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熱砂の大地と魔奔流

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 その砂漠は広大も広大であり、どこまでも続いていると思うかもしれないが──そういうわけでもない。

 何を隠そう、パイクが飛んでいる超高々度からは随分と離れているとはいえ栄えているように見える街の姿も映っているし、ところどころに強い日の光を反射して煌めく湖と、その湖を囲む自然豊かな憩いの場。


 いわゆる、オアシスがいくつも点在していたから。


 加えて、パイクの嗅覚には甘かったり酸っぱかったり或いは爽やかだったり──そして、それらが混ぜ合わさっても全く不快ではない美味しそうな香りが、そこかしこのオアシスを発生源として漂い続けており。

『……りゅうぅ──』

 どのみち熱砂の大地にスタークを横たわらせるつもりはなかったパイクが、そのオアシスのうちの一つに降り立ってから蘇生を始め、スタークが目を覚ましたなら即座に栄養補給をさせようと判断を下した──。


 ──まさに、その瞬間。


『──! りゅうっ……!?』


 パイクが感じ取ったのは、あまりにも濃厚な──。










 ──並び立つ者たちシークエンスの気配。


 その気配から感じる強さは序列十位《ジェイデン》と比べても遜色なく、また気配の大きさだけで言えば怒赤竜《どせきりゅう》を遥かに上回っているように感じており、『怒赤竜《どせきりゅう》を凌駕する体躯の生物に転生を?』と自分の感覚を疑った結果。


 再度、先程の気配を正確に探らんとした時──。


『──りゅっ!?』

 そちらに顔を向ける前にパイクの聴覚を叩いたのは刃物で肉を断つ音や防具で攻撃を防ぐ音、大勢の生物が砂の上を走ったり這いずったりする音や空気を振動させるほどの魔物の咆哮などであり、それらの音の内訳を把握したパイクはそちらを向く事を強いられる。

 刃物や防具による音が発生しているという事は、そこに人間ないし獣人や霊人がいるという事だからだ。


 ……尤も、この世界には武具を扱う魔物もいる。


 限りなく人間に近いとされる【鬼種《きしゅ》】などが良い例で、それ以外にも知能が高い魔物が人間や獣人、霊人の戦闘を見て学習した結果、剣や斧などを扱えるようにと進化した魔物が誕生する事はあるらしいが──。

 あくまでも、それらは非常に稀有な例であり高確率で魔物以外の何かがいると踏んだパイクは、もし人間などがいたなら姿を隠さなければならないと判断し。

 光の屈折により姿を隠蔽する【光眩《ブラインド》】の行使も視野に入れて、いよいよ音のし続けている方を見遣ると。
 

 そこでは──。


『『『──グギャアァアアアアッ!!』』』

「決して街には近づかせるな! ここで止めろぉ!!」

「分かってる! だが、その為には──っと!」

『ガァッ!?』

「えぇ、『切っ掛けの魔物スターテッド』を探さないと……!」

「索敵班! まだか!? まだ見つからないか!?」

「……っ、もう少し時間を──ぐぁああっ!?」

『ゴルルルルゥ!!』

「待ってて! すぐに【水癒《ヒール》】を──」

 おそらく冒険者や傭兵、或いは騎士や魔導士と見える人間や獣人、霊人たちが徒党を組み、まるで津波のように押し寄せる多種多様な魔物たちを、パイクの視界にも映る街へ被害を出さない為に食い止めていた。

 砂漠だという事もあってか、この戦場で戦う彼らは皆、流れた先から汗が乾いていくほどの暑さにも拘らず肌を曝さないようにと袖が長く身軽な、もしくは直射日光で熱されても問題ないようにと氷属性の魔石を取り付けた鎧やローブを装備して戦闘に臨んでおり。

 両陣営ともに弱者はおらず──尤も、パイクの目からは大して強く見えていないようだが──魔物を数体ほど倒すごとに彼らも一人、また一人と倒れていく。


 魔物たちの数は目算で、おおよそ千体ほど。


 いや、この瞬間も砂の下や空から現れている魔物も含めれば千体を優に超えて出没していると思われる。


 それに対して彼らは百人ほどしかいない。


 ……十分の一以下だ。


 一人で十体以上倒さなければならないのに、すでに半数以上が重い傷を負っているだけでなく魔力も随分と消費しているこの状況は絶望的と言わざるを得ず。

 おそらく彼らに戦闘経験で劣るであろうパイクから見ても、これは不利極まりないとしか思えなかった。


 しかし、それよりもパイクには気になる事がある。


 確かに、これだけ広大な砂漠であれば千を超える魔物がいる事も不思議ではないし、その魔物たちが餌となる生物の集まる場所──街を狙うのも理解できる。


 ……だが、ここは取りも直さず【美食国家】。

 
 延いては、この暑さを除けば如何様な生物の味覚であっても満足させる絶品砂海《デザートデザート》なのに、どうして格別に美味いわけでもないだろう人間などが集まる街を狙って侵攻を続けているのか──それが分からなかった。

 討伐されてしまうリスクをあってもなお、わざわざ街を狙うほど魔物たちを惹きつけるものがあるのか。


 ──。


『……っ、りゅあぁ……!』


 ……いや、それよりも確定させるべき事がある。


 この現象が間違いなく──“魔奔流《スタンピード》”だという事を。


 転生してから魔奔流《スタンピード》を実際に見た事はないが、それでもフェアトから詳細や対処法を聞いていた為、瞬時に把握する事ができており、これを止めるにはを止めるしかないという事も教わっていた。

 発端となる何か──それこそが魔導士の一人が叫び放っていた、『切っ掛けの魔物スターテッド』と呼ばれる存在で。

 その魔物を逃がすまいと集まったのか、もしくは少しでも的を増やして逃げる為に嫌でも集まらざるを得なかったのか、それをパイクが知る由はないが──。

 つい先程に、パイクが『それとも』と別の考えに移ろうとしたものがこの『切っ掛けの魔物スターテッド』にあたる。


 ただ、それが並び立つ者たちシークエンスかは分からない。


 魔奔流《スタンピード》により現れた魔物のうちの一体かもしれないし、もしかすると魔奔流《スタンピード》を止めに来た冒険者や傭兵、騎士や魔導士の中に紛れているのかもしれない。

 もう少し近づいてみない事には分からないが、だからといって姿を晒すわけにいかないというのも事実。

『りゅう……っ、りゅあぁ──』

 いっそ、この身体が変幻自在である事を活かして何らかの魔物に化けてしまえば、もしくは超高々度から魔法を魔物たちに撃ち込み姿を見せずに討伐してしまえば──と色々な策を検討していた、その時だった。










 ──ズズズズ……ッ!!


『りゅ……?』

「「「「「「!?」」」」」」

『『『ギュオ……ッ!?』』』

 という腹の底に響くような音が、パイクだけでなく砂漠に立つ冒険者や傭兵たち、そして魔物たちの耳にも届いており、もっと言えばパイクや空を飛ぶ魔物を除いた砂漠に立つ者たちは大きな揺れも感じていた。

「──ぅ!? うわぁああっ!?」

「まずい! !!」

「だ、誰か! 手を貸してくれぇ!!」

「【飛《フライ》】でも【移《ジャンプ》】でもいい! とにかく逃げろ!」

『『『ギャアァアアアアッ!?』』』

 そんな地震と見紛う揺れに伴って、すっかり大戦場と化していた砂の海は文字通り波立ち、ここに居合わせた生物全てを呑み込まんとする勢いの超巨大規模の流砂が発生した事で、おそらく砂上での戦いに慣れている筈の冒険者や傭兵たちだけでなく、この砂漠を棲家とする魔物たちでさえ焦燥に駆り立てられている。

 何とか砂中を泳いで逃げようにも、その砂が自分たちを下へ下へと引きずり込み、もしかしたら呼吸をする為に砂上に顔や鰓を露出させるといった事すらできなくなるかもしれない──そう判断したからこそだ。

 加えて、その揺れは収まるどころか次第に強まっており、もはや誰一人としてまともに立つ事もできず。

 【飛《フライ》】の行使が可能な者は空に、【移《ジャンプ》】や【扉《ゲート》】の行使が可能な者は遠く離れた場所に避難する事で精一杯であり、パイクの存在には誰も気がついていない。

 もちろん、【光眩《ブラインド》】の効果もあろうが──。

『……りゅ、りゅうぅうう──』

 一方で、その凄惨で絶望的な状況を超高々度から見下ろしているパイクは、あの時フェアトが口にしていた決意、或いは誓いのようなものを思い返していた。


 この手と、【盾】が届く範囲くらいは護りたい。


 あの言葉が、フェアトとシルドの間に交わされたものであるのは相違ないと分かっていたものの、パイクにだって彼女たちやスタークのような正義感はある。

『……りゅあぁああ……っ!!』

 ここで正体が暴かれる事を恐れて見殺しにするくらいなら──そう考えたパイクの姿が変化していく中。


 切っ掛けの魔物スターテッドが、その全貌を見せる──。










『──ギョボオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!!』


 一瞬、隕石落下地点かの如く砂漠が陥没したかと思えば、その超巨大規模の流砂をも一口に呑み込んでしまうほどの、いかにも切れ味の良さそうな凶悪極まりない牙が生え揃った口を持つが出現。

 逃げる手段を持たなかったか、もしくは逃げるのが遅れてしまった者たちを収めたまま口は閉じていき。

「やっ、やめ、助けてくれぇええええっ!!」

「いやっ、いやぁああああああああっ!!」

「だ、誰かっ──ぎ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!?」

『『『ギャアァアアアアアアアア……ッ!?』』』


 逃れられぬ死を目前にしてなお助けを求める声。


 これから訪れる死を認められず闇雲に叫ぶ声。


 ジュワァアアアアッ──という何かが溶解するような音や強烈な刺激臭に紛れる悲痛極まりない断末魔。


 ……パイクは自分の優れた聴覚が恨めしくなった。


 もう完全に閉じてしまった筈の巨大な魔物の口の中から、まだ息があり身体の原型を者たちの絶望の声が聞こえてくるからに他ならない。


 ──野蚯蚓《のみみず》。


 それが、この巨大な魔物の正体。


 超強酸性の体液を持つ事を活かし、この種が唯一扱う事ができる水属性の魔法をも超強酸性にしてしまう末恐ろしい魔物だが、ここまで大きな個体はいない。


 それも全ては、この野蚯蚓《のみみず》の魂が──。









 ──並び立つ者たちシークエンスであるばかりに。
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