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序列七位の置き土産
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──痛い、イタイ、いたい。
ガボルの脳内は、その形容詞で満たされていた。
なまじ優秀なせいで、カタストロから称号や名を授かる以前にさえ強い痛みを感じる事がなかった彼は癇癪を起こした子供のように暴れ回っているが、そんな内情を知る由もないスタークの攻撃の手は止まらず。
「もっと、もっと鋭く──【引鉄指弾《トリガースナップ》】」
『ギュッ!? ウ"ゥ、ア"ァ……ッ!!』
磁砂竜《じさりゅう》に放った時よりも範囲は狭まりこそすれ、その威力と──そして何より貫通力の増した指パッチンによる衝撃波は、まさしく弾丸のように野蚯蚓《のみみず》の身体を粘液ごと貫き、そこから黄色い体液が溢れてくる。
何故──何故、自分に攻撃が通るのか。
間違いなく、【円転滑脱《グリス》】は機能している筈。
だというのに、あの時──感覚器がまだ正常な働きをしていた時に突如として降ってきた、おそらく人間だろう何かの攻撃で身体が動かなくなり、そのまま感覚器を一撃の下に破壊されるだけでは飽き足らず、たった今この瞬間も【円転滑脱《グリス》】で滑っていく筈の攻撃の全てが彼の身体を貫き、潰し、斬り刻もうとする。
……もう嫌だ。
ガボルは、もう痛みに負けて心が折れかけていた。
生を手放せば、きっと楽になれる──と。
前提として、ガボルが過去に属していた魔族には寿命という概念が存在せず、もし外敵に襲われない環境に居続ける事が可能ならば永遠を生きる事もできる。
それは転生後も同じであり、それぞれ選んだ種族によっての老化にこそ抗えはしないが、たとえ本来の寿命が七十年から八十年の人間に転生していても、この世界の終末まで生き残る事も決して不可能ではない。
本来の寿命が七、八年ほどの野蚯蚓《のみみず》であっても。
十年前、絶品砂海《デザートデザート》を滅ぼしかけた野蚯蚓《のみみず》が放置されたのは、あれほど巨大かつ凶暴ならば間違いなく成熟した個体である筈だし、もし何らかの突然変異を起こした幼体だったとしても、しばらく放っておけば勝手に寿命を迎える筈だと見做されたからに他ならない。
尤も、その希望的観測は大きな間違いであり。
今回の百名近くの犠牲に繋がったわけなのだが。
『……ギ、ギュイ"ィ……ッ、ボ、ア"ァ──』
そんな事を知る由もないガボルは今にも自らの命を終わらせて、これ以上の痛みから解放されんと──。
──した、まさにその時。
『──……ゥ、ギビュウ"ゥゥ……ッ?』
……ガボルの中に、ほんの少しの疑念が湧いた。
それは、あの時──遥か上空から落ちてきた人間のような何かが、その他の雑魚と何やら話していた時。
どうにも、ガボルは既視感を感じていたのだ。
何度も言うが今の彼には目も耳も鼻もなく、あるのは野蚯蚓《のみみず》特有の広範囲かつ高精度の魔力専用感覚器。
ゆえに、ガボルが感じた既視感とは空から落ちてきた何かに内在する魔力が、おそらく前世で遭遇した何某かと、あまりにも似すぎていた事が原因である筈。
と、ここまで分かったはいいものの激痛で混乱しきっている今の彼では、まともに思考を巡らせる事も叶わず、カタストロから転生を提案された際に初めて自覚した『他殺』を今度こそ理解して死ぬのか──と。
諦めかけていた、その瞬間──。
『──……ッ!! ギ、グボォア"ァ……ッ!!』
……思い出した。
そして、その最悪の思い出と違和感が合致した。
図らずも、カタストロに聞いた『自分が殺された時の話』を回想したお陰で、ガボルは思い至ったのだ。
たった今この瞬間も自分を殺す為に、それを成し得るだけの力が込められた攻撃を矢継ぎ早に放ってくる人間のような何かの魔力は、ガボルを殺した人間と。
勇者ディーリヒトと、あまりに酷似していた。
本人ではないか──と思ってしまうほどに。
もちろん、カタストロから『自分は勇者と相討ちになったのだ』という話も聞いているし、もう少し冷静になって考えれば、そんな筈はないと分かるのだが。
先述したように今の彼に冷静な判断などできず。
だからこそ彼は、こう判断した──。
──現世に転生した自分と同じように、あの勇者も転生して並び立つ者たちを討伐しにきたのだろう──
と、あまりに飛躍しすぎた妄想にも近い邪推を。
そして彼は、その邪推を勝手に確信へと変えて。
あの勇者が──ディーリヒトが最も忌み嫌う行為とは何か、その行為は今の自分に可能かを考え始める。
このガボルという魔族、醜悪な容姿を除けば努力家で勤勉で、また称号の力抜きの素の実力も高く非常に優秀であり、どうにも癖の強い並び立つ者たちの中においては、いかにも上位陣らしい戦果を挙げていた。
魔族にとっての優秀とは、カタストロの命令に誰より早く従い、カタストロの命令を誰より多く確実にこなす事にあり、そういう意味で言えば彼は最上位三体の魔族を除けば最も強い忠誠心をカタストロに抱き。
同時に、ディーリヒトへの敵対心も最も強かった。
だが、それは恨みや憎しみなどという安易な負の感情ゆえでは決してなく、あくまでもカタストロの命令をこなすうえで最も邪魔な存在であったからであり。
努力家かつ勤勉だった前世のガボルが、これでもかとディーリヒトについてを調べ回った結果、彼が最も忌み嫌う行為とは『力なき善なる民が理不尽に虐げられる事』で、それを同じ人間が為していたとしても容赦なく斬り捨てるくらいには忌み嫌っていたとの事。
前世最期の日、ガボルはそれを実行した事で。
怒れる勇者の一閃により死亡したのである。
それでも、ガボルは彼を恨んでもいないし憎んでもいない、そういう戦いだったと理解しているからだ。
しかし、それはそれとして本当に勇者が転生していたとしたら、カタストロの最期の命令である『好きに生きよ』を他の同胞たちが実行できなくなるのでは。
今際の際で、そう考えたガボルは──。
『──……ッ、ギュ、オ"ォオオオオ……ッ』
ゆっくり、ゆっくりと全身に魔力を込め始める。
感覚器が破壊された今、誰がどこにいたかなど全く以て分かりはしないが──そんな事はもう関係ない。
この砂漠を、この砂漠に棲まう全ての生物を。
果ては──この【美食国家】そのものを。
可能な限り、その全てを道連れにする為に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そんな序列七位の置き土産など知る由もないスタークは、すでに砂漠へ着地していて次から次へと圧倒的な【攻撃力】を誇る体術を繰り出し続けており──。
「……しぶてぇな……【大鎌《サイズ》──」
反撃や回復こそしないものの一向に命が潰える様子のない野蚯蚓《のみみず》に辟易して舌を打ちつつ、いい加減ぶった斬ってやろうと右腕を振りかぶり、ほんの一週間ほど前に巨大な鮫の魔物を両断した必殺技を放たんと。
──した、その時。
「──……あ? 何だ……?」
スタークの危機管理能力が何らかの異変を悟ったのか、その必殺技──【大鎌縄打ち】を中断して距離を離し、どういうわけかのたうち回る事もしなくなった野蚯蚓《のみみず》へ、そこそこの距離から懐疑的な視線を送る。
彼女の危機管理能力が反応するのは、おおよそ相対する敵が大きな一撃を見舞うべく力を溜めていたり。
派手ではなくとも、アホほど魔法に弱い自分にとっては充分に致死性となる一刺しを隠していたりという場合であり、このケースで言えば──おそらく前者。
……ただ、スタークにはその方法が分からない。
やたらめったらに身体を捩らせて暴れるのか、それとも魔法を目標を定める事さえせずに乱発するのか。
……やはり、スタークには判断できない。
(……何かする前に殺しちまえば、どうにでも──)
だからこそ彼女は、この化け物が何かを企んでいるというのなら、その企みごと命を終わらせてしまえば何とでもなる筈だと独断で決めて再び特攻しようと。
──したのだろうが。
「──待て、スターク!! 手を出すな!!」
「……あぁ?」
突如、割と後方から飛んできた男声に反応して振り向くと、そこでは焦燥を露わにしたカクタスが彼女に対し制止する旨の叫びととともに腕を伸ばしており。
「手ぇ出すな……? 何を言って──」
先程、自分が彼らに対して告げたばかりの言葉を返されるとは思っておらず、いまいち要領を得ていないスタークが『何を言ってやがる』と問い返すと──。
「野蚯蚓《やつ》は魔方陣を体内で構築している! おそらく行使する寸前まで何をするのか露見させない為に!!」
「体内で──……何の魔法か分かるか?」
長年の経験ゆえか、それとも火事場の馬鹿力的なものかは不明瞭であるものの、どうやら彼は野蚯蚓《のみみず》が直前までバレないようにと体内で魔方陣を構築し、そして展開しようとしていたのを見抜いていたらしく、それを聞いたスタークは未だによく分かっていないが。
とりあえず何の魔法なのかは聞いてみる事にした。
「【水爆《エクスプロード》】、【水噴《イラプション》】、【水降《フォール》】の三つだ! これらの魔法が、あの野蚯蚓の魔力で発動されれば超強酸性の大洪水が【美食国家】全土を襲う事になる!!」
「「「「なっ……!?」」」」
すると、カクタスは神経を集中させてから魔法の術式さえ看破し、あの野蚯蚓《のみみず》が自らの粘液を触媒とする【爆《エクスプロード》】と、この砂漠に点在するオアシスの綺麗な水を触媒とする【噴《イラプション》】、そして大抵の場合は遥か上空に魔方陣を展開する事で属性に応じた瀑布を発生させる【降《フォール》】、三つの術式を構築中だと叫ぶとともに。
それらが、あの野蚯蚓《のみみず》の巨体からなる膨大な魔力を以て発動されたが最後、絶品砂海《デザートデザート》の外に位置する街や村や集落に至るまで、【美食国家】の全てが超強酸性の水害を被る事になると断言し、そんな最悪の予見を聞かされた他四名の生存者が更に絶望を覚える一方。
(……あの気持ち悪ぃ粘液ごと爆ぜて空と地中以外の逃げ場を奪い──……で、その逃げ場すらも潰すってか)
戦闘中に限り妹と同じくらいの聡明さを発揮するスタークは、ガボルの真意はともかく何をしようとしているのかという事自体は完璧に理解できており、どうすれば止められるのかという事を思案し始めていた。
「た、体内にあるって事は下手に刺激すりゃあ──」
「……大爆発ってこったね。 こりゃあマズイよ」
そんな中、体力はまだあれど魔力が殆ど底をついていたティエントは、あの野蚯蚓《のみみず》自体が爆弾そのものに近いという事を把握して諦念とともに呟きをこぼし。
それを聞いたガウリアもまた、ティエントと同じく現状をしっかり理解できていた為、自分ではもうどうにもならない事態になってきた事を改めて自覚する。
「我々では、あの野蚯蚓《のみみず》に傷をつけられないから関係はないが……だからこそ、スタークに手を出させるわけにはいかない。 君の一撃であれば確実に誘爆する」
「そん、な……もう、どうしようも──」
「……」
更に、テオはテオでスタークの方へと歩み寄ってから、そもそも自分たち五人では何をどうやっても痛痒は与えられないゆえ刺激するも何もないが、この中で唯一あの野蚯蚓《のみみず》に傷をつけられるスタークが次に攻撃したその時こそ、カクタスの予見が現実のものとなる時だと語り、クリセルダが絶望感から膝をつく中で。
(……あいつらなら、どうにかできちまうのかもしれねぇが……これは、あたしの戦いだ。 あたしがやらなきゃいけねぇ……どうする? どうすりゃいいんだ──)
ふと、スタークは空を見上げて未だに上空で浮遊したままのパイクとシルド──そして、シルドの背に乗っている筈の妹の力を脳裏に浮かべつつ、シルドとフェアトが生み出す【盾】なら被害を最小限に抑えてしまえるのだろうとは分かっていても、これはあくまでも自分の戦いだからと首を横に振って気を取り直し。
刻一刻と強制的な終幕《フィナーレ》が迫る中、今この瞬間だけは頭が良いと言っても問題はない彼女に天啓が降りた。
(……待てよ、もう絶対に止められねぇなら──)
そう、もう何をどうやっても並び立つ者たちの道連れ行為を止められないというのなら──いっその事。
(──止めなきゃいいんじゃねぇか?)
止めなければいい──そう思い至っていた。
奇しくも、フェアトと似たような考えに──。
ガボルの脳内は、その形容詞で満たされていた。
なまじ優秀なせいで、カタストロから称号や名を授かる以前にさえ強い痛みを感じる事がなかった彼は癇癪を起こした子供のように暴れ回っているが、そんな内情を知る由もないスタークの攻撃の手は止まらず。
「もっと、もっと鋭く──【引鉄指弾《トリガースナップ》】」
『ギュッ!? ウ"ゥ、ア"ァ……ッ!!』
磁砂竜《じさりゅう》に放った時よりも範囲は狭まりこそすれ、その威力と──そして何より貫通力の増した指パッチンによる衝撃波は、まさしく弾丸のように野蚯蚓《のみみず》の身体を粘液ごと貫き、そこから黄色い体液が溢れてくる。
何故──何故、自分に攻撃が通るのか。
間違いなく、【円転滑脱《グリス》】は機能している筈。
だというのに、あの時──感覚器がまだ正常な働きをしていた時に突如として降ってきた、おそらく人間だろう何かの攻撃で身体が動かなくなり、そのまま感覚器を一撃の下に破壊されるだけでは飽き足らず、たった今この瞬間も【円転滑脱《グリス》】で滑っていく筈の攻撃の全てが彼の身体を貫き、潰し、斬り刻もうとする。
……もう嫌だ。
ガボルは、もう痛みに負けて心が折れかけていた。
生を手放せば、きっと楽になれる──と。
前提として、ガボルが過去に属していた魔族には寿命という概念が存在せず、もし外敵に襲われない環境に居続ける事が可能ならば永遠を生きる事もできる。
それは転生後も同じであり、それぞれ選んだ種族によっての老化にこそ抗えはしないが、たとえ本来の寿命が七十年から八十年の人間に転生していても、この世界の終末まで生き残る事も決して不可能ではない。
本来の寿命が七、八年ほどの野蚯蚓《のみみず》であっても。
十年前、絶品砂海《デザートデザート》を滅ぼしかけた野蚯蚓《のみみず》が放置されたのは、あれほど巨大かつ凶暴ならば間違いなく成熟した個体である筈だし、もし何らかの突然変異を起こした幼体だったとしても、しばらく放っておけば勝手に寿命を迎える筈だと見做されたからに他ならない。
尤も、その希望的観測は大きな間違いであり。
今回の百名近くの犠牲に繋がったわけなのだが。
『……ギ、ギュイ"ィ……ッ、ボ、ア"ァ──』
そんな事を知る由もないガボルは今にも自らの命を終わらせて、これ以上の痛みから解放されんと──。
──した、まさにその時。
『──……ゥ、ギビュウ"ゥゥ……ッ?』
……ガボルの中に、ほんの少しの疑念が湧いた。
それは、あの時──遥か上空から落ちてきた人間のような何かが、その他の雑魚と何やら話していた時。
どうにも、ガボルは既視感を感じていたのだ。
何度も言うが今の彼には目も耳も鼻もなく、あるのは野蚯蚓《のみみず》特有の広範囲かつ高精度の魔力専用感覚器。
ゆえに、ガボルが感じた既視感とは空から落ちてきた何かに内在する魔力が、おそらく前世で遭遇した何某かと、あまりにも似すぎていた事が原因である筈。
と、ここまで分かったはいいものの激痛で混乱しきっている今の彼では、まともに思考を巡らせる事も叶わず、カタストロから転生を提案された際に初めて自覚した『他殺』を今度こそ理解して死ぬのか──と。
諦めかけていた、その瞬間──。
『──……ッ!! ギ、グボォア"ァ……ッ!!』
……思い出した。
そして、その最悪の思い出と違和感が合致した。
図らずも、カタストロに聞いた『自分が殺された時の話』を回想したお陰で、ガボルは思い至ったのだ。
たった今この瞬間も自分を殺す為に、それを成し得るだけの力が込められた攻撃を矢継ぎ早に放ってくる人間のような何かの魔力は、ガボルを殺した人間と。
勇者ディーリヒトと、あまりに酷似していた。
本人ではないか──と思ってしまうほどに。
もちろん、カタストロから『自分は勇者と相討ちになったのだ』という話も聞いているし、もう少し冷静になって考えれば、そんな筈はないと分かるのだが。
先述したように今の彼に冷静な判断などできず。
だからこそ彼は、こう判断した──。
──現世に転生した自分と同じように、あの勇者も転生して並び立つ者たちを討伐しにきたのだろう──
と、あまりに飛躍しすぎた妄想にも近い邪推を。
そして彼は、その邪推を勝手に確信へと変えて。
あの勇者が──ディーリヒトが最も忌み嫌う行為とは何か、その行為は今の自分に可能かを考え始める。
このガボルという魔族、醜悪な容姿を除けば努力家で勤勉で、また称号の力抜きの素の実力も高く非常に優秀であり、どうにも癖の強い並び立つ者たちの中においては、いかにも上位陣らしい戦果を挙げていた。
魔族にとっての優秀とは、カタストロの命令に誰より早く従い、カタストロの命令を誰より多く確実にこなす事にあり、そういう意味で言えば彼は最上位三体の魔族を除けば最も強い忠誠心をカタストロに抱き。
同時に、ディーリヒトへの敵対心も最も強かった。
だが、それは恨みや憎しみなどという安易な負の感情ゆえでは決してなく、あくまでもカタストロの命令をこなすうえで最も邪魔な存在であったからであり。
努力家かつ勤勉だった前世のガボルが、これでもかとディーリヒトについてを調べ回った結果、彼が最も忌み嫌う行為とは『力なき善なる民が理不尽に虐げられる事』で、それを同じ人間が為していたとしても容赦なく斬り捨てるくらいには忌み嫌っていたとの事。
前世最期の日、ガボルはそれを実行した事で。
怒れる勇者の一閃により死亡したのである。
それでも、ガボルは彼を恨んでもいないし憎んでもいない、そういう戦いだったと理解しているからだ。
しかし、それはそれとして本当に勇者が転生していたとしたら、カタストロの最期の命令である『好きに生きよ』を他の同胞たちが実行できなくなるのでは。
今際の際で、そう考えたガボルは──。
『──……ッ、ギュ、オ"ォオオオオ……ッ』
ゆっくり、ゆっくりと全身に魔力を込め始める。
感覚器が破壊された今、誰がどこにいたかなど全く以て分かりはしないが──そんな事はもう関係ない。
この砂漠を、この砂漠に棲まう全ての生物を。
果ては──この【美食国家】そのものを。
可能な限り、その全てを道連れにする為に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そんな序列七位の置き土産など知る由もないスタークは、すでに砂漠へ着地していて次から次へと圧倒的な【攻撃力】を誇る体術を繰り出し続けており──。
「……しぶてぇな……【大鎌《サイズ》──」
反撃や回復こそしないものの一向に命が潰える様子のない野蚯蚓《のみみず》に辟易して舌を打ちつつ、いい加減ぶった斬ってやろうと右腕を振りかぶり、ほんの一週間ほど前に巨大な鮫の魔物を両断した必殺技を放たんと。
──した、その時。
「──……あ? 何だ……?」
スタークの危機管理能力が何らかの異変を悟ったのか、その必殺技──【大鎌縄打ち】を中断して距離を離し、どういうわけかのたうち回る事もしなくなった野蚯蚓《のみみず》へ、そこそこの距離から懐疑的な視線を送る。
彼女の危機管理能力が反応するのは、おおよそ相対する敵が大きな一撃を見舞うべく力を溜めていたり。
派手ではなくとも、アホほど魔法に弱い自分にとっては充分に致死性となる一刺しを隠していたりという場合であり、このケースで言えば──おそらく前者。
……ただ、スタークにはその方法が分からない。
やたらめったらに身体を捩らせて暴れるのか、それとも魔法を目標を定める事さえせずに乱発するのか。
……やはり、スタークには判断できない。
(……何かする前に殺しちまえば、どうにでも──)
だからこそ彼女は、この化け物が何かを企んでいるというのなら、その企みごと命を終わらせてしまえば何とでもなる筈だと独断で決めて再び特攻しようと。
──したのだろうが。
「──待て、スターク!! 手を出すな!!」
「……あぁ?」
突如、割と後方から飛んできた男声に反応して振り向くと、そこでは焦燥を露わにしたカクタスが彼女に対し制止する旨の叫びととともに腕を伸ばしており。
「手ぇ出すな……? 何を言って──」
先程、自分が彼らに対して告げたばかりの言葉を返されるとは思っておらず、いまいち要領を得ていないスタークが『何を言ってやがる』と問い返すと──。
「野蚯蚓《やつ》は魔方陣を体内で構築している! おそらく行使する寸前まで何をするのか露見させない為に!!」
「体内で──……何の魔法か分かるか?」
長年の経験ゆえか、それとも火事場の馬鹿力的なものかは不明瞭であるものの、どうやら彼は野蚯蚓《のみみず》が直前までバレないようにと体内で魔方陣を構築し、そして展開しようとしていたのを見抜いていたらしく、それを聞いたスタークは未だによく分かっていないが。
とりあえず何の魔法なのかは聞いてみる事にした。
「【水爆《エクスプロード》】、【水噴《イラプション》】、【水降《フォール》】の三つだ! これらの魔法が、あの野蚯蚓の魔力で発動されれば超強酸性の大洪水が【美食国家】全土を襲う事になる!!」
「「「「なっ……!?」」」」
すると、カクタスは神経を集中させてから魔法の術式さえ看破し、あの野蚯蚓《のみみず》が自らの粘液を触媒とする【爆《エクスプロード》】と、この砂漠に点在するオアシスの綺麗な水を触媒とする【噴《イラプション》】、そして大抵の場合は遥か上空に魔方陣を展開する事で属性に応じた瀑布を発生させる【降《フォール》】、三つの術式を構築中だと叫ぶとともに。
それらが、あの野蚯蚓《のみみず》の巨体からなる膨大な魔力を以て発動されたが最後、絶品砂海《デザートデザート》の外に位置する街や村や集落に至るまで、【美食国家】の全てが超強酸性の水害を被る事になると断言し、そんな最悪の予見を聞かされた他四名の生存者が更に絶望を覚える一方。
(……あの気持ち悪ぃ粘液ごと爆ぜて空と地中以外の逃げ場を奪い──……で、その逃げ場すらも潰すってか)
戦闘中に限り妹と同じくらいの聡明さを発揮するスタークは、ガボルの真意はともかく何をしようとしているのかという事自体は完璧に理解できており、どうすれば止められるのかという事を思案し始めていた。
「た、体内にあるって事は下手に刺激すりゃあ──」
「……大爆発ってこったね。 こりゃあマズイよ」
そんな中、体力はまだあれど魔力が殆ど底をついていたティエントは、あの野蚯蚓《のみみず》自体が爆弾そのものに近いという事を把握して諦念とともに呟きをこぼし。
それを聞いたガウリアもまた、ティエントと同じく現状をしっかり理解できていた為、自分ではもうどうにもならない事態になってきた事を改めて自覚する。
「我々では、あの野蚯蚓《のみみず》に傷をつけられないから関係はないが……だからこそ、スタークに手を出させるわけにはいかない。 君の一撃であれば確実に誘爆する」
「そん、な……もう、どうしようも──」
「……」
更に、テオはテオでスタークの方へと歩み寄ってから、そもそも自分たち五人では何をどうやっても痛痒は与えられないゆえ刺激するも何もないが、この中で唯一あの野蚯蚓《のみみず》に傷をつけられるスタークが次に攻撃したその時こそ、カクタスの予見が現実のものとなる時だと語り、クリセルダが絶望感から膝をつく中で。
(……あいつらなら、どうにかできちまうのかもしれねぇが……これは、あたしの戦いだ。 あたしがやらなきゃいけねぇ……どうする? どうすりゃいいんだ──)
ふと、スタークは空を見上げて未だに上空で浮遊したままのパイクとシルド──そして、シルドの背に乗っている筈の妹の力を脳裏に浮かべつつ、シルドとフェアトが生み出す【盾】なら被害を最小限に抑えてしまえるのだろうとは分かっていても、これはあくまでも自分の戦いだからと首を横に振って気を取り直し。
刻一刻と強制的な終幕《フィナーレ》が迫る中、今この瞬間だけは頭が良いと言っても問題はない彼女に天啓が降りた。
(……待てよ、もう絶対に止められねぇなら──)
そう、もう何をどうやっても並び立つ者たちの道連れ行為を止められないというのなら──いっその事。
(──止めなきゃいいんじゃねぇか?)
止めなければいい──そう思い至っていた。
奇しくも、フェアトと似たような考えに──。
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