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初めての尾行
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およそ三十分ほどだろうか。
広すぎて逆に落ち着かない浴室に加えて、あまりにも唐突な並び立つ者たち──もとい通り魔の出現もあり言うほど身体を休められなかった双子はといえば。
「……なぁ、本当に客間か? ここ」
「そう言ってたじゃないですか」
「いや、つってもなぁ……」
就寝する為に自室へと戻ったリスタルと別れ、その後すぐに案内された客間は──これまた絢爛だった。
流石に王女であるリスタルの自室には劣りこそすれど、それでも得体の知れない双子の少女に寝泊まりさせていいような部屋ではないというのもまた事実。
普段は他国の王族や貴族を宿泊させる目的の部屋なのだというのも、あながち嘘や冗談ではないだろう。
(リスタルの部屋でよかったんじゃねぇの……?)
ちなみに、この客間に案内される前にリスタルから一緒の部屋で寝ないかと提案されていたのだが──。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔法は使えなくとも魔力を流す事さえできれば動かせる、そんな魔導式のシャワーを利用して綺麗に全身を洗った三人がお風呂で身体を温めていた時の事。
「──ねぇ、この後は何か予定はあるの? よかったら私の部屋で一緒に寝ない? いつも一人で寂しいから」
長く流麗な桃色の髪を一纏めにしていたリスタルが双子に近寄りつつ、どことなく母親を失った喪失感を匂わせながらも同衾を提案してきたのに対し──。
(ぐいぐい来るなこいつ……)
とことんなまでに他人の機微に疎いスタークとしては、つい先程に出会ったばかりの自分たちを何故そこまで信用できるのか、もし自分たちが王女の命を狙う刺客だったらどうするのかと若干呆れていたようだ。
彼女が抱えた深く悲しい事情は国王陛下から聞いているし、その気持ち自体は分からなくもないのだが。
「……いえ、それは遠慮しておきます。 ジカルミアでの明日からの行動について話し合いたいので。 ね?」
「ん? あー……そう、だな」
そんな風に考えていた姉をよそに、やんわりと同衾を拒否する旨の発言をしつつ、フェアトが片目を閉じて示し合わせるような言葉と視線を向けてきた事により、スタークは何となくそれを察して首を縦に振る。
明日からの行動がどうの──というのが建前で、おそらく先程の猫についてを聞きたいのだろう事も、スタークは珍しく妹の考えを見抜けていたようだった。
「そっ、か……うん、それなら仕方ないよね」
翻って、それを聞いたリスタルは露骨にしゅんとしてしまっていたものの、スタークたちが十歳だった頃よりも大人びているからか諦めもよく、そっと手で掬ったお湯で顔を洗った後で作り笑いを浮かべていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、ようやく人目がなくなった事で仔竜の姿になれていたパイクやシルドが、ベッドに寝転がっているのを微笑ましげに見ていたフェアトが口を開き。
「それで? 姉さん、さっきのは結局──」
あの猫についてと、あの猫に対し姉が何をしたかったのか、もしくは何をしたのかを聞く為にベッドの上で丁寧に正座した状態で問いただそうとしたものの。
「便所に行ってくるから、また後でな」
「べ──せめて、こう……トイレとか」
どうやら、ちょうど催してしまっていたらしいスタークが立ち上がりつつ返事も聞かずに扉の方へと向かっていくのを見ていたフェアトは、とても年頃の女の子とは思えない姉の発言に呆れを覚える一方で──。
「……あれ、お手洗いの場所って覚えてます? あれでしたら私、一緒に行ってあげなくもないですよ?」
よく考えると、この忘れっぽい姉は先程お手伝いさんたちから教わったばかりのトイレの場所さえ忘れていても不思議ではないと思い、ほんの少しの下心とともにチラチラと熱っぽい視線を送っていたのだが。
「……馬鹿にすんな、そんくらい覚えてるっつの」
「そう、ですか? なら、いいんですけど……」
スタークは軽めに舌を打った後、本当に覚えているかどうかはともかく『案内なんざ必要ねぇよ』と語気を強めて拒否し、それを聞いたフェアトは少しだけ残念そうにしながらも大人しく姉を見送ったのだった。
そんくらい覚えてる──という発言は、あながち虚勢を張った結果だったわけでもなかったらしく、スタークは特に迷う事なくトイレに着き用を足せていた。
(……何で便所一つとっても豪華なんだよ)
無論、王城のトイレは王族が利用するに相応しい絢爛かつ機能的なものとなっており、とても落ち着いて利用できない、とスタークは思わず溜息をこぼす。
最初は隅から隅まで絢爛な王城に驚いていたものだが、よくよく考えてみれば『住みにくい場所だな』というのが、スタークの最終的な感想となっていた。
さっさと事態を解決して王城を去りたい、そんな事を脳内で独り言つスタークの視界に──何かが映る。
(……ん? あれは……あー……ノエル、だったか?)
それは、つい一時間ほど前に厨房へ向かってから顔を見せていなかった近衛兵のノエルであり、その手に角灯《ランタン》を一つ持って暗い王城の廊下を歩く彼の名を、どうにか思い出せたスタークは首をかしげてしまう。
(こんな時間に、わざわざ角灯《ランタン》まで持って何を……)
──そう。
角灯《ランタン》に関しては火にも光にも適性がないのだとしたら仕方ないかもしれないが、そもそも角灯《ランタン》が必要なほど暗い王城を歩かなければならない用事が、こんな夜分遅くにあるものかと疑問を抱いていたのである。
それゆえに、スタークは──。
(……尾けてみるか)
生まれて初めての尾行を敢行する事にしたらしい。
もちろん初めてである為、尾行のノウハウなど彼女の中には全くないが、それでも割と様《さま》になっていた。
事実、彼女が後を尾けている事に当のノエルは気づいている様子はなく、ただ前だけを見て歩いている。
角を曲がる時にチラッと見えた彼の表情は──これでもかというほどの真剣味を帯びており、スタークでさえ重大な何かを感じ取らざるを得なくなっていた。
そんなスタークをよそに、ノエルは足を止める事もなく段々ととある場所に向かって歩を進めていき。
カツン──と踵を鳴らして立ち止まった、ノエルの目の前にある絢爛かつ堅牢な扉を見たスタークは。
(ここは……あぁ、確か──そう、謁見の間だ)
その扉の向こうに位置する部屋が、つい数時間前に自分たちが案内されて国王陛下と顔合わせした場所であると何とか思い返す事に成功していたのだった。
そうこうしている間にも、ノエルは数時間前と同じように事もなげに扉を片手で開いて入室していく。
(……中に誰か──いや、いるとしたら国王か?)
流石に彼に続いて入室するわけにもいかないスタークは、できる限り気配を消して扉に寄り目を閉じる。
これから謁見の間で繰り広げられるのだろう、ノエルと──おそらく国王との会話を聞き逃さない為に。
防音も完璧な筈の扉に対しても、スタークは圧倒的な聴力を持って微かに声を拾う事ができていた──。
『──……ずに来たのか。 無駄だと言うのが──』
(……やっぱ国王の声だな。 ちっと低い気もするが)
最初に聞こえたのは、やはり謁見の間にいたのだろう国王たるネイクリアスの声だったが、つい数時間前に聞いたものより少しだけ低いようにも感じていた。
『──……り前だ! 今日こそ──してもら──』
(これはノエルの……やたら語気が強ぇな……?)
次に聞こえたのは間違いなくノエルの声ではあったが、スタークの記憶に残る彼の話し方と比べると口調を乱暴に思い、どうにも違和感を覚えざるを得ない。
だが、そんなスタークの違和感は次に聞こえてきた国王の言葉により一瞬で塗り替えられてしまう──。
『──……乗るな──しを──並び立つ者たちと』
「なっ!?」
『『!!』』
別に意識していたわけでもないのにハッキリと聞こえた『並び立つ者たち』という言葉に、スタークは思いがけずに──つい大きな声を上げてしまっていた。
(ぅ、やっべ……!!)
その時、扉の方へ向かって誰かが駆けてくる足音が加速度的に大きくなっていくのを感じたスタークは。
「──っ!!」
【移《ジャンプ》】か──と言われてしまえば納得しかねないほどの瞬間的な速度を持って、それでいて決して扉にも床にも傷をつけないようにその場を離脱してみせた。
「くっ、はぁ……くそ、痛ってぇなぁ……!」
その分、彼女の両足には中々の負担が掛かっていたようで、いつもならこれくらいの速度でも傷つかない筈の彼女の両足に決して軽くない鈍痛が走っていた。
旅人と冒険者を足して二で割ったような普段の服装と比べると、まかり間違っても動きやすいとは言えないシンプルな寝間着姿だったというのもあるだろう。
(あたしだと気づかれてはねぇ……と思いたいが──)
どこも壊してはいないし、あの扉の前を離れる時にも音は立てなかった──ゆえに気づかれてないとありがたいという希望的観測に満ちた考えをしていた時。
「……姉さん?」
「!?」
唐突に掛けられた心配そうな声に驚いて勢いよく振り返ると、そこにはパイクかシルドのどちらかを角灯《ランタン》に変え──強い光を放っているからパイクかもしれない──しゃがみ込んでいた自分を覗き込む妹がいた。
どうやら自分でも気づかないうちに、スタークたちに用意されていた客間の方まで戻っていたらしい。
「どうしたんですか? こんなところで……あ、やっぱりトイレに辿り着けなくて諦めかけてたとかですか」
そんな中、姉が何故こんなところにいるのかと自分なりに考えていたフェアトは、もしかしてトイレが見つけられず困っているのではと冗談めかしたのだが。
「……違ぇよ、いいから戻るぞ」
「え? あ、あぁ……はい」
当のスタークは妹の冗談など意に介さず、それ以上は何も口にせず客間の方へと歩き出し、フェアトは姉の様子に強い違和感を覚えたが、とりあえず部屋に入ってからでもいいかと判断し、その後をついていく。
「……それで、さっきの話に戻りたいんですが──」
それから、フェアトは角灯《ランタン》になっていたパイクを元に戻して『ありがとうございます』と礼を述べてから寝かせた後、先程も問いただそうとした白い猫と姉の風呂場での行動の意味ついての話を聞こうとするも。
「……明日でいいか? 今日は……もう眠いからな」
しばらくベッドに腰掛けて両足を揉み解していたスタークは、そのままベッドに身体を預けつつ『朝になったら話してやる』と暗に告げて目を閉じんとする。
「えぇ……? いや、まぁ別にいいですけど……」
それを受けたフェアトは、やはり様子のおかしい姉に『何かあったんですか』と問うかどうかを迷っていたが、どう見ても姉の眠気が限界だというのも長年の経験から理解できていた為、諦めて首を横に振った。
その後、部屋を照らしていた光属性の魔石に自動で注がれていた魔力をスイッチを切る事で止めて、フェアトたちの視界が完全に暗闇に覆われてから──。
(何があったんだろう……明日になれば分かるかな)
まず間違いなく姉の身に何かがあった、もしくは姉が何かを見たというのはその反応から分かったが、それでも話したがらない姉に強い違和感を覚えつつも。
フェアトが、そのまま眠りに就く一方で──。
(……完全に、忘れてたな……)
スタークは、ようやく事の重大さを理解していた。
『並び立つ者たち』という単語を耳にした──それだけの理由で先程は声を上げてしまっていたのだが。
よくよく思い返してみれば、アストリットのメモにも記されていたというのに、この時まで忘れていた。
(ここには、ジカルミアには……もう一体の──)
そう──。
王都を揺るがす【ジカルミアの鎌鼬《かまいたち》】とは別に。
もう一体、並び立つ者たちがいるという事実を。
広すぎて逆に落ち着かない浴室に加えて、あまりにも唐突な並び立つ者たち──もとい通り魔の出現もあり言うほど身体を休められなかった双子はといえば。
「……なぁ、本当に客間か? ここ」
「そう言ってたじゃないですか」
「いや、つってもなぁ……」
就寝する為に自室へと戻ったリスタルと別れ、その後すぐに案内された客間は──これまた絢爛だった。
流石に王女であるリスタルの自室には劣りこそすれど、それでも得体の知れない双子の少女に寝泊まりさせていいような部屋ではないというのもまた事実。
普段は他国の王族や貴族を宿泊させる目的の部屋なのだというのも、あながち嘘や冗談ではないだろう。
(リスタルの部屋でよかったんじゃねぇの……?)
ちなみに、この客間に案内される前にリスタルから一緒の部屋で寝ないかと提案されていたのだが──。
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魔法は使えなくとも魔力を流す事さえできれば動かせる、そんな魔導式のシャワーを利用して綺麗に全身を洗った三人がお風呂で身体を温めていた時の事。
「──ねぇ、この後は何か予定はあるの? よかったら私の部屋で一緒に寝ない? いつも一人で寂しいから」
長く流麗な桃色の髪を一纏めにしていたリスタルが双子に近寄りつつ、どことなく母親を失った喪失感を匂わせながらも同衾を提案してきたのに対し──。
(ぐいぐい来るなこいつ……)
とことんなまでに他人の機微に疎いスタークとしては、つい先程に出会ったばかりの自分たちを何故そこまで信用できるのか、もし自分たちが王女の命を狙う刺客だったらどうするのかと若干呆れていたようだ。
彼女が抱えた深く悲しい事情は国王陛下から聞いているし、その気持ち自体は分からなくもないのだが。
「……いえ、それは遠慮しておきます。 ジカルミアでの明日からの行動について話し合いたいので。 ね?」
「ん? あー……そう、だな」
そんな風に考えていた姉をよそに、やんわりと同衾を拒否する旨の発言をしつつ、フェアトが片目を閉じて示し合わせるような言葉と視線を向けてきた事により、スタークは何となくそれを察して首を縦に振る。
明日からの行動がどうの──というのが建前で、おそらく先程の猫についてを聞きたいのだろう事も、スタークは珍しく妹の考えを見抜けていたようだった。
「そっ、か……うん、それなら仕方ないよね」
翻って、それを聞いたリスタルは露骨にしゅんとしてしまっていたものの、スタークたちが十歳だった頃よりも大人びているからか諦めもよく、そっと手で掬ったお湯で顔を洗った後で作り笑いを浮かべていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、ようやく人目がなくなった事で仔竜の姿になれていたパイクやシルドが、ベッドに寝転がっているのを微笑ましげに見ていたフェアトが口を開き。
「それで? 姉さん、さっきのは結局──」
あの猫についてと、あの猫に対し姉が何をしたかったのか、もしくは何をしたのかを聞く為にベッドの上で丁寧に正座した状態で問いただそうとしたものの。
「便所に行ってくるから、また後でな」
「べ──せめて、こう……トイレとか」
どうやら、ちょうど催してしまっていたらしいスタークが立ち上がりつつ返事も聞かずに扉の方へと向かっていくのを見ていたフェアトは、とても年頃の女の子とは思えない姉の発言に呆れを覚える一方で──。
「……あれ、お手洗いの場所って覚えてます? あれでしたら私、一緒に行ってあげなくもないですよ?」
よく考えると、この忘れっぽい姉は先程お手伝いさんたちから教わったばかりのトイレの場所さえ忘れていても不思議ではないと思い、ほんの少しの下心とともにチラチラと熱っぽい視線を送っていたのだが。
「……馬鹿にすんな、そんくらい覚えてるっつの」
「そう、ですか? なら、いいんですけど……」
スタークは軽めに舌を打った後、本当に覚えているかどうかはともかく『案内なんざ必要ねぇよ』と語気を強めて拒否し、それを聞いたフェアトは少しだけ残念そうにしながらも大人しく姉を見送ったのだった。
そんくらい覚えてる──という発言は、あながち虚勢を張った結果だったわけでもなかったらしく、スタークは特に迷う事なくトイレに着き用を足せていた。
(……何で便所一つとっても豪華なんだよ)
無論、王城のトイレは王族が利用するに相応しい絢爛かつ機能的なものとなっており、とても落ち着いて利用できない、とスタークは思わず溜息をこぼす。
最初は隅から隅まで絢爛な王城に驚いていたものだが、よくよく考えてみれば『住みにくい場所だな』というのが、スタークの最終的な感想となっていた。
さっさと事態を解決して王城を去りたい、そんな事を脳内で独り言つスタークの視界に──何かが映る。
(……ん? あれは……あー……ノエル、だったか?)
それは、つい一時間ほど前に厨房へ向かってから顔を見せていなかった近衛兵のノエルであり、その手に角灯《ランタン》を一つ持って暗い王城の廊下を歩く彼の名を、どうにか思い出せたスタークは首をかしげてしまう。
(こんな時間に、わざわざ角灯《ランタン》まで持って何を……)
──そう。
角灯《ランタン》に関しては火にも光にも適性がないのだとしたら仕方ないかもしれないが、そもそも角灯《ランタン》が必要なほど暗い王城を歩かなければならない用事が、こんな夜分遅くにあるものかと疑問を抱いていたのである。
それゆえに、スタークは──。
(……尾けてみるか)
生まれて初めての尾行を敢行する事にしたらしい。
もちろん初めてである為、尾行のノウハウなど彼女の中には全くないが、それでも割と様《さま》になっていた。
事実、彼女が後を尾けている事に当のノエルは気づいている様子はなく、ただ前だけを見て歩いている。
角を曲がる時にチラッと見えた彼の表情は──これでもかというほどの真剣味を帯びており、スタークでさえ重大な何かを感じ取らざるを得なくなっていた。
そんなスタークをよそに、ノエルは足を止める事もなく段々ととある場所に向かって歩を進めていき。
カツン──と踵を鳴らして立ち止まった、ノエルの目の前にある絢爛かつ堅牢な扉を見たスタークは。
(ここは……あぁ、確か──そう、謁見の間だ)
その扉の向こうに位置する部屋が、つい数時間前に自分たちが案内されて国王陛下と顔合わせした場所であると何とか思い返す事に成功していたのだった。
そうこうしている間にも、ノエルは数時間前と同じように事もなげに扉を片手で開いて入室していく。
(……中に誰か──いや、いるとしたら国王か?)
流石に彼に続いて入室するわけにもいかないスタークは、できる限り気配を消して扉に寄り目を閉じる。
これから謁見の間で繰り広げられるのだろう、ノエルと──おそらく国王との会話を聞き逃さない為に。
防音も完璧な筈の扉に対しても、スタークは圧倒的な聴力を持って微かに声を拾う事ができていた──。
『──……ずに来たのか。 無駄だと言うのが──』
(……やっぱ国王の声だな。 ちっと低い気もするが)
最初に聞こえたのは、やはり謁見の間にいたのだろう国王たるネイクリアスの声だったが、つい数時間前に聞いたものより少しだけ低いようにも感じていた。
『──……り前だ! 今日こそ──してもら──』
(これはノエルの……やたら語気が強ぇな……?)
次に聞こえたのは間違いなくノエルの声ではあったが、スタークの記憶に残る彼の話し方と比べると口調を乱暴に思い、どうにも違和感を覚えざるを得ない。
だが、そんなスタークの違和感は次に聞こえてきた国王の言葉により一瞬で塗り替えられてしまう──。
『──……乗るな──しを──並び立つ者たちと』
「なっ!?」
『『!!』』
別に意識していたわけでもないのにハッキリと聞こえた『並び立つ者たち』という言葉に、スタークは思いがけずに──つい大きな声を上げてしまっていた。
(ぅ、やっべ……!!)
その時、扉の方へ向かって誰かが駆けてくる足音が加速度的に大きくなっていくのを感じたスタークは。
「──っ!!」
【移《ジャンプ》】か──と言われてしまえば納得しかねないほどの瞬間的な速度を持って、それでいて決して扉にも床にも傷をつけないようにその場を離脱してみせた。
「くっ、はぁ……くそ、痛ってぇなぁ……!」
その分、彼女の両足には中々の負担が掛かっていたようで、いつもならこれくらいの速度でも傷つかない筈の彼女の両足に決して軽くない鈍痛が走っていた。
旅人と冒険者を足して二で割ったような普段の服装と比べると、まかり間違っても動きやすいとは言えないシンプルな寝間着姿だったというのもあるだろう。
(あたしだと気づかれてはねぇ……と思いたいが──)
どこも壊してはいないし、あの扉の前を離れる時にも音は立てなかった──ゆえに気づかれてないとありがたいという希望的観測に満ちた考えをしていた時。
「……姉さん?」
「!?」
唐突に掛けられた心配そうな声に驚いて勢いよく振り返ると、そこにはパイクかシルドのどちらかを角灯《ランタン》に変え──強い光を放っているからパイクかもしれない──しゃがみ込んでいた自分を覗き込む妹がいた。
どうやら自分でも気づかないうちに、スタークたちに用意されていた客間の方まで戻っていたらしい。
「どうしたんですか? こんなところで……あ、やっぱりトイレに辿り着けなくて諦めかけてたとかですか」
そんな中、姉が何故こんなところにいるのかと自分なりに考えていたフェアトは、もしかしてトイレが見つけられず困っているのではと冗談めかしたのだが。
「……違ぇよ、いいから戻るぞ」
「え? あ、あぁ……はい」
当のスタークは妹の冗談など意に介さず、それ以上は何も口にせず客間の方へと歩き出し、フェアトは姉の様子に強い違和感を覚えたが、とりあえず部屋に入ってからでもいいかと判断し、その後をついていく。
「……それで、さっきの話に戻りたいんですが──」
それから、フェアトは角灯《ランタン》になっていたパイクを元に戻して『ありがとうございます』と礼を述べてから寝かせた後、先程も問いただそうとした白い猫と姉の風呂場での行動の意味ついての話を聞こうとするも。
「……明日でいいか? 今日は……もう眠いからな」
しばらくベッドに腰掛けて両足を揉み解していたスタークは、そのままベッドに身体を預けつつ『朝になったら話してやる』と暗に告げて目を閉じんとする。
「えぇ……? いや、まぁ別にいいですけど……」
それを受けたフェアトは、やはり様子のおかしい姉に『何かあったんですか』と問うかどうかを迷っていたが、どう見ても姉の眠気が限界だというのも長年の経験から理解できていた為、諦めて首を横に振った。
その後、部屋を照らしていた光属性の魔石に自動で注がれていた魔力をスイッチを切る事で止めて、フェアトたちの視界が完全に暗闇に覆われてから──。
(何があったんだろう……明日になれば分かるかな)
まず間違いなく姉の身に何かがあった、もしくは姉が何かを見たというのはその反応から分かったが、それでも話したがらない姉に強い違和感を覚えつつも。
フェアトが、そのまま眠りに就く一方で──。
(……完全に、忘れてたな……)
スタークは、ようやく事の重大さを理解していた。
『並び立つ者たち』という単語を耳にした──それだけの理由で先程は声を上げてしまっていたのだが。
よくよく思い返してみれば、アストリットのメモにも記されていたというのに、この時まで忘れていた。
(ここには、ジカルミアには……もう一体の──)
そう──。
王都を揺るがす【ジカルミアの鎌鼬《かまいたち》】とは別に。
もう一体、並び立つ者たちがいるという事実を。
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