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不敬な二人
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──不敬罪。
各国の国王や皇帝、或いは国教となる宗教や聖地、墳墓などに対して名誉や尊厳を深く害した者に与えられる刑罰を総称するもの。
この世界では罪人に対する更生など求められていない為、成立した場合は即座に奴隷落ちか極刑かの二択を迫られる事となる──。
当然、王族専用である食堂へ入る事など不可能な筈の騎士団長、グルグリロバの無断入室は不敬罪が適用されても文句は言えない。
まぁ尤も、ファシネイトに対して一切の敬語を使わず話しかけているスタークの方が不敬ではと言われてしまえばそうなのだが、それに関しては女王が許可を出しており──。
「──……ここは王族専用の食堂じゃぞ? いかに騎士団長といえ許可なく入って来ようとはのう、妾も舐められたものじゃ。 なぁ?」
さも自分の行いに非はないと言わんばかりの得意げな表情を湛える彼に、ファシネイトは低い声音で脅すように声をかけたものの。
「……それは承知の上ぇ。 私ぃ──……いやぁ、俺が考えてる事は分かっておられる筈ですがぁ? 貴女様の『眼』があれば、ねぇ?」
「……そういう事か」
当のグルグリロバは悪びれもせぬまま醜悪な笑みを浮かべるだけに飽き足らず、あろう事か女王に対して挑発するかのような発言をし、そんな彼から【神の眼】を引き合いに出された女王は特に動じる事もなく、グルグリロバの考えている事を──……読み取った。
「……其方、盗み聞いておったのじゃな? この双子の正体と──セリシアの前世の事を」
「「っ!!」」
「……」
どうやら昨日、王の間を追い出される形で退出した彼は、スタークたち双子の素性とセリシアの前世が魔族であるという事実全てを盗み聞いていたらしく、それを聞いた双子が即座に臨戦態勢を整える一方、セリシアは席に座ったまま静観するだけに留まっている。
当然と言えば当然か、殺ろうと思ったその瞬間、彼の首と胴体はお別れするのだから。
……彼女は彼女なりに悩んでいるようだ。
この男は間違いなく愚物だが、はっきりした罪状が成立していない以上、彼女の不可視かつ不可避の斬撃が牙を剥く事はないから。
それが『不敬罪』という国王や皇帝の気分次第で決まる曖昧な罪なら──なおさらだ。
「流石ですなぁ、【神の眼】とやらはぁ。 まぁ月並みだがぁ──……これを暴露されたくなければぁ、この俺を連れて行けぇ。 もちろん手柄は俺がもらうぅ、それで良いなぁ?」
「……騎士の風上にも置けんの、貴様は」
「「……」」
翻って、スタークたちの威嚇にもグルグリロバは臆する事なく──勇者や聖女の血統と知ってなお──スタークとフェアトに対し欲望剥き出しの澱んだ瞳を向けるが、それを許す筈もない女王の溜息とともに、ポールとポーラが指示される前に動いたはいいものの。
彼はまた、にやりと嫌らしく嗤い──。
「おやぁ? おやおやぁ! 女王陛下ともあろうお方が実力行使とはぁ! 配下一人も満足に御す事のできぬ王とはまた滑稽ですなぁ!」
「「……っ」」
「……貴様、いい加減に──」
一体、何が彼をそこまで突き動かすのか知らないが、とても自分の言う『配下』とは思えない不敬な言動で以てして二人の近衛を煽り、それを受けたポールたちが表情を怒気で歪ませたのを感じ取った女王が事態を重く見て、『我慢の限界だ』とばかりに手を伸ばそうとした──……まさに、その瞬間だった。
「──おいデブ」
「……あ"ぁ?」
ほんの少しも歯に衣着せるつもりのない暴言で割って入ったスタークに、グルグリロバはここでようやく明確に怒りを露わにする。
……気にしているのだろうか。
「少なくとも、あたしはお前を連れてくつもりはねぇぞ。 分かったら、とっとと消えろ」
「……口の利き方を知らないようだなぁ?」
「そりゃお前の方だろ」
「……餓鬼がぁ……」
そんな彼の抱く怒りなど何処吹く風といった具合のスタークが、『しっしっ』と虫か何かを払うような仕草とともに不要だと告げたところ、グルグリロバは青筋を立てるほどの怒気を見せるも、あっさり正論で返される。
……やはり気にしているのだろう。
(姉さんもだと思うけど……ま、いっか……)
また、フェアトはフェアトで姉は一体どの口で『言葉遣いがなっていない』などと曰っているのだろうかと思わず溜息をこぼした。
不敬度合いで言えば、スタークも大して変わらない──……が、まぁ女王から許可をもらっているのだからいいのかなと思い直すくらいには余裕があるフェアトなのであった。
「……グルグリロバ、そこな少女と仕合《しお》うてみよ。 貴様が勝てば同行を許可し、スタークが勝てば貴様は謹慎──……逃げぬよな?」
「……上等ぉ」
そんな緊迫した空気の中、『ぱんぱん』と手を叩いて注目を集めた女王の口から語られたのは、スタークとグルグリロバとの手合わせの提案であり、グルグリロバの勝利と敗北に応じて与えられる事になる処遇を述べた上で煽った結果、彼がまんまと乗せられた後。
(スターク、これは絶好の機会じゃ。 これを機に騎士団の腐敗を取り除きたい、頼めるかの)
(……あたしが勝ったら何かくれんのか?)
いつの間にか近くまで寄ってきていた女王から、イフティー騎士団の膿を出させたいという頼みを聞いたスタークは、じゃあ自分が勝ったら何を報酬としてくれるのかと問い。
(【美食国家】のフルコースでどうじゃ?)
(──乗った。 約束、破んなよ?)
(うむ、任せておけ)
その報酬が、この食堂で昨夜と今朝に食べたものよりも更に豪華な【美食国家】のフルコースだと聞かされたスタークは──即答。
悩む必要など、ほんの少しもなかった。
……何なら、ちょっとお腹も鳴ったし。
各国の国王や皇帝、或いは国教となる宗教や聖地、墳墓などに対して名誉や尊厳を深く害した者に与えられる刑罰を総称するもの。
この世界では罪人に対する更生など求められていない為、成立した場合は即座に奴隷落ちか極刑かの二択を迫られる事となる──。
当然、王族専用である食堂へ入る事など不可能な筈の騎士団長、グルグリロバの無断入室は不敬罪が適用されても文句は言えない。
まぁ尤も、ファシネイトに対して一切の敬語を使わず話しかけているスタークの方が不敬ではと言われてしまえばそうなのだが、それに関しては女王が許可を出しており──。
「──……ここは王族専用の食堂じゃぞ? いかに騎士団長といえ許可なく入って来ようとはのう、妾も舐められたものじゃ。 なぁ?」
さも自分の行いに非はないと言わんばかりの得意げな表情を湛える彼に、ファシネイトは低い声音で脅すように声をかけたものの。
「……それは承知の上ぇ。 私ぃ──……いやぁ、俺が考えてる事は分かっておられる筈ですがぁ? 貴女様の『眼』があれば、ねぇ?」
「……そういう事か」
当のグルグリロバは悪びれもせぬまま醜悪な笑みを浮かべるだけに飽き足らず、あろう事か女王に対して挑発するかのような発言をし、そんな彼から【神の眼】を引き合いに出された女王は特に動じる事もなく、グルグリロバの考えている事を──……読み取った。
「……其方、盗み聞いておったのじゃな? この双子の正体と──セリシアの前世の事を」
「「っ!!」」
「……」
どうやら昨日、王の間を追い出される形で退出した彼は、スタークたち双子の素性とセリシアの前世が魔族であるという事実全てを盗み聞いていたらしく、それを聞いた双子が即座に臨戦態勢を整える一方、セリシアは席に座ったまま静観するだけに留まっている。
当然と言えば当然か、殺ろうと思ったその瞬間、彼の首と胴体はお別れするのだから。
……彼女は彼女なりに悩んでいるようだ。
この男は間違いなく愚物だが、はっきりした罪状が成立していない以上、彼女の不可視かつ不可避の斬撃が牙を剥く事はないから。
それが『不敬罪』という国王や皇帝の気分次第で決まる曖昧な罪なら──なおさらだ。
「流石ですなぁ、【神の眼】とやらはぁ。 まぁ月並みだがぁ──……これを暴露されたくなければぁ、この俺を連れて行けぇ。 もちろん手柄は俺がもらうぅ、それで良いなぁ?」
「……騎士の風上にも置けんの、貴様は」
「「……」」
翻って、スタークたちの威嚇にもグルグリロバは臆する事なく──勇者や聖女の血統と知ってなお──スタークとフェアトに対し欲望剥き出しの澱んだ瞳を向けるが、それを許す筈もない女王の溜息とともに、ポールとポーラが指示される前に動いたはいいものの。
彼はまた、にやりと嫌らしく嗤い──。
「おやぁ? おやおやぁ! 女王陛下ともあろうお方が実力行使とはぁ! 配下一人も満足に御す事のできぬ王とはまた滑稽ですなぁ!」
「「……っ」」
「……貴様、いい加減に──」
一体、何が彼をそこまで突き動かすのか知らないが、とても自分の言う『配下』とは思えない不敬な言動で以てして二人の近衛を煽り、それを受けたポールたちが表情を怒気で歪ませたのを感じ取った女王が事態を重く見て、『我慢の限界だ』とばかりに手を伸ばそうとした──……まさに、その瞬間だった。
「──おいデブ」
「……あ"ぁ?」
ほんの少しも歯に衣着せるつもりのない暴言で割って入ったスタークに、グルグリロバはここでようやく明確に怒りを露わにする。
……気にしているのだろうか。
「少なくとも、あたしはお前を連れてくつもりはねぇぞ。 分かったら、とっとと消えろ」
「……口の利き方を知らないようだなぁ?」
「そりゃお前の方だろ」
「……餓鬼がぁ……」
そんな彼の抱く怒りなど何処吹く風といった具合のスタークが、『しっしっ』と虫か何かを払うような仕草とともに不要だと告げたところ、グルグリロバは青筋を立てるほどの怒気を見せるも、あっさり正論で返される。
……やはり気にしているのだろう。
(姉さんもだと思うけど……ま、いっか……)
また、フェアトはフェアトで姉は一体どの口で『言葉遣いがなっていない』などと曰っているのだろうかと思わず溜息をこぼした。
不敬度合いで言えば、スタークも大して変わらない──……が、まぁ女王から許可をもらっているのだからいいのかなと思い直すくらいには余裕があるフェアトなのであった。
「……グルグリロバ、そこな少女と仕合《しお》うてみよ。 貴様が勝てば同行を許可し、スタークが勝てば貴様は謹慎──……逃げぬよな?」
「……上等ぉ」
そんな緊迫した空気の中、『ぱんぱん』と手を叩いて注目を集めた女王の口から語られたのは、スタークとグルグリロバとの手合わせの提案であり、グルグリロバの勝利と敗北に応じて与えられる事になる処遇を述べた上で煽った結果、彼がまんまと乗せられた後。
(スターク、これは絶好の機会じゃ。 これを機に騎士団の腐敗を取り除きたい、頼めるかの)
(……あたしが勝ったら何かくれんのか?)
いつの間にか近くまで寄ってきていた女王から、イフティー騎士団の膿を出させたいという頼みを聞いたスタークは、じゃあ自分が勝ったら何を報酬としてくれるのかと問い。
(【美食国家】のフルコースでどうじゃ?)
(──乗った。 約束、破んなよ?)
(うむ、任せておけ)
その報酬が、この食堂で昨夜と今朝に食べたものよりも更に豪華な【美食国家】のフルコースだと聞かされたスタークは──即答。
悩む必要など、ほんの少しもなかった。
……何なら、ちょっとお腹も鳴ったし。
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