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あの国の技術

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 その後、アストリットに手を引かれて連れられたフェアトは裏路地をしばらく歩いて。

「──……? どうしたんですか」

 突然、何でもなさそうな場所でピタリと歩みを止めた少女に、こてんと首をかしげる。

 すると、アストリットは彼女の方を向きつつ、スッと右手の人差し指を地面に向けて。

「この下にあるんだよね、ボクの研究所」

「下……? 地下室ですか」

 彼女の言う『研究所』とやらは、ちょうどこの真下にあるのだと告げてきた事で、フェアトが『地下に用意したのか』と確信するやいなや、アストリットは満足げに笑いつつ。

「そうそう。 、ってね」

「!?」

 何らかの合言葉のようなものを口にした瞬間、『ガチャッ』『プシューッ』という今まで聞いた事もない音とともに煉瓦造の地面が口を開け、その向こうに階段が見えてくる。

 魔法ではない何かだという事だけは分かったが、それを見た事はないのは確かだった。

 しかし、その存在だけは話に聞いていた。

 このヴィルファルト大陸で唯一、世界のどこにでもある筈の魔力が存在せず、その代わり魔力と同じかそれ以上の原動力を有する。

 の、技術の粋とでも言うべき──。

「もしかしなくても、これは……」

「そ、『機械』だよ」

「やっぱり……」

 ──……『機械』。

 ヴィルファルト大陸の北部、北ルペラシオの呼び名である【機械国家】からも分かる通り、かの国は機械をこそ文明と据えており。

 何故か魔力が存在しないという衝撃的な事実を憂いもせず、その革新的な技術を発展させ続けつつも、それを他国に流しはしない。

 いわゆる、『鎖国状態』にあるのだが。

「貴女なら、手にしていても不思議ではないですね。 全てを知り、全てを能う貴女なら」

 並び立つ者たちシークエンス序列一位、【全知全能《オール》】の称号を持つ彼女なら、たとえ他国に流出していない筈の技術であろうと関係なく扱えるのだろう──……という事を見抜いたところ。

「おっ。 ボクの事、分かってきたねぇ」

「……分かりたくもないですけどね」

 アストリットが自分という存在を分かってもらえた事に心から嬉しそうにするも、フェアトから返ってくるのは何とも冷たい反応。

 尤も、【全知全能《オール》】が機能せずとも彼女がどういう反応をしてくるかは今までのやりとりから理解できていた為、特に言及する事もなく先の見えない階段を下りつつ手招きし。

「つれないなぁ。 まぁいいや、おいで?」

「……はい」

 かつん、かつんと階段を下りていく。

 ……およそ二分ほどだろうか。

 長い長い階段を下りた先にあったのは。

「……ここが、貴女の研究所ですか」

「凄いでしょ?」

「まぁ、確かに……」

 ありとあらゆる物が機械化された部屋。

 扉や照明、棚や机や椅子といった家具一式から、アストリットの研究に用いられているのだろう試験管や巨大な標本瓶、遠く離れた場所の様子を映し出す事ができる【映《サイト》】と呼ばれる支援魔法の役割を果たす光る板えきしょうなど。

 何から何まで、機械化されている。

 無論、機械そのものを見る事すら初めてなフェアトからすれば、もはや実物を見ても用途が分からない物もあったりするわけだが。

 ただ、それらが魔力とは全く異なる原動力で稼働している事だけは何とか理解できた。

 シルドたちでも再現できるんだろうか、と何とも飛躍した思考を繰り広げていた中で。

「そこに座って待ってて、飲み物出すから」

「……お構いなく」

 客である以前に勇者と聖女の娘をもてなすという、とても元魔族とは思えない言動と行動を見せてきたアストリットに、フェアトは暗に拒否の意を込めて返してみせたものの。

「遠慮なんてしないでいいよ、っと」

(……伝わらなかったかぁ)

 どうやら彼女の意思は不完全な形で伝わったらしく、『本当に心は読めていない』という事が分かっただけでも収穫かと前向きに捉える事で、もてなしを受け入れる為の心の整理を何とかつける事ができていたのだった。

 ピッ、ガチャッ、ウィーンと全く聞き馴染みのないとともに紅茶を作っているらしい何らかの機械を操作する幼女の背中を見つつ。

(機械、か……そういえばキルファさんが機械化された並び立つ者たちシークエンスを討伐したって言ってたけど、あの件にも関わってるのかな……)

 ふと思い返せば、スタークの師匠であるキルファが討伐したという機械化した序列二十二位の件、間違いなく彼女は把握していた筈だし、それどころか深く関与していても何ら不思議はないが実際のところはどうなのか。

 と、そんな風に思案していたのも束の間。

「お待たせ、紅茶でよかった?」

「……えぇ、いただきます」

 いつの間にか淹れ終えていたらしい二人分の香り高い紅茶を、わざわざ手で持って運んできた彼女から受け取ったフェアトは、やはり警戒はしながらも口をつけ、飲み込んだ。

 香りの時点でそうだったが、その味も素晴らしく芳醇で、とてもではないが平民が購入できるような代物ではないと判断する一方。

(……結局、普通に飲んじゃったけど……味も香りも紅茶だったし。 多分、大丈夫だよね──)

 美味しいのは間違いなかった為、普通に飲み干してしまった自分を恥じつつも、おそらく本当に単なるもてなしだったのだろうと彼女にしては楽観的に考えていた──その時。

 同じく紅茶を嗜んでいたアストリットが。

「──全部、飲んでくれた? 

「はい、ごちそうさ──」

 と、あまりにあっさり言うものだから。

「──……はっ?」

 ……一瞬、姉のように聞き流しかけた。

 今、自分が飲み干し、胃に送った紅茶が。










 並び立つ者たちシークエンス序列四位だ、などという。

 あまりにも信じ難い衝撃的な告白を──。
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