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心残りはあるが、それでも
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一方、酩酊状態のスタークを鎮めてからプロヴォ族の男への簡単な治療も終えていたセリシアはと言えば──。
(……遅いな)
スタークの保護、プロヴォ族の男の治療、シルドへの伝言といったフェアトからの頼みを完遂した後、特にやる事がなくなってしまった為、二階部分から時折発生する衝撃や轟音を感じながら待機するしかなくなっており。
(……よもや、苦戦しているのか? オブテイン如きに)
かの聖女と瓜二つでありながら、セリシアの斬撃さえ通さないほどの【守備力】という聖女と全く異なる能力を発現したあの少女が、まさか序列十五位を相手に劣勢を強いられているなど──と気が気でない様子だったが。
──その瞬間。
(……何の音だ? そして、この魔力は──)
これまでの如何なる音とも違う肉を引き裂くような、或いは骨を砕くような鈍い音を伴う破壊音と、おそらくはそれを引き起こす要因となった破壊的な魔術を発動した何某かの膨大な魔力が空気を震わせ、セリシアの肌を外套越しに刺激したかと思えば。
「……決着か」
メキメキ、ガラガラ、ズドーンという大きな音を立てて二階建ての建造物が崩れていき、それを決着の合図だと確信したセリシアは予備動作もなく木片や土埃を斬り払った──という結果だけを残しながら前進し。
「うわっ、ぺっ! もう、何から何まで最悪……!」
「終わったようだな」
「ッ! え、えぇ、どうにか……」
倒壊の衝撃でオブテインから解放、痛みこそ感じずとも口に入ってきた砂に対する不快感ばかりは如何ともし難かったらしく、シルドが用意してくれた【水球《スフィア》】で口内を洗浄していたフェアトへ合流。
「……姉さんは? それに、あのプロヴォ族の人も……」
「どちらも喪神している。 あの通りだ」
「……なるほど、それじゃあ後は──」
戦いが終わりを迎えた事も重要ではあるが、それよりもと姉やプロヴォ族の男への心配の方を重要視しているフェアトからの問いに、ふいとセリシアが顔ごと視線を向けた先に寝転がっていた二人を見て、とりあえず安堵するフェアト。
スタークは、身体の一部をベッドかソファーか何かのように変化させたパイクに、プロヴォ族の男は及び腰ながらも彼を案じて近寄って来た部族の者たちに保護されていたが、それはさておき。
それじゃあ後は片付けるだけですね、そう呟こうとして。
ふと、フェアトが視線を戻した先に──。
「──……ッ、く、そが……」
「ッ、まだ生きて……!」
地面に深く突き刺さり、縫い付けるような形で心臓を貫かれている筈なのに、文字通り血反吐を吐きながらも鬼種特有のしぶとさで生き残っていたオブテインが倒れていた事で、シルドを指輪に戻したフェアトが臨戦態勢に移行するのも束の間。
「哀れな末期だな、オブテイン」
「セリ、シア……ッ!!」
「【喧々囂々】は並び立つ者たちにおける上位陣をも凌駕し得る称号だった。 だが、担い手がこれではな。 カタストロ様も嘆いておられたよ、『〝欲〟の矛先さえ違っていれば』と」
いつの間にかフェアトよりも前に出ていたセリシアが無表情かつ一切の抑揚もない声で彼を蔑むとともに、オブテインが担い手でさえなければ【喧々囂々】は魔王をも認める応用力の高さから、セリシアも含む上位陣にも匹敵する力を持つ称号だったらしく。
転生前、カタストロは常々オブテインの節操のなさに憤懣やる方なく、或いは呆れた様子で愚痴をこぼしていたという。
「は……ッ、何が、カタストロ様、だ……言っとくが、オレは端から……魔王に忠誠なんぞ、誓って、ねぇぞ……ッ」
「だろうな」
「オレは、オレの生きたいように、生きた……前世でも、今世、でも……いつ死んでも、悔いが残らねぇように……」
しかし、そもそもの前提として創造主かつ名付け親とも呼べる魔王への忠誠心など彼の中には微塵も存在せず、カタストロや同胞たちからどう思われようが関係なく、ただ己の我を貫く為だけに生きてきたのだと途切れ途切れに語る彼は、ふと視線を移す。
その瞳に、ほんの少しの無念の意を漂わせながら。
「……前世と、今世で違ぇ、のは……心残りが、できちまった、事よ……生まれて初めて、心ん底からヤりてぇと思った女と、ヤれなかったんだから、なァ……」
「……ッ、反省の気持ちとか、そういうのは……!」
そんな感情を漂わせていた理由は、ただただ『フェアトとヤれなかった』という他人からすれば何とも下らない後悔がゆえであったらしく、これまで寝取ったり壊したりした人たちへの反省や謝罪の言葉を今際の際くらい遺せないのかとフェアトは憤ったが。
オブテインは、そんなフェアトの怒りを一笑に付し。
「は、ははは……ッ! ねぇよ、そんなモン……! 〝欲〟こそが、オレの全て……オレという存在、を……形作る、全て……これが、オレだ……これがオレの、生き、様──」
あくまでもオレはオレだと、絶え間なく溢れ出る色欲を始めとした〝欲望〟こそがオレなんだと、フェアトに告げているのかも己に言い聞かせているのかも、もはや焦点の合わない瞳を浮かべる彼の言葉からは分からず、それを問い正す事もできなかった。
「……逝ったか」
「……」
セリシアが呟いた通り、オブテインはもう──。
「……後始末と、説明。 協力してくれますか?」
「あぁ、構わない」
「では、早急に」
(……遅いな)
スタークの保護、プロヴォ族の男の治療、シルドへの伝言といったフェアトからの頼みを完遂した後、特にやる事がなくなってしまった為、二階部分から時折発生する衝撃や轟音を感じながら待機するしかなくなっており。
(……よもや、苦戦しているのか? オブテイン如きに)
かの聖女と瓜二つでありながら、セリシアの斬撃さえ通さないほどの【守備力】という聖女と全く異なる能力を発現したあの少女が、まさか序列十五位を相手に劣勢を強いられているなど──と気が気でない様子だったが。
──その瞬間。
(……何の音だ? そして、この魔力は──)
これまでの如何なる音とも違う肉を引き裂くような、或いは骨を砕くような鈍い音を伴う破壊音と、おそらくはそれを引き起こす要因となった破壊的な魔術を発動した何某かの膨大な魔力が空気を震わせ、セリシアの肌を外套越しに刺激したかと思えば。
「……決着か」
メキメキ、ガラガラ、ズドーンという大きな音を立てて二階建ての建造物が崩れていき、それを決着の合図だと確信したセリシアは予備動作もなく木片や土埃を斬り払った──という結果だけを残しながら前進し。
「うわっ、ぺっ! もう、何から何まで最悪……!」
「終わったようだな」
「ッ! え、えぇ、どうにか……」
倒壊の衝撃でオブテインから解放、痛みこそ感じずとも口に入ってきた砂に対する不快感ばかりは如何ともし難かったらしく、シルドが用意してくれた【水球《スフィア》】で口内を洗浄していたフェアトへ合流。
「……姉さんは? それに、あのプロヴォ族の人も……」
「どちらも喪神している。 あの通りだ」
「……なるほど、それじゃあ後は──」
戦いが終わりを迎えた事も重要ではあるが、それよりもと姉やプロヴォ族の男への心配の方を重要視しているフェアトからの問いに、ふいとセリシアが顔ごと視線を向けた先に寝転がっていた二人を見て、とりあえず安堵するフェアト。
スタークは、身体の一部をベッドかソファーか何かのように変化させたパイクに、プロヴォ族の男は及び腰ながらも彼を案じて近寄って来た部族の者たちに保護されていたが、それはさておき。
それじゃあ後は片付けるだけですね、そう呟こうとして。
ふと、フェアトが視線を戻した先に──。
「──……ッ、く、そが……」
「ッ、まだ生きて……!」
地面に深く突き刺さり、縫い付けるような形で心臓を貫かれている筈なのに、文字通り血反吐を吐きながらも鬼種特有のしぶとさで生き残っていたオブテインが倒れていた事で、シルドを指輪に戻したフェアトが臨戦態勢に移行するのも束の間。
「哀れな末期だな、オブテイン」
「セリ、シア……ッ!!」
「【喧々囂々】は並び立つ者たちにおける上位陣をも凌駕し得る称号だった。 だが、担い手がこれではな。 カタストロ様も嘆いておられたよ、『〝欲〟の矛先さえ違っていれば』と」
いつの間にかフェアトよりも前に出ていたセリシアが無表情かつ一切の抑揚もない声で彼を蔑むとともに、オブテインが担い手でさえなければ【喧々囂々】は魔王をも認める応用力の高さから、セリシアも含む上位陣にも匹敵する力を持つ称号だったらしく。
転生前、カタストロは常々オブテインの節操のなさに憤懣やる方なく、或いは呆れた様子で愚痴をこぼしていたという。
「は……ッ、何が、カタストロ様、だ……言っとくが、オレは端から……魔王に忠誠なんぞ、誓って、ねぇぞ……ッ」
「だろうな」
「オレは、オレの生きたいように、生きた……前世でも、今世、でも……いつ死んでも、悔いが残らねぇように……」
しかし、そもそもの前提として創造主かつ名付け親とも呼べる魔王への忠誠心など彼の中には微塵も存在せず、カタストロや同胞たちからどう思われようが関係なく、ただ己の我を貫く為だけに生きてきたのだと途切れ途切れに語る彼は、ふと視線を移す。
その瞳に、ほんの少しの無念の意を漂わせながら。
「……前世と、今世で違ぇ、のは……心残りが、できちまった、事よ……生まれて初めて、心ん底からヤりてぇと思った女と、ヤれなかったんだから、なァ……」
「……ッ、反省の気持ちとか、そういうのは……!」
そんな感情を漂わせていた理由は、ただただ『フェアトとヤれなかった』という他人からすれば何とも下らない後悔がゆえであったらしく、これまで寝取ったり壊したりした人たちへの反省や謝罪の言葉を今際の際くらい遺せないのかとフェアトは憤ったが。
オブテインは、そんなフェアトの怒りを一笑に付し。
「は、ははは……ッ! ねぇよ、そんなモン……! 〝欲〟こそが、オレの全て……オレという存在、を……形作る、全て……これが、オレだ……これがオレの、生き、様──」
あくまでもオレはオレだと、絶え間なく溢れ出る色欲を始めとした〝欲望〟こそがオレなんだと、フェアトに告げているのかも己に言い聞かせているのかも、もはや焦点の合わない瞳を浮かべる彼の言葉からは分からず、それを問い正す事もできなかった。
「……逝ったか」
「……」
セリシアが呟いた通り、オブテインはもう──。
「……後始末と、説明。 協力してくれますか?」
「あぁ、構わない」
「では、早急に」
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