攻撃特化と守備特化、無敵の双子は矛と盾!

天眼鏡

文字の大きさ
上 下
324 / 333

心残りはあるが、それでも

しおりを挟む
 一方、酩酊状態のスタークを鎮めてからプロヴォ族の男への簡単な治療も終えていたセリシアはと言えば──。

(……遅いな)

 スタークの保護、プロヴォ族の男の治療、シルドへの伝言といったフェアトからの頼みを完遂した後、特にやる事がなくなってしまった為、二階部分から時折発生する衝撃や轟音を感じながら待機するしかなくなっており。

(……よもや、苦戦しているのか? オブテイン如きに)

 かの聖女と瓜二つでありながら、セリシアの斬撃さえ通さないほどの【守備力】という聖女と全く異なる能力を発現したあの少女が、まさか序列十五位を相手に劣勢を強いられているなど──と気が気でない様子だったが。

 ──その瞬間。

(……何の音だ? そして、この魔力は──)

 これまでの如何なる音とも違う肉を引き裂くような、或いは骨を砕くような鈍い音を伴う破壊音と、おそらくはそれを引き起こす要因となった破壊的な魔術を発動した何某かの膨大な魔力が空気を震わせ、セリシアの肌を外套越しに刺激したかと思えば。

「……決着か」

 メキメキ、ガラガラ、ズドーンという大きな音を立てて二階建ての建造物が崩れていき、それを決着の合図だと確信したセリシアは予備動作もなく木片や土埃を斬り払った──という結果だけを残しながら前進し。

「うわっ、ぺっ! もう、何から何まで最悪……!」

「終わったようだな」

「ッ! え、えぇ、どうにか……」

 倒壊の衝撃でオブテインから解放、痛みこそ感じずとも口に入ってきた砂に対する不快感ばかりは如何ともし難かったらしく、シルドが用意してくれた【水球《スフィア》】で口内を洗浄していたフェアトへ合流。

「……姉さんは? それに、あのプロヴォ族の人も……」

「どちらも喪神している。 あの通りだ」

「……なるほど、それじゃあ後は──」

 戦いが終わりを迎えた事も重要ではあるが、それよりもと姉やプロヴォ族の男への心配の方を重要視しているフェアトからの問いに、ふいとセリシアが顔ごと視線を向けた先に寝転がっていた二人を見て、とりあえず安堵するフェアト。

 スタークは、身体の一部をベッドかソファーか何かのように変化させたパイクに、プロヴォ族の男は及び腰ながらも彼を案じて近寄って来た部族の者たちに保護されていたが、それはさておき。

 それじゃあ後は片付けるだけですね、そう呟こうとして。

 ふと、フェアトが視線を戻した先に──。

「──……ッ、く、そが……」

「ッ、まだ生きて……!」

 地面に深く突き刺さり、縫い付けるような形で心臓を貫かれている筈なのに、文字通り血反吐を吐きながらも鬼種特有のしぶとさで生き残っていたオブテインが倒れていた事で、シルドを指輪に戻したフェアトが臨戦態勢に移行するのも束の間。

「哀れな末期だな、オブテイン」

「セリ、シア……ッ!!」

「【喧々囂々オノマトペ】は並び立つ者たちシークエンスにおける上位陣をも凌駕し得る称号だった。 だが、担い手がこれではな。 カタストロ様も嘆いておられたよ、『〝欲〟の矛先さえ違っていれば』と」

 いつの間にかフェアトよりも前に出ていたセリシアが無表情かつ一切の抑揚もない声で彼を蔑むとともに、オブテインが担い手でさえなければ【喧々囂々オノマトペ】は魔王をも認める応用力の高さから、セリシアも含む上位陣にも匹敵する力を持つ称号だったらしく。

 転生前、カタストロは常々オブテインの節操のなさに憤懣やる方なく、或いは呆れた様子で愚痴をこぼしていたという。

「は……ッ、何が、カタストロ様、だ……言っとくが、オレは端から……魔王に忠誠なんぞ、誓って、ねぇぞ……ッ」

「だろうな」

「オレは、オレの生きたいように、生きた……前世でも、今世、でも……いつ死んでも、悔いが残らねぇように……」

 しかし、そもそもの前提として創造主かつ名付け親とも呼べる魔王への忠誠心など彼の中には微塵も存在せず、カタストロや同胞たちからどう思われようが関係なく、ただ己の我を貫く為だけに生きてきたのだと途切れ途切れに語る彼は、ふと視線を移す。

 その瞳に、ほんの少しの無念の意を漂わせながら。

「……前世と、今世で違ぇ、のは……心残りが、できちまった、事よ……生まれて初めて、心ん底からヤりてぇと思った女と、ヤれなかったんだから、なァ……」

「……ッ、反省の気持ちとか、そういうのは……!」

 そんな感情を漂わせていた理由は、ただただ『フェアトとヤれなかった』という他人からすれば何とも下らない後悔がゆえであったらしく、これまで寝取ったり壊したりした人たちへの反省や謝罪の言葉を今際の際くらい遺せないのかとフェアトは憤ったが。

 オブテインは、そんなフェアトの怒りを一笑に付し。

「は、ははは……ッ! ねぇよ、そんなモン……! 〝欲〟こそが、オレの全て……オレという存在、を……形作る、全て……これが、オレだ……これがオレの、生き、様──」

 あくまでもオレはオレだと、絶え間なく溢れ出る色欲を始めとした〝欲望〟こそがオレなんだと、フェアトに告げているのかも己に言い聞かせているのかも、もはや焦点の合わない瞳を浮かべる彼の言葉からは分からず、それを問い正す事もできなかった。

「……逝ったか」

「……」

 セリシアが呟いた通り、オブテインはもう──。

「……後始末と、説明。 協力してくれますか?」

「あぁ、構わない」

「では、早急に」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

異端の紅赤マギ

みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】 --------------------------------------------- その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。 いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。 それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。 「ここは異世界だ!!」 退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。 「冒険者なんて職業は存在しない!?」 「俺には魔力が無い!?」 これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・ --------------------------------------------------------------------------- 「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。 また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・ ★次章執筆大幅に遅れています。 ★なんやかんやありまして...

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...