの『愛』、そして、『手に触れる理由』(これ大事)が欲しくて、指輪を用意した。
どうせなら、つけていて付加価値のある物にしたくて、魔法を施してもらおうと思い立った。
マルセルに当てがあるというので、魔法使いへの仲介を頼んだが、まさか国一番の使い手を紹介してくれるとは思わなかった。嬉しくなって、あれもこれもとお願いしてしまったが、欲張りすぎただろうか。
「どんな魔法をかけてもらったんだ?」
「絶対防御、身体強化、運気上昇、男除け、救難信号、所在地特定くらいかな」
「……最後のはどうやって分かるんだ?」
引き気味のマルセルに、俺は首から下げた鎖を引っ張り出して、ペンダントを見せる。
「指輪は、これと繋がっているんだ。ペンダントを握って念ずれば指輪と同調できるから、彼女がどこにいるか俺には分かる。
それよりも最大のポイントは、彼女の最新の肖像画が、はめ込まれていることだ」
もったいないが見せてやった。
「いろんな意味ですげえな。ちなみに、その機能は彼女に……」
「伝えるわけがない」
俺にも、一般的な常識や感覚はある。これは、ダメなやつだ。
「だよな。婚約者の域を超えてストーカーだ」
「何を言う。彼女は美しく魅力的だ。これくらいは必要だろう。敗者たちが完全に諦めたとは思えないしな」
軽いトラブルくらいなら指輪の効力で回避できるし、危険なことが起きたら指輪が反応して、俺が駆けつけられる。
マルセルが、眉間に皺を寄せる。
「……だったら、優しくすればいいのに」
痛いところを突かれた。
「それを言ってくれるな。彼女を前にすると、自分が自分でいられなくなる」
俺は彼女に、気の利いた言葉一つかけられない。むしろ、嫌ってくれと言わんばかりに、酷い言葉が溢れ出す。
だから、なるべく口を開かないようにしている。「会話がここまで弾まないとは、逆に面白いな」と言ったのも、「テンポの良い会話でなくていい。他の人ならそうは思わないだろうが、君は特別だから、沈黙さえも心地よい」と言いたかったのだ。
(伝わっただろうか。……いや、無理だな)
「もともと期待などしていない」も同じだ。「君が側にいてくれるだけで、他には何もいらない」と、喉元までは出かかっていたのに、違う単語にすり替えられた。なぜだ。
毎度の事だが、かなり落ち込むし、アリス殿にも申し訳ない。
(手紙なら、素直な気持ちが書けるだろうか。今度、試してみよう)
こんな俺だから、妹君に来てもらいたかったのだ。
アリス殿に話したいことが自動的に歪曲されてしまうのなら、別人に向かって話せばいいのではないかと試してみたが、大当たりだった。
こんな方法しかなくてすまないが、彼女のために用意した話題を、間接的にでも聞いてもらいたい。
(芝居や本の話を、楽しんでもらえただろうか。会話の途中でアリス殿を見ると、また冷たい言葉を発してしまいそうで、怖くて彼女が見られない。アリス殿の反応が分からないのが、辛いところだ)
アリス殿の趣味や、食べ物の好みも把握しているから、早く二人で出かけたいのだが、俺の口をどうにかしない限り、楽しいデートはできそうにない。
(なぜ、こんなことになったのだろう)
積年の想いがこじれたとか、不器用という言葉では説明がつかない。一度、病院に行ったほうがいいのだろうか。
でも、昨日は一つだけ、思ったように言葉が出た。こんな事は、婚約してから初めてだ。
「そのままでいい」
これには、二つの意味が込められている。
一つ目は、「無理せずとも、君の好きなようにしてくれ」という、動作に関する気持ち。
もう一つは、「そのままの君でいてくれ」という、アリス殿を愛おしむ想いを込めた。
まさか、言えるとは思わなかった。微かな変化が、たまらなく嬉しい。これからは、俺の心をそのまま届けることができるだろうか。
(……ん? なんだ?)
突然、胸が騒ついた。彼女の指輪を通して、救難信号が送られてきたようだ。
(何かあったんだ!)
それほど深刻な事態ではなさそうだが、彼女に何かあったら大変だ。
(しかし、この時間なら、まだ家にいるはずでは)
自宅で危険な目に遭うとは思えないが、念のため、居場所を探ることにした。
ペンダントを手のひらで包み、意識を集中する。
(何だ、この動きは)
コマネズミのように素早く移動した後、降下していくのが読み取れた。貴族令嬢らしからぬ、アクロバティックな動作だ。明らかにおかしい。
「アリス殿の無事を確かめてくる。家族が急病だと、隊長に伝えてくれ!」
「ああ、任せろ。だが、そろそろバレるぞ」
アリス殿に会うために、家族を何人か病気にしている。疑われる前に、違う言い訳を考えるべきだな。
急いで騎士団の制服を着用し、馬を走らせる。
どこへ向かうべきか迷ったが、何が起こったのか原因を知っておかないと、大事な場面で対応を誤るかもしれない。
まずは、家の者に話を聞こうと、ギルツ家に向かった。
(見えた!)
目視できる距離まで近付いた時、彼女の家から「ドーン」という爆音が轟いた。
夜もあまり寝ていないが、不思議なことに力が漲っているし、体は軽い。このまま、魔物討伐に行けそうなくらいだ。
しばらくすると、同僚がやってきた。
「よう、ラウル! ご機嫌だな!」
「……分かるか?」
「そりゃあ、そんだけ顔が緩んでいたらな」
「えっ」
慌てて右手で口を隠す。全く自覚していなかったが、顔に出ていたらしい。意識して引き締めるが、すぐに戻ってしまうから、困ったものだ。
でも、それは仕方のない事だろう。
(……昨日は、特別な日だったから)
指輪を渡せるだけで、十分だった。
それなのに、眩暈を起こしてよろける彼女を抱きしめて、その上、お姫様抱っこまでできるなんて夢のようだった。
しかも、俺の腕の中で恥じらうアリス殿が、とんでもなく可愛すぎる。あの人は俺をころす気か。ダメだ、キミを残してしぬわけにはいかない。
だから、思わせぶりな事を言って俺の心を掻き乱すのはやめてくれ。君の何気ない一言で、妄想が暴走して心臓がもたない。
(仕方ないか。彼女は何も知らないのだから)
俺の腕の中で戸惑っていたのは、そんな機会がなかったからだろう。彼女は純真無垢で初心なのだ。
それがまた、俺の優越感を満たしてくれた。少しでも長く一緒にいたくて、牛の歩みで部屋まで行ったけれど、おかしくなかっただろうか。
昨日は廊下で失礼したが、今度は彼女の部屋に、入れてもらえるだろうか。
「そういえば、指輪は渡せたのか?」
幸せに浸っていると、マルセルが聞いてきた。邪魔をしないでもらいたいが、彼には恩があるので無碍にできない。
「ああ。世話になったな」
彼女への『謝罪』の気持ちと、心からの『愛』、そして、『手に触れる理由』(これ大事)が欲しくて、指輪を用意した。
どうせなら、つけていて付加価値のある物にしたくて、魔法を施してもらおうと思い立った。
マルセルに当てがあるというので、魔法使いへの仲介を頼んだが、まさか国一番の使い手を紹介してくれるとは思わなかった。嬉しくなって、あれもこれもとお願いしてしまったが、欲張りすぎただろうか。
「どんな魔法をかけてもらったんだ?」
「絶対防御、身体強化、運気上昇、男除け、救難信号、所在地特定くらいかな」
「……最後のはどうやって分かるんだ?」
引き気味のマルセルに、俺は首から下げた鎖を引っ張り出して、ペンダントを見せる。
「指輪は、これと繋がっているんだ。ペンダントを握って念ずれば指輪と同調できるから、彼女がどこにいるか俺には分かる。
それよりも最大のポイントは、彼女の最新の肖像画が、はめ込まれていることだ」
もったいないが見せてやった。
「いろんな意味ですげえな。ちなみに、その機能は彼女に……」
「伝えるわけがない」
俺にも、一般的な常識や感覚はある。これは、ダメなやつだ。
「だよな。婚約者の域を超えてストーカーだ」
「何を言う。彼女は美しく魅力的だ。これくらいは必要だろう。敗者たちが完全に諦めたとは思えないしな」
軽いトラブルくらいなら指輪の効力で回避できるし、危険なことが起きたら指輪が反応して、俺が駆けつけられる。
マルセルが、眉間に皺を寄せる。
「……だったら、優しくすればいいのに」
痛いところを突かれた。
「それを言ってくれるな。彼女を前にすると、自分が自分でいられなくなる」
俺は彼女に、気の利いた言葉一つかけられない。むしろ、嫌ってくれと言わんばかりに、酷い言葉が溢れ出す。
だから、なるべく口を開かないようにしている。「会話がここまで弾まないとは、逆に面白いな」と言ったのも、「テンポの良い会話でなくていい。他の人ならそうは思わないだろうが、君は特別だから、沈黙さえも心地よい」と言いたかったのだ。
(伝わっただろうか。……いや、無理だな)
「もともと期待などしていない」も同じだ。「君が側にいてくれるだけで、他には何もいらない」と、喉元までは出かかっていたのに、違う単語にすり替えられた。なぜだ。
毎度の事だが、かなり落ち込むし、アリス殿にも申し訳ない。
(手紙なら、素直な気持ちが書けるだろうか。今度、試してみよう)
こんな俺だから、妹君に来てもらいたかったのだ。
アリス殿に話したいことが自動的に歪曲されてしまうのなら、別人に向かって話せばいいのではないかと試してみたが、大当たりだった。
こんな方法しかなくてすまないが、彼女のために用意した話題を、間接的にでも聞いてもらいたい。
(芝居や本の話を、楽しんでもらえただろうか。会話の途中でアリス殿を見ると、また冷たい言葉を発してしまいそうで、怖くて彼女が見られない。アリス殿の反応が分からないのが、辛いところだ)
アリス殿の趣味や、食べ物の好みも把握しているから、早く二人で出かけたいのだが、俺の口をどうにかしない限り、楽しいデートはできそうにない。
(なぜ、こんなことになったのだろう)
積年の想いがこじれたとか、不器用という言葉では説明がつかない。一度、病院に行ったほうがいいのだろうか。
でも、昨日は一つだけ、思ったように言葉が出た。こんな事は、婚約してから初めてだ。
「そのままでいい」
これには、二つの意味が込められている。
一つ目は、「無理せずとも、君の好きなようにしてくれ」という、動作に関する気持ち。
もう一つは、「そのままの君でいてくれ」という、アリス殿を愛おしむ想いを込めた。
まさか、言えるとは思わなかった。微かな変化が、たまらなく嬉しい。これからは、俺の心をそのまま届けることができるだろうか。
(……ん? なんだ?)
突然、胸が騒ついた。彼女の指輪を通して、救難信号が送られてきたようだ。
(何かあったんだ!)
それほど深刻な事態ではなさそうだが、彼女に何かあったら大変だ。
(しかし、この時間なら、まだ家にいるはずでは)
自宅で危険な目に遭うとは思えないが、念のため、居場所を探ることにした。
ペンダントを手のひらで包み、意識を集中する。
(何だ、この動きは)
コマネズミのように素早く移動した後、降下していくのが読み取れた。貴族令嬢らしからぬ、アクロバティックな動作だ。明らかにおかしい。
「アリス殿の無事を確かめてくる。家族が急病だと、隊長に伝えてくれ!」
「ああ、任せろ。だが、そろそろバレるぞ」
アリス殿に会うために、家族を何人か病気にしている。疑われる前に、違う言い訳を考えるべきだな。
急いで騎士団の制服を着用し、馬を走らせる。
どこへ向かうべきか迷ったが、何が起こったのか原因を知っておかないと、大事な場面で対応を誤るかもしれない。
まずは、家の者に話を聞こうと、ギルツ家に向かった。
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目視できる距離まで近付いた時、彼女の家から「ドーン」という爆音が轟いた。
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