169 / 321
全てを貫く【矛】が要る
しおりを挟む
味方が五人ほど増えて取れる手が増えたとしても。
フェアトの優先順位は何一つとして変わらない。
だから、まず──。
「──……皆さん。 お力添えをとまで言っておいて何をと思われるかもしれませんが、できれば私は姉さんの蘇生を優先させたいんです。 だから僅かな時間でいいので戦線維持、或いは誘導をお願いできませんか」
「「「「!?」」」」
彼女の中の最優先事項である『姉の蘇生』を行う為に、つまりは『囮になって野蚯蚓《のみみず》を引きつけておいてほしい』と暗に告げてきたフェアトに、この場に居合わせた生存者たちは揃って表情を驚愕の色に染める。
……クリセルダだけは、どうにもフェアトの願いに対し思うところがあるようで何かを思案していたが。
一方、フェアトは間違いなく申し訳ないと思ってはいる──それ自体は生存者たちにも何となく伝わってはいるものの、だからと言ってそれは許可できない。
「いや、いやいやいや! 姉の蘇生っつったって、お前は飛べねぇじゃねぇか!! どうするつもりだよ!!」
それを真っ先に主張したのは、かなり高い位置から野蚯蚓《のみみず》を牽制し続けている怒赤竜《どせきりゅう》を指差したティエントであり、【飛《フライ》】も【移《ジャンプ》】も【扉《ゲート》】も使えない身でどうやって怒赤竜《どせきりゅう》の方へ向かうのかと強い語気で問う。
尤も、その発言には別の意図が込められていたようだが、フェアトはそれをとっくに看破しており──。
「……この【盾】は【竜種】です。 この子は決して空を飛ぶ事に長けている種《しゅ》ではありませんが、それでも魔法が効きにくい私に【飛《フライ》】を付与するより良い筈」
この【盾】は【竜種】であっても飛行を得意とする種ではないが──という事にしているだけだが──だとしても魔法に耐性を持つ自分に支援魔法を付与するよりよほどマシな筈だと、つまりは【盾】の状態を解除して【竜種】になったシルドに騎竜したいと主張。
(魔法が、効きにくい……? そうか、だから──)
そんな折、フェアトの主張の中にあった『魔法が効きにくい』という発言により、つい先程の【風飛《フライ》】は不発ではなかったのかとカクタスが独り言つ一方で。
「待っておくれよ! これがなくなったら、あたいらにゃ戦線維持なんて無理だ! ましてや誘導なんて!!」
「……悔しいが、その通りだ。 どうか後回しに──」
ガウリアも、ティエントと同じく【盾】なしでの戦線維持や誘導など不可能だと踏んでいるようで、『あんたも何とか言っておくれよ!』と取り乱した様子で話を振られたテオも討伐が最優先だと口にする中で。
「──……向かわせてあげましょうよ」
「「「「!?」」」」
突如、話に割って入りながらも野蚯蚓《のみみず》と怒赤竜《どせきりゅう》の戦闘から目を離していなかったクリセルダが、フェアトの主張に同意するかのような発言をした事により、ここまで口を噤んでいたカクタスまでもが目を見開く。
……全員の総意だと思っていたからだ。
「く、クリセルダ……自分が何を言っているか分かっているのか!? これは、もはや我々の生命線で──」
「分かってます、えぇ分かってますよ。 でも──」
そんな部下の戯言にも等しい発言を聞いたテオは彼女に詰め寄りつつ、それが非常に情けない事だとは分かっていながらも今の自分たちは、この【盾】ありきの戦いを強いられているのだと告げたが、それでも彼女は首を横に振ってから、ようやくテオの方を向き。
「……私にも姉妹がいるんです。 こんな私より、よっぽど優秀な妹が。 だから、その子の──フェアトちゃんの気持ちも正直に言えば分からなくないんですよ」
「だ、だからと言って──」
この場にはいない、クリセルダよりも遥かに才能に恵まれた優秀な妹の話を持ち出したうえで、だからこそフェアトが姉を大切に思う気持ちも分かるのだと口にするも、テオとしても安易に首を縦に振るわけにはいかない為、時間がない中で思考を巡らせていた時。
(……妹──……っ、まさか)
この人の髪と瞳、どこかでと考えていたフェアトの頭に、さも天啓であるかのように思い浮かんできたのは、シュパース諸島で出会った──【魔弾の銃士】。
「……あの、アルシェ=ザイテさんって──」
「!? アルシェの知り合いなの!?」
そして、クリセルダに対し半ば確信を持ってアルシェの名を口にしたところ、クリセルダは勢いよくフェアトの方を向きつつ知り合いなのかと確認してくる。
「……はい、色々お世話になりました。 それと──」
「……? えっ──」
その後、予想が的中した事に満足する間もなくフェアトは少し背が高い彼女に耳打ちする為、背伸びをしながら姉なら知っているだろう情報を伝え出す──。
──【魔弾の銃士】の、その裏の顔を。
「──……分かったわ。 ここは私たちに任せて」
「なっ!? クリセルダ!! 何を勝手に──」
およそ十数秒ほど後、フェアトから何らかの話を聞いたと見えるクリセルダが突如、誰の確認も取らずにフェアトの主張を受け入れると許可を出した事で、そんな部下を叱責するべくテオは更に詰め寄るものの。
クリセルダは、つい先程のフェアトと同じく犬獣人のティエントにさえ聞こえないくらいの小声を以て。
「……隊長。 この子──【影裏《えいり》】を知ってます」
「っ!? な、何だと──」
どうやら王都アレイナの誇る騎士団に、いくつか存在する部隊の隊長であったらしいテオに対し、さも知っていて当然のように機密部隊の名を──【影裏《えいり》】の名を出してみせた事により、テオは呆気に取られる。
それもその筈、【影裏《えいり》】の存在は南ルペラシオの国民の殆どが知らず、ましてや貴族や騎士、魔導師といった位の高い者たちの中でも一部しか知らないほど。
「重要なのは、【影裏《えいり》】が素性を明かしても問題ないと判断したという事実です。 この子なら、この子たちなら──あの化け物を倒してくれます。 あの者たちが素性を明かすのは明かすに足る強者にのみですから」
「……それは──……っ、あぁ、くそ……っ!!」
そして、クリセルダの言うように【影裏《えいり》】の構成員が素性を明かすのは明かしても問題ない相手──自分たちを凌駕する強者のみであると彼も知っていたからこそ、テオは最後の最後まで頭を悩ませていた結果。
「──カクタス! ガウリア! ティエント! ほんの少しの時間でいい、あの化け物を怒赤竜《どせきりゅう》から離すぞ!」
「「はぁっ!?」」
「……本気で言っているんだな?」
間違いなく先程までの自分と同じ反対派である筈の残り三人に向けて、『フェアトの言う通りに』と指示したはいいが、ガウリアとティエントは唐突に真逆の意見を主張し始めた彼に驚いているし、カクタスも訝しげな視線を向けつつ最終確認のような問いをする。
「カクタス、貴方は問うたな? この【美食国家】を救ってくれるのかと──この少女にだ。 そして、この少女が救国を為すには姉君の力も必要だという事なのだろう……そう考えても、いいんだろうな? フェアト」
「……私情でないとは言い切れませんが、そうです」
一方のテオは、つい数分前カクタス自身が縋るような声音でフェアトに尋ねた、『本当に救ってくれるのか』という発言を基に彼を説得するとともに、もう一押しだとばかりに『私情だけではないのだろう』と問うた事で、フェアトはなるべく正直に答えてみせた。
……何しろ、どちらかと言えば──。
──私情の方が遥かに大きいのだから。
「……いいだろう。 怒赤竜《どせきりゅう》に近づかせず、それでいて王都からも離れた位置に留める──容易ではないが」
「っ、やるしかねぇのか……!?」
「……しゃあないね。 その代わり討伐は頼むよ」
「……はい、必ず」
その正直な回答のお陰で納得してくれたのか、カクタスまでもがフェアトに賛同してしまった事で、かたや腕の震えで打ち鳴る魔法弩をどうにか抑え、かたや諦めたように溜息をこぼしつつも斧を担ぎ直して苦笑する残り二人に、フェアトは決意を新たに頷き──。
「……シルド、パイクに【水伝《コール》】を。 これから私が言う事を、そのまま伝えてください。 後は手筈通りに」
『! りゅあぁっ!!』
それから、できるだけ【盾】の方へと近寄りながらパイクへの伝言を依頼するとともに、この砂の海へ落下する前に整えていた手筈通りに行動をと指示した事により、シルドは『了解』とばかりに魔法を行使し。
上空から魔法を放っていた怒赤竜《どせきりゅう》──もとい、パイクが空気中の水分を振動させる事によって音声を伝える支援魔法を受け取り、それらしい反応を見せた後。
シルドは、【盾】からとある【竜種】に変化する。
それは、とてもではないが絶品砂海《デザートデザート》では見られないし、もっと言えば陸には棲息しない海棲の【竜種】。
『りゅうっ──きゅあぁああああああああっ!!』
「溯激竜《そげきりゅう》、だったのか……!?」
そう、あの時──シュパース諸島で見た翼を持たない事や美しい紺碧の鱗を持つ事、何より圧倒的な水属性への適性を持つ事で知られる溯激竜《そげきりゅう》に変化した事によって、テオを始めとした生存者たちが驚く一方で。
「後は、お願いします! シルド、【水飛《フライ》】を!!」
『きゅうぅっ──きゅいぃいいいいっ!!』
「は、速っ──」
どうにも鳴き声を聞くと擬態しきれているようには思えないが、それでも充分だろうと踏んだフェアトはシルドに【水飛《フライ》】の行使を指示し、ほんの一瞬にして空中に展開した滝の如き激流の道をすべるように空を征くシルドに生存者たちが目を奪われるのも束の間。
「驚いてる場合じゃない! 私たちも、それぞれの役目を果たすぞ! 【移《ジャンプ》】、【扉《ゲート》】を駆使して撹乱を!」
「「おぅっ!!」」
「はいっ!!」
あくまでも時間稼ぎだと理解しているテオは撹乱を目的とする魔法の行使を指示して、もちろんだとばかりにガウリアやティエント、クリセルダが頷く中で。
(……頼むぞ──“代行者”よ)
もしかしたら──そんな確証のない疑念を抱き続けていたカクタスは、【盾】が溯激竜《そげきりゅう》へ変化する瞬間に一瞬だけ感じた神々しい力を見逃していなかったらしく、およそ何一つ根拠のない激励《エール》を送ったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、すぐにパイクの下へ辿り着いた二人は。
「──……パイク! 姉さんの蘇生は!?」
『ぐ、グルァ……ッ』
「っ、やっぱり駄目でしたか……!」
スタークの蘇生に成功したのかとフェアトが問うたものの、パイクは怒赤竜《どせきりゅう》への擬態を解かぬまま首を横に振り、それを『蘇生失敗』と捉えた彼女は口惜しげに唸りながらも、あの化け物じみた野蚯蚓《のみみず》を見遣る。
あの野蚯蚓《のみみず》が序列七位、【円転滑脱《グリス》】を授かった元魔族というのは間違いなく、あの粘液が分泌され続けている限りは攻撃どころか支援魔法さえ通らないというのも、メモの記述を覚えていた為に理解しており。
ある意味、自分に近い存在なのだとも知っていた。
しかし、それは逆に言えば──。
自分にとっての弱点が、あの並び立つ者たちにも当て嵌まるのではないか──とフェアトは思っていた。
最も可能性が高いのは──『足場をなくす』事。
空中なら溶かすも絡めとるもないだろうから。
だが、もう一つ──それとは別の策もあった。
おそらく、そちらの策の方が確実に序列七位であっても討伐できる筈であり、『足場をなくす』という一つ目の案もついでに併用する事ができるからだ──。
しかし、その策を成功させる為には──要《い》る。
全てを貫く──【矛】が要《い》るのだ。
「シルド、【水蘇《リザレクション》】の準備を! すぐにでも姉さんを蘇生し、あの野蚯蚓《のみみず》を討伐する為に力を振るっ──」
だからこそ、フェアトは即座に【水蘇】を行使するようにとシルドに指示を飛ばして、その策を遂行する為に絶対不可欠な『無敵の【矛】』の蘇生を──と。
口にしようとした──その時だった。
「──……っせぇな」
「えっ──」
パイクの背から聞こえた声に、そちらを覗き込む。
すると、そこには──。
「──うるせぇっつったんだよ。 一回で聞き取れ」
「ね、姉さん……!?」
蘇生に失敗したと思っていた双子の片割れ──スタークが、やたらと不機嫌な様子で仁王立ちしていた。
フェアトの優先順位は何一つとして変わらない。
だから、まず──。
「──……皆さん。 お力添えをとまで言っておいて何をと思われるかもしれませんが、できれば私は姉さんの蘇生を優先させたいんです。 だから僅かな時間でいいので戦線維持、或いは誘導をお願いできませんか」
「「「「!?」」」」
彼女の中の最優先事項である『姉の蘇生』を行う為に、つまりは『囮になって野蚯蚓《のみみず》を引きつけておいてほしい』と暗に告げてきたフェアトに、この場に居合わせた生存者たちは揃って表情を驚愕の色に染める。
……クリセルダだけは、どうにもフェアトの願いに対し思うところがあるようで何かを思案していたが。
一方、フェアトは間違いなく申し訳ないと思ってはいる──それ自体は生存者たちにも何となく伝わってはいるものの、だからと言ってそれは許可できない。
「いや、いやいやいや! 姉の蘇生っつったって、お前は飛べねぇじゃねぇか!! どうするつもりだよ!!」
それを真っ先に主張したのは、かなり高い位置から野蚯蚓《のみみず》を牽制し続けている怒赤竜《どせきりゅう》を指差したティエントであり、【飛《フライ》】も【移《ジャンプ》】も【扉《ゲート》】も使えない身でどうやって怒赤竜《どせきりゅう》の方へ向かうのかと強い語気で問う。
尤も、その発言には別の意図が込められていたようだが、フェアトはそれをとっくに看破しており──。
「……この【盾】は【竜種】です。 この子は決して空を飛ぶ事に長けている種《しゅ》ではありませんが、それでも魔法が効きにくい私に【飛《フライ》】を付与するより良い筈」
この【盾】は【竜種】であっても飛行を得意とする種ではないが──という事にしているだけだが──だとしても魔法に耐性を持つ自分に支援魔法を付与するよりよほどマシな筈だと、つまりは【盾】の状態を解除して【竜種】になったシルドに騎竜したいと主張。
(魔法が、効きにくい……? そうか、だから──)
そんな折、フェアトの主張の中にあった『魔法が効きにくい』という発言により、つい先程の【風飛《フライ》】は不発ではなかったのかとカクタスが独り言つ一方で。
「待っておくれよ! これがなくなったら、あたいらにゃ戦線維持なんて無理だ! ましてや誘導なんて!!」
「……悔しいが、その通りだ。 どうか後回しに──」
ガウリアも、ティエントと同じく【盾】なしでの戦線維持や誘導など不可能だと踏んでいるようで、『あんたも何とか言っておくれよ!』と取り乱した様子で話を振られたテオも討伐が最優先だと口にする中で。
「──……向かわせてあげましょうよ」
「「「「!?」」」」
突如、話に割って入りながらも野蚯蚓《のみみず》と怒赤竜《どせきりゅう》の戦闘から目を離していなかったクリセルダが、フェアトの主張に同意するかのような発言をした事により、ここまで口を噤んでいたカクタスまでもが目を見開く。
……全員の総意だと思っていたからだ。
「く、クリセルダ……自分が何を言っているか分かっているのか!? これは、もはや我々の生命線で──」
「分かってます、えぇ分かってますよ。 でも──」
そんな部下の戯言にも等しい発言を聞いたテオは彼女に詰め寄りつつ、それが非常に情けない事だとは分かっていながらも今の自分たちは、この【盾】ありきの戦いを強いられているのだと告げたが、それでも彼女は首を横に振ってから、ようやくテオの方を向き。
「……私にも姉妹がいるんです。 こんな私より、よっぽど優秀な妹が。 だから、その子の──フェアトちゃんの気持ちも正直に言えば分からなくないんですよ」
「だ、だからと言って──」
この場にはいない、クリセルダよりも遥かに才能に恵まれた優秀な妹の話を持ち出したうえで、だからこそフェアトが姉を大切に思う気持ちも分かるのだと口にするも、テオとしても安易に首を縦に振るわけにはいかない為、時間がない中で思考を巡らせていた時。
(……妹──……っ、まさか)
この人の髪と瞳、どこかでと考えていたフェアトの頭に、さも天啓であるかのように思い浮かんできたのは、シュパース諸島で出会った──【魔弾の銃士】。
「……あの、アルシェ=ザイテさんって──」
「!? アルシェの知り合いなの!?」
そして、クリセルダに対し半ば確信を持ってアルシェの名を口にしたところ、クリセルダは勢いよくフェアトの方を向きつつ知り合いなのかと確認してくる。
「……はい、色々お世話になりました。 それと──」
「……? えっ──」
その後、予想が的中した事に満足する間もなくフェアトは少し背が高い彼女に耳打ちする為、背伸びをしながら姉なら知っているだろう情報を伝え出す──。
──【魔弾の銃士】の、その裏の顔を。
「──……分かったわ。 ここは私たちに任せて」
「なっ!? クリセルダ!! 何を勝手に──」
およそ十数秒ほど後、フェアトから何らかの話を聞いたと見えるクリセルダが突如、誰の確認も取らずにフェアトの主張を受け入れると許可を出した事で、そんな部下を叱責するべくテオは更に詰め寄るものの。
クリセルダは、つい先程のフェアトと同じく犬獣人のティエントにさえ聞こえないくらいの小声を以て。
「……隊長。 この子──【影裏《えいり》】を知ってます」
「っ!? な、何だと──」
どうやら王都アレイナの誇る騎士団に、いくつか存在する部隊の隊長であったらしいテオに対し、さも知っていて当然のように機密部隊の名を──【影裏《えいり》】の名を出してみせた事により、テオは呆気に取られる。
それもその筈、【影裏《えいり》】の存在は南ルペラシオの国民の殆どが知らず、ましてや貴族や騎士、魔導師といった位の高い者たちの中でも一部しか知らないほど。
「重要なのは、【影裏《えいり》】が素性を明かしても問題ないと判断したという事実です。 この子なら、この子たちなら──あの化け物を倒してくれます。 あの者たちが素性を明かすのは明かすに足る強者にのみですから」
「……それは──……っ、あぁ、くそ……っ!!」
そして、クリセルダの言うように【影裏《えいり》】の構成員が素性を明かすのは明かしても問題ない相手──自分たちを凌駕する強者のみであると彼も知っていたからこそ、テオは最後の最後まで頭を悩ませていた結果。
「──カクタス! ガウリア! ティエント! ほんの少しの時間でいい、あの化け物を怒赤竜《どせきりゅう》から離すぞ!」
「「はぁっ!?」」
「……本気で言っているんだな?」
間違いなく先程までの自分と同じ反対派である筈の残り三人に向けて、『フェアトの言う通りに』と指示したはいいが、ガウリアとティエントは唐突に真逆の意見を主張し始めた彼に驚いているし、カクタスも訝しげな視線を向けつつ最終確認のような問いをする。
「カクタス、貴方は問うたな? この【美食国家】を救ってくれるのかと──この少女にだ。 そして、この少女が救国を為すには姉君の力も必要だという事なのだろう……そう考えても、いいんだろうな? フェアト」
「……私情でないとは言い切れませんが、そうです」
一方のテオは、つい数分前カクタス自身が縋るような声音でフェアトに尋ねた、『本当に救ってくれるのか』という発言を基に彼を説得するとともに、もう一押しだとばかりに『私情だけではないのだろう』と問うた事で、フェアトはなるべく正直に答えてみせた。
……何しろ、どちらかと言えば──。
──私情の方が遥かに大きいのだから。
「……いいだろう。 怒赤竜《どせきりゅう》に近づかせず、それでいて王都からも離れた位置に留める──容易ではないが」
「っ、やるしかねぇのか……!?」
「……しゃあないね。 その代わり討伐は頼むよ」
「……はい、必ず」
その正直な回答のお陰で納得してくれたのか、カクタスまでもがフェアトに賛同してしまった事で、かたや腕の震えで打ち鳴る魔法弩をどうにか抑え、かたや諦めたように溜息をこぼしつつも斧を担ぎ直して苦笑する残り二人に、フェアトは決意を新たに頷き──。
「……シルド、パイクに【水伝《コール》】を。 これから私が言う事を、そのまま伝えてください。 後は手筈通りに」
『! りゅあぁっ!!』
それから、できるだけ【盾】の方へと近寄りながらパイクへの伝言を依頼するとともに、この砂の海へ落下する前に整えていた手筈通りに行動をと指示した事により、シルドは『了解』とばかりに魔法を行使し。
上空から魔法を放っていた怒赤竜《どせきりゅう》──もとい、パイクが空気中の水分を振動させる事によって音声を伝える支援魔法を受け取り、それらしい反応を見せた後。
シルドは、【盾】からとある【竜種】に変化する。
それは、とてもではないが絶品砂海《デザートデザート》では見られないし、もっと言えば陸には棲息しない海棲の【竜種】。
『りゅうっ──きゅあぁああああああああっ!!』
「溯激竜《そげきりゅう》、だったのか……!?」
そう、あの時──シュパース諸島で見た翼を持たない事や美しい紺碧の鱗を持つ事、何より圧倒的な水属性への適性を持つ事で知られる溯激竜《そげきりゅう》に変化した事によって、テオを始めとした生存者たちが驚く一方で。
「後は、お願いします! シルド、【水飛《フライ》】を!!」
『きゅうぅっ──きゅいぃいいいいっ!!』
「は、速っ──」
どうにも鳴き声を聞くと擬態しきれているようには思えないが、それでも充分だろうと踏んだフェアトはシルドに【水飛《フライ》】の行使を指示し、ほんの一瞬にして空中に展開した滝の如き激流の道をすべるように空を征くシルドに生存者たちが目を奪われるのも束の間。
「驚いてる場合じゃない! 私たちも、それぞれの役目を果たすぞ! 【移《ジャンプ》】、【扉《ゲート》】を駆使して撹乱を!」
「「おぅっ!!」」
「はいっ!!」
あくまでも時間稼ぎだと理解しているテオは撹乱を目的とする魔法の行使を指示して、もちろんだとばかりにガウリアやティエント、クリセルダが頷く中で。
(……頼むぞ──“代行者”よ)
もしかしたら──そんな確証のない疑念を抱き続けていたカクタスは、【盾】が溯激竜《そげきりゅう》へ変化する瞬間に一瞬だけ感じた神々しい力を見逃していなかったらしく、およそ何一つ根拠のない激励《エール》を送ったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、すぐにパイクの下へ辿り着いた二人は。
「──……パイク! 姉さんの蘇生は!?」
『ぐ、グルァ……ッ』
「っ、やっぱり駄目でしたか……!」
スタークの蘇生に成功したのかとフェアトが問うたものの、パイクは怒赤竜《どせきりゅう》への擬態を解かぬまま首を横に振り、それを『蘇生失敗』と捉えた彼女は口惜しげに唸りながらも、あの化け物じみた野蚯蚓《のみみず》を見遣る。
あの野蚯蚓《のみみず》が序列七位、【円転滑脱《グリス》】を授かった元魔族というのは間違いなく、あの粘液が分泌され続けている限りは攻撃どころか支援魔法さえ通らないというのも、メモの記述を覚えていた為に理解しており。
ある意味、自分に近い存在なのだとも知っていた。
しかし、それは逆に言えば──。
自分にとっての弱点が、あの並び立つ者たちにも当て嵌まるのではないか──とフェアトは思っていた。
最も可能性が高いのは──『足場をなくす』事。
空中なら溶かすも絡めとるもないだろうから。
だが、もう一つ──それとは別の策もあった。
おそらく、そちらの策の方が確実に序列七位であっても討伐できる筈であり、『足場をなくす』という一つ目の案もついでに併用する事ができるからだ──。
しかし、その策を成功させる為には──要《い》る。
全てを貫く──【矛】が要《い》るのだ。
「シルド、【水蘇《リザレクション》】の準備を! すぐにでも姉さんを蘇生し、あの野蚯蚓《のみみず》を討伐する為に力を振るっ──」
だからこそ、フェアトは即座に【水蘇】を行使するようにとシルドに指示を飛ばして、その策を遂行する為に絶対不可欠な『無敵の【矛】』の蘇生を──と。
口にしようとした──その時だった。
「──……っせぇな」
「えっ──」
パイクの背から聞こえた声に、そちらを覗き込む。
すると、そこには──。
「──うるせぇっつったんだよ。 一回で聞き取れ」
「ね、姉さん……!?」
蘇生に失敗したと思っていた双子の片割れ──スタークが、やたらと不機嫌な様子で仁王立ちしていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる