攻撃特化と守備特化、無敵の双子は矛と盾!

天眼鏡

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何もかも上出来とはいかず

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 地上への長い長い階段を上り続ける事。

 ……およそ、十数分。

 その手には、ドリューの細胞から造られたのだという薬入りの試験管が握られており。

 下りるときはそこまでの時間はかからなかった筈なのだが、どうやらフェアトにとっては圧倒的に上りの方が重労働だったようで。

「──……はぁ……」

 やっとの事で見えてきた地上への出口から差し込む朝日に感慨を抱く前に、ただただ非力な己の身体を憂いて溜息をつくフェアト。

 そんな憂鬱気味の彼女が地上へ辿り着いた事を確認してか、アストリットの第二研究所への扉は仰々しい音と煙を立てて閉鎖され。

(やっと解放された……まさかピッタリ二十四時間、拘束されるなんて思わなかったな……)

 これで完全に終わったのだと、アストリットとの約束は果たせたのだという、ある種の達成感や疲労感を覚えていた一方、フェアトには別の──別というより、この結果へ至る為に避けられなかった懸念点が一つあった。

(……シルド、バレてない──……よね?)

 そう、それは変幻自在の始神晶の身体を持つシルドに託していた、フェアトへの変化と二人への誤魔化しがどうなったかという事。

 見た目だけは完璧にフェアトだったし、たとえ口調は拙かったとしても一日くらいなら何とかなる筈だ──と考えての策だったが。

 最悪、バレるかもしれないと思ったら『眠いから』と言って部屋に篭っても構わないとは指示してあった為、姉より僅かに思慮深さで劣るシルドでも大丈夫な筈だと判断した。

 ……大丈夫な筈だ、きっと──と。

(私の存在は感知できなくても、私の声は聞こえる。 それはもう確認済みだから──よしっ)

 その後、パラドに来てから最初にアストリットを見かけた裏路地まで戻ってきたフェアトは、ちょうど二十四時間前に試して成功したものと同じ方法でシルドを呼び出すべく。

「……シルド、聞こえてます? 迎えに──」

 人間や獣人、霊人はもちろん魔族や一般的な竜種をも優に超える感覚を誇る神晶竜の片割れに向けて、フェアトが声を出した瞬間。










 ──ザッ。

「え? 早すぎ──……あっ」

 迎えに来てもらえますかと言い切るよりも早く誰かの足音が路地裏に響き、フェアトに化けたままのシルドが【移《ジャンプ》】や【扉《ゲート》】でも使って転移してきたのか──と思い至って振り返ってみせたフェアトの視界に映ったのは。

『まさか本当に成り替わっていたとは……』

『だから言ったろ? こいつぁ偽物だってさ』

 おそらく、その口ぶりからすでにフェアトとシルドの企みを見抜いているのだろう事が窺える傭兵と近衞騎士、ガウリアとポール。

『ごめん、ね……?』

 そして、その事実を嫌でも裏付けるようにガウリアに首根っこを掴まれた状態で運ばれていたらしい、まだフェアトへの変化を解いていない状態の神晶竜、シルドの姿であり。

 そんな二人の一体を見たフェアトからは。

「……あちゃー……」

 そんな呟きしか出てこないでいた──。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 その後、外でする話ではないという事も。

 また、そもそも外には未だ疫病が蔓延しているという事も相まって、ここで全てを明かすより宿に戻った方が安全だろうと判断し。

 気まずい空気の中、宿に戻った一行──。

「──あの、どうして分かったんですか?」

 開口一番フェアトの口から飛び出た抱いて当然でありながら、それでいて若干の申し訳なさとともに紡がれた疑問に対し、ガウリアとポールは互いに顔を見合わせてから頷き。

「これでも、あたいは鉱人《ドワーフ》だよ? そりゃ他の始神晶なんざ見た事ないけど、いくら何でも生身か鉱物かどうかの見分けくらいつくさ」

「なる、ほど……軽率でしたね」

 相も変わらず飲酒しながらのガウリアが語ったのは、そもそも種族上ガウリアが得意とする『鉱物の扱い』についての話であり、シルド以外だとそれこそパイクしか始神晶の見本はなかったものの、だからといって生物と鉱物の見分け程度ならば、たとえ最強にして最古の魔物の変化だろうが見抜けるらしく。

 もちろんフェアトとて鉱人《ドワーフ》という種族が鉱物の扱いに長けている事は知っていたが、まさか一目で看破できるほどだとは思いもよらず、フェアトが自分の軽率さを恥じる中で。

「尤も、それ以前にシルド殿の──その、演技と言いますか。 それが、あまりにも稚拙でしたので……看破し得てしまった次第です」

『りゅ~……』

「あ、あぁいえ、貶すつもりは……」

 鉱物の扱いがどうのこうのという前に、そもそもシルドの口調だの表情だのといったところから、どう見てもフェアトではない何かだと、ポールでさえ容易に見抜けてしまったようで、『下手な演技だ』と暗に言われたシルドは竜の姿で露骨に落ち込んでしまった。

 ……まぁ、それもこれも全てはシルドの身体の半分ほどを、ガウリアたち二人に耳飾りとして渡してしまっているがゆえなのだが。

 それから、シルドを宥める事──数分。

「そんで? シルドにこーんな下手な演技させてまで、あんたはどこで何してたんだい?」

「……実は、ですね──」

 不貞寝を始めたシルドをよそに、そもそも何故シルドをフェアトに化けさせてまで、パラドのどこかへ黙って出かける必要があったのか──というガウリアからの問いかけに。

 隠し切るのも誤魔化し切るのも不可能なようだと判断したフェアトは──全てを話す。

 昨日一日でフェアトに起こった事だけでなく、こんな手段を取らなければならなかった理由や、そもそもの前提として交わしたくもなかった序列一位と約束についても、全て。

 時間としては、およそ十数分か──。

「──……序列一位との約束で人体実験に協力? 序列四位を細菌に変異させたのも序列一位? 実験協力の礼に序列四位を素材に造られた薬を譲り受けた? 色々ありすぎないかい」

「まぁ、そうですね……」

 一日で起きたとは思えない濃厚な出来事の羅列に、もう胃もたれでも発症しかねない勢いのガウリアの『色々ありすぎ』という発言に、フェアトは肯定の呟きしか出てこない。

 実際、約束を交わした──姉がだが──のが約一ヶ月前と考えても、アストリットとのやりとりは本当に濃厚極まりないのだから。

「で、あたいらに隠れて出かけたのは?」

 それから、フェアトの説明にはまだ出てきていない『隠し切ろうとした理由』についてを問い正そうとしてきたガウリアに対して。

「……仮にも序列一位、元魔族と密会するわけですから。 ガウリアさんやポールさんを信用してないわけではなかったんですが、万が一お二人の不興を買う事になったら──と」

「あー、そういう……」

 仮にも勇者と聖女の娘が──勇者の娘ではないかもという話も出はしたが──元魔族と秘密裏に出会い、そして怪しげな約束とやらを果たすと説明しても、まだガウリアは大丈夫かもしれないが、ポールの不興を買うだけでなく敵に回す事にもなりかねないと危惧したからだと控えめに答えてみせたフェアト。

 そんな少女の弁解に、まぁ分からなくもないな──……とガウリアが理解を示す一方。

「……なぁ、ポール。 あんた、ずっと黙ってるままだけどさ。 何か言う事ないのかい?」

「……」

 フェアトが語り始めてから、どういう心境からかガウリアのような相槌や追加の質問さえ行わず、ポールが沈黙を貫いている事にようやく言及し、それを受けた彼は変わらず俯いたまま、されど僅かに身体を震わせつつ。

「……私は──」

「「?」」

「──私は今! 猛烈に感動しております!」

「はっ?」

「えっ」

『りゅっ!?』

 突如、部屋そのものが振動しているのではというほどの大声と、それに加えて滝のような涙まで流しながら何らかの感動に打ち震えているらしい彼の急変に、ガウリアやフェアトはもちろん、その瞬間までベッドで不貞寝していたシルドすらもが飛び起きてしまう。

 更に、ポールは勢いよく立ち上がって。

並び立つ者たちシークエンスの序列一位! それは、かの魔王にも比肩する力を持つ存在という事! およそ怪物という表現さえ生温い筈のそれによる邪悪な実験を耐え抜き、あろう事かパラドを苦しめる疫病を根絶する薬をせしめて来ようとは……!! 流石です、!!」

「さ、様《さま》……?」

 まるで劇中、舞台上で主役を務める演者のように、フェアトが昨日一日で挙げた功績を噛み締めるが如く叫び放ち、あまつさえ目の前の少女に対して『様』付けまでする始末。

 尤も、『邪悪な実験』とやらもフェアトにとっては大した負担にもなってはいないし。

 薬についても『せしめて』はおらず、アストリットから譲られているわけなのだから。

 フェアトとしては、ポールの言う功績なんて、ほぼ序列一位の気紛れでしかないのだ。

 ゆえにこそ、『様』などという敬称まで付けられて困惑しきってしまっている中──。

(……これでも聖神々教せいこうごうきょうの信徒じゃあないって言うんだから、あの国じゃ一体どれほど狂ったやつらが聖女を崇めてんだろうねぇ……)

 ガウリアも、別の理由で困惑していた。

 それは、かつての聖女レイティアに瓜二つだからという理由一つでその娘まで崇めようとするこの男でも、かの悪名高き世界最大勢力の宗教を信仰していないという事実にだ。

 そして、その事実は聖神々教せいこうごうきょうに殉ずる信徒たちは、この男でさえ比較にならないほどに聖女という存在をこそ神と崇め、その存在に全てを捧げているのだろう事を分からせる。

 彼女自身、信仰に全くと言っていいほど関心がない事も、かの宗教や入信している者たちへの偏見を加速させる要因となっており。

 聖女レイティアに思うところはないが、その娘であるフェアトにまで迷惑はかけないでやってほしいもんだけど──と案ずる中で。

「そうと決まればフェアト様!」

「へっ!?」

「その薬をお譲りいただけませんか!? アイザックに手渡し、この街を救うのです!!」

「あ、あぁ、そうですね……はい」

 椅子に座っていたフェアトに対し、それこそ女王陛下にするように片膝をついた姿勢をとったポールから、『一刻も早く、この街を救いましょう』と正義と情熱のこもる瞳を向けられた事で、フェアトはそんな彼の勢いに気圧されながらも、おずおずと薬を手渡し。

「感謝いたします! こちらは『フェアト様の功績によるものである』と確かに彼に伝えておきますので! では、お先に失礼します!」

「よ、よろしくー……」

 それを決して壊さぬように、されどしっかりと握り締めたポールは立ち上がり、あくまでもフェアトの手柄だという事を必ずアイザックにも他の魔導師にも、何ならパラドの民にも伝えておく──そう告げて、フェアトに一礼してから即座に部屋を後にしたポール。

 ……彼と出会ってから、およそ一週間。

 これまでは常に沈着冷静で、スタークが女王に不敬を働いた時以外では大きな感情の揺らぎなど見せなかったポールの変化に──。

「……畏敬の念が突き抜けちまったのかね」

「はは、どうなんでしょうね……」

 もはや、聖女と聖女の娘を同一視して。

 同じくらいの畏敬の念を送ってしまっているのかもしれない──そんな呆れの感情を込めつつ顔を見合わせて溜息をつく中にあり。

(ま、及第点って事で……いいよね)

 何もかもが上出来とはいかないが、それでも総合的には及第点と言えるんじゃなかろうか、そう脳内で独り言ちるフェアトだった。
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