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王女との入浴と一匹の──
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フェアトが二割。
リスタルも二割。
そして、スタークが六割。
言わずもがな、夕食を実際に口にした割合である。
言葉通りに小食だったフェアトは、それこそ五歳も下のリスタルと同じ程度しか食べずして満腹になり。
言葉通りに大食いだったスタークは、あれほどの夕食を食べきった後でも腹八分目といった具合だった。
王女様に歳の近いご友人ができるかもしれない。
そう考えて少し張り切って夕食を作ってしまった王宮料理長は、『多すぎたか?』と後から気になったらしく、リスタルの部屋を控えめなノックとともに訪れたが──そこにあったのは綺麗に完食された料理。
そして何より、スタークやフェアトと楽しそうに食後の歓談をする王女の姿が彼の視界に映っている。
それを見た料理長は心からの安堵とともに息を漏らして、そっと厨房の方へと戻っていったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
閑話休題。
夕食を終えた三人は、しばらく食休みを取った後でリスタルの案内のもと浴場へと足を運んだのだが。
「「お、おぉぉ……!」」
スタークとフェアトは、その出るところは出た身体を真っ白な大きめの布を巻いて隠しつつ、この日何度目かも分からない感嘆の吐息を揃ってこぼしている。
それもその筈、見る者が見れば『大衆浴場じゃないの?』と思っても仕方ない程の広さがあり、それに加え水汚れ一つない綺麗で絢爛な浴槽や床、魔導国家らしい魔導式のシャワーなどが双子の目を引いていた。
二人が風呂好きだというのも大きいかもしれない。
余談だが、パイクとシルドは脱衣所で留守番をしており、そこにてフェアトがあらかじめ作って保存していた軽食で簡易的な夕食を済ませていたのだった。
「ね、凄いでしょ? うちのお風呂!」
一方、双子に対して人懐こい笑顔を見せたリスタルが、スタークとフェアトを低い位置から交互に覗き込みつつ、その浴場の素晴らしさをアピールするも。
「あー……風呂が凄いっつーか……なぁ、フェアト」
「えぇ、これを管理してる方々が凄いと言いますか」
この浴場が凄いというのは疑いようもないが、これだけの規模の浴場を毎日のように掃除や管理をしている人たちの苦労や努力を考えると、どうにも落ち着いて入浴できる気がしないというのが本音だったのだ。
(汚したくないけど……身体の汚れを落とす場所だし)
そんな矛盾じみた事を考えるのもやむなしだろう。
「あぁ、いつもお手伝いさんたちが綺麗にしてくれてるんだよ。 そのお陰で私たちは気持ちよくお風呂に入れてるんだから、ちゃんと感謝して入らなきゃだね」
翻って、リスタルは十歳の少女とは思えない程しっかりした受け答えとともに微笑みながら、まずは身体を洗う為にシャワーの方へとゆっくり歩いていく。
ちなみに、いつもは数人の女中が身体を洗ってくれているらしいのだが、『スタークたちと入るから今日はいい』というリスタルの言葉により、この広い浴場は三人だけの貸し切り状態となっていたのだった。
それから、リスタルの後に続いてシャワーの方へと向かっていこうとしたスタークの視界の端に──。
「……ん?」
──白く小さな何かが映った。
「どうしまし──た?」
唐突に足を止めて明後日の方を向いた姉に、フェアトが違和感を覚えて声をかけつつ同じ方を見遣ると。
「……猫?」
そこには、とても野良とは思えない綺麗な純白の毛並みの猫がおり、かなり高い位置に設置された窓から金と青の二色の無垢な瞳でこちらを見下ろしていた。
双子の視線が集まったのを感じたからなのか、その猫は音も立てずに浴場の床に降り立って、おもむろに双子ではなくリスタルの方へと近寄っていき──。
『なーぉ』
「え?」
スタークたちが何かを言う間もなく彼女の足元まで歩み寄ってから可愛らしく鳴いた事により、そこで初めて猫に気がついたリスタルが下を向くやいなや。
「また来たの? 勝手に入っちゃ駄目って言ったのに」
『にゃあ』
「あっ、もぅ……えへへ」
とても諫めているようには見えない蕩けそうな笑顔を浮かべて猫を抱きかかえ、その猫がざらついた小さな舌で彼女の頬を舐めるとリスタルの顔は更に緩む。
「……この猫は、いつも風呂場《ここ》に?」
そんな美少女と猫の微笑ましいやりとりにも特に表情を変えなかったフェアトは、リスタルが『また来たの?』と言っていた事からも、ここに来るのは初めてではないのだろうと踏んだうえで問いかけてみた。
「うん。 みんなに怒られるから駄目って言ってるんだけど、いつの間にか入ってきちゃうんだよね……」
「……へぇ……」
すると、リスタルが本当に困っているのかどうかは分からない困り顔を見せてから、かなり高い位置にある窓の方を見て『あの窓から』と補足するも、フェアトとしては何やら妙な違和感を覚えている様だった。
(……白い、猫……まさかね)
そう、この王都に到着してすぐに姉が通り魔に狙われ、その通り魔のものであるらしい白い毛を掴んでいた事実を思い返して、この猫を怪しんでいたのだ。
そんな折、当のスタークはといえば──。
(こいつ……いや、それは流石にねぇか……?)
どうやら、フェアトと全く同じ考えに至っていたようで、その白い猫を真紅の瞳で強く睨みつけている。
これまでは魔物だったり人間だったり挙句の果てには炎だったりした並び立つ者たちだが、この猫は言うまでもなく魔法の一つも使えない単なる動物の筈であり、『いくら何でも』と思い直そうとしたのだが。
(……試してみるか)
よくよく考えれば、つい先日の序列二十位《トレヴォン》の時も似たような事を言ったな、と珍しく思い出せていたスタークは、そう決心して隣に立つ妹の脇腹を肘で突く。
(? 何ですか)
(一瞬でいい、リスタルの気を逸らせ)
(……? まぁ、いいですけど……)
リスタルに聞こえない程度の小声で指示を出し、それを受けたフェアトは何が何やらといった具合に困惑していたが、どうせ自分が何を言っても姉が止まる事はないと分かっている為、首をかしげつつも了承し。
「……あー、リスタル様? シャワーの使い方って」
「シャワー? もしかして──」
本当は使い方くらい理解しているものの、リスタルの気を逸らす為に指まで差して視線をシャワーの方に向けさせんとした事により、リスタルが『使った事ないの?』と意外そうな表情でそちらを向こうと──。
──した、その瞬間。
ガリッ──と鈍く痛そうな音がスタークの口の辺りから聞こえてきたかと思えば、もごもごと口を動かしたスタークは一瞬だけ鼻で多量の息を吸ってから。
「──ふっ」
細く鋭く──それでいて超高速でスタークの口から吐き出された白く小さな何かが、リスタルが抱えたままの白く小さな猫に向かって勢いよく飛んでいく。
それは、まず間違いなく──スタークの歯だった。
もし並び立つ者たちなのだとしたら、そして通り魔なのだとしたら、この程度の速度の攻撃くらいは容易に防ぐ事ができるだろうと考えての、とっさの一撃。
この程度──とは称しているものの、それでも一般人の動体視力では捉えられないほどの速度である。
その猫が本当に単なる動物だったとしたら、おそらく猫の頭部は跡形もなく粉砕していただろうが──。
『うにゃう』
「!?」
高速で飛来するスタークの奥歯が猫に接触するかどうかという瞬間、猫が短く一鳴きして尻尾を振ったかと思うと接近していた筈の歯が消滅してしまった。
魔方陣の展開すらもせず、ただ消え失せたのだ。
だが、その異質な現象は──スタークの中に燻っていた一つの可能性を確信へと変えるのに充分すぎた。
(……っ、こいつだ……!)
この猫こそが【ジカルミアの鎌鼬《かまいたち》】の正体であり。
並び立つ者たちの序列十二位、【電光石火《リジェリティ》】だと。
『……なぅ』
「あっ……行っちゃった」
それを察したからなのかは分からないが、その猫はリスタルの腕の中からスルリと抜け出した後、金と青の瞳でスタークとフェアトをジーッと見つめて──。
『にゃーお』
間延びした声で一鳴きしてから高い位置にある窓まで音もなく跳躍し、そこから飛び降り姿を消した。
リスタルも二割。
そして、スタークが六割。
言わずもがな、夕食を実際に口にした割合である。
言葉通りに小食だったフェアトは、それこそ五歳も下のリスタルと同じ程度しか食べずして満腹になり。
言葉通りに大食いだったスタークは、あれほどの夕食を食べきった後でも腹八分目といった具合だった。
王女様に歳の近いご友人ができるかもしれない。
そう考えて少し張り切って夕食を作ってしまった王宮料理長は、『多すぎたか?』と後から気になったらしく、リスタルの部屋を控えめなノックとともに訪れたが──そこにあったのは綺麗に完食された料理。
そして何より、スタークやフェアトと楽しそうに食後の歓談をする王女の姿が彼の視界に映っている。
それを見た料理長は心からの安堵とともに息を漏らして、そっと厨房の方へと戻っていったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
閑話休題。
夕食を終えた三人は、しばらく食休みを取った後でリスタルの案内のもと浴場へと足を運んだのだが。
「「お、おぉぉ……!」」
スタークとフェアトは、その出るところは出た身体を真っ白な大きめの布を巻いて隠しつつ、この日何度目かも分からない感嘆の吐息を揃ってこぼしている。
それもその筈、見る者が見れば『大衆浴場じゃないの?』と思っても仕方ない程の広さがあり、それに加え水汚れ一つない綺麗で絢爛な浴槽や床、魔導国家らしい魔導式のシャワーなどが双子の目を引いていた。
二人が風呂好きだというのも大きいかもしれない。
余談だが、パイクとシルドは脱衣所で留守番をしており、そこにてフェアトがあらかじめ作って保存していた軽食で簡易的な夕食を済ませていたのだった。
「ね、凄いでしょ? うちのお風呂!」
一方、双子に対して人懐こい笑顔を見せたリスタルが、スタークとフェアトを低い位置から交互に覗き込みつつ、その浴場の素晴らしさをアピールするも。
「あー……風呂が凄いっつーか……なぁ、フェアト」
「えぇ、これを管理してる方々が凄いと言いますか」
この浴場が凄いというのは疑いようもないが、これだけの規模の浴場を毎日のように掃除や管理をしている人たちの苦労や努力を考えると、どうにも落ち着いて入浴できる気がしないというのが本音だったのだ。
(汚したくないけど……身体の汚れを落とす場所だし)
そんな矛盾じみた事を考えるのもやむなしだろう。
「あぁ、いつもお手伝いさんたちが綺麗にしてくれてるんだよ。 そのお陰で私たちは気持ちよくお風呂に入れてるんだから、ちゃんと感謝して入らなきゃだね」
翻って、リスタルは十歳の少女とは思えない程しっかりした受け答えとともに微笑みながら、まずは身体を洗う為にシャワーの方へとゆっくり歩いていく。
ちなみに、いつもは数人の女中が身体を洗ってくれているらしいのだが、『スタークたちと入るから今日はいい』というリスタルの言葉により、この広い浴場は三人だけの貸し切り状態となっていたのだった。
それから、リスタルの後に続いてシャワーの方へと向かっていこうとしたスタークの視界の端に──。
「……ん?」
──白く小さな何かが映った。
「どうしまし──た?」
唐突に足を止めて明後日の方を向いた姉に、フェアトが違和感を覚えて声をかけつつ同じ方を見遣ると。
「……猫?」
そこには、とても野良とは思えない綺麗な純白の毛並みの猫がおり、かなり高い位置に設置された窓から金と青の二色の無垢な瞳でこちらを見下ろしていた。
双子の視線が集まったのを感じたからなのか、その猫は音も立てずに浴場の床に降り立って、おもむろに双子ではなくリスタルの方へと近寄っていき──。
『なーぉ』
「え?」
スタークたちが何かを言う間もなく彼女の足元まで歩み寄ってから可愛らしく鳴いた事により、そこで初めて猫に気がついたリスタルが下を向くやいなや。
「また来たの? 勝手に入っちゃ駄目って言ったのに」
『にゃあ』
「あっ、もぅ……えへへ」
とても諫めているようには見えない蕩けそうな笑顔を浮かべて猫を抱きかかえ、その猫がざらついた小さな舌で彼女の頬を舐めるとリスタルの顔は更に緩む。
「……この猫は、いつも風呂場《ここ》に?」
そんな美少女と猫の微笑ましいやりとりにも特に表情を変えなかったフェアトは、リスタルが『また来たの?』と言っていた事からも、ここに来るのは初めてではないのだろうと踏んだうえで問いかけてみた。
「うん。 みんなに怒られるから駄目って言ってるんだけど、いつの間にか入ってきちゃうんだよね……」
「……へぇ……」
すると、リスタルが本当に困っているのかどうかは分からない困り顔を見せてから、かなり高い位置にある窓の方を見て『あの窓から』と補足するも、フェアトとしては何やら妙な違和感を覚えている様だった。
(……白い、猫……まさかね)
そう、この王都に到着してすぐに姉が通り魔に狙われ、その通り魔のものであるらしい白い毛を掴んでいた事実を思い返して、この猫を怪しんでいたのだ。
そんな折、当のスタークはといえば──。
(こいつ……いや、それは流石にねぇか……?)
どうやら、フェアトと全く同じ考えに至っていたようで、その白い猫を真紅の瞳で強く睨みつけている。
これまでは魔物だったり人間だったり挙句の果てには炎だったりした並び立つ者たちだが、この猫は言うまでもなく魔法の一つも使えない単なる動物の筈であり、『いくら何でも』と思い直そうとしたのだが。
(……試してみるか)
よくよく考えれば、つい先日の序列二十位《トレヴォン》の時も似たような事を言ったな、と珍しく思い出せていたスタークは、そう決心して隣に立つ妹の脇腹を肘で突く。
(? 何ですか)
(一瞬でいい、リスタルの気を逸らせ)
(……? まぁ、いいですけど……)
リスタルに聞こえない程度の小声で指示を出し、それを受けたフェアトは何が何やらといった具合に困惑していたが、どうせ自分が何を言っても姉が止まる事はないと分かっている為、首をかしげつつも了承し。
「……あー、リスタル様? シャワーの使い方って」
「シャワー? もしかして──」
本当は使い方くらい理解しているものの、リスタルの気を逸らす為に指まで差して視線をシャワーの方に向けさせんとした事により、リスタルが『使った事ないの?』と意外そうな表情でそちらを向こうと──。
──した、その瞬間。
ガリッ──と鈍く痛そうな音がスタークの口の辺りから聞こえてきたかと思えば、もごもごと口を動かしたスタークは一瞬だけ鼻で多量の息を吸ってから。
「──ふっ」
細く鋭く──それでいて超高速でスタークの口から吐き出された白く小さな何かが、リスタルが抱えたままの白く小さな猫に向かって勢いよく飛んでいく。
それは、まず間違いなく──スタークの歯だった。
もし並び立つ者たちなのだとしたら、そして通り魔なのだとしたら、この程度の速度の攻撃くらいは容易に防ぐ事ができるだろうと考えての、とっさの一撃。
この程度──とは称しているものの、それでも一般人の動体視力では捉えられないほどの速度である。
その猫が本当に単なる動物だったとしたら、おそらく猫の頭部は跡形もなく粉砕していただろうが──。
『うにゃう』
「!?」
高速で飛来するスタークの奥歯が猫に接触するかどうかという瞬間、猫が短く一鳴きして尻尾を振ったかと思うと接近していた筈の歯が消滅してしまった。
魔方陣の展開すらもせず、ただ消え失せたのだ。
だが、その異質な現象は──スタークの中に燻っていた一つの可能性を確信へと変えるのに充分すぎた。
(……っ、こいつだ……!)
この猫こそが【ジカルミアの鎌鼬《かまいたち》】の正体であり。
並び立つ者たちの序列十二位、【電光石火《リジェリティ》】だと。
『……なぅ』
「あっ……行っちゃった」
それを察したからなのかは分からないが、その猫はリスタルの腕の中からスルリと抜け出した後、金と青の瞳でスタークとフェアトをジーッと見つめて──。
『にゃーお』
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