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また、どこかで
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キミは、聖女と地母神の子なんだと思う。
「──私が、ウムアルマ様の血を……」
これまで聞かされた話の中でも殊更に衝撃的であり、されど自分でも『もしや』と思ったがゆえに心の底へストンと落ちてきたその一言に、そうして静かに呟く事しかできず。
それを否定する事も、当然できない。
「まぁ、どこまでいっても憶測でしかないからね。 本当のところは分かんないけど──」
そんなフェアトを気遣ったわけではなかろうものの、ここまでの話は全て自分の推測でしかない、という事を大前提としたうえで。
「もしも、ぜーんぶ本当だったらさ? キミとスタークは異父姉妹って事になるんだよね」
「……父親が違うって意味では、まぁ……」
「だとしたらさぁ」
「?」
仮に自分の推測が真実だったのなら、スタークとフェアトは母親だけが同じ、つまり半分だけ血が繋がった異父姉妹であり、その事実から新たな疑問が浮かんだと言いたげなアストリットに、フェアトが首をかしげると。
「どうしてスタークはレイティアに似なかったんだろう。 フェアトがレイティアに似るのは分かるよ? だって母親は同じなんだから」
「えっ」
アストリットは、やたら早口に。
「フェアトの外見の百パーセントがレイティア譲りってのも気になるんだよね。 そりゃ地母神の顔立ちや髪色なんて知らないけどさ」
「ちょ、ちょっと」
フェアトの返答も、一切待つ事なく。
「いや、もしかしたら聖女と地母神は──」
自分と勇者は血が繋がっていないのかもしれない──という事を思い至りかけたほど聡明なフェアトでさえも理解し得ない、何らかの推論に至ろうとしていたアストリットに。
「──……あの! そろそろ時間ですけど!」
「ん? あぁごめんごめん」
(わざとらしい……)
もう間もなく二十四時間が経過する、と壁に埋め込まれている電子的な時計を指し示したところ、もちろんそれを知っていたアストリットは明らかに謝る気のない謝罪をして。
「まぁ端的に言うと、この世界でキミを脅かす事のできる力を持つ者は存在しない。 たとえ、勇者や魔王が生きてても無理だろうね」
二十四時間に亘る人体実験の結果、聖女たる母親が言っていたように、やはりフェアトを害する事ができる存在は少なくともこの世界にはおらず、かつての世界最強といえる魔王カタストロと勇者ディーリヒトが生存していたとしても、フェアトを殺す事は当然ながら傷つける事さえ叶わない筈だと断言した。
尤も、それ自体はフェアトにも理解できていたが、それでも一つ分からない事があり。
「でも、お父さん──あぁ、違うんでしたっけ。 勇者には特別な力があったんですよね」
「え? あぁ、【一視同仁《イコール》】の事?」
お父さん──と口をついて出た顔も知らない父親の呼称を、すぐさま『勇者』という他人行儀なそれに変えつつ、ほんの少し前からスタークにも宿っている特別な力、アストリットの言う【一視同仁《イコール》】とやらがあっても私の【守備力】を貫けないのかと疑問視する。
確かに、【一視同仁《イコール》】は無敵の【矛】を最適化して、どのような耐久を持っていようが耐性を持っていようが関係なく魔を討つ力。
全てを知り、全てを能い、全てを救うディーリヒトの性質をそのまま表したような力。
しかし、アストリットからしてみれば。
「確かに、あれも神々由来の力だけどね。 どちらかというと勇者が生まれついて持っていた力や素質を神々が強化させた結果なんだ」
あの力は、あくまでディーリヒトが生まれつき持っていた性質、及び素質を彼こそが勇者に相応しいと選定した天上の神々たちが半強制的に強化を図った結果でしかなく──。
「だからかな、そもそも存在すらしなかった筈の地母神が創造した子供が持つ純粋な神々の【守備力】の方が強いと思うよ? 多分ね」
「……どうも」
ゆえに、フェアトに宿る【守備力】のように純粋な神々の力には若干とはいえ劣ってしまうのは半ば必然だと口にし、そんなつもりはないだろうが褒められたような気がしなくもなかった為、思ってもいない礼を述べる。
と、ここで終わっていれば良かったのに。
「あー、でもなぁ。 やっぱり比べてみないと分かんないかなぁ。 勇者と聖女の子の事は大体分かるんだけど、そこに地母神と聖女の子が絡むと途端に不明瞭になるんだよね……」
「はぁ……」
やはり、【全知全能《オール》】が通用しないという事実が思ったよりも堪えており、そしてそれ以上に知的好奇心が後から後から湧いてきて仕方がない様子で、またも早口で思考を巡らせ始めたアストリットに思わず溜息が出る。
この後、アストリットが何と口にするのかが何となーく分かってしまったからだ──。
「こうなってくると、やっぱり一日じゃ足りないなぁ。 ねぇ、よかったらもう一日──」
「嫌です」
「お願いお願い! 優しくするから──」
「嫌です」
「ねぇ! まだ最後まで言い切ってな──」
「嫌です」
「……ちぇー」
そして予想通りに、『もう一日だけ付き合って』と言いそうになった序列一位の要求を瞬時に拒絶──というのを三回も繰り返してやった事で、ようやく諦めて口を尖らせた。
その後、完全に解放されて実験台から変形していた椅子から立ち上がったフェアトに。
「まぁいいや、キミたちが旅してる間はまた会う事もあるだろうし。 もう帰っていいよ」
「……えぇ、そうします」
双子が並び立つ者たちを討伐し続けるのなら、いずれまた出会うだろうと──望まざるとも出会うだろうと確信している為、本心から一時の別れを告げる序列一位の声に、フェアトもまた僅かに頭を下げて扉に手をかけ。
「……こんな──」
「ん?」
ぴたり、と不意にその手を止めた。
「こんな、あっさりでいいんですかね。 仮にも序列四位が絡む案件だったのに。 貴女の三つ下って考えたら、もっと、こう何か──」
どうやら彼女は、ドリューという序列四位の元魔族、正真正銘の怪物だった筈の彼との戦いが、それこそ一切の戦闘行為さえなく終わってしまっていいのか? そしてドリューはアストリットにとって疎いこそすれど実力だけは認めるに吝かでない同胞だったのでは?
という二つの気がかりがあったようだが。
「あぁ気にしなくていいよ。 こんな事言ったらあれだけど、ボクたちの序列って四位から二十三位までは大差ないからさ。 ボクからすれば名前さえなかった有象無象と同じだよ」
「……それは、あくまで称号が、ですよね」
アストリットからすると、序列二十三位のウィードから序列四位のドリューまでの二十体は同じ並び立つ者たちだとはいえ、魔王から称号どころか名前すら与えられなかった雑魚と変わらないらしいが、そんな有象無象とは違い称号を持つ以上、同じというのは過言では──というフェアトからの正論に対し。
「うん。 それぞれ個性《あく》は強かったから、そっちに興味を惹かれる方が多かったかな。 トレヴォンやラキータ、もちろんドリューもね」
「そう、ですか」
称号の事はともかくとして、確かに一体一体の個性は非常に濃く強く、犬をこよなく愛する序列二十位や、人間の部位での人形作りが趣味だった序列十二位、そして無自覚に悪意を振り撒き続けた序列四位などの名を例として挙げる幼女の顔はどこまでも無邪気で。
「まぁ、キミたちがまだ出会ってすらいない並び立つ者たちの中には、もっと厄介なやつらもいるからさ。 せいぜい頑張るといいよ」
「……肝に命じておきます。 それじゃあ」
「うん。 また、どこかで会おうね」
その表情に嫌悪感を抱いたフェアトの心境を知ってか知らずか、それともフェアトの力ではその扉さえ開けられないかもと慮ったがゆえか、つい先程も口にした別れの言葉を改めて伝えるとともに扉を開けてやり、ひらひらと手を振る序列一位にぺこりと頭を下げ。
長い長い階段を、ゆっくりゆっくり一歩ずつ踏み出していくフェアトを見送った後に。
「あ~物足りなぁい! 次はどうやって取り付けてやろっかなぁ! や・く・そ・くぅ!!」
見た目相応な幼い声音と身振り手振りで以て、次なる約束を如何様にして取り付けてやろうか、とはしゃぐ序列一位の姿があった。
「──私が、ウムアルマ様の血を……」
これまで聞かされた話の中でも殊更に衝撃的であり、されど自分でも『もしや』と思ったがゆえに心の底へストンと落ちてきたその一言に、そうして静かに呟く事しかできず。
それを否定する事も、当然できない。
「まぁ、どこまでいっても憶測でしかないからね。 本当のところは分かんないけど──」
そんなフェアトを気遣ったわけではなかろうものの、ここまでの話は全て自分の推測でしかない、という事を大前提としたうえで。
「もしも、ぜーんぶ本当だったらさ? キミとスタークは異父姉妹って事になるんだよね」
「……父親が違うって意味では、まぁ……」
「だとしたらさぁ」
「?」
仮に自分の推測が真実だったのなら、スタークとフェアトは母親だけが同じ、つまり半分だけ血が繋がった異父姉妹であり、その事実から新たな疑問が浮かんだと言いたげなアストリットに、フェアトが首をかしげると。
「どうしてスタークはレイティアに似なかったんだろう。 フェアトがレイティアに似るのは分かるよ? だって母親は同じなんだから」
「えっ」
アストリットは、やたら早口に。
「フェアトの外見の百パーセントがレイティア譲りってのも気になるんだよね。 そりゃ地母神の顔立ちや髪色なんて知らないけどさ」
「ちょ、ちょっと」
フェアトの返答も、一切待つ事なく。
「いや、もしかしたら聖女と地母神は──」
自分と勇者は血が繋がっていないのかもしれない──という事を思い至りかけたほど聡明なフェアトでさえも理解し得ない、何らかの推論に至ろうとしていたアストリットに。
「──……あの! そろそろ時間ですけど!」
「ん? あぁごめんごめん」
(わざとらしい……)
もう間もなく二十四時間が経過する、と壁に埋め込まれている電子的な時計を指し示したところ、もちろんそれを知っていたアストリットは明らかに謝る気のない謝罪をして。
「まぁ端的に言うと、この世界でキミを脅かす事のできる力を持つ者は存在しない。 たとえ、勇者や魔王が生きてても無理だろうね」
二十四時間に亘る人体実験の結果、聖女たる母親が言っていたように、やはりフェアトを害する事ができる存在は少なくともこの世界にはおらず、かつての世界最強といえる魔王カタストロと勇者ディーリヒトが生存していたとしても、フェアトを殺す事は当然ながら傷つける事さえ叶わない筈だと断言した。
尤も、それ自体はフェアトにも理解できていたが、それでも一つ分からない事があり。
「でも、お父さん──あぁ、違うんでしたっけ。 勇者には特別な力があったんですよね」
「え? あぁ、【一視同仁《イコール》】の事?」
お父さん──と口をついて出た顔も知らない父親の呼称を、すぐさま『勇者』という他人行儀なそれに変えつつ、ほんの少し前からスタークにも宿っている特別な力、アストリットの言う【一視同仁《イコール》】とやらがあっても私の【守備力】を貫けないのかと疑問視する。
確かに、【一視同仁《イコール》】は無敵の【矛】を最適化して、どのような耐久を持っていようが耐性を持っていようが関係なく魔を討つ力。
全てを知り、全てを能い、全てを救うディーリヒトの性質をそのまま表したような力。
しかし、アストリットからしてみれば。
「確かに、あれも神々由来の力だけどね。 どちらかというと勇者が生まれついて持っていた力や素質を神々が強化させた結果なんだ」
あの力は、あくまでディーリヒトが生まれつき持っていた性質、及び素質を彼こそが勇者に相応しいと選定した天上の神々たちが半強制的に強化を図った結果でしかなく──。
「だからかな、そもそも存在すらしなかった筈の地母神が創造した子供が持つ純粋な神々の【守備力】の方が強いと思うよ? 多分ね」
「……どうも」
ゆえに、フェアトに宿る【守備力】のように純粋な神々の力には若干とはいえ劣ってしまうのは半ば必然だと口にし、そんなつもりはないだろうが褒められたような気がしなくもなかった為、思ってもいない礼を述べる。
と、ここで終わっていれば良かったのに。
「あー、でもなぁ。 やっぱり比べてみないと分かんないかなぁ。 勇者と聖女の子の事は大体分かるんだけど、そこに地母神と聖女の子が絡むと途端に不明瞭になるんだよね……」
「はぁ……」
やはり、【全知全能《オール》】が通用しないという事実が思ったよりも堪えており、そしてそれ以上に知的好奇心が後から後から湧いてきて仕方がない様子で、またも早口で思考を巡らせ始めたアストリットに思わず溜息が出る。
この後、アストリットが何と口にするのかが何となーく分かってしまったからだ──。
「こうなってくると、やっぱり一日じゃ足りないなぁ。 ねぇ、よかったらもう一日──」
「嫌です」
「お願いお願い! 優しくするから──」
「嫌です」
「ねぇ! まだ最後まで言い切ってな──」
「嫌です」
「……ちぇー」
そして予想通りに、『もう一日だけ付き合って』と言いそうになった序列一位の要求を瞬時に拒絶──というのを三回も繰り返してやった事で、ようやく諦めて口を尖らせた。
その後、完全に解放されて実験台から変形していた椅子から立ち上がったフェアトに。
「まぁいいや、キミたちが旅してる間はまた会う事もあるだろうし。 もう帰っていいよ」
「……えぇ、そうします」
双子が並び立つ者たちを討伐し続けるのなら、いずれまた出会うだろうと──望まざるとも出会うだろうと確信している為、本心から一時の別れを告げる序列一位の声に、フェアトもまた僅かに頭を下げて扉に手をかけ。
「……こんな──」
「ん?」
ぴたり、と不意にその手を止めた。
「こんな、あっさりでいいんですかね。 仮にも序列四位が絡む案件だったのに。 貴女の三つ下って考えたら、もっと、こう何か──」
どうやら彼女は、ドリューという序列四位の元魔族、正真正銘の怪物だった筈の彼との戦いが、それこそ一切の戦闘行為さえなく終わってしまっていいのか? そしてドリューはアストリットにとって疎いこそすれど実力だけは認めるに吝かでない同胞だったのでは?
という二つの気がかりがあったようだが。
「あぁ気にしなくていいよ。 こんな事言ったらあれだけど、ボクたちの序列って四位から二十三位までは大差ないからさ。 ボクからすれば名前さえなかった有象無象と同じだよ」
「……それは、あくまで称号が、ですよね」
アストリットからすると、序列二十三位のウィードから序列四位のドリューまでの二十体は同じ並び立つ者たちだとはいえ、魔王から称号どころか名前すら与えられなかった雑魚と変わらないらしいが、そんな有象無象とは違い称号を持つ以上、同じというのは過言では──というフェアトからの正論に対し。
「うん。 それぞれ個性《あく》は強かったから、そっちに興味を惹かれる方が多かったかな。 トレヴォンやラキータ、もちろんドリューもね」
「そう、ですか」
称号の事はともかくとして、確かに一体一体の個性は非常に濃く強く、犬をこよなく愛する序列二十位や、人間の部位での人形作りが趣味だった序列十二位、そして無自覚に悪意を振り撒き続けた序列四位などの名を例として挙げる幼女の顔はどこまでも無邪気で。
「まぁ、キミたちがまだ出会ってすらいない並び立つ者たちの中には、もっと厄介なやつらもいるからさ。 せいぜい頑張るといいよ」
「……肝に命じておきます。 それじゃあ」
「うん。 また、どこかで会おうね」
その表情に嫌悪感を抱いたフェアトの心境を知ってか知らずか、それともフェアトの力ではその扉さえ開けられないかもと慮ったがゆえか、つい先程も口にした別れの言葉を改めて伝えるとともに扉を開けてやり、ひらひらと手を振る序列一位にぺこりと頭を下げ。
長い長い階段を、ゆっくりゆっくり一歩ずつ踏み出していくフェアトを見送った後に。
「あ~物足りなぁい! 次はどうやって取り付けてやろっかなぁ! や・く・そ・くぅ!!」
見た目相応な幼い声音と身振り手振りで以て、次なる約束を如何様にして取り付けてやろうか、とはしゃぐ序列一位の姿があった。
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