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遅れてきた援軍

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 その瞬間的な嵐の如き水蒸気は、かつてレコロ村だった廃墟を一瞬で包み込むだけでは飽き足らず、その水蒸気の発生源たる業炎の犬と戦闘していたスタークも、そこから離れていたフェアトをも包み込んだ。


 おまけに、この水蒸気は超高温。


 普通の人間や動物、魔物なら皮膚が焼け爛れる程度では済まないというほどの災害クラスの現象だったのだが、それでもフェアトには一切の影響を及ぼさず。

「姉さん……! っく、何も見えな──」

 局所的な濃霧でも発生したのかと言わんばかりに視界が不明瞭になってしまう中、爆発が起こる前から満身創痍だった姉の事が気になって気になって仕方ないフェアトは真っ白な水蒸気を掻き分けながら、おそらく倒れてしまっているだろう姉を探していたのだが。


『──りゅあーっ!!』

「!?」


 突如、彼女の耳に届いた甲高い鳴き声とともに巻き起こる渦のような暴風に、フェアトは驚いて思わず構えながらも風が発生した方に勢いよく顔を向けた。

「今のは【風渦《ボルテックス》】……! いい仕事です、パイク!」

 聞き覚えがありすぎる鳴き声の事もあるが、その魔法を見た覚えもあったフェアトは風属性の【渦《ボルテックス》】だと看破したうえで、自分を誘導するべく魔法を行使したのだろう神晶竜の片割れを褒めつつ駆けていく。

 ちなみに、フェアトは完全に逆の方へ進んでいたようで、そこそこ離れた位置にて彼女の予想通りに倒れ伏し、パイクの【光癒《ヒール》】とシルドの【水癒《ヒール》】を大人しく受けていた姉の姿を見た瞬間、彼女はすぐに地面に腰を下ろしてボロボロの服を纏った姉に寄り添い。

「姉さん! 大丈夫──じゃないでしょうけど! 私の声は聞こえてますか!? 返事してください……!!」

 治療自体は殆ど済んでいるのだろうが、それでも明らかに死に体の姉を見て涙目になってしまいつつ、その弱々しい力で姉の頭を持ち上げながら震える声で意識があるかどうかだけでも確認しようとした。


 ──その時。


「……耳元で叫ぶな、やかましい」

 一方のスタークは先程から意識を取り戻していたらしく妹の声で『キーン』となった耳を、そしてその原因となった妹を煩わしげにを開けて見遣る。

 片目で──というのも治りきっていない為か彼女の閉じられたままの右の目蓋は深く窪んでおり、どうやら咆哮か爆発の影響で眼球が爆ぜてしまったらしく。

「姉さん……! よかった──」

「ぃぎぁっ!?」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 そんな痛々しい姉の姿に、そして何とか命を取り留めた姉に感極まったフェアトが思わず抱きついたのだが、『治りきっていない』スタークは極端なほど弱々しい妹の力でも激痛を覚えてしまったようで、それを察したフェアトはすぐに抱きしめていた身体を離す。

 その後、気まずげに話題を変えようとしたフェアトは何かを思いついたのか、ハッとなりつつ手を叩き。

「そ、それより。 さっきの攻撃は凄かったですね」

『『りゅー♪』』

 つい先程、業炎の犬を討ち倒してみせたパイクやシルドとの合わせ技について言及すると、その攻撃の当事者である二体の神晶竜は嬉しそうに一鳴きした。

「あ……? あぁ、まぁな。 あたしだって十日間、何も休んだり遊んだりしてたわけじゃねぇからよ」

 翻って、スタークは先程の一撃が六花の魔女が住む丘で十日間、パイクたちとともに練習した技だった事を明かし、『当然の結果』だと言いたげに微笑む。

「序列十位《ジェイデン》は片方の爪だけでも倒せたんですし、いくら何でも倒せました──よね……?」

 こんな状態でも戦いの事に関して熱く語る姉に呆れつつ、ジェイデンを派生前の技で倒せたのだから二十位が耐えられる筈はないと考えた後、並び立つ者たちシークエンスを感知できるらしい二体の神晶竜に話を振った。

『りゅ、りゅ~?』

『りゅう』

 すると、シルドがきょろきょろと周囲を見回して確認したかと思えば、パイクは真剣な表情で首肯する。


 ──え~っと、どうかな?

 ──多分、大丈夫。


 フェアトには、そう言っているように聞こえた為。

「そうですか、ならよかっ──」

 若干の安堵感とともに改めて傷ついた姉を思いやって、その栗色の髪を梳くように撫でていたのだが。


『『!!』』


 次の瞬間、何かを感知したらしいパイクとシルドがスタークの治療もそこそこに双子の下へ飛んでいったかと思うと、これまでの道中もずっとそうしてきたように半透明な剣と四つの指輪に変化してしまった。

「ぅわっ! いきなり戻んな、びっくりすんだろ!」

「シルド……? どうして指輪に──」

 あまりに突然の事にスタークはおろかフェアトでさえも、パイクたちの行動に疑問を持っていたものの。


「──スターク、フェアト!! 無事か!?」


 すっかり荒廃した雑木林の奥から白馬を駆って現れた騎士団長、クラリアの声で双子は事情を察した。

(……なるほど。 だから、この子たちは)

 存在が明るみになってはいけない──という、レイティアの言葉を自分たちの意思で守った結果だと。

 その一方、当然ながらクラリアの後ろには彼女の部下である騎士たちもいたのだが、ここに来る前は三十人いた筈だというのに今はその半分も姿が見えない。

 十人いるかいないかといったところだ。

 どうやら、ここに到着するまでに発生した超高温の爆音波と水蒸気の爆発により、騎士たちも彼らが駆っていた馬も大半がリタイアしてしまっていたらしい。

 すでに終わっていたとしても、こうして駆けつけてきてくれたのだから本来は感謝すべき事なのだが。

「……そういやいたな、こいつら」

「ちょ、ちょっと姉さん」

 色々あった──というより死にかけていたのだから仕方ないとはいえ、そんなヴァイシア騎士団の存在を完全に失念していた姉の失言をフェアトが諌めると。

「おいおい、言うじゃねぇかよ。 まぁ……遅れちまったのは俺らだし、何も言い返す事はねぇんだけどな」

 クラリアには劣りこそすれ、やはり中々に優秀なのだろう大して傷も負っている様子のないハキムは馬から降りて突っかかってくるのかと思えば、やたらと殊勝な態度で気まずげに頬を掻くだけに収まっていた。

 ハキムにとっては肉体や精神の強さこそが正義であり、ゆえにクラリアにも従っている部分もある為、自分に勝った双子には強く出られないのかもしれない。

「これは、あまりに凄惨な……だが火災は鎮まっているようだ。 スターク、フェアト。 君たちがこれを?」

「え? えぇ、まぁ……そうなりますね」

 そんな折、幾度となく訪れた事のあった村が壊滅しているのを見たクラリアが、さも死者を悼むかのように胸の前で十字を切った後、火災を鎮めたのはと問いかけた事により代表してフェアトがそれを首肯する。

 鎮火より並び立つ者たちシークエンスの討伐を優先してしまってはいたが、結果的には火災を鎮める事ができたのだから間違ってはいないだろうと判断しての事だった。

「そうか──うん? よく見れば酷い傷じゃないか、スターク! まさか火災を起こした原因と戦って……?」

「あー……そう、だな。 もう終わったが」

 その後、村から視線を外したクラリアの視界にボロボロの状態で横たわるスタークが映った事により、白馬から降りて駆け寄りつつ負傷の原因を問いかける。

 すると、すでに剣の状態で【光癒《ヒール》】を行使していたパイクの治療を受けた事で殆ど回復していたスタークは、ゆっくりと上体を起こしてから首肯してみせた。

 精神的な疲弊は、まだ抜け切っていないのだろう。

 騎士たちは尊敬の意を込めた視線を双子に向け、ハキムに至っては『当然だな』と得意げにしていた。

「そうだったのか……すまない。 何の力にもなれず」

 その一方、クラリアは一転して申し訳なさそうな表情を浮かべ、ハキムを始めとした部下たちが驚いて目を剥く事も構わず深々と頭を下げて謝意を示す。

 そんな彼女の行動に対して真っ先に言及したのは双子でもなければ、ハキムや他の騎士たちでもなく。

「だ、団長が頭を下げる事では……!! それに、この二人も結局のところ誰一人として救えては──」

 クラリアの腹心たる副団長のリゼットであり、さも納得がいかないと言わんばかりに声を荒げ、そればかりか双子がやった事を否定するかのような発言を。


 ──口にしようとした、その瞬間。


「──今、何を口走ろうとした?」

「っ!?」


 リゼットどころかハキムや他の騎士たちでさえ畏怖を感じるほどの、クラリアの底冷えするような低い声音を耳にしたリゼットは思わず口を噤んでしまう。

「確かにレコロ村は壊滅、生存者はゼロ。 誰の命も救えなかったかもしれない。 だが、それは間に合わなかった我々とて同じ事だ。 そんな不甲斐ない我々に代わり、この二人は更なる犠牲の加速を止めてくれた」

 そんな状態のリゼットなど構う事もなく、スタークたちのお陰でこれから失われるかもしれなかった多くの民の命が救われたのだとクラリアは語り出す。

 現に、もしトレヴォンが次の標的として港町や王都を狙ったとしたら、そこで発生する犠牲者の数は今回の被災地たるレコロ村の比ではなかっただろう。

 尤も、港町ヒュティカには六花の魔女フルールも序列一位《アストリット》もおり、王都ジカルミアにも二体の並び立つ者たちシークエンスがいる為、必ずしもそうなったかは分からないのだが。

「それでも、この勇敢な少女たちを非難するというのなら──リゼット、私はお前を心から軽蔑する」

「だ、団長……私は──」

 そして、『これ以上は口も利きたくない』とでも言いたげにクラリアがリゼットを強く睥睨した事で、リゼットは縋りつくように手を伸ばす届く事はなく、クラリアは他の騎士たちに後処理の指示をし始める。

 部下に当たる筈の騎士たちが気まずげな、もしくは冷ややかな視線をリゼットに向ける中、彼女の足元で小さな火種のような何かが地面を割っている事に。


 誰一人、気がついてはいなかった。


 いや、もう少し正確に言うのであれば──。


『『……!!』』


 剣と指輪に変化した二体の神晶竜だけは、その無機物と化した身体を俄かに震わせ始めていたのだが。
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