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(姉+妹)÷4=???
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「な……ど、どういう……」
スタークが確信めいた推測を口にした今でも、ノエルの頭に浮かんだ疑問符は簡単には消えてくれない。
つい十日ほど前まで確かに国王陛下《ネイクリアス》の適性を借りて魔法を使って自分を追い詰めていた事は、ノエル自身が誰より理解していたからに他ならない筈なのだが。
「……」
当のナタナエルは、スタークの言葉を肯定も否定もせず沈黙を貫いており、それを見たノエルは『まさか本当に』と自分の中で真実味が増すのを感じていた。
そんな風に頭を悩ませていたノエルに対し──。
「……なぁ、イザイアスっての知ってるか? 何とかって港町で家に火ぃつけたり人殺ししたりしてたやつ」
「え? え、えぇ……ですが、どうして今それを」
やはりというべきか港町の名を忘れていたスタークが、そのヒュティカを単独で恐怖に陥れた犯罪者の存在を問うと、もちろん把握していたノエルは彼女の質問に首肯しつつも今その質問をする意味を問い返す。
「……まぁ知らなくても無理はねぇが──」
すると、スタークはナタナエルへの警戒を怠らぬようにしながらも、ガリガリと栗色の髪を掻き──。
「──あいつも、並び立つ者たちだったんだよ」
「なっ!?」
イザイアスも、ナタナエルと同じ並び立つ者たちだったのだと明かした事で、ノエルは驚いて目を剥く。
それも無理はないだろう。
実際にイザイアスを捕らえて処刑しようとしたクラリアも最後まで彼の正体を知らず、そんな彼女からの報告を受けたノエルが知っている筈はないのだから。
「これは、あたしも後から聞いた話なんだがな? あのイザイアスってやつは称号の力を得てから魔法が使えなくなったんだとよ。 で、その代わりに馬鹿みてぇな硬さを誇る【守備力】を獲得したらしいんだが──」
更に、スタークは十日ほど前に六花の魔女から聞かされた序列九位の前世の話を何とか思い出し、その話によると圧倒的な【守備力】の代償として、それまで使えていた筈の魔法が使えなくなったらしいと補足。
ここだけ見ると、ますます妹に似てるような気がしなくもないスタークだったが──それはそれとして。
「そのせいで、お前も魔法が使えなくなったんだろ」
「……」
これまでの話を総括して、『今のナタナエルは一切の魔法を使えない』という間違いなく事実であろう推測を突きつけるも──ナタナエルは口を閉じたまま。
しかし、しばらくの沈黙の後──。
「……あぁ、その通りだ。 【月下美人《ノクターン》】は強力な称号だが、そのぶん細かな調節ができない。 ゆえに必要のない粗悪な部分まで我が身に再現してしまうのだよ」
「そうか……だから、ここ最近は魔法を……」
観念したのか、それとも明かしても問題ないと判断したのかは分からないが、ナタナエルは自身が授かった称号の大きな欠点の一つとして、『奪った力を適用しない』という事ができないのだと語り、つい先程のスタークの話が確かなら魔法が使えないのもイザイアスの力の弊害なのだろうとノエルも遅れて理解した。
「って事はだ。 もしかして、トレヴォンの力も使えねぇんじゃねぇの? あいつの力は放つ魔法に犬の性質か何かを付与するって感じだったもんなぁ。 違うか?」
「……そうだとも。 やつの死は完全に無駄だった」
「お前にとっては、だろ? ま、そんな事ぁいい」
一方、魔法が使えないという事実は、そのまま序列二十位の力を全く扱えないという事実に直結するのではないかとスタークが問いかけると、ナタナエルは少しだけトレヴォンを嘲るような笑みを浮かべたが、スタークには並び立つ者たちの間に交錯する思惑など関係なく、これから始まる戦いへと話を戻さんとする。
「ジェイデンの力ありでも【攻撃力】はあたしの方が上だろうし、【守備力】もフェアトより上とは思えねぇ。 そんで魔法は使えねぇときた。 何つーか──」
それから、スタークは品定めでもするかのように玉座の方へと目を向けつつ、【破壊分子《ジャガーノート》】に辛くも勝利した事や、この世界に妹よりも頑丈なものがあるとは考えにくいという事、加えて自分たちと同じく一切の魔法を使えない事などなどを踏まえて考えると──。
「どうにもあたしは、お前を脅威に感じねぇ。 あたしとフェアトを足して二──いや、四で割った感じだ」
目の前の元魔族を恐れる要素は一切なく、どれだけ甘く見積もっても自分と妹を足したうえで四で割ったくらいの力しか感じない──と相当に見下していた。
「……随分な言いようだな──口がすぎるぞ貴様」
「……っ!!」
一方で、それを聞いたナタナエルは一見すると冷静な様子にも思えたが、よくよく見れば玉座の肘掛けを握る手には手袋越しに浮き出た血管が見えるし、ゆっくりと立ち上がる姿には強者特有の覇気を思わせる。
この数ヶ月の間に見られなかった強い怒りを覚えているのだろうと察し、ノエルは思わず構えてしまう。
しかし、そんな彼が抱いた絶大な怒りもスタークの目線からは子供の癇癪ほどにしか見えておらず──。
「……そういうところも──」
こつん──と、いつの間にか抜き放っていた半透明の剣の鋒を右足の先に当て、その部分が純白の光を纏ったかと思えばスタークの姿が一瞬で消えてしまい。
「なっ──」
「消え──」
その光の正体が光属性の【強《ビルド》】であると、ノエルもナタナエルも同時に看破する事はできていたが、それでも【移《ジャンプ》】ではというほど瞬間的に姿を消した彼女に対して同時に驚きを露わにしたが──それも束の間。
「──小物っぽいんだよ」
「!?」
明らかに自分を蔑む旨の発言が背後から聞こえてきた事に、ナタナエルが再び驚いて瞬時に振り向くと。
そこには、ナタナエルが立ち上がったばかりの玉座で居合抜きの構えを取る──スタークの姿があった。
そして、そんな少女に気がついたナタナエルが図らずも防御の姿勢を取るのも構わず、スタークは──。
「【勇竜一閃《ヴルムソード》】」
(りゅーっ!)
そこらの力自慢などでは決して目で追えない、いやさ元魔族でさえ反応するのが精一杯というほどの速度と力を両立する一撃──【勇竜一閃《ヴルムソード》】を解き放った。
「……っ」
だが、ナタナエルは取りも直さず並び立つ者たちの序列十四位であり、いくら勇者と聖女の娘が相手ではあるとはいえ【金城鉄壁《インタクト》】まで獲得しておいて躱すなどプライドが許さず、その一撃を受けようとするが。
それは間違いだったと、すぐに悟る事となる──。
(……っ!? 馬鹿な──)
スタークが振るった半透明の剣が交差させていた腕に纏った漆黒の袖を──イザイアスの力が付与されている筈の袖を、まるで紙切れか何かかのように簡単に斬り裂きながら、そのまま彼本体をも両断しようとしてきた事で、ナタナエルは目を剥いて驚くと同時に。
とっさに、その場から飛び退いてしまう。
何が起こったのか、とノエルが困惑して二人を交互に見遣る中、息を切らしたナタナエルが見たのは切れ目の入った袖と、その袖の中で更に切れ目が入っていながらも、『斬られた事に気がついていない』とでも言いたげに一切の流血がない自分の右手首であった。
(【金城鉄壁《インタクト》】が破られかけた……!? いくら神晶竜を武器に変えているとはいえ、イザイアスは序列九位だぞ!? 勇者と聖女の娘とは、これほどに……!?)
少し遅れて血を流し始める手首を見た彼は、イザイアスの絶対的な【守備力】さえ及ばないスタークの力を垣間見てもなお、そして彼女が勇者と聖女の娘であるという事実を鑑みてもなお信じられないというように絶句し、これでもかと憎々しげに少女を睥睨する。
破られかけた──というより破られていたのだが。
「やっぱりな……お前、弱ぇわ。 まぁ多少の相性もあるたぁいえ、トレヴォンの方がよっぽど強かったぜ」
「ぐ……!!」
一方、自分の予想通りに──いや、正確には両断までいけると考えてはいたが、スタークは概ね満足したのか剣で肩をトントンと叩きながら彼を酷評し、それを聞いたナタナエルの表情は更に怒りに満ちていく。
(こいつを使うまでもねぇ……さっさと終わらせ──)
そんな彼を見て『これ以上はなさそうだ』と判断したスタークは、ズボンのポケットに念の為にと入れておいた始神晶の欠片に触れるも、これは『自分一人では勝てない』事態に陥った時の手段であり、この戦いでは必要ないだろうと踏んで触れた指を離した──。
──その時。
「──……い」
「あ?」
スタークの耳に、ナタナエルが何やら呟いているのが聞こえてきた事で、そちらの方へ聴覚を集中する。
「──……い……来い、来いぃ……!!」
「……別に、お前に言われなくても──」
すると、どうやら彼は自分が突っ込んでくるのを待っているかのような呟きを虚ろな目でこぼしているらしく、わざわざ言われなくともそのつもりだった彼女は、とどめを刺す為に剣を構えて突撃せんと──。
──したのだが。
「何を、している……!? 来い! 早く来い!!」
「……?」
彼の意識が明らかに自分に向いていない──その事に気がついたスタークは、ナタナエルの突然の奇行に要領を得ず、ただ首をかしげる事しかできていない。
とはいえ、スタークは戦っている最中だけなら聡明な妹にも劣らないほど頭が回るのも事実であり──。
(……違ぇな。 こいつは、あたしが突っ込んでくるのを待ってるわけじゃねぇ。 一体、何を待って──)
彼の意識が別の方へ向かっている理由を思案し始めた事で動きを止めても、ナタナエルは何かを待ち続けている事から、やはり違う何かに対して『来い』と懇願しているのだという考えに辿り着いた──その時。
──【月下美人《ノクターン》】は、『死んだ同族』が授かっていた称号の力を自らの物として扱う力を得る称号──。
──今の王都には、もう一体の元魔族が──。
「……まさか、こいつ!!」
「す、スターク殿!?」
厄介な想像をしてしまった事で先程と同じように足先にのみ【光強《ビルド》】を行使し始めたスタークは、ノエルが驚きの声を上げる間もなく剣を構えて突撃を──。
──した。
そう、まず間違いなく【勇竜一閃《ヴルムソード》】は解き放たれていたし、その証拠にナタナエルが影になってスタークからは見えなかった城壁の一部には、ほんの少しも無駄な破壊のない横一直線の深い傷跡が残っている。
つまりは──。
(……躱しやがった)
──そういう事なのだろう。
驚きはすれど声は上げない──そんな少女から少し離れた位置にある、ジカルミアの王が代々座してきた玉座には、つい先程まで何かを待っていたナタナエルが腰掛けていたが、その表情は随分と変わっており。
「──……ふ、ははは……間に合ったようだな……」
「あ、あの一撃を躱したのか……?」
ここで、ようやく『スタークが一撃を加えようとして』、『その一撃をナタナエルが躱した』という一連の流れに追いついたノエルを尻目に、ナタナエルは心から自分の身体に起きた変化を愉しんでいるようだ。
「……そういう事かよ。 お前が待ってたのは──」
先程は躱さなかった──躱せなかった一撃を見事に躱した事、何より彼の愉悦に満ちた邪悪な表情を見たスタークは、それで全てを察して彼の方を振り向き。
「……【ジカルミアの鎌鼬《かまいたち》】──序列十二位の死か」
三つ程度では敵わないと悟ってから、ナタナエルが待っていたのは四つ目の称号の獲得である事と──。
おそらく妹が先陣切って戦っていた筈の、もう一体の並び立つ者たちが落命したのだろう事を口にした。
スタークが確信めいた推測を口にした今でも、ノエルの頭に浮かんだ疑問符は簡単には消えてくれない。
つい十日ほど前まで確かに国王陛下《ネイクリアス》の適性を借りて魔法を使って自分を追い詰めていた事は、ノエル自身が誰より理解していたからに他ならない筈なのだが。
「……」
当のナタナエルは、スタークの言葉を肯定も否定もせず沈黙を貫いており、それを見たノエルは『まさか本当に』と自分の中で真実味が増すのを感じていた。
そんな風に頭を悩ませていたノエルに対し──。
「……なぁ、イザイアスっての知ってるか? 何とかって港町で家に火ぃつけたり人殺ししたりしてたやつ」
「え? え、えぇ……ですが、どうして今それを」
やはりというべきか港町の名を忘れていたスタークが、そのヒュティカを単独で恐怖に陥れた犯罪者の存在を問うと、もちろん把握していたノエルは彼女の質問に首肯しつつも今その質問をする意味を問い返す。
「……まぁ知らなくても無理はねぇが──」
すると、スタークはナタナエルへの警戒を怠らぬようにしながらも、ガリガリと栗色の髪を掻き──。
「──あいつも、並び立つ者たちだったんだよ」
「なっ!?」
イザイアスも、ナタナエルと同じ並び立つ者たちだったのだと明かした事で、ノエルは驚いて目を剥く。
それも無理はないだろう。
実際にイザイアスを捕らえて処刑しようとしたクラリアも最後まで彼の正体を知らず、そんな彼女からの報告を受けたノエルが知っている筈はないのだから。
「これは、あたしも後から聞いた話なんだがな? あのイザイアスってやつは称号の力を得てから魔法が使えなくなったんだとよ。 で、その代わりに馬鹿みてぇな硬さを誇る【守備力】を獲得したらしいんだが──」
更に、スタークは十日ほど前に六花の魔女から聞かされた序列九位の前世の話を何とか思い出し、その話によると圧倒的な【守備力】の代償として、それまで使えていた筈の魔法が使えなくなったらしいと補足。
ここだけ見ると、ますます妹に似てるような気がしなくもないスタークだったが──それはそれとして。
「そのせいで、お前も魔法が使えなくなったんだろ」
「……」
これまでの話を総括して、『今のナタナエルは一切の魔法を使えない』という間違いなく事実であろう推測を突きつけるも──ナタナエルは口を閉じたまま。
しかし、しばらくの沈黙の後──。
「……あぁ、その通りだ。 【月下美人《ノクターン》】は強力な称号だが、そのぶん細かな調節ができない。 ゆえに必要のない粗悪な部分まで我が身に再現してしまうのだよ」
「そうか……だから、ここ最近は魔法を……」
観念したのか、それとも明かしても問題ないと判断したのかは分からないが、ナタナエルは自身が授かった称号の大きな欠点の一つとして、『奪った力を適用しない』という事ができないのだと語り、つい先程のスタークの話が確かなら魔法が使えないのもイザイアスの力の弊害なのだろうとノエルも遅れて理解した。
「って事はだ。 もしかして、トレヴォンの力も使えねぇんじゃねぇの? あいつの力は放つ魔法に犬の性質か何かを付与するって感じだったもんなぁ。 違うか?」
「……そうだとも。 やつの死は完全に無駄だった」
「お前にとっては、だろ? ま、そんな事ぁいい」
一方、魔法が使えないという事実は、そのまま序列二十位の力を全く扱えないという事実に直結するのではないかとスタークが問いかけると、ナタナエルは少しだけトレヴォンを嘲るような笑みを浮かべたが、スタークには並び立つ者たちの間に交錯する思惑など関係なく、これから始まる戦いへと話を戻さんとする。
「ジェイデンの力ありでも【攻撃力】はあたしの方が上だろうし、【守備力】もフェアトより上とは思えねぇ。 そんで魔法は使えねぇときた。 何つーか──」
それから、スタークは品定めでもするかのように玉座の方へと目を向けつつ、【破壊分子《ジャガーノート》】に辛くも勝利した事や、この世界に妹よりも頑丈なものがあるとは考えにくいという事、加えて自分たちと同じく一切の魔法を使えない事などなどを踏まえて考えると──。
「どうにもあたしは、お前を脅威に感じねぇ。 あたしとフェアトを足して二──いや、四で割った感じだ」
目の前の元魔族を恐れる要素は一切なく、どれだけ甘く見積もっても自分と妹を足したうえで四で割ったくらいの力しか感じない──と相当に見下していた。
「……随分な言いようだな──口がすぎるぞ貴様」
「……っ!!」
一方で、それを聞いたナタナエルは一見すると冷静な様子にも思えたが、よくよく見れば玉座の肘掛けを握る手には手袋越しに浮き出た血管が見えるし、ゆっくりと立ち上がる姿には強者特有の覇気を思わせる。
この数ヶ月の間に見られなかった強い怒りを覚えているのだろうと察し、ノエルは思わず構えてしまう。
しかし、そんな彼が抱いた絶大な怒りもスタークの目線からは子供の癇癪ほどにしか見えておらず──。
「……そういうところも──」
こつん──と、いつの間にか抜き放っていた半透明の剣の鋒を右足の先に当て、その部分が純白の光を纏ったかと思えばスタークの姿が一瞬で消えてしまい。
「なっ──」
「消え──」
その光の正体が光属性の【強《ビルド》】であると、ノエルもナタナエルも同時に看破する事はできていたが、それでも【移《ジャンプ》】ではというほど瞬間的に姿を消した彼女に対して同時に驚きを露わにしたが──それも束の間。
「──小物っぽいんだよ」
「!?」
明らかに自分を蔑む旨の発言が背後から聞こえてきた事に、ナタナエルが再び驚いて瞬時に振り向くと。
そこには、ナタナエルが立ち上がったばかりの玉座で居合抜きの構えを取る──スタークの姿があった。
そして、そんな少女に気がついたナタナエルが図らずも防御の姿勢を取るのも構わず、スタークは──。
「【勇竜一閃《ヴルムソード》】」
(りゅーっ!)
そこらの力自慢などでは決して目で追えない、いやさ元魔族でさえ反応するのが精一杯というほどの速度と力を両立する一撃──【勇竜一閃《ヴルムソード》】を解き放った。
「……っ」
だが、ナタナエルは取りも直さず並び立つ者たちの序列十四位であり、いくら勇者と聖女の娘が相手ではあるとはいえ【金城鉄壁《インタクト》】まで獲得しておいて躱すなどプライドが許さず、その一撃を受けようとするが。
それは間違いだったと、すぐに悟る事となる──。
(……っ!? 馬鹿な──)
スタークが振るった半透明の剣が交差させていた腕に纏った漆黒の袖を──イザイアスの力が付与されている筈の袖を、まるで紙切れか何かかのように簡単に斬り裂きながら、そのまま彼本体をも両断しようとしてきた事で、ナタナエルは目を剥いて驚くと同時に。
とっさに、その場から飛び退いてしまう。
何が起こったのか、とノエルが困惑して二人を交互に見遣る中、息を切らしたナタナエルが見たのは切れ目の入った袖と、その袖の中で更に切れ目が入っていながらも、『斬られた事に気がついていない』とでも言いたげに一切の流血がない自分の右手首であった。
(【金城鉄壁《インタクト》】が破られかけた……!? いくら神晶竜を武器に変えているとはいえ、イザイアスは序列九位だぞ!? 勇者と聖女の娘とは、これほどに……!?)
少し遅れて血を流し始める手首を見た彼は、イザイアスの絶対的な【守備力】さえ及ばないスタークの力を垣間見てもなお、そして彼女が勇者と聖女の娘であるという事実を鑑みてもなお信じられないというように絶句し、これでもかと憎々しげに少女を睥睨する。
破られかけた──というより破られていたのだが。
「やっぱりな……お前、弱ぇわ。 まぁ多少の相性もあるたぁいえ、トレヴォンの方がよっぽど強かったぜ」
「ぐ……!!」
一方、自分の予想通りに──いや、正確には両断までいけると考えてはいたが、スタークは概ね満足したのか剣で肩をトントンと叩きながら彼を酷評し、それを聞いたナタナエルの表情は更に怒りに満ちていく。
(こいつを使うまでもねぇ……さっさと終わらせ──)
そんな彼を見て『これ以上はなさそうだ』と判断したスタークは、ズボンのポケットに念の為にと入れておいた始神晶の欠片に触れるも、これは『自分一人では勝てない』事態に陥った時の手段であり、この戦いでは必要ないだろうと踏んで触れた指を離した──。
──その時。
「──……い」
「あ?」
スタークの耳に、ナタナエルが何やら呟いているのが聞こえてきた事で、そちらの方へ聴覚を集中する。
「──……い……来い、来いぃ……!!」
「……別に、お前に言われなくても──」
すると、どうやら彼は自分が突っ込んでくるのを待っているかのような呟きを虚ろな目でこぼしているらしく、わざわざ言われなくともそのつもりだった彼女は、とどめを刺す為に剣を構えて突撃せんと──。
──したのだが。
「何を、している……!? 来い! 早く来い!!」
「……?」
彼の意識が明らかに自分に向いていない──その事に気がついたスタークは、ナタナエルの突然の奇行に要領を得ず、ただ首をかしげる事しかできていない。
とはいえ、スタークは戦っている最中だけなら聡明な妹にも劣らないほど頭が回るのも事実であり──。
(……違ぇな。 こいつは、あたしが突っ込んでくるのを待ってるわけじゃねぇ。 一体、何を待って──)
彼の意識が別の方へ向かっている理由を思案し始めた事で動きを止めても、ナタナエルは何かを待ち続けている事から、やはり違う何かに対して『来い』と懇願しているのだという考えに辿り着いた──その時。
──【月下美人《ノクターン》】は、『死んだ同族』が授かっていた称号の力を自らの物として扱う力を得る称号──。
──今の王都には、もう一体の元魔族が──。
「……まさか、こいつ!!」
「す、スターク殿!?」
厄介な想像をしてしまった事で先程と同じように足先にのみ【光強《ビルド》】を行使し始めたスタークは、ノエルが驚きの声を上げる間もなく剣を構えて突撃を──。
──した。
そう、まず間違いなく【勇竜一閃《ヴルムソード》】は解き放たれていたし、その証拠にナタナエルが影になってスタークからは見えなかった城壁の一部には、ほんの少しも無駄な破壊のない横一直線の深い傷跡が残っている。
つまりは──。
(……躱しやがった)
──そういう事なのだろう。
驚きはすれど声は上げない──そんな少女から少し離れた位置にある、ジカルミアの王が代々座してきた玉座には、つい先程まで何かを待っていたナタナエルが腰掛けていたが、その表情は随分と変わっており。
「──……ふ、ははは……間に合ったようだな……」
「あ、あの一撃を躱したのか……?」
ここで、ようやく『スタークが一撃を加えようとして』、『その一撃をナタナエルが躱した』という一連の流れに追いついたノエルを尻目に、ナタナエルは心から自分の身体に起きた変化を愉しんでいるようだ。
「……そういう事かよ。 お前が待ってたのは──」
先程は躱さなかった──躱せなかった一撃を見事に躱した事、何より彼の愉悦に満ちた邪悪な表情を見たスタークは、それで全てを察して彼の方を振り向き。
「……【ジカルミアの鎌鼬《かまいたち》】──序列十二位の死か」
三つ程度では敵わないと悟ってから、ナタナエルが待っていたのは四つ目の称号の獲得である事と──。
おそらく妹が先陣切って戦っていた筈の、もう一体の並び立つ者たちが落命したのだろう事を口にした。
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