攻撃特化と守備特化、無敵の双子は矛と盾!

天眼鏡

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星を穿つ【矛】

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 一方その頃──。


『──……ッグ、オォ……ッ!』
『きゅう"ぅ……っ』

 スタークの放った【大槌踏蹴《ハンマーストンプ》】によって動きを止められていたのは何も野蚯蚓《のみみず》や生存者たちやだけではなく、かなり上空を飛んでいる筈のパイクやシルドにまで衝撃が及んでおり、どうにか浮遊し続ける事はできても、それ以外の行動の一切が封じられている中で。

 やはり──と言うべきか、【美食国家】そのものの時を止めてしまいかねないほどの震動も、フェアトには全く以て影響がなく平然としているかに思えたが。

「……姉さん、まさか──」

 先の一撃とは別の理由で呆気に取られているらしいフェアトの視界には、のたうち回っていた野蚯蚓《のみみず》が唐突に動きを止めて何かをしている姿と、その野蚯蚓《のみみず》から距離を取りつつ生存者たちと何かを話す姉の姿が。


 この時すでに、フェアトは嫌な予感がしていた。


 これまでに並び立つ者たちシークエンスと戦ってきたゆえの経験則なのか、それとも単に双子だからなのかは分からないものの、とある懸念がハッキリよぎっていた──。


 ──そう。


 つい先程、自分が立てたばかりの作戦に姉も辿り着き、それを実行すべく星を穿とうとしているのでは。


 ──と。


 彼女としても、それが正解だとは思いたくない。


 どの作戦よりも討伐成功の可能性が高いのは紛れもなく事実であるし、およそ普通の人間では考慮するにも値しないこの作戦も、あの姉なら不可能ではない。

 しかし、それはそれとして世界の心臓ワールドコアを剥き出すほどの一撃など放った日には、どう考えても目立ってしまうし何なら危険な存在だと排斥される恐れもある。


 ゆえに、できれば悪い予感は外れてほしかったが。


 そんな妹の願いも虚しく姉は、また一歩前に出る。


 この星の核を剥き出しにする為の力を溜めながら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 場面は、また熱砂の大地へと戻り──。


 段々と焦燥すらも消してしまうほどの絶望と悲憤に駆られる生存者たちに対し、スタークは先程とっさに思いついた策を伝えるべく何の気なしに振り返って。

「──……策はある。 かなり危なっかしいがな」

「「「「「……!」」」」」

 確実性があるとは口が裂けても言えないが、それでも他に思いつかない以上、有無を言わせるつもりはないといった表情を見せるスタークとは対照的に、もはや藁にも縋る勢いの生存者たちは一様に顔を上げる。

「……成功確率は、いかほどだ?」

「んー……まぁ、そうだな──」

 そして彼らを代表し、カクタスが彼女の提案する策とやらの成功確率を問うてみたところ、スタークは腕を組んだりする事もせず少し上を見て思案を始めた。

「──半々ってとこか。 ついでに言やぁ、『危なっかしい』ってのはあたしじゃなくてこの砂漠と、この国そのものの事を指して言ったんだが……どうする?」

「「「「「……っ」」」」」

 そして僅か数秒後、成功する確率も失敗する確率も半分ずつであり、もっと言えば危なくなるのはスタークの身ではなく絶品砂海《デザートデザート》や【美食国家】自体だと無表情で語った彼女に、それを受けた彼らは息を呑むも。

「──……頼む、やってくれ。 もう我々では手の打ちようがない、ゼロなんだ。 それが君に任せる事で半分まで確率が上がるというのなら、そうする他にない」

「……よし、そんじゃあ──」

 すぐさま互いに顔を見合わせ頷いてからテオが一歩前に出た後、濃い絶望の中に少しの希望を見出したかの様な表情と声音を以て頼み込み、その他の四名とともに頭を下げてきた事でスタークは了承しつつ──。


 ──大きく大きく息を吸い込み始めたかと思えば。


「──パイク!! シルドぉ!! 聞こえるかぁ!?」

『『!!』』

 野蚯蚓《のみみず》の咆哮をもあっさり上回る、あまりの大声に生存者たちが耳を塞ぐ中にあって二体の【竜種】に擬態中の神晶竜たちへ呼びかけたところ、パイクとシルドが未だ痺れの残る身体を押して反応を見せる一方。

だろ!? こいつら連れて、なるだけ遠くへ行け! してぇわけじゃねぇならなぁ!」

『……!! グ、ロロ……ッ!!』

『きゅ、い"ぃ……っ!!』

 一応、野蚯蚓《のみみず》に策が露呈しないようにと気遣っているのかいないのか、スタークは何やら意味深な叫びを上げて策を実行する為に必要な行動を指示した事により、パイクたちは瞬時に彼女の叫びの意図を察して。

 スタークの言葉通り、やっと痺れも薄まってきていた身体を少しずつ動かすとともに魔力を充填する中。

(……こういう時だけ双子っぽいの何なの……?)

 やはり自分が立てた策と同じものを姉も思いついているのだと──思いついてしまったのだと悟ったフェアトは、いつもは似ているところなど探す方が難しいというのに、こういう時に限って双子らしさを発揮してくる姉に呆れ返る事しかできないでいたのだった。

「……パイク、シルド。 あの人たちを背に乗せる余裕があるなら、できる限り接近しつつ【飛《フライ》】を行使して浮かせてから乗せてあげてください、いいですね?」

『グルルゥ……ッ!!』

『きゅあーっ!!』

 しかし、それはそれとして自分が立てたものと同じ策を姉が実行するというのなら、あの生存者たちはもちろんパイクたちも安全とは言えない為、彼らを乗せられるなら乗せてから避難をという指示を出した事により、パイクとシルドも一鳴きして急降下し始める。

「お、おい、あの【竜種】ども落ちてくるぞ!?」

「くっ、喰われたりしないよねぇ……?」

「だ、大丈夫ですよ、きっと──」

 上空から巨大な【竜種】が二体も落ちてくる──敵ではないと分かっていても恐ろしい光景に、ティエントやガウリアが思わず武器を構えてしまう中、宥めるようにして腕を伸ばすクリセルダも震えてはいたが。

「……属性は──火と水。 【飛《フライ》】」

『グロロロロォ!!』

『きゅーっ!!』

 そんな生存者たちの心情など考えてやる余裕もないフェアトは、あくまでも怒赤竜《どせきりゅう》と溯激竜《そげきりゅう》に擬態している事だけは考慮して属性を火と水に限定した【飛《フライ》】の行使を指示し、パイクとシルドは指示通りに魔方陣を展開して、およそ支援には向いていない属性で行使。

 実際、【水飛《フライ》】は空中に水の滑走路を展開して空を滑るように飛ぶ兼ね合いで鰓呼吸でもなければ長くは保たないし、【火飛《フライ》】は不可視かつの非接触の熱気球のような現象を対象の近くに発生させる事で低空浮遊を促すという世辞にも『空を飛ぶ』には適してない。

「ぅ、おぉ!? 浮いて──いや熱《あ》っつ! 熱《あ》っつ!」

「わっ、ぷ……!?」

「これは……っ、火と水の【飛《フライ》】か……!」

 それでも膨大かつ質の良い神晶竜の魔力なら充分な効果があるようで、かたや砂漠の炎天下にも劣らないほどの高温の上昇気流で浮遊し、かたや空へ昇るように展開された激流に呑み込まれて強制的に浮遊する。

 これが火と水による【飛《フライ》】だとカクタスが看破した時には、もう目の前まで接近してきていた二体の竜は低空浮遊していた彼らを背に乗せつつ魔法を解除し。

「皆さん、ご無事で何より。 少し遅くなってしまってすみませんでした──……が、もう大丈夫ですから」

「フェアト……っ、スタークは何をしようと──」

 振り落としてしまわないくらいの速度で再び上昇し始める竜たちの背──シルドに乗っていたフェアトが生存者たちを安心させる為に声をかけたところ、テオはスタークの策が未だに分からず詰め寄ったものの。

「それも大丈夫、見てれば分かりますよ。 ただ、この距離でも安全とは言い切れないので少し離れますが」

「あ、あぁ……」

 多くは語らず、あくまで大丈夫だと言い聞かせつつも、やはり距離的にまだ安全とは言えないと口にしてから二体に指示を出し、『もう少し離れて静観しましょう』と告げるフェアトにテオは頷くしかなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ──スタークは、かつてないほど集中している。


(──……邪魔なやつらは消えた。 これから、あたしがやろうとしている事に意義を申し立てる妹もいねぇ)

 これから自分が為そうとしているのは、この十五年間で最も大きな規模での所業である事に少しの疑いもなく、その策の足枷になる生存者たちも『目立つからやめてください』と茶々を入れる妹もいない今──。


 彼女の本気を妨げるものは──もう何もない。


 もはや体内では収まりきらない無数の魔方陣と、その魔方陣が放つ青い閃光が野蚯蚓《のみみず》の身体から漏れているのを見たスタークは、ゆっくりそちらへ歩み寄り。

「……結局、序列も名前も称号も何一つ知らねぇままだが……もう、どうでもいいや。 何せ、お前は──」

 よくよく考えると、この野蚯蚓《のみみず》に転生している筈の並び立つ者たちシークエンスの序列、名前、称号といった要素を何一つ聞かないままに戦っていたという事実に気づきはしたものの、そんな事はもう彼女には関係ない──。


 ──何しろ、この並び立つ者たちシークエンスは今から。


「──星に還るんだからな」

『ギ、ヴゥ──』

 世界の心臓という膨大な魔素の奔流の中に還るのだと告げたうえで、スタークが未だかつてないほどの圧倒的な力を右腕に込め始めたのを、ガボルは感覚器を失っているのに本能と直感を以て悟ってはみせたが。


 もう、全てが遅かった──。


「これが、あたしの本気の一撃……【杭打ちパイルドライブ──」

「──殴打《スマッシュ》】」


 あの時、海面に向けて放ったものとは姿勢からして異なる、ありえないほどの圧力を込めて拳を握った右腕だけを後ろに引いて砂漠を見つめつつ、その右腕を音を置き去りにする速度で野蚯蚓《のみみず》の身体の下に放ち。

 あまりにも大規模な砂の柱が野蚯蚓《のみみず》を中心に立ち昇ったかと思えば、ほんの少し遅れて【爆《エクスプロード》】さえも上回るほどの爆音が【美食国家】全土に響き渡った。

『──ボ、オ"ォ……ッ!?』

 そんな彼女の一撃を地震とでも見紛ったガボルが焦燥したのも束の間、彼は唐突に謎の感覚に襲われる。


 その感覚の名は──浮遊感。


 そう、ガボルは現在進行形で落ちているのだ。


 つい先程まで砂漠にいた筈なのに──。


 もしや空中に打ち上げられでもしたのだろうか。


 そう考えた彼は、どうやったかは分からないが少し待っていれば砂漠に着地する筈だし、もう間もなく魔方陣の展開も終わるのだし、どうせなら着地と同時に三つの魔法を解放して全てを終わらせようと決めた。


 勇者だけは絶対に仕留めておかなければ──。


 そう決めてから、もう数分ほどは経過したか。


 ……何故か着地する様子がない。


 というより自分の下に砂漠が存在する気がしない。


 永遠に落ち続けるような、そんな気さえする。


『ボ、ア"ァッ──エ"ェア"ァアアアアアアッ!!!』


 ゆえに、ガボルは危機感を覚えて魔法を放つ。


 周りにいるかどうかも分からない、ガボルが道連れにする筈だった者たちへ向けられるべき三つの魔法。


 【水降《フォール》】、【水爆《エクスプロード》】、そして【水噴《イラプション》】を──。










 ……しかし。


『──ギュ、ボジュオ"ォォ……ッ?』


 一体どういうわけなのか魔法を放つ為に必要な筈の水の魔力が、ガボルの身体から離れていってしまい。


 それらの魔力は、この瞬間も落ち続けている自分よりも更に下に存在する何かへと吸い込まれていった。


 ……ように、ガボルには感じられていた。


 何せ今の彼には魔力の流れを感じ取る為の感覚器はなく、どうなったかなど直感でしか分からないから。


 何故──と疑問を覚える中、今度は魔法を放つ為の魔力だけでなく、この野蚯蚓《のみみず》の巨体を維持する為に内在している魔力さえもが下へ下へと吸い込まれていくように感じていたが、これはもう直感などではない。


 実際に、ガボルに内在する膨大な量の魔力の全てが更に膨大な魔素の塊に引き寄せられる事で、この醜悪な魔物の身体がボロボロと粘液こと崩れているのだ。


 そして、ガボルはようやく全てを悟る──。


 あの勇者は──この星に穴を穿ったのだと。


 自分を、この星の核へと落とす為に──。


 そう悟ったが最後、彼は全身から力を抜いた。


 今の自分に、【移《ジャンプ》】や【扉《ゲート》】を行使する魔力は残っておらず、どうやっても助からないと理解したから。


 野蚯蚓《のみみず》だったかどうかすら分からないほどに全身が崩れていく中、何の因果か彼の身体は前世の姿であるところの魔族と似たような人型に近いサイズになり。


『──……ユ"ウ"、ジャ……ッ』


 もう声帯にあたる部位など崩れ去っている筈だというのに、まるで口であるかのようにぽっかりと穴が空いた部位から漏れたのは、かつて前世にて自分を殺した──そして今世でも自分を殺す事になる者の称号。


 何故、勇者までもが蘇ったのか。


 何故、再び殺されなければならないのか。


 ……何故、戦わなければならなかったのか。


 それは、きっと──自分が根っからの魔族だから。


 こうして転生した後の思考も全く以て前世と変わらず、ガボルは同胞たちの為にと力を振るわんとした。


 あれだけ疎まれていたにも拘らず、ガボルと同じように転生した同胞たちの為にと勇者を討とうとした。


 結局、自分はどこまでいっても魔族でしかなく。


 勇者ディーリヒトや聖女レイティア、或いはそれに類する者たちとは相反する存在でしかないのだから。


 ガボルは、そうやって人知れず真理に辿り着き。


『……ォ、オ"ォォ──』


 段々と地層や砂に埋もれて姿が見えなくなっていく世界の心臓ワールドコアに呑み込まれ、その膨大な魔素の全てを返還するとともに二度目の生を静かに終えたのだった。
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