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「お前に規定を課してやる」

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 人間の形こそ保っていても、その正体は十五年前まで世界全土を数年間に亘って脅かし続けた魔族の転生体にして、それらの中でもかの魔王に比肩するとまで云われた選ばれし二十六体──並び立つ者たちシークエンスの序列十三位。

 身体能力でも魔力でも、およそ人間という脆弱な種を遥かに超えたその存在が、あろう事か一部を除いた殆どの並び立つ者たちシークエンスの称号を、一時的にとはいえ扱えるのだという。

 聞く者が違えば、もはや戦意という戦意を根刮ぎ刈り取られてもおかしくない事実に。

「──……ふうぅぅ……っ」

 何故かスタークは逆に冷静になっていた。

 眼前の元魔族に勝利する事を諦めたから? 

 ……否。

 ティエントの声援に背中を押されたから?

 ……否。

 では、絶望感が一周回ってしまったから?

 ……否。

 断じて、否である。

 スタークが平静を取り戻した理由は──。

(あの賽子《サイコロ》だけを使わせ続けりゃあ、他のやつらの力を先取りして見れるって事だよな? まだあたしらが出遭ってねぇやつらの力も……)

 ──そう。

 魔族賽子《イービルダイス》と呼ばれたあの賽子《サイコロ》を使わせ続けさえすれば、いずれスタークたち双子が未だ遭遇していない並び立つ者たちシークエンスの力を、ここで体感できるかも──と思い至ったからだ。

 やはり戦いの中でなら頭が回るらしい。

 かつて、フェアトがアストリットから受け取り、そして他の元魔族の手に渡ったメモ。

 そこに記されていた並び立つ者たちシークエンスの称号についての情報自体は、フェアトが覚えているのだから確認するまでもない事ではある。

 ……とはいったものの、それこそマキシミリアンの【胡蝶之夢《マスカレード》】をによる『博打由来の攻撃』などを筆頭に、メモに記されていた情報だけでは知り得ない能力があるのも事実。

 ゆえに、スタークの判断は間違ってない。

 そして、それを実行する為には──。

(あの賽子《サイコロ》しか使わせないように──……っつーより、あの賽子《サイコロ》以外の攻撃手段を前もって潰す。 今のあたしの脚力なら、できる筈だ)

 ──絶対に魔族賽子《イービルダイス》を使わせるべく、それ以外の攻撃を速攻で潰して封じるしかない。

 かつての勇者であり、スタークの父親でもあるディーリヒトと同じ力、【一視同仁《イコール》】に目覚めた今のスタークなら──……或いは。

 そう決めたスタークの次の行動は──。

「──……ふっ」

「!? What's!?」

 先ほどまでは目で追えていた筈のマキシミリアンに、およそ残像らしきものを捉える事すら許さないほどの──……超々高速移動。

 少し前、騎士団長を──元・騎士団長を分からせた時にも高速移動はしていたが、あの時は質量を持つ残像を顕現させる為にと多少なり脚力を加減して移動していたのである。

 だが今回は、そんな事をする必要はない。

 足音も立てず、土埃も舞わせず、それでいて【電光石火《リジェリティ》】を遥かに上回る高速移動に。

(I see。 先ほどまでのQuicknessは、Full powerではなかったか)

 マキシミリアンも逆に冷静になり、これこそがスタークの本気だったのだと理解する。

 そして、ひとたび冷静になった彼は必要以上に慌てる事もなく、つい先ほども使用したトランプ──魔族麻札《イービルポーカー》をシャッフルしつつ。

(ひとまずLegを止めない事には話にならないが、確実に止めるならLegではなく──)

 文字通りの目にも止まらぬ速度で動く少女の足を止めるには、その神懸かった俊足そのものを止めるよりも、もっと簡単に、もっと大きな影響を及ばせる部位を狙うべきだと判断して、その手にあるトランプをばら撒き。

「そのRed Eyes! 魔族麻札《イービルポーカー》──」

 止めるべきは足ではなく、ありえないほどに魔法や称号の力に弱い事を、すでに眼帯で証明してしまっている真紅の双眸だ──と。

 成功を確信したマキシミリアンが発動しようとした技を先に言ってしまうと、この戦場を白で包み込むほどの閃光を放って目を眩ませる効果を持つ役──……“Flash”だ。

 一般的な人間の目すら距離によって焼くほどの閃光、スタークなら距離を問わず失明は免れない最悪の一手──だった筈なのだが。

「Fla──」

「遅ぇよ」

「なっ──」

 ばら撒いたトランプの内、五枚が光を放つか放たないかというその瞬間、最初から狙っていたのではないかというほどのタイミングで眼前に姿を現したスタークに、マキシミリアンが思わず面を食らったその時にはもう。

 ……何もかもが、遅かった。

「ジェノム流──【鰐牙咬撃《クロコバイト》】」

「っ、あ……!?」

 ジェノム流──つまりはスタークの師匠である【始祖の武闘家】から教わった超威力の噛みつきを、スタークの速度で行使した事によって彼の身に何が起こったのかといえば。

 、何も起こってはいない。

 だが、いつの間にかすり抜けるようにして彼の背後まで移動し、くるりと振り返ったその口に咥えていた物を見れば嫌でも分かる。

「かっ、Cardが──」

 そう、スタークが狙っていたのはマキシミリアン本体ではなく彼が持つトランプ全て。

 一瞬のすれ違いの内に全てのトランプを噛みつきで粉々にされた彼は、『何という事をしてくれた』と散らばるトランプに手を伸ばさんと試みるも、それは遮られる事となる。

「一旦、止まってろ──【大槌踏蹴《ハンマーストンプ》】」

「……っ!?」

 絶品砂海《デザートデザート》に出現した超巨大な野蚯蚓《のみみず》を、その周辺の時間ごと止めた踏みつけによって。

 その一撃は、あの時のものよりは遥かに威力を抑えてはいたようだが、それでもマキシミリアンは当然の事、未だ四方世界《スモールワールド》で生き残って二人の王様の戦いを観戦していた駒たちをも、この広大な戦場ごと停止させていた。

 そして、マキシミリアンの動きが完全に止まった事を確認したスタークは一呼吸置き。

「先に言っとくぞ派手男。 こっからは、さっきの賽子《サイコロ》以外の攻撃は認めねぇ。 それ以外は全部、使う前に潰す。 今度はあたしが──」

 ぺっ、とトランプの破片を口から吐き捨てた後、魔族賽子《イービルダイス》という名こそ覚えておらずとも、それ以外の攻撃は許さないという命令にも近い忠告をするとともに、自分より背が高い元魔族を見下すような笑みを浮かべつつ。

「──お前に規定《ルール》を課してやるってんだよ」

「っ、You're kidding……!」

 不遜にも、この賭博場の主に規定を課すと告げてきたスタークに、マキシミリアンは今まで見せた事のない歪んだ表情で呟く──。










 ──……冗談じゃないぞ、と。
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