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関所でも一悶着

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 あの小競り合いから、およそ三日弱──。

 フェアトは、精一杯の努力をした。

 盛り上がらない会話を繋ぎ、隙あらば姉を煽ろうとするセリシアを制止し、それに呼応して手を出そうとするスタークを宥め賺す。

 その不毛なやりとりを何度も繰り返した。

 が、やはり──……駄目なものは駄目。

「……チッ」

「うぅ……」

「……」

 水と油とは、きっとこういう関係を指して言うものなのだろう──フェアトでさえ、そう確信せざるを得ないほどの絶対的な軋轢。

 もちろん、アストリットの時も一触即発な雰囲気を醸し出してはいたが、ここまで険悪ではなかったような、と思い返していた時。

(……あぁ、そういえば……)

 フェアトは、ふと何かに思い至った。

 これまで少なからず姉と対話し、その場に自分も居合わせた並び立つ者たちシークエンスは、四体。

 序列一位、【全知全能《オール》】のアストリット。

 序列十位、【破壊分子《ジャガーノート》】のジェイデン。

 序列二十位、【犬牙相制《ティンダロス》】のトレヴォン。

 そして──。

 序列三位、【一騎当千《キャバルリー》】のセリシア。

 そこに双子が揃っていても、スタークの意識がなかった序列五位と六位は除外とする。

 もちろん、戦闘中は険悪──……というか敵味方の関係なら抱いて当然の敵意や殺意のこもった対話ばかりだったが、それでも戦闘の前後には落ち着いて話せていた気もする。

 最大の相違点は、おそらく──嫌悪感。

 、途方もない嫌悪感。

 アストリットやトレヴォンの場合はスタークが一方的に嫌っていた為に、ジェイデンの場合は二人揃って戦闘狂だった為に、これといって険悪な空気が流れてはいなかったが。

 セリシアの場合は、お互いがお互いを深く嫌っているようにしか思えず、そのせいで非常に空気が不味くなってしまっているのだ。

 ……と気づいた時には、もう遅く。

『『! りゅー!』』

「え? 何ですか?」

 もっと早く気づけていれば色々できる事もあったかもしれない──と、そう後悔していたフェアトの耳に神晶竜の鳴き声が届き、何事か? と幌から顔を出した先に見えたのは。

「関所……そっか、やっと国境に──」

 国と国とを分かつ境、国境に建てられた横長の関所であり、ようやくこの重苦しい空気から解放される事にフェアトが息をつく中。

「──御者が居なければ怪しまれるぞ」

「え? あっ、確かに……じゃあ私が」

 普通の駱駝車ならともかく、パイクたちが化けている以上、御する必要がなかった為に雇わなかった御者が居ないとなれば間違いなく懐疑的な目で見られるとセリシアが助言した事で、よいしょとフェアトが幌から出て。

「そこの駱駝車! 止まれ、検問だ!」

「はいはい、っと……」

『『りゅうっ』』

 数分ほど、およそ何の意味も為さない手綱を握っていたフェアトに対し、こちらも横長で頑丈そうな門の前に立っていた衛兵が手を挙げながら停止を促してきた為、手綱を引いて止める──振りをして停止の指示を出し。

 それを受けたパイクたちが、ピタッと足を止めたのを確認した衛兵たちは近寄りつつ。

「……君が御者なのか? 他に何人居る?」

「幌に二人、両方とも女性の三人旅です」

「少々不用心な気もするが……まぁいい」

 遠目に見えていたが、やはり御者が成人しているかどうか判断が難しい容姿の美少女だった事を再認識したうえで、『他に御者を務めてくれる男性は居ないのか』と暗に告げるも、フェアトはあっさり女性だけだと言い。

 魔族の脅威が消えて久しいといえ、いくら何でも──と思わず説教しかけた衛兵だったが、それは己の領分ではないなと思い直す。

 そして、いつものように検問を開始した。

 ……のだが。

 幌の中には金髪の少女の他に、栗色の髪の少女と赤い外套で顔を隠した長身の女性しかおらず、旅をしているというなら絶対に必要な糧食や寝具といった荷物も見当たらない。

「……荷物が無いに等しいが、これは?」

「殆ど【納《ストレージ》】の中です」

「そちらも検問対象となるが構わないか?」

「えぇ、まぁ……」

 その事について聞いてみると、やはりと言うべきか重荷となる物は殆ど収納の魔法である【納《ストレージ》】に詰め込んでいるらしく、そちらに危険物や禁制品などが無いとは言い切れない以上、半ば強制という形でも検問は必須。

 それを知ってこ知らずかフェアトは特に抵抗せず、さも自分が行使しているかのようにパイクの近くで【風納《ストレージ》】と呟き、もちろんパイクが出現させた品々を衛兵が検めていく。

 年齢を鑑みると分不相応な多額の金銭、鋭く研がれているわけでもないのに何故か存在感のある刃物、など気になる物はあったが。

「……ふむ、これといった問題もなさそうだな。 後は身体検査だけさせてもらってもいいか? もちろん、同性の衛兵が担当するから」

「はい。 ほら、姉さん」

「面倒臭ぇなぁ……」

「すまない、これも規則でね」

 入国審査に引っかかるような代物はないと判断した衛兵たちは、ある意味で最も重要な身体検査を受けてもらうと言いつつ、あらかじめ要請していたのか早足で向かってきた女性の衛兵に検査の指示を出し、それを実行。

 ただでさえ機嫌も悪く、かと言って眠りにつくのも元魔族の前では難しいという八方塞がりな状態で悪態をついたスタークを、衛兵たちは慣れた様子で宥め賺しながら検めて。

「よし、それじゃあ最後の一人も頼むぞ」

 少女たちに問題がないと判断し、それを上司なのだろう最初から居た二人の衛兵のうちの一人に目線で伝え、まだ幌から出ていなかった最後の一人の検査もさせようとしたが。

「はっ。 失礼しま──……えっ!?」

「「?」」

 ゆっくりとした、されど無駄のない流麗な動作で幌から出てきた女性に対して微かに見惚れつつも、役目を果たそうと試みた女性衛兵の動きは、セリシアがフードを外した瞬間に止まり、何事かと衛兵たちが覗き込むと。

「そ、そんな……! まさか!?」

「は……!? う、嘘だろ!?」

「貴女は、いや貴女様はっ!」

「「「大陸一の処刑人、セリシア様!」」」

「……あぁ」

 もはや、この世界を生きる人間なら知っていない方が不思議だとさえ言えるところまで周知されている処刑人の美貌がそこにあり。

「申し訳ありませんでした! セリシア様と知っていれば無条件でお通ししましたのに!」

「どうか、どうかご寛恕のほど……!」

 衛兵たち三人は一斉に謝意を示すに相応しい角度まで頭を下げ、各国の貴族はおろか王族にまで重宝されているという真紅の髪の処刑人の不興を買ってしまった事を後悔するとともに、平にご容赦をと全力で嘆願する中。

(元魔族に、ここまで影響力があるなんて……)

 フェアトは少しだけ世界に失望していた。

 魔族は滅んだという事になっているし、それを真実と言えるほど楽観視できる現状にないと知っているのは自分たちを始めとした十数人だけなのだから仕方ない部分はあるだろうが、それでも──……そうだとしてもだ。

 こうも違和感を抱かないものなのか?

 と、そう思わずにはいられなかったのだ。

「……今は、この二人の護衛中の身だ。 荒事を起こすつもりは皆目ない。 越境の許可を」

「「あ、ありがとうございます!」」

「最優先で申請してきますので!」

 そんな風に怪訝そうな表情を浮かべるフェアトをよそに、セリシアはまるで本当に護衛の身であるかのように真剣味を帯びた声音で早急に越境の許可を申し出て、それを受けた衛兵たちは安堵の息をもらすとともにまた指示を出し、女性衛兵が関所へ戻っていった。










「……元魔族の分際で……」

 スタークの、憎々しげな呟きを背に──。
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