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予想外の繋がり
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あまりに突拍子のないミュレイトの暴露を聞いたフェアトの表情が、どう見ても何か訳知りだった為か。
「──……あら? もしかして知ってるのかしらァ?」
「し、知ってるも何も……! その家名は──」
彼としては何気なく明かした、かつての自分の家名を知っているのだろうと半ば確信して首をかしげつつ問いかけると、フェアトは信じられないといった具合の表情で記憶に残る師団長の名を口にしようと──。
──したのだが。
「シュツェル近衛師団、第十四代師団長ノエル=クォーツと同じ。 もちろん偶然でも何でもないわァ、あれはアタシのぉ──腹違いの弟なんだからァ、ねぇ?」
「お、弟……!? ノエルさんの、兄弟……!?」
そんな彼女の声を遮って差し込まれたのは、ミュレイトからの『ノエルの異母兄弟である』という衝撃の告白であり、それを聞いたフェアトは脳裏に映る師団長の風体と目の前で自分の首を絞めてきている筈の組合長兼教祖のオネエを比べるも、どれだけ甘く見積もっても精悍な顔立ちの師団長とは似ても似つかない。
……が、もう一度しっかり彼の顔を見てみると。
(……そういえば、この人の瞳も金色……髪色は違うけど、それは染めれば済む話……じゃあ本当に……?)
無駄にパッチリとした瞳の色はノエルと同じ金色であり、ミュレイトの髪色が毒々しい菫色だった為に考えもしなかったが髪は瞳と違って色を変えられるのだから、そんなものは二人が兄弟である事を否定する証拠にならない──フェアトは、そう解すると同時に。
髪色はおろか瞳の色さえ違う自分たちは、やはり双子でも何でもないのでは──と、そう考えていた時。
「ちなみに、あれが一度は追放されたって話はァ?」
「……聞いてます。 でも、それは──」
突如、王都での騒動が終わった後の一週間の中で聞いた『ノエルの追放話』についてを知っているかと尋ねてきた事で、フェアトは頷きつつも追放ではなく絶縁だった筈だと彼の認識を訂正しようとしたのだが。
「そぉ。 あろう事か自分を追放した者たちを赦して近衛師団に入団した事で得られる誉れを、クォーツ家にも分け与える道を選んだのよねぇ……本当にぃ──」
どうやら、『一度は』と言っていた事からも分かる通り正確に事実を把握していたようで、ノエルが自分を切り捨てた生家を赦して復縁したという、フェアトも本人から聞いていた事実を口にするとともに──。
「──余計な事をしてくれたわァ……!!」
「!? ──ぅっ」
少しずつ、本当に少しずつ表情に強い怒りと憎しみの感情を込めて、フェアトの首を絞める手にも魔物の首さえ折ってしまえそうなほどの力を込めるミュレイトに、その力は伝わらずとも感情の変化自体は察する事ができていたフェアトは『何事か』と目を見開く。
そんなフェアトを、つい先程まで叩きつけていた壁から離したかと思えば再び強く叩きつけた彼は──。
「あれが、あの時にクォーツ家を見捨てていれば! アタシが手を下さずともクォーツ家は没落してた! なのに、あれの半端な慈悲のせいでアタシの計画は随分と遅れてしまったのよぉ! あのお人好しのせいでぇ!」
「計画……国盗りですか」
これまでの、とてもではないが筋肉質な身体に合わない女言葉はそのままに、まるで魔族のそれのような覇気を込めて怨嗟の言葉を叫ぶ彼に対し、フェアトは驚きこそすれ怯えてはおらず淡々と声をかけてみる。
すると、ミュレイトは『そうよぉ?』と答え。
「本当なら、もっと時間がかかる筈だったのよぉ? どれだけ少なく見積もっても、あと十数年はないと計画に必要な資金は集まらなかったのぉ。 だけどねぇ? そんなアタシに手を差し伸べてくださったのがァ──」
クォーツ家の没落はともかく魔導国家の国盗りともなれば、それこそ膨大な資金が必要だと彼も理解はしていたが、だとしても観光客がもたらす分と聖神々教ほどではないとはいえ悦楽教の信徒たちによる大量のお布施を利用すれば十数年で計画に取り掛かれると。
「──悪神、ジジュ……」
「そういう事よぉ♡」
その気が遠くなるような計画を一気に短縮させたのが、かの福の神ジジュの『裏の面』──悪神ジジュ。
「あのお方は、アタシに資金を稼ぐ為の策と、その策を可能にする道具を授けてくださったのぉ。 それこそが、リャノンとサラ。 並び立つ者たちだったのよぉ」
悪神ジジュは、ミュレイトの中に燻る怒りや憎しみといった圧倒的な負の感情を看破したうえで、その感情に身を任せ『裏』の悦楽教の教祖となる事を条件として彼の計画を短期間で詰めまで持っていく為に、リャノンとサラ──二体の元魔族を授けたのだという。
「……その二体は、どこに……?」
「……? どこにってぇ──」
一方、話は大体理解できたが肝心のリャノンとサラが見当たらない事に違和感を覚えたフェアトが、ふいっと視線を逸らしつつ地底湖やその周囲、或いは地底湖の中心に佇む石像に目を遣っていた時、随分と不思議なものを見るような表情に変わったミュレイトは。
「──ずっと、アナタの視界に映ってるわよぉ?」
「え──……っ、まさか!?」
「そぉ。 あれよぉ♡」
何と、この瞬間もフェアトの視界に二体は映り続けているのだと語り、それを受けたフェアトは何を言っているのか分からず困惑したが──それも一瞬の事。
この光景で、リャノンとサラ──並び立つ者たちかもしれないと言えるのは誰の目から見ても一つしかなく、そちらへと勢いよく視線を注視したフェアトに対して、ミュレイトは満足そうに頷きながら肯定した。
地底湖の中心に佇む、あの時ミュレイトが礼拝していた幸福の番像《つがいぞう》と似ており、とはいえ男女ではなく女性同士が身を寄せ合っているような妙な意匠の石像。
「……石像に、転生……? 悪神ジジュが、それを知って貴方に二体の並び立つ者たちを授けたとでも──」
「うーん、ちょっと違うわねぇ」
「……?」
それを見たフェアトは、どういう理由からかは分からないがリャノンとサラは石像に転生し、それを悪神ジジュに気取られた事でシュパース諸島まで連れてこられ、【破顔一笑《ラフメイカー》】と【常住不断《ステイヒア》】を利用する為だけにミュレイトの手に引き渡されたのだと推測するも。
どうやら少しばかりとはいえ彼女の推測は外れているらしく、フェアトが疑念から首をかしげる一方で。
「あの二体をジジュ様が授けてくださったのは間違いないわよぉ? けどねぇ、あの二体も最初はアタシやアナタと同じ人間に転生してたのよぉ。 だからァ──」
ミュレイトは、フェアトの推測にあった『ジジュが授けてくれた』という部分だけは正解だと太鼓判を押しつつも、リャノンとサラも最初は人間として転生していたと明かしてから、その二体に対して彼は──。
「利用しやすいようにぃ──石像に変えたのよぉ♡」
「……はっ? 石像、に……?」
その二体が持つという魔法をも超えた力だけを利用しやすい状態に変える為、二体の身体そのものを石像に変えたのだと告げたが──フェアトは呆然とする。
いや、呆然というよりも彼が言っている事を理解できない事からの困惑の感情の方が強いかもしれない。
「……『閉じ込めた』なら分かります……いや、分かりたくはないですが……【土閉《クローズ》】を薄皮一枚の範囲で行使して動きを封じる事もできなくはないですから」
その後、数秒の沈黙があったもののフェアトは自分なりに彼の言葉の意味を思案し、かの王都での騒動の時も数多くの騎士や冒険者たちが行使した【土閉《クローズ》】ならば『石像もどき』は作れるだろうと踏んだが──。
「でも、『生物の身体を他の物質に変える』なんて魔法を私は知りません……貴方は一体、何をして──」
もし、そうではなく本当に身体そのものが石という人体とかけ離れた物質に変化しているとしても、そんな事を可能にする魔法をフェアトは知らないのだと。
そう口にしようとした──次の瞬間。
──パキッ。
という小気味良い音が鳴っていないのに──。
「……? その、魔方陣は──それに、魔石は……?」
ミュレイトの手には白とも違う完全に無色透明な魔方陣が展開されており、それは何だと問いかけると。
「……うふふ♡ これも、ジジュ様が教えてくださったんだけどねぇ? この魔法は──アタシみたいな欠陥のある人間にしか扱えない欠陥だらけの魔法なのよぉ」
「欠陥──まさか、適性がない人だけが……?」
ミュレイトはニヤニヤとした笑みを湛えつつ、この魔法もまた悪神が授けた恩恵の一つであり、もっと言えば自分のような欠陥品にしか行使できない魔法なのどと告げた事で、『適性がない』と語っていた彼の言葉を思い返したフェアトの問いに、彼は淡々と頷き。
「この魔法の名は──【同一《シンクロ》】。 片手で触れている物が持つ性質を、もう片方の手で触れている物にも付与する変わった魔法でねぇ? あの二体も、もう片方の手で石に触れた状態で触れたから石になったのよぉ♡」
「は……!?」
その魔方陣に刻まれた術式──【同一《シンクロ》】という、このよ世界に数ある魔法で唯一属性を必要としない魔法によって、リャノンとサラを石像に変えたのだと明かすも、フェアトは理解が追いつかず口を開けるだけ。
ちなみにレイティアもフルールも【同一《シンクロ》】の存在は知っていたが、スタークもフェアトも魔法は使えないのに適性は八つ全てにあった為に教えていなかった。
「……その魔法に、リスクは……?」
翻って、そんな危険極まりない魔法にリスクがない筈がないと主張すると、ミュレイトは笑みを湛えて。
「もちろんあるわよぉ? とんでもない量の魔力が必要になるしぃ、ほんの少しでも用法を誤ったら術者の身体までもが変わって──そのまま戻れなくなるわァ」
「……っ、どうして、そこまで……」
当然ながら決して小さくないリスクが存在すると語り出し、まず宮廷魔導師が十人いても足りないほどの魔力が必要であるところから始まって、それでも失敗した場合は付与せんとした性質が自分にも伝播し、そのまま二度と元に戻る事は叶わなくなるのだという。
必要な魔力は、ジジュの神力で補っているらしい。
それを聞いたフェアトは、そんなリスクを背負ってまで国盗りなどという荒唐無稽な計画に身を費やすのは何故だと真剣味を帯びた表情と声音で問いかけた。
すると、ミュレイトの表情から再び笑顔が消えて。
「……アタシは全てが憎いのよぉ。 アタシに適性を与えなかった神も、アタシを追放した生家も、アタシの計画を遅らせたあれも──アタシを見殺しにした母親もぉ!! だからァ! 邪魔者は排除するのよぉ!!」
「ぅわっ!」
段階的に大きくなっていく低い声音とともに、ミュレイトは自分の奥底に燻り続けていた負の感情を吐き出しつつも、それを吐露し終わると同時に先程まで掴んでいたフェアトを地底湖がある方へとぶん投げる。
もちろん、フェアトの力では彼の行動に抗う事などできず、どれだけ地面を擦ったところで傷つく事はなくとも、その身体は大きく派手な水音を立てて地底湖の浅いところに叩きつられ濡れ鼠となってしまった。
「……けれど、アタシじゃアナタは殺せないみたいだしぃ? あの子に任せる事にするわァ、あの子にぃ♡」
「あの、子──……っ!?」
その後、笑顔に戻った彼は自分の魔法でも膂力でも目の前の少女は殺せない事を理解したうえで、それならと別の案を用意してあったらしく、どこからか取り出した何かの骨つき肉を地底湖に投げた──その時。
『──グォルルルルルルルルゥ!!』
「!? “首鰐《くびわに》”……!?」
投げた骨つき肉が着水する前に、その決して小さくない骨つき肉を丸呑みにできる大きさの巨大な鰐が出現したのを垣間見たフェアトは、それが“首鰐《くびわに》”という名の鰐型で水陸両用の魔物である事をあっさり看破。
首鰐──見た目は単に大きなだけの鰐なのだが、その名の通り首元には鋭い棘つきの首輪の如く盛り上がった奇形の鱗があり、それが単なる鱗ではなく本来の首輪としての役割も果たす為、そう呼ばれるように。
何を隠そう、この首鰐という魔物は生まれてすぐに自分を従えるだけの力を持つ『主人』を探し、もし出会えたのなら首輪型の鱗は一部だけ形を変えて鎖のようになり、その鎖は即座に不可視となって主人と自らとを結んで主従関係にあると周りに示すのだという。
それが首鰐の誉れであり、いかに強い主人に従えられているかというのが異性への魅力になるのだとか。
「さぁ、アタシの可愛い首鰐ちゃん♡ お食事の時間よぉ♡ その子はちょおっと固いから気をつけてねぇ♡」
『グォロロロロロロロロロロロロォオオオオ!!』
「……っ!」
向こうで首鰐に対し低い男声の女言葉で指示を出すオネエが『自慢の主人』かはともかく、その声に首鰐が呼応しているのは紛れもない事実である為、水の抵抗で重い身体を何とか上体だけでも起こしたフェアトは目の前で水を掻き分け向かってくる首鰐を見つつ。
(──……ここかな、あれを使うなら)
彼女にとって唯一とも言える反撃の手段──切り札を使うなら今この瞬間ではないか、と判断していた。
「──……あら? もしかして知ってるのかしらァ?」
「し、知ってるも何も……! その家名は──」
彼としては何気なく明かした、かつての自分の家名を知っているのだろうと半ば確信して首をかしげつつ問いかけると、フェアトは信じられないといった具合の表情で記憶に残る師団長の名を口にしようと──。
──したのだが。
「シュツェル近衛師団、第十四代師団長ノエル=クォーツと同じ。 もちろん偶然でも何でもないわァ、あれはアタシのぉ──腹違いの弟なんだからァ、ねぇ?」
「お、弟……!? ノエルさんの、兄弟……!?」
そんな彼女の声を遮って差し込まれたのは、ミュレイトからの『ノエルの異母兄弟である』という衝撃の告白であり、それを聞いたフェアトは脳裏に映る師団長の風体と目の前で自分の首を絞めてきている筈の組合長兼教祖のオネエを比べるも、どれだけ甘く見積もっても精悍な顔立ちの師団長とは似ても似つかない。
……が、もう一度しっかり彼の顔を見てみると。
(……そういえば、この人の瞳も金色……髪色は違うけど、それは染めれば済む話……じゃあ本当に……?)
無駄にパッチリとした瞳の色はノエルと同じ金色であり、ミュレイトの髪色が毒々しい菫色だった為に考えもしなかったが髪は瞳と違って色を変えられるのだから、そんなものは二人が兄弟である事を否定する証拠にならない──フェアトは、そう解すると同時に。
髪色はおろか瞳の色さえ違う自分たちは、やはり双子でも何でもないのでは──と、そう考えていた時。
「ちなみに、あれが一度は追放されたって話はァ?」
「……聞いてます。 でも、それは──」
突如、王都での騒動が終わった後の一週間の中で聞いた『ノエルの追放話』についてを知っているかと尋ねてきた事で、フェアトは頷きつつも追放ではなく絶縁だった筈だと彼の認識を訂正しようとしたのだが。
「そぉ。 あろう事か自分を追放した者たちを赦して近衛師団に入団した事で得られる誉れを、クォーツ家にも分け与える道を選んだのよねぇ……本当にぃ──」
どうやら、『一度は』と言っていた事からも分かる通り正確に事実を把握していたようで、ノエルが自分を切り捨てた生家を赦して復縁したという、フェアトも本人から聞いていた事実を口にするとともに──。
「──余計な事をしてくれたわァ……!!」
「!? ──ぅっ」
少しずつ、本当に少しずつ表情に強い怒りと憎しみの感情を込めて、フェアトの首を絞める手にも魔物の首さえ折ってしまえそうなほどの力を込めるミュレイトに、その力は伝わらずとも感情の変化自体は察する事ができていたフェアトは『何事か』と目を見開く。
そんなフェアトを、つい先程まで叩きつけていた壁から離したかと思えば再び強く叩きつけた彼は──。
「あれが、あの時にクォーツ家を見捨てていれば! アタシが手を下さずともクォーツ家は没落してた! なのに、あれの半端な慈悲のせいでアタシの計画は随分と遅れてしまったのよぉ! あのお人好しのせいでぇ!」
「計画……国盗りですか」
これまでの、とてもではないが筋肉質な身体に合わない女言葉はそのままに、まるで魔族のそれのような覇気を込めて怨嗟の言葉を叫ぶ彼に対し、フェアトは驚きこそすれ怯えてはおらず淡々と声をかけてみる。
すると、ミュレイトは『そうよぉ?』と答え。
「本当なら、もっと時間がかかる筈だったのよぉ? どれだけ少なく見積もっても、あと十数年はないと計画に必要な資金は集まらなかったのぉ。 だけどねぇ? そんなアタシに手を差し伸べてくださったのがァ──」
クォーツ家の没落はともかく魔導国家の国盗りともなれば、それこそ膨大な資金が必要だと彼も理解はしていたが、だとしても観光客がもたらす分と聖神々教ほどではないとはいえ悦楽教の信徒たちによる大量のお布施を利用すれば十数年で計画に取り掛かれると。
「──悪神、ジジュ……」
「そういう事よぉ♡」
その気が遠くなるような計画を一気に短縮させたのが、かの福の神ジジュの『裏の面』──悪神ジジュ。
「あのお方は、アタシに資金を稼ぐ為の策と、その策を可能にする道具を授けてくださったのぉ。 それこそが、リャノンとサラ。 並び立つ者たちだったのよぉ」
悪神ジジュは、ミュレイトの中に燻る怒りや憎しみといった圧倒的な負の感情を看破したうえで、その感情に身を任せ『裏』の悦楽教の教祖となる事を条件として彼の計画を短期間で詰めまで持っていく為に、リャノンとサラ──二体の元魔族を授けたのだという。
「……その二体は、どこに……?」
「……? どこにってぇ──」
一方、話は大体理解できたが肝心のリャノンとサラが見当たらない事に違和感を覚えたフェアトが、ふいっと視線を逸らしつつ地底湖やその周囲、或いは地底湖の中心に佇む石像に目を遣っていた時、随分と不思議なものを見るような表情に変わったミュレイトは。
「──ずっと、アナタの視界に映ってるわよぉ?」
「え──……っ、まさか!?」
「そぉ。 あれよぉ♡」
何と、この瞬間もフェアトの視界に二体は映り続けているのだと語り、それを受けたフェアトは何を言っているのか分からず困惑したが──それも一瞬の事。
この光景で、リャノンとサラ──並び立つ者たちかもしれないと言えるのは誰の目から見ても一つしかなく、そちらへと勢いよく視線を注視したフェアトに対して、ミュレイトは満足そうに頷きながら肯定した。
地底湖の中心に佇む、あの時ミュレイトが礼拝していた幸福の番像《つがいぞう》と似ており、とはいえ男女ではなく女性同士が身を寄せ合っているような妙な意匠の石像。
「……石像に、転生……? 悪神ジジュが、それを知って貴方に二体の並び立つ者たちを授けたとでも──」
「うーん、ちょっと違うわねぇ」
「……?」
それを見たフェアトは、どういう理由からかは分からないがリャノンとサラは石像に転生し、それを悪神ジジュに気取られた事でシュパース諸島まで連れてこられ、【破顔一笑《ラフメイカー》】と【常住不断《ステイヒア》】を利用する為だけにミュレイトの手に引き渡されたのだと推測するも。
どうやら少しばかりとはいえ彼女の推測は外れているらしく、フェアトが疑念から首をかしげる一方で。
「あの二体をジジュ様が授けてくださったのは間違いないわよぉ? けどねぇ、あの二体も最初はアタシやアナタと同じ人間に転生してたのよぉ。 だからァ──」
ミュレイトは、フェアトの推測にあった『ジジュが授けてくれた』という部分だけは正解だと太鼓判を押しつつも、リャノンとサラも最初は人間として転生していたと明かしてから、その二体に対して彼は──。
「利用しやすいようにぃ──石像に変えたのよぉ♡」
「……はっ? 石像、に……?」
その二体が持つという魔法をも超えた力だけを利用しやすい状態に変える為、二体の身体そのものを石像に変えたのだと告げたが──フェアトは呆然とする。
いや、呆然というよりも彼が言っている事を理解できない事からの困惑の感情の方が強いかもしれない。
「……『閉じ込めた』なら分かります……いや、分かりたくはないですが……【土閉《クローズ》】を薄皮一枚の範囲で行使して動きを封じる事もできなくはないですから」
その後、数秒の沈黙があったもののフェアトは自分なりに彼の言葉の意味を思案し、かの王都での騒動の時も数多くの騎士や冒険者たちが行使した【土閉《クローズ》】ならば『石像もどき』は作れるだろうと踏んだが──。
「でも、『生物の身体を他の物質に変える』なんて魔法を私は知りません……貴方は一体、何をして──」
もし、そうではなく本当に身体そのものが石という人体とかけ離れた物質に変化しているとしても、そんな事を可能にする魔法をフェアトは知らないのだと。
そう口にしようとした──次の瞬間。
──パキッ。
という小気味良い音が鳴っていないのに──。
「……? その、魔方陣は──それに、魔石は……?」
ミュレイトの手には白とも違う完全に無色透明な魔方陣が展開されており、それは何だと問いかけると。
「……うふふ♡ これも、ジジュ様が教えてくださったんだけどねぇ? この魔法は──アタシみたいな欠陥のある人間にしか扱えない欠陥だらけの魔法なのよぉ」
「欠陥──まさか、適性がない人だけが……?」
ミュレイトはニヤニヤとした笑みを湛えつつ、この魔法もまた悪神が授けた恩恵の一つであり、もっと言えば自分のような欠陥品にしか行使できない魔法なのどと告げた事で、『適性がない』と語っていた彼の言葉を思い返したフェアトの問いに、彼は淡々と頷き。
「この魔法の名は──【同一《シンクロ》】。 片手で触れている物が持つ性質を、もう片方の手で触れている物にも付与する変わった魔法でねぇ? あの二体も、もう片方の手で石に触れた状態で触れたから石になったのよぉ♡」
「は……!?」
その魔方陣に刻まれた術式──【同一《シンクロ》】という、このよ世界に数ある魔法で唯一属性を必要としない魔法によって、リャノンとサラを石像に変えたのだと明かすも、フェアトは理解が追いつかず口を開けるだけ。
ちなみにレイティアもフルールも【同一《シンクロ》】の存在は知っていたが、スタークもフェアトも魔法は使えないのに適性は八つ全てにあった為に教えていなかった。
「……その魔法に、リスクは……?」
翻って、そんな危険極まりない魔法にリスクがない筈がないと主張すると、ミュレイトは笑みを湛えて。
「もちろんあるわよぉ? とんでもない量の魔力が必要になるしぃ、ほんの少しでも用法を誤ったら術者の身体までもが変わって──そのまま戻れなくなるわァ」
「……っ、どうして、そこまで……」
当然ながら決して小さくないリスクが存在すると語り出し、まず宮廷魔導師が十人いても足りないほどの魔力が必要であるところから始まって、それでも失敗した場合は付与せんとした性質が自分にも伝播し、そのまま二度と元に戻る事は叶わなくなるのだという。
必要な魔力は、ジジュの神力で補っているらしい。
それを聞いたフェアトは、そんなリスクを背負ってまで国盗りなどという荒唐無稽な計画に身を費やすのは何故だと真剣味を帯びた表情と声音で問いかけた。
すると、ミュレイトの表情から再び笑顔が消えて。
「……アタシは全てが憎いのよぉ。 アタシに適性を与えなかった神も、アタシを追放した生家も、アタシの計画を遅らせたあれも──アタシを見殺しにした母親もぉ!! だからァ! 邪魔者は排除するのよぉ!!」
「ぅわっ!」
段階的に大きくなっていく低い声音とともに、ミュレイトは自分の奥底に燻り続けていた負の感情を吐き出しつつも、それを吐露し終わると同時に先程まで掴んでいたフェアトを地底湖がある方へとぶん投げる。
もちろん、フェアトの力では彼の行動に抗う事などできず、どれだけ地面を擦ったところで傷つく事はなくとも、その身体は大きく派手な水音を立てて地底湖の浅いところに叩きつられ濡れ鼠となってしまった。
「……けれど、アタシじゃアナタは殺せないみたいだしぃ? あの子に任せる事にするわァ、あの子にぃ♡」
「あの、子──……っ!?」
その後、笑顔に戻った彼は自分の魔法でも膂力でも目の前の少女は殺せない事を理解したうえで、それならと別の案を用意してあったらしく、どこからか取り出した何かの骨つき肉を地底湖に投げた──その時。
『──グォルルルルルルルルゥ!!』
「!? “首鰐《くびわに》”……!?」
投げた骨つき肉が着水する前に、その決して小さくない骨つき肉を丸呑みにできる大きさの巨大な鰐が出現したのを垣間見たフェアトは、それが“首鰐《くびわに》”という名の鰐型で水陸両用の魔物である事をあっさり看破。
首鰐──見た目は単に大きなだけの鰐なのだが、その名の通り首元には鋭い棘つきの首輪の如く盛り上がった奇形の鱗があり、それが単なる鱗ではなく本来の首輪としての役割も果たす為、そう呼ばれるように。
何を隠そう、この首鰐という魔物は生まれてすぐに自分を従えるだけの力を持つ『主人』を探し、もし出会えたのなら首輪型の鱗は一部だけ形を変えて鎖のようになり、その鎖は即座に不可視となって主人と自らとを結んで主従関係にあると周りに示すのだという。
それが首鰐の誉れであり、いかに強い主人に従えられているかというのが異性への魅力になるのだとか。
「さぁ、アタシの可愛い首鰐ちゃん♡ お食事の時間よぉ♡ その子はちょおっと固いから気をつけてねぇ♡」
『グォロロロロロロロロロロロロォオオオオ!!』
「……っ!」
向こうで首鰐に対し低い男声の女言葉で指示を出すオネエが『自慢の主人』かはともかく、その声に首鰐が呼応しているのは紛れもない事実である為、水の抵抗で重い身体を何とか上体だけでも起こしたフェアトは目の前で水を掻き分け向かってくる首鰐を見つつ。
(──……ここかな、あれを使うなら)
彼女にとって唯一とも言える反撃の手段──切り札を使うなら今この瞬間ではないか、と判断していた。
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