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禁忌の光は空へと昇り、世界を歪に染め上げる
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旅に出てから二度目となる、スタークの本気の一撃によって立ち昇るであろう砂の柱を予測していたフェアトは、なるだけ高く遠い空から姉の活躍を見届ける為に生存者を連れて遥か上空へ避難していたのだが。
ハッキリ言えば──フェアトは見誤っていた。
もちろん、あの辺境の地にいた頃から何度か姉の本気を見てはいるし、その本気の一撃を受けた事だってあるものの、それらは全て彼女に対し何の痛痒にもならず、いまいち理解できていないというのが本音で。
更に、あの頃はまだ姉が未熟も未熟な状態であったという事も相まって、その一撃を放った直後に姉の身体は自分の【攻撃力】に耐えかねて文字通り裂けてしまい、あまつさえ死んでしまう事もあったのだとか。
また、アストリットを相手に本気を出した時は一瞬で勝負がついており、とてもではないが姉が本気を出した時の一撃がどんな影響を及ぼすのかが分からず。
とはいえ流石に、これだけ離れれば──と、おそらく寒さに強いわけでもない筈の生存者たちを気遣って身体が冷えすぎない程度の高さまで上昇せよと神晶竜たちに指示を出した事で、フェアトは油断していた。
だからこそ、この光景には似たような作戦を思いついていたフェアトとしても目を剥かざるを得ないし。
(──……あの、馬鹿姉……っ!!)
どのみち託すしか選択肢はなかったと言っても、もう少しやりようはあった筈だと立ち昇る砂で全く姿が見えない姉を脳内で叱責せざるを得なくなっていた。
何せ、フェアトたちが避難していたのは雲に手が届きそうなほどの上空であり、そんな超高々度まで姉が立ち昇らせた砂の柱が届くと思っていなかったから。
「「「「「──……」」」」」
生存者たちは生存者たちで、もはや言葉を失うだけでは飽き足らず、まるで陸に打ち上げられた魚が酸素を求めているかのように口をぱくぱくとさせるのみ。
……しかし、その目だけは確かに機能している。
それもその筈、双子と違って魔法を得手とする彼らの目には砂の柱に遮られながらもなお存在感を露わにする、この星の核──世界の心臓が映っていたから。
この世界に生きとし生ける者であれば誰しもが知っていても、おおよその場合その実体を見る事なく一生を終えるだろうという、もはや膨大などでは言い表せないほどの輝きを放つ八色で構成された魔素の奔流。
この時、生存者たちに共通の感情が湧き出ていた。
(((((──……ヤバい)))))
と、いかにも語彙力のなさそうな感情が──。
これは老いも若いも男も女も種族さえも関係なく。
今や少数精鋭という扱いである犬獣人の冒険者も。
普通の個体より体格も良く力もある鉱人《ドワーフ》の傭兵も。
優秀な妹を持ち、そして自らもまた優秀な騎士も。
その騎士を部下とし部隊を纏める隊長格の騎士も。
元宮廷魔導師筆頭なる輝かしい経歴を誇る魔法使いまでもが、その存在を『ヤバい』としか表現できず。
星の核、世界の心臓──などという呼び名が、いかに生易しいものであったのかを思い知らされていた。
莫大な魔素と精霊の力が入り混じって渦を巻き。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる──。
普段から魔素や魔力、果ては精霊まで見慣れている筈の生存者たちは皆、気分を害するでも吐き気を催すでもなく、ただただ魔素の奔流に目を奪われている。
それが、きっと見てはいけないものだと五人全員が分かっていても、なお目を逸らす事ができないのだ。
更に、これは絶品砂海《デザートデザート》でだけ起きた現象ではない。
スタークが砂漠に開けた、あの巨大な野蚯蚓《のみみず》が一度も砂の壁にぶつかる事なく落ちていくほどの大穴から漏れ出した世界の心臓が放つ八色の煌めきは、この広大な砂の海を有する【美食国家】中に広がっていき。
あまつさえ、ヴィルファルト大陸の端から端まで砂とともに立ち昇る八色の魔素の光が見えていたとか。
もちろん、その光を見た者たちは人間であろうと獣人であろうと霊人であろうと魔物であろうと──そして並び立つ者たちであろうと関係なしに目を奪われ。
先程、スタークが放った【大槌踏蹴《ハンマーストンプ》】により発生した、『時が止まったかのような感覚』を世界の心臓を直に覗いてもいないのに大陸中の生物が覚えていた。
それを感じなかったのは、ほんの一部の強者のみ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大陸東方──【魔導国家】、港町ヒュティカ。
「──あ、あれは、まさか世界の心臓の光……!? どうして、あれが地上に漏れ出すような事が……!!」
フェアトの先生、【六花の魔女】フルールは一度たりとも実体を見た事などない筈なのに、どうしてかその光を世界の心臓から漏れ出た魔素の光だとしか思えず目を奪われながらも意識だけはハッキリしており。
「……これで、レイティアの負担も減るかな……」
「なっ!?」
「おっと失言」
そんな彼女の隣で羅針盤のような模様が刻まれた双眸に世界の心臓の光を映すアストリットは、スタークたちの母であり聖女でもあるレイティアの名を口にしつつ、どうにも意味深な呟きをこぼしていたのだが。
「そっ、それじゃあ、あれはあの娘たちが……!?」
「……さぁ、どうだろうね」
「私は真面目に聞いてるんですよ!?」
「はは、ごめんごめん」
聖女レイティアが置かれている現状を、ある程度にとはいえ知っていたフルールは、こうして自分たちの視界の先で起きている現象を引き起こしたのは聖女と勇者の娘たちなのかと問うたものの、アストリットからはふわっとした回答しか返ってくる事はなかった。
何しろ──。
(約束しちゃったしね……ま、それはそれとして──)
(──……キミの犠牲はとっても尊く、そして死に様だけはとっても美しかったよ。 よかったね……ガボル)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
同じく【魔導国家】──王都ジカルミアの王城。
「──……ぅ、うぅぅ……っ、あたま、いたい……」
「だ、大丈夫です、リスタル様。 お気を確かに……」
一般的な人間とは比べものにならないほど魔力を感じ取りやすい性質の王女、リスタルは魔素の光が見える筈のない自室──窓のない部屋にいるというのに震えも頭痛も治まる様子がなく、そんな王女を同じ女性として騎士団長のクラリアが落ち着かせんとするも。
「す、スターク、は? フェアト、は……? 無事、なのかな……? あの光、【美食国家】の方から……っ!」
「……きっと大丈夫ですよ、あの二人なら……」
その光を全く視界に入れていないのに南ルペラシオで発生していると看破したリスタルの、つい数週間前にできたばかりの友人たちを慮る発言に、クラリアは滅多な事は言えないと分かっていても『あの双子なら何があっても乗り越えられる』と笑顔を見せていた。
また、ジカルミアの王城では──。
「──……やはり避難は難しいのか? ノエルよ」
「……残念ながら。 今は静観するしかないかと」
透明な硝子で作られた天蓋を見上げ、そこから射し込む世界の心臓の光を見つめたまま、この瞬間も玉座の前で跪いている近衛師団長ノエルの報告を受けた国王、ネイクリアスは頭を抱えて溜息をこぼしながら。
「……何事もなければ、それで良いのだがな」
今も、あの光に目を奪われたせいで完全に動きを止めてしまっているという、ジカルミアの民を憂いた。
そして、ジカルミアの城下町でも──。
「──……へぇ、やっぱりあの二人が? ふんふん、そうなんだね……うん、ありがとう。 またよろしくね」
『『『────!』』』
ジカルミアに在る冒険者の集会所の長、森人《エルフ》のガレーネは積み重ねられた木箱に座ったままで、その細い指のなぞるようにして舞う風の精霊シルフと話した結果、『あの光が世界の心臓の魔素』という事と、『あれをやったのはあの双子』という事を知ったのだが。
「おい──……おいって! 精霊と楽しくお喋りしてる場合かよ! いくら、あの二人が関わってるっつっても限度があんだろ! こいつら元に戻るんだろうな!?」
「大丈夫だって、ハキム君──もう少しみたいだよ」
それどころではない事態に陥っている事を理解しているのか──とばかりに、ヴァイシア騎士団副団長のハキムが王都中で彫刻かのように固まってしまった者たちを心配するとともに怒鳴り散らすも、ガレーネは間もなく収まるという事もシルフから聞いていたらしく、ほんの少しの焦りの感情もなく再び光を見遣る。
(……こうやって私たちの知らないところで、ぶっ飛んだ事を成し遂げる──……そっくりですね、お二方と)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大陸から離れた観光地、シュパース諸島──。
「──……は、ぁ……? な、何よ、あれ……っ?」
取りも直さず【美食国家】の機密部隊【影裏《えいり》】の構成員にして、かの高名な冒険者の【魔弾の銃士】というもう一つの顔も持つアルシェは困惑しきっていた。
言わずもがな、【美食国家】が在る方角から燦然と立ち昇る八色の煌めきを視界に映してしまったから。
「っ、皆! あの光は──……っ!? み、皆……?」
銃撃、及び狙撃を得手とする彼女は訓練により視力も一般的な人間に比べれば遥かに良く、あの光に砂が混じっている事を僅かにだが見抜き、きっと絶品砂海《デザートデザート》から溢れ出しているのだという推測を他の【影裏《えいり》】の構成員たちと共有しようと──……したのだろうが。
それは、アルシェ以外の構成員たちが光に目を奪われて動きを止めてしまっていたが為に成せなかった。
(何なの? 【美食国家】で何が起こってるの……? スターク、フェアト……それに──……“お姉ちゃん”も)
一人で判断するには荷が勝ちすぎる──しかし、このまま放置してしまえば先に【美食国家】へ向かっている筈のあの双子の事も、そして何より【影裏《えいり》】に引き取られた事で離れ離れになりつつも騎士団に所属した事で再会を果たした姉の事も気がかりで仕方なく。
(──……任務放棄になるんだろうけど……っ!!)
可能な限りの最高速度で【美食国家】へと向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大陸西方──【武闘国家】、その港町“プエルト”。
その港町に位置する、グトライズ旅行代理店の支店に竜覧船《りゅうらんせん》を返却した後、趣味の一つたる釣りを楽しんでいた【始祖の武闘家】──キルファ=ジェノムは。
「──……やりやがったな、あの馬鹿弟子」
この瞬間も立ち昇り続けている光の正体も、それが誰の仕業なのかも本能とで理解していたらしく呆れたように溜息をこぼしつつも愉しげな笑みを浮かべる。
(フェアトのやつは止めなかったのか? 止められる状況になかったのか……? それとも、フェアトが──)
そんな彼女の視界には、あの光に目を奪われて動きを止める商船や客船、竜覧船《りゅうらんせん》などが海面に浮かんでいる姿が映っており、おそらく同じような現象が大陸中で起きているのだろうと踏まえたうえで、いつもなら姉の暴走を制止する筈の妹は何をしているのかと、まさか妹が指示した結果なのかと色々思考を巡らせて。
(……まぁいいや、そのうち【武闘国家《ここ》】に来るんだからそん時に聞いて……で、みっちり説教してから──)
よく考えずとも答えなど出るわけもないと思考を即座に切り替え、どうせいずれは自分の元を訪れる事になるのだから、その時に山ほど言いたい事を言って。
「──褒めてやんねぇとな、あの馬鹿弟子を」
成長したなと褒めてやるのは、その後でもいいだろう──と酒を煽りながらも誇らしげに呵々と笑った。
そして、およそ十五年前の光景を脳裏に浮かべ。
(……リヒト、ティア。 お前らの子は──化け物だぜ)
(──……ま、ずっと前から知ってたけどな)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ここは、【武闘国家】と【機械国家】の国境付近。
本来、半鎖国状態にあるが為に特殊な許可がなければ入国さえ叶わない【機械国家】に足を踏み入れんとしていた大陸一の処刑人──セリシアは空を見上げ。
(──……世界の心臓)
即座に、その光が星の核のものだと看破する。
また、その光の影響で【武闘国家】側の体格の良い警備隊も、【機械国家】側の半機械の警備隊も完全に動きを止めてしまっており、それを悪だと断ずるかどうか──と自身の正義に従い剣の柄に手をかけるも。
(……流石に遠いな、あれを斬るには)
どうやら彼女が授かった称号──【一騎当千《キャバルリー》】にも射程距離は確かに存在するらしく、その不可視かつ不可避の『斬った』という結果だけ残す斬撃も、あの距離では無理だと確信して柄にかけていた手を下ろし。
(今は依頼もない、かの地へ赴いてみるのも一興か)
入国手続きの途中だというのに、その身を翻す。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして大陸とは正反対に位置する、かの辺境の地。
地母神ウムアルマが創造し、スタークやフェアトも十五年ほど暮らしていた紛れもない故郷だが、それでも双子はその地の全てを把握していたわけではない。
そこは、まだ産まれたばかりの二体の神晶竜──パイクやシルドが名づけられる前から竜小屋《りゅうごや》として扱っていた、かの辺境の地で最も海抜が低い洞穴であり。
そんな洞穴の奥も奥──最奥に存在している大きく深く、そして八色に煌めく穴の前に立つ女性こそが。
救世の英雄が一人、聖女レイティアその人である。
(──……こんな事ができるのは、あの子だけだわ)
双子が旅立つ前よりも明らかに痩せた彼女は、その穴から何かを主張するように溢れ出んとする八色の魔素の光を自らの光魔法で抑え込みつつ思いを馳せる。
世界の心臓を剥き出しにし、そして並び立つ者たちの一体を突き落として吸収させた──話せない分だけ情報をくれる世界の心臓から伝わってきた衝撃の事態にも彼女は娘たちを想い、そして微笑んでさえいた。
(どちらが主体になっての事かは分からないけれど、どうせ近々『あれ』から交信が届くでしょうし。 その時に勝手に喋り散らすのを聞いていればいいわよね……)
姉と妹、一体どちらの提案から始まったのかは分からないものの、どのみち序列一位が頼んでもいない報告が上げるだろうと踏んで【光探《サーチ》】の行使はしない。
……できない、という方が正しいのだが。
「……これで少しは落ち着いてくれるかしら?」
それから、レイティアが八色に煌めく穴の奥深くに存在する世界の心臓を見下ろしつつ、およそ言葉を返してくる筈もない星の核へと意味深に語りかけると。
『──……』
世界の心臓から返ってきたのは、まるで何かを彼女に対して──そして世界に対して宣告するかのようにも思える閃光を以て、レイティアへと答えてみせた。
「……そう。 まだ駄目なのね──」
それが意味するところをハッキリと理解できていた彼女は、『世界の心臓が憤怒している』事を前提としたものだった先程の質問としては正しい返答がきた事に納得しつつ、『はあぁ』と浅くない溜息をこぼし。
(──……スターク、フェアト。 カタストロと似た物言いになるのは癪だけれど、この旅が終わったら貴女たちは好きに生きてね。 その時にはもう、きっと私は)
(でも大丈夫、貴女たちなら私たちと同じ──いえ、もっと素敵な英雄になれるわ。 そうでしょう? リヒト)
ハッキリ言えば──フェアトは見誤っていた。
もちろん、あの辺境の地にいた頃から何度か姉の本気を見てはいるし、その本気の一撃を受けた事だってあるものの、それらは全て彼女に対し何の痛痒にもならず、いまいち理解できていないというのが本音で。
更に、あの頃はまだ姉が未熟も未熟な状態であったという事も相まって、その一撃を放った直後に姉の身体は自分の【攻撃力】に耐えかねて文字通り裂けてしまい、あまつさえ死んでしまう事もあったのだとか。
また、アストリットを相手に本気を出した時は一瞬で勝負がついており、とてもではないが姉が本気を出した時の一撃がどんな影響を及ぼすのかが分からず。
とはいえ流石に、これだけ離れれば──と、おそらく寒さに強いわけでもない筈の生存者たちを気遣って身体が冷えすぎない程度の高さまで上昇せよと神晶竜たちに指示を出した事で、フェアトは油断していた。
だからこそ、この光景には似たような作戦を思いついていたフェアトとしても目を剥かざるを得ないし。
(──……あの、馬鹿姉……っ!!)
どのみち託すしか選択肢はなかったと言っても、もう少しやりようはあった筈だと立ち昇る砂で全く姿が見えない姉を脳内で叱責せざるを得なくなっていた。
何せ、フェアトたちが避難していたのは雲に手が届きそうなほどの上空であり、そんな超高々度まで姉が立ち昇らせた砂の柱が届くと思っていなかったから。
「「「「「──……」」」」」
生存者たちは生存者たちで、もはや言葉を失うだけでは飽き足らず、まるで陸に打ち上げられた魚が酸素を求めているかのように口をぱくぱくとさせるのみ。
……しかし、その目だけは確かに機能している。
それもその筈、双子と違って魔法を得手とする彼らの目には砂の柱に遮られながらもなお存在感を露わにする、この星の核──世界の心臓が映っていたから。
この世界に生きとし生ける者であれば誰しもが知っていても、おおよその場合その実体を見る事なく一生を終えるだろうという、もはや膨大などでは言い表せないほどの輝きを放つ八色で構成された魔素の奔流。
この時、生存者たちに共通の感情が湧き出ていた。
(((((──……ヤバい)))))
と、いかにも語彙力のなさそうな感情が──。
これは老いも若いも男も女も種族さえも関係なく。
今や少数精鋭という扱いである犬獣人の冒険者も。
普通の個体より体格も良く力もある鉱人《ドワーフ》の傭兵も。
優秀な妹を持ち、そして自らもまた優秀な騎士も。
その騎士を部下とし部隊を纏める隊長格の騎士も。
元宮廷魔導師筆頭なる輝かしい経歴を誇る魔法使いまでもが、その存在を『ヤバい』としか表現できず。
星の核、世界の心臓──などという呼び名が、いかに生易しいものであったのかを思い知らされていた。
莫大な魔素と精霊の力が入り混じって渦を巻き。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる──。
普段から魔素や魔力、果ては精霊まで見慣れている筈の生存者たちは皆、気分を害するでも吐き気を催すでもなく、ただただ魔素の奔流に目を奪われている。
それが、きっと見てはいけないものだと五人全員が分かっていても、なお目を逸らす事ができないのだ。
更に、これは絶品砂海《デザートデザート》でだけ起きた現象ではない。
スタークが砂漠に開けた、あの巨大な野蚯蚓《のみみず》が一度も砂の壁にぶつかる事なく落ちていくほどの大穴から漏れ出した世界の心臓が放つ八色の煌めきは、この広大な砂の海を有する【美食国家】中に広がっていき。
あまつさえ、ヴィルファルト大陸の端から端まで砂とともに立ち昇る八色の魔素の光が見えていたとか。
もちろん、その光を見た者たちは人間であろうと獣人であろうと霊人であろうと魔物であろうと──そして並び立つ者たちであろうと関係なしに目を奪われ。
先程、スタークが放った【大槌踏蹴《ハンマーストンプ》】により発生した、『時が止まったかのような感覚』を世界の心臓を直に覗いてもいないのに大陸中の生物が覚えていた。
それを感じなかったのは、ほんの一部の強者のみ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大陸東方──【魔導国家】、港町ヒュティカ。
「──あ、あれは、まさか世界の心臓の光……!? どうして、あれが地上に漏れ出すような事が……!!」
フェアトの先生、【六花の魔女】フルールは一度たりとも実体を見た事などない筈なのに、どうしてかその光を世界の心臓から漏れ出た魔素の光だとしか思えず目を奪われながらも意識だけはハッキリしており。
「……これで、レイティアの負担も減るかな……」
「なっ!?」
「おっと失言」
そんな彼女の隣で羅針盤のような模様が刻まれた双眸に世界の心臓の光を映すアストリットは、スタークたちの母であり聖女でもあるレイティアの名を口にしつつ、どうにも意味深な呟きをこぼしていたのだが。
「そっ、それじゃあ、あれはあの娘たちが……!?」
「……さぁ、どうだろうね」
「私は真面目に聞いてるんですよ!?」
「はは、ごめんごめん」
聖女レイティアが置かれている現状を、ある程度にとはいえ知っていたフルールは、こうして自分たちの視界の先で起きている現象を引き起こしたのは聖女と勇者の娘たちなのかと問うたものの、アストリットからはふわっとした回答しか返ってくる事はなかった。
何しろ──。
(約束しちゃったしね……ま、それはそれとして──)
(──……キミの犠牲はとっても尊く、そして死に様だけはとっても美しかったよ。 よかったね……ガボル)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
同じく【魔導国家】──王都ジカルミアの王城。
「──……ぅ、うぅぅ……っ、あたま、いたい……」
「だ、大丈夫です、リスタル様。 お気を確かに……」
一般的な人間とは比べものにならないほど魔力を感じ取りやすい性質の王女、リスタルは魔素の光が見える筈のない自室──窓のない部屋にいるというのに震えも頭痛も治まる様子がなく、そんな王女を同じ女性として騎士団長のクラリアが落ち着かせんとするも。
「す、スターク、は? フェアト、は……? 無事、なのかな……? あの光、【美食国家】の方から……っ!」
「……きっと大丈夫ですよ、あの二人なら……」
その光を全く視界に入れていないのに南ルペラシオで発生していると看破したリスタルの、つい数週間前にできたばかりの友人たちを慮る発言に、クラリアは滅多な事は言えないと分かっていても『あの双子なら何があっても乗り越えられる』と笑顔を見せていた。
また、ジカルミアの王城では──。
「──……やはり避難は難しいのか? ノエルよ」
「……残念ながら。 今は静観するしかないかと」
透明な硝子で作られた天蓋を見上げ、そこから射し込む世界の心臓の光を見つめたまま、この瞬間も玉座の前で跪いている近衛師団長ノエルの報告を受けた国王、ネイクリアスは頭を抱えて溜息をこぼしながら。
「……何事もなければ、それで良いのだがな」
今も、あの光に目を奪われたせいで完全に動きを止めてしまっているという、ジカルミアの民を憂いた。
そして、ジカルミアの城下町でも──。
「──……へぇ、やっぱりあの二人が? ふんふん、そうなんだね……うん、ありがとう。 またよろしくね」
『『『────!』』』
ジカルミアに在る冒険者の集会所の長、森人《エルフ》のガレーネは積み重ねられた木箱に座ったままで、その細い指のなぞるようにして舞う風の精霊シルフと話した結果、『あの光が世界の心臓の魔素』という事と、『あれをやったのはあの双子』という事を知ったのだが。
「おい──……おいって! 精霊と楽しくお喋りしてる場合かよ! いくら、あの二人が関わってるっつっても限度があんだろ! こいつら元に戻るんだろうな!?」
「大丈夫だって、ハキム君──もう少しみたいだよ」
それどころではない事態に陥っている事を理解しているのか──とばかりに、ヴァイシア騎士団副団長のハキムが王都中で彫刻かのように固まってしまった者たちを心配するとともに怒鳴り散らすも、ガレーネは間もなく収まるという事もシルフから聞いていたらしく、ほんの少しの焦りの感情もなく再び光を見遣る。
(……こうやって私たちの知らないところで、ぶっ飛んだ事を成し遂げる──……そっくりですね、お二方と)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大陸から離れた観光地、シュパース諸島──。
「──……は、ぁ……? な、何よ、あれ……っ?」
取りも直さず【美食国家】の機密部隊【影裏《えいり》】の構成員にして、かの高名な冒険者の【魔弾の銃士】というもう一つの顔も持つアルシェは困惑しきっていた。
言わずもがな、【美食国家】が在る方角から燦然と立ち昇る八色の煌めきを視界に映してしまったから。
「っ、皆! あの光は──……っ!? み、皆……?」
銃撃、及び狙撃を得手とする彼女は訓練により視力も一般的な人間に比べれば遥かに良く、あの光に砂が混じっている事を僅かにだが見抜き、きっと絶品砂海《デザートデザート》から溢れ出しているのだという推測を他の【影裏《えいり》】の構成員たちと共有しようと──……したのだろうが。
それは、アルシェ以外の構成員たちが光に目を奪われて動きを止めてしまっていたが為に成せなかった。
(何なの? 【美食国家】で何が起こってるの……? スターク、フェアト……それに──……“お姉ちゃん”も)
一人で判断するには荷が勝ちすぎる──しかし、このまま放置してしまえば先に【美食国家】へ向かっている筈のあの双子の事も、そして何より【影裏《えいり》】に引き取られた事で離れ離れになりつつも騎士団に所属した事で再会を果たした姉の事も気がかりで仕方なく。
(──……任務放棄になるんだろうけど……っ!!)
可能な限りの最高速度で【美食国家】へと向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大陸西方──【武闘国家】、その港町“プエルト”。
その港町に位置する、グトライズ旅行代理店の支店に竜覧船《りゅうらんせん》を返却した後、趣味の一つたる釣りを楽しんでいた【始祖の武闘家】──キルファ=ジェノムは。
「──……やりやがったな、あの馬鹿弟子」
この瞬間も立ち昇り続けている光の正体も、それが誰の仕業なのかも本能とで理解していたらしく呆れたように溜息をこぼしつつも愉しげな笑みを浮かべる。
(フェアトのやつは止めなかったのか? 止められる状況になかったのか……? それとも、フェアトが──)
そんな彼女の視界には、あの光に目を奪われて動きを止める商船や客船、竜覧船《りゅうらんせん》などが海面に浮かんでいる姿が映っており、おそらく同じような現象が大陸中で起きているのだろうと踏まえたうえで、いつもなら姉の暴走を制止する筈の妹は何をしているのかと、まさか妹が指示した結果なのかと色々思考を巡らせて。
(……まぁいいや、そのうち【武闘国家《ここ》】に来るんだからそん時に聞いて……で、みっちり説教してから──)
よく考えずとも答えなど出るわけもないと思考を即座に切り替え、どうせいずれは自分の元を訪れる事になるのだから、その時に山ほど言いたい事を言って。
「──褒めてやんねぇとな、あの馬鹿弟子を」
成長したなと褒めてやるのは、その後でもいいだろう──と酒を煽りながらも誇らしげに呵々と笑った。
そして、およそ十五年前の光景を脳裏に浮かべ。
(……リヒト、ティア。 お前らの子は──化け物だぜ)
(──……ま、ずっと前から知ってたけどな)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ここは、【武闘国家】と【機械国家】の国境付近。
本来、半鎖国状態にあるが為に特殊な許可がなければ入国さえ叶わない【機械国家】に足を踏み入れんとしていた大陸一の処刑人──セリシアは空を見上げ。
(──……世界の心臓)
即座に、その光が星の核のものだと看破する。
また、その光の影響で【武闘国家】側の体格の良い警備隊も、【機械国家】側の半機械の警備隊も完全に動きを止めてしまっており、それを悪だと断ずるかどうか──と自身の正義に従い剣の柄に手をかけるも。
(……流石に遠いな、あれを斬るには)
どうやら彼女が授かった称号──【一騎当千《キャバルリー》】にも射程距離は確かに存在するらしく、その不可視かつ不可避の『斬った』という結果だけ残す斬撃も、あの距離では無理だと確信して柄にかけていた手を下ろし。
(今は依頼もない、かの地へ赴いてみるのも一興か)
入国手続きの途中だというのに、その身を翻す。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして大陸とは正反対に位置する、かの辺境の地。
地母神ウムアルマが創造し、スタークやフェアトも十五年ほど暮らしていた紛れもない故郷だが、それでも双子はその地の全てを把握していたわけではない。
そこは、まだ産まれたばかりの二体の神晶竜──パイクやシルドが名づけられる前から竜小屋《りゅうごや》として扱っていた、かの辺境の地で最も海抜が低い洞穴であり。
そんな洞穴の奥も奥──最奥に存在している大きく深く、そして八色に煌めく穴の前に立つ女性こそが。
救世の英雄が一人、聖女レイティアその人である。
(──……こんな事ができるのは、あの子だけだわ)
双子が旅立つ前よりも明らかに痩せた彼女は、その穴から何かを主張するように溢れ出んとする八色の魔素の光を自らの光魔法で抑え込みつつ思いを馳せる。
世界の心臓を剥き出しにし、そして並び立つ者たちの一体を突き落として吸収させた──話せない分だけ情報をくれる世界の心臓から伝わってきた衝撃の事態にも彼女は娘たちを想い、そして微笑んでさえいた。
(どちらが主体になっての事かは分からないけれど、どうせ近々『あれ』から交信が届くでしょうし。 その時に勝手に喋り散らすのを聞いていればいいわよね……)
姉と妹、一体どちらの提案から始まったのかは分からないものの、どのみち序列一位が頼んでもいない報告が上げるだろうと踏んで【光探《サーチ》】の行使はしない。
……できない、という方が正しいのだが。
「……これで少しは落ち着いてくれるかしら?」
それから、レイティアが八色に煌めく穴の奥深くに存在する世界の心臓を見下ろしつつ、およそ言葉を返してくる筈もない星の核へと意味深に語りかけると。
『──……』
世界の心臓から返ってきたのは、まるで何かを彼女に対して──そして世界に対して宣告するかのようにも思える閃光を以て、レイティアへと答えてみせた。
「……そう。 まだ駄目なのね──」
それが意味するところをハッキリと理解できていた彼女は、『世界の心臓が憤怒している』事を前提としたものだった先程の質問としては正しい返答がきた事に納得しつつ、『はあぁ』と浅くない溜息をこぼし。
(──……スターク、フェアト。 カタストロと似た物言いになるのは癪だけれど、この旅が終わったら貴女たちは好きに生きてね。 その時にはもう、きっと私は)
(でも大丈夫、貴女たちなら私たちと同じ──いえ、もっと素敵な英雄になれるわ。 そうでしょう? リヒト)
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