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今更な砂漠の洗礼

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 賭博と疫病、二つの街がそれぞれ抱えた問題を解決せよと女王からの依頼で遣わされる事となった六人は以下のように組分けされ。

 異様な賭金と過剰な取立、文無しになった者たちの奴隷落ちが多発しているズィーノへはスターク、ティエント、ポーラの三人が。

 そして、あらゆる種類の疫病が流行した結果、死者は少なくとも貴族・平民を問わず多大な被害が出ているパラドへはフェアト、ガウリア、ポールの三人が向かう事になった。

 組分けの理由としては、以下の通り──。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 フェアト→辺境の地に住んでいた頃、聖女であり母でもあるレイティアと色々試した結果、病にも罹らない事が判明していたから。

 スターク→娯楽らしい娯楽など何一つない辺境の地に住んでいた為、娯楽の頂点の一つとも言える賭博に対し興味が尽きないから。

 ガウリア→派生元が病に罹りようのない精霊である為、絶対とまでは言わないが霊人もまた病に罹りにくいという性質を持つから。

 ティエント→冒険者として真面目に暮らす傍ら、ズィーノ以外の他の街での賭博に興じる趣味があり、そこそこ精通しているから。

 ポール→どちらでも問題なかったが、スタークがパラドに行くなら妹より力で勝る自分はフェアトに同行すべきだと判断したから。

 ポーラ→どちらでも問題なかった為、師団長であり双子の兄でもあるポールの判断に準じ、スタークとともに行く事を決めたから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 といった感じの三人一組となっていた。

 また、パイクとシルドはそれぞれのパートナーに装備される形で同行する為、正確には三人と一体で組分けする事になったようで。

 出立の準備を終えた後、王の間にて──。

「──……パイク、姉さんをお願いします」

『りゅあっ』

 別行動を取るのは今回に限った事ではないものの、それぞれが全く別の街へと向かうというのは初めてである為、割と本気で心配なフェアトがパイクに姉の事を頼み込む一方。

「賭博、楽しみだなぁ……どんな──……いや、まだ聞かねぇ! まずは体験してぇし!」

「王命だってのに呑気だねぇ……」

 そんな妹からの心配も露知らず、スタークはもう賭博への好奇心でいっぱいになっており、ガウリアの呆れたような溜息も何処吹く風といった具合で真紅の瞳を輝かせている。

「先走るのだけはやめてほしいんだが……」

「だーいじょうぶだって! な、女王サマ!」

「お、おい……!」

「「……」」

 翻って、ティエントはいかにも不安げな表情で『しっかり見張っとかねぇと』と自分に言い聞かせるのも含めて声をかけたが、あろう事か玉座に寝そべる女王へ話を振り出したせいで、ポールとポーラが若干威圧するも。

「ふふ、そうじゃな。 まぁ楽しんでこい」

「おう!」

 当のファシネイトは、やはりスタークからの敬語は必要ないと思っているようで、ポールとポーラを手で制しつつ微笑み、『役目を果たすのも忘れるでないぞ』と付け加えながらも双子に期待の眼差しを向けた、その後。

(……ポール、ポーラ。 あの双子は妾の友人たちの二粒種《ふたつぶだね》──……決して死なせるでないぞ)

((……はっ))

 スタークには魔法ゆえに、フェアトには距離的に聞こえない【風伝《コール》】にて、その傍らに控える双子の近衛に『スタークたちを必ず生きて帰せ』と命じ、ポールとポーラはスタークへ若干の怪訝そうな目を向けつつも頷き。

 ついに、それぞれがそれぞれの役目を全うする為、アレイナを出立する事と相成った。










 ──……までは、よかったのだが。


「──……暑《あ》っっっっつ……」

 ここは、ズィーノに向かう為に必ず通らなければならない、アレイナとズィーノとを結ぶしっかりとした舗装の施された街道の上。

 その街道を、スターク、ティエント、ポーラの三人は、ポーラが御者を務める絢爛かつ風通しの良い馬車──もとい駱駝車に乗り。

 左車線と右車線、明確に分けられたうちの左側を緩やかな速度で走る駱駝車の中は途轍もない熱気が充満しているわけでもなく、ティエントも特に暑がってはいないようだが。

「……いや暑《あ》っっっっつマジで……」

「そんなにか……?」

 魔法に弱く、並び立つ者たちシークエンスの称号の力にも弱い彼女はもちろん気候の変化にも弱く。

 それを知っていてもなお過剰なほどに暑がっている少女の姿に、ティエントは苦笑い。

「……魔奔流《スタンピード》の時は特に気にしてなかったようにも見えたが……ありゃ何だったんだ?」

 とりあえず気を紛らわせる意味でも、あの魔奔流《スタンピード》の最中は暑がっていなかった筈だがという抱いて当然の疑問を呈してみたところ。

「あん時は……ほら、戦いに夢中だったんじゃねぇの……? よく覚えてねぇけどよ……」

「まるで他人事みてぇに言うな……」

 スタークから返ってきたのは何とも曖昧で何の意味もない答えであり──まぁ、ほぼ無意識にも近い状態だったのだから無理もないのだが──さも全てが他人事であったかのような返答に、ティエントは溜息をつきつつ。

「……まぁ一歩外出りゃ灼熱なんだ、お前の気持ちも分からなくはねぇが──……ポーラさんを見てみろ、あんな鎧を着といて汗一つかいてねぇぞ? ポーラさんやフェアトまでとは言わねぇが、もうちっと我慢ってもんを」

 強い光が射し込む窓の外を見遣り、もし自分も外に居たら同じようにボヤくのだろうと共感しながらも、だからといって鎧姿で御者を務めるポーラを思えば多少なり我慢して然るべきだ──……と説教していた、その時。

「──……そうでもありませんよ」

「「え?」」

 そんな彼の言葉を否定したのは、まさかのポーラ本人であり、ほんの少しも振り向かぬまま話に入ってきた彼女からの低い声に、スタークとティエントが疑問の声を上げると。

「この国の騎士団、魔導師団……近衛師団が装備する武器や鎧は全て“氷結石《ひょうけっせき》”と呼ばれる特殊な鉱物で鍛造されています。 この鉱物で造られた装備は氷属性を帯び、そして火属性や一定以上の熱気への耐性を得るのですよ」

 彼女曰く、【美食国家】に属する騎士団や魔導師団、そして近衛師団の団員たちに支給される武器や鎧はすべからく氷結石《ひょうけっせき》なる淡く半透明な水色の鉱物で造られているそうで。

 その結果、剣や槍、斧や杖といった武器は強力な氷の属性を帯び、そして盾や鎧、外套といった防具は火の属性や熱気への高い耐性を持っているのだと簡潔に説明してみせた。

「へぇ、だから平気そうなのか」

「知らなかったな……」

 分かっているのかいないのか、スタークの表情からは読み取れないものの、それでもポーラが汗一つかいていない理由自体は分かったようで、ティエントが初めて知った事実に驚いている中、傍で寝ていたパイクを見て。

「──……パイク」

『……りゅ?』

「お前、氷結石《ひょうけっせき》とやらになれるか?」

『……? りゅあぁ──……りゅう』

「よし、やれ。 さっさとやれ」

『……りゅいぃ……っ』

 静かな、されど腹の底まで響くような力ある声音で目覚めさせ、ポーラが言っていた鉱物に変化できるかと問うたところ、ほんの数秒ほど悩むような仕草を見せたパイクが肯定するべく首を縦に振った為、『すぐやれ今やれ早くしろ』とばかりに急かした結果──。

 ぱきぱき──と氷がひび割れるような、もしくは水が氷へと凝固する時のような音とともに、パイクの小さな身体は氷塊と化して。

『──……りゅうっ!』

 氷塊──……もとい氷結石と化したパイクが一鳴きすると同時に四枚の羽を広げたその瞬間、スタークほど極端ではなくとも確かに熱気がこもり暑いと言えば暑かった駱駝車の中は、あっという間に暑気と寒気が逆転し。

「うおっ、一気に涼しくなったな……!」

「……流石、最古にして最強の魔物……」

 どちらかと言うと暑気の方を強く感じていたティエントも、これといって暑いとは感じていなかったポーラも、パイクの人知を超えた力に少なからず驚きを露わにしていたが。

「寒《さ》っっっっむ! ちったぁ調整しろ調整!」

『りゅ、りゅあぁ? りゅうぅ……』

「あっ! まーた呆れやがったな!」

 氷結石への変化も当然ながら魔力が使われている為、今度は寒気の方に参ってしまっていたスタークからの理不尽な要求にパイクが呆れ、それに対してスタークが逆ギレするという、いつかやったようなやりとりを見て。

「はは、仲良いな──……ん?」

 少女と仔竜のじゃれ合いで何なら気を緩めていた、ティエントの犬獣人としての自慢の鼻がぴくりと動き、何かの匂いを感知する。

(何だ? この匂い──……、か……?)

 彼の嗅覚を掠めたのは、おそらく御者席の方から漂ってきている暗い昏い失望の香り。


 深く深く、どろりと澱む闇のような──。


「……っ」

 どうしてなのかは分からないし、それを直接聞く勇気もないが──……とりあえず今はズィーノの問題解決に集中した方が良い筈だと判断して、ティエントはその口を噤んだ。


 ……この判断が正しかったのかどうかは。












(が貴方様の娘だと──……貴方様の遺したものだとでも言うのですか?)


 ──いずれ嫌でも分かる事になるだろう。
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