攻撃特化と守備特化、無敵の双子は矛と盾!

天眼鏡

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【円転滑脱】

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 砂の海の炎天下さえ塗り替えるような業炎の息吹《ブレス》。


 ……に似せた【火渦《ボルテックス》】が怒赤竜《どせきりゅう》の大きな口から。


 ……もとい、パイクの口の中の魔方陣から放出。


 本家本元、怒赤竜《どせきりゅう》の息吹《ブレス》と比較すると今のパイクが全快でない事も相まってやや見劣りするが、それでも生存者たちからすれば充分すぎるほどの威力で──。

「う、嘘だろう!? 熱風で【土壁《バリア》】が溶けて……!」

 かたや土属性にのみ高い適性を持つ鉱人《ドワーフ》のガウリアが、その巨大な斧を足下に振り下ろす事で砂を触媒とする【土壁《バリア》】を展開するも、じわじわと融解し始め。

「だ、駄目だ! 俺の魔力じゃ防ぐに足らない!!」

 かたや魔力よりも身体能力で優れる傾向にある獣人としては珍しく、その魔法弩に込めた強く赤い魔力を以て展開した【火壁《バリア》】で受け流そうとするも、あろう事か次から次へと息吹《ブレス》──【火渦《ボルテックス》】に吸収される。

「……っ、ジリ貧だな……!」

 唯一、元宮廷魔導師筆頭のカクタスだけは砂漠の炎天下にも【火渦《ボルテックス》】の熱風でも蒸発しない【水壁《バリア》】を最前線に展開して、どうにか被害の拡大を防いでいた。


 ……この場面だけ見ると、パイクが悪にも思える。


 しかし別に、パイクは彼らを害する気などない。


 ただ、そんな些事に構っている余裕がないだけ。


 シルドなら、もしかすると多少の不利を承知で彼らに被害が及ばぬように心がけていたかもしれないが。

 スタークと、たまたま同じ戦場に居合わせただけの名も知らぬ者たちとの優先度が同じである筈もなく。

 実力があれば、或いは運が良ければ生き残るだろうという半ば見捨てるかのような思考で行動していた。

「持ち堪えろ! この威力の息吹《ブレス》なら、きっと──」

 それを知ってか知らずか──いや、まず間違いなく知らないテオは長剣を【火渦《ボルテックス》】に向けて他の者たちと同じように防御の為の【風壁《バリア》】を展開しつつ、これほどの威力なら如何な化け物といえ討伐可能であると。


 そう踏んでいたのだろうが──。










 ──ぬるっ。


「「「「……はっ?」」」」

 焼き尽くすとか、骨まで焦がすとか、存在ごと焼失させるとか──そんな成果を期待していた生存者たちの目に映ったのは、あの醜悪な野蚯蚓《のみみず》の粘液まみれの体表を怒赤竜《どせきりゅう》の業炎の息吹《ブレス》が触れた瞬間に光景。

 もちろん息吹《ブレス》が触れた箇所には焦げ目一つなく。

「「「──う!? うわぁああああっ!?」」」

「「ぐ……っ!!」」

 まるで野蚯蚓《のみみず》だけを避けるようにして砂の海に着弾した【火渦《ボルテックス》】は、あの野蚯蚓《のみみず》に一切の被害を負わせる事なく炸裂し、そこそこ遠巻きにいた筈の生存者にのみ向けて砂の津波を発生させ、それを何とかせねばと考えた生存者たちは悲鳴や呻き声を上げながらも攻撃だったり防御だったり支援だったりする魔法で対処。

 危うく今回の魔奔流《スタンピード》での生存者ゼロ──という最悪の事態に陥りかけたが、どうにか五人全員が回避し。

 またも一箇所に集まり直した彼らは改めて野蚯蚓《のみみず》の方を見遣るが、やはり損傷どころか焦げ目一つなく。

「弾《はじ》かれた、のか? いや、弾《はじ》かれたというより──」

「あの化け物の体表を息吹《ブレス》が滑った、んですかね」

 つい先程の現象を理解できず、されど理解できないなりにテオとクリセルダが推論を広げる中にあって。

「──……やはり、あの時と同じ……」

「や、やはりって何だよ……!?」

 まるで薄々分かっていたと言わんばかりのカクタスの、されど期待を裏切られたかのような絶望感を思わせる呟きを、またも聞き逃さなかったティエントが彼に詰め寄る余裕もないまま、その呟きの真意を問う。

 すると、カクタスは過去を懐かしみ振り返る為なのか、それとも単にあの化け物を視界に入れたくないだけなのかは分からないが、その疲弊した瞳を細めて。

「あの時……十年前も、あの化け物には何一つ攻撃が通らなかった……威力が足らないだとか狙いが悪いだとか、そういう問題じゃあない。 武器も魔法も……あらゆる攻撃が、やつの全身を覆う粘液で

「何だ、それは……! どうすればいいのだ!!」

 十年前に起きた魔奔流《スタンピード》で現れた野蚯蚓《のみみず》も、あの化け物と同じように彼を始めとした当時の猛者たちの攻撃を、さも嘲笑うかのように無力化していた事実を思い返しており、それを聞いたテオは更なる絶望の来訪に精神を削られながらも声を荒げてカクタスに問うた。


 何か、せめて一つでも対処法はないのか──と。


「当時どうにもならなかったからこそ……あの化け物が満足して砂中へ消えていくのを待つしかなかった」

「ぐ……っ!!」

 しかし、カクタスの表情や声音からも分かる通り妙案が返ってくるわけもなく、かつての戦いにおいては村が、街が、オアシスが──この絶品砂海《デザートデザート》に住まうあらゆる生命が喰い潰されていくのを、どうにか形だけでも抵抗しつつ見ているしかなかったと正直に語り。

 カクタスが語った全てに嘘がない事を直感で悟ってしまったテオが、その強面の表情を焦燥で歪める中。

「おい、そんな事言ってる場合か! 動き出したぞ!」

 嗅覚だけでなく聴覚にも優れた犬獣人であるティエントの耳に、あの化け物の体表に嫌というほど生えた縮毛の如き器官の一本一本がぞわぞわと蠢く気持ち悪さしか沸かない音が届いた事で野蚯蚓《のみみず》の移動を察し。

(やっぱり王都に……! せめて、がいれば──)

 それを受けたクリセルダが『王都壊滅、王族を含め全王都民が死亡』という最悪の事態を想像し、で国を離れているがこの場にいれば或いは──と歯噛みする一方。

『ギョオォオオオオ……ボォオオオオ……ッ!!』

 生存者たちの想像に反し、あの野蚯蚓《のみみず》の頭──にあたる巨大な口を携えた部位が向いた方に王都はなく。

「な、何だ!? こっちを──いや、空を見て……!」

「まさか、あの怒赤竜《どせきりゅう》を敵と認めたのか……!?」

 耳障りの悪い咆哮を轟かせる野蚯蚓《のみみず》の先には炎天下の空と──そして何より、つい先程あの馬鹿げた威力の息吹を放ったばかりの怒赤竜《どせきりゅう》がいて、それを見たカクタスは野蚯蚓《のみみず》が怒赤竜《どせきりゅう》を『餌』でも『無価値』でもなく『倒すべき敵』だと認めたのかもと推測したが。


 ……その推測は、あながち間違っていない。


 紛れもなく怒赤竜《どせきりゅう》──パイクを目の敵にしていた。


 ただし、カクタスの推測と少しだけ違うのは焦燥からでも憎悪からでもなく、およそ当人にしか分からない強く大きな『嫉妬』の感情によるものだという事。


 そもそも、この醜悪な野蚯蚓《のみみず》に転生しているのは。


 並び立つ者たちシークエンス、序列──七位。


 “ガボル”と名づけられた男性魔族であり、カタストロから【円転滑脱《グリス》】という名の称号を授かっていた。


 その称号に秘められた力は──『粘液質《ぬめり》』。


 序列九位、【金城鉄壁《インタクト》】という絶対防御を誇る称号を授かっていたイザイアスともまた違う──ある意味では、イザイアス以上の防御力を兼ね備えてもいた。

 それもその筈、彼の身体の表面から流れる『ねばねば』『ぬるぬる』とした粘液は、あらゆる攻撃を『ぬるり』と滑らせて彼の身体に一切の傷をつけさせず。

 同時に彼の粘液は触れたものを絡め取って動きを封じ、そのまま窒息させてしまう事も可能であり──。


 そういう意味では、『盾』とも『矛』とも言えた。


 並び立つ者たちシークエンスとなる前──名もなき魔族の頃から鍛錬を怠らず、カタストロによって序列七位に任じられてからも決して慢心する事なく自分を磨き続けた。

 こう聞くと、アストリットやセリシアなどと同じく並び立つ者たちシークエンス一桁台として相応しい力を持ち、それに伴って同胞からの支持も厚いと思うかもしれない。










 ……だが、そうではなかった。


 彼は、途方もなく同胞から嫌悪されていたのだ。


 これまで遭遇した並び立つ者たちシークエンスの中にも、ジェイデンのように同族から厄介者扱いされていたり、ラキータやナタナエルのように疎まれていたりする者はいたが、このガボルは全く別の理由で嫌悪されていた。


 一体、何が原因だったのかと言われれば──。










 あまりにも不細工かつ醜悪な、その外見にあった。


 決して暴飲暴食を繰り返しているわけでもないのに何故か丸々と肥えた身体、常に脂汗を滴らせている影響で奇妙な光沢を放つぶよぶよの肌、日に何度も何度も清拭しても消える事のない目が沁みるほどの悪臭。
 
 極めつけは、どういうわけか美男美女が揃っていた魔族の中で唯一と言ってもいい──その醜い顔つき。

 これらの圧倒的な負の要素が何の因果か一体の魔族に集約してしまった事で、ガボルは嫌悪されていた。

 尤も、アストリットやセリシアといった外見を気にしない真の強者たちや、ジェイデンやトレヴォンといった特定の何かにしか興味を持たない者たち、そして何より彼の主たるカタストロは疎んでいなかったが。


 それとは逆に、ガボルは全てを疎んでいた。


 ……いや、羨んでいたと言った方がいいだろう。


 彼の周りには生涯の最初から最期の時まで、およそ美形と呼んで差し支えない者たちばかりだったから。


 膨大な闇の魔力により自分を生み出した魔王《カタストロ》も。


 何でも知ってるのに何もしてくれない序列一位《アストリット》も。


 強さが異次元すぎて眼中になかった序列三位《セリシア》も。


 的《まと》にはしてくるが自分に興味はない序列十位《ジェイデン》も。


 犬に粘液をかけてとだけ頼んでくる序列二十位《トレヴォン》も。


 ……そして、何より。


 それまでの自分の努力の全てを無に帰すかのような一閃で、ガボルの第一の生涯を絶ったあの勇者《ディーリヒト》も。


 その全てが、ガボルの嫉妬の対象だったのだ。


 自分が持ち得なかった、『美しさ』を持つ者が。


 だから彼は──十年前と同じように叫ぶ。


『──……ッ、ギョボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 いっその事、前世よりも更に醜悪な化け物になってでも、この世の美しいものを殺し尽くしてやろうと。


 照りつける日の光のせいか、どうにも普通の個体より美しく透き通って見えなくもない、あの怒赤竜《どせきりゅう》も。
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