婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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03 思わぬ反応

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 待ちに待った朝が来た。
 ノックの音が聞こえたら、居ても立っても居られない。開くドアに向かって駆け寄った。

「おはよう! ナタリー、聞いて! 私の天才的な作戦を!」

「おはようございます。お嬢様、今更ですが、はしたのうございます」

 乳姉妹の彼女は、何があっても私の味方をしてくれるので信頼している。素の私を知る、数少ない心の友だ。

「本当に今更よね! 諦めて頂戴ちょうだい!」

「自室ですから大目に見ましょう。さて、今度はどんな悪巧わるだくみでございますか」

 なぜそう思う。
 今までの悪戯いたずらとは違うから、話を聞いて欲しい。

「みんなが幸せになれる、いい方法を思い付いたの」

 嬉々ききとして計画を話すと、ナタリーは徐々に表情を曇らせ、最後には、残念な物を見るような目をして、頭を抱えてしまった。

「どうしたの? てっきり同意してくれると思ったのに」 

 期待した反応がもらえなかったので、拍子抜けする。

「お嬢様。お嬢様の良いところは、素直な性格でございます。そして、お嬢様の直すべきところは、心の機微きびうといことと存じます」

 小言が始まったので、学校に行く支度したくをする。ナタリーの苦言は聞き慣れているので、適当に受け流す技術は身に付いているのだ。

「もう一度、曇りなきまなこでラウル様をご覧くださいませ。その計画は、白紙に戻すべきです。皆様の心の平穏のためにも、他言無用でお願いいたします」

「えー、もう遅いよ」

 顔を洗いながら、会話をする。

「は?」

「昨夜のうちに手紙を送ったの。次の婚約者を早く見つけなくちゃいかないし」

「ど、どちらへ?」

「ローズと、レオン。彼らは交友関係が豊富だから、いい相手を見繕みつくろってくれると思うの」

「な、なんてこと! 旦那様と奥様にお知らせしなくては! お二人へも、使者を送らねばなりません!」

「やだなあ、大袈裟おおげさだよ。それより、学園に行く準備をしましょ」

 タオルで顔を拭きながら振り向くと、彼女の姿はなかった。

「え?」

 その代わりに、階下では大騒ぎとなり、複数の馬が駆けて行く。

「わお」

 廊下も騒がしくなった。あの荒々しい足音は、怒り狂ったお父様に違いない。

(お友だちに手紙を書くことが、そんなにいけないことかしら)

 念のため部屋に鍵をかけ、大型家具で出入口をふさぐ。これでも心許こころもとないが、時間稼ぎにはなるだろう。
 すると、ドアを叩く音がした。

「アリス! ここを開けろ! 何を考えているのだ! 自分のしたことが分かっているのか!」

 お説教からの監禁コースが、脳裏をよぎる。

(こりゃだめだ。すぐに逃げよう)

 今は何を言っても無駄なので、お父様とは冷却期間をおこう。
 私は、学園に避難することにした。制服は自分で着られるけれど、髪は下ろしていくしかないな。

「そーれ」

 テラスからカバンを放り投げると、近くの木に飛び移り、いつものようにスルスルと降りる。

「見よ! 熟練の脱走術を!」

 と言ったところで誰もいない。私には魔力がほとんどないけれど、運動神経には自信がある。
 周囲を見渡し、誰もいないのを確認してから、スキップで馬屋に向かう。

「ソレイユ、おはよう。今日は、あなたにお願いするわ」

 いつも通学には馬車を利用するのだが、御者は父の味方なので頼むことはできない。歩くには距離があるから馬で向かう。

(まあ、夕方になれば落ち着くでしょ)

「行くわよ!」

 愛馬ソレイユに乗り、学園へ向かって駆け出した。

*~*~*~*~

「ごきげんよう」

「ごきげんよう、アリス様。今日はお一人ですか?」

「ええ。所用がありまして、いつもより早く登校しましたの」

 学友と挨拶を交わし、用事があるからと中庭へ向かう。そこにある東屋の椅子に座ると、カバンの中からパンを取り出した。

「ここのパン、久しぶりだわ」

 たまに街を散策しているから、美味しいパン屋さんも知っている。帰りには、お菓子屋さんにも寄ろうかな。

(大人しくなんて、していられないもんね)

 私の貴族令嬢らしからぬたくましさは、ご先祖さま譲りだ。ギルツ家の初代当主は、超人的な強さで国を救った英雄として、教科書にも記載されている。
 そのおかげで、小さい頃からお母様に、戦いのスキルを叩き込まれた。お父様はそれが気に入らないようで、淑女教育を押し付けてきたが、血には逆らえない。

「アリス?」

 我が家が『建国の剣』と言われるように、『建国の盾』と呼ばれる家がある。守りの戦術で人々を救った、もう一人の英雄がいた。
 朝日を背に現れた彼が、その末裔まつえい

「やっぱり、ここにいた」

「レオン、よく分かったわね」

「君のことなら大抵たいていのことは分かるよ。でも、昨夜の手紙には驚いたな」

「お騒がせして、ごめんなさい」

「いや、それはいい」

 彼は向かいの椅子に座ると、じっと私を見た。いつになく真剣な眼差しに、心を見透かされるようで落ち着かない。
 呑気のんきにパンを食べている場合ではないのだろうか。

「本気なの?」

「手紙のことなら本気よ。ラウル様は、私よりもソフィをお望みだわ」

「それは、本当? 君の思い違いではない?」

「やけに食い下がるわね。間違いないわ」

「では、その指輪は何?」

「ああ、婚約のあかしとか」

「ものすごい魔力を感じるよ。複数の魔法を重ねているみたいだ。どんな魔法かは分からないけれど、君に強く執着していることだけは分かる」

(げげっ! なんて物をくれるのよ)

 ラウル様には、そこまでの魔力はなかったはずだから、外注したはずだ。かかった金額を想像すると、婿になりたいという意思の強さを感じる。

「私というより、ギルツ家への熱意なのでは……」

 用意するのは大変かもしれないが、ソフィにも同じ物をくれるだろうか。私のお下がりでは、かわいそうだ。

「君の認識は関係ない。事実を見るんだ。本気で婚約を解消したいのなら、友として協力しよう。ただし、その前に、もう一度ラウル様と向き合うべきだよ」

「……レオン」

 正論で諭されてしまった。
 確かに、体調が悪いと言った(仮病の)私を気遣ってくれたのだから、ラウル様は悪い人ではないとは思う。私限定で冷たいだけで、ソフィには優しく紳士的だ。

「そうね」

 今更、ラウル様と腹を割って話す気はないが、いきなり婚約者が代わったら妹が戸惑うだろう。
 私からバトンタッチすると言えば、心の準備もできるし、罪悪感にさいなまれることはない。ラウル様に願い出るより先に、妹と話をつけなくては。

「ありがとう、レオン。禍根かこんなくソフィに引き継ぐために、最大限の努力をするわ」

 思い立ったら、すぐ行動。
 私は、ソフィの教室に向かうことにした。

「えっ、ちょ、違っ、待って!」

 後ろでレオンの声がするけれど、話はもう終わったので問題ない。
 令嬢モードと素の振り幅が、私ほど大きくない妹なら、きっと彼と上手くやるはずだ。
 せめてものお詫びとして、家督は妹に譲り、私はお嫁に行こう。

(今度こそ、優しい人と婚約できるかもしれない)

 夢は膨らむばかりだった。
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