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朝食とこれからの事

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 その後、一時的な死から目覚めたばかりという事もあり、スタークだけは本来なら口当たりや消化に優しく量も控えめな軽い食事を摂るべきなのだが。

「……腹減ったな」

 そう呟いた姉の言葉と、似つかわしくない可愛らしい腹の虫の音を聞き逃さなかったフェアトは、この一週間で散々やってきたフルールの調理の手伝いを今日も申し出て、『たくさん作りましょう』と提案する。

 フルールは知らなかったが、ひとたび空腹になるとスタークは結構な量の食事を摂らなければ満足せず。

 あれほどの攻撃力を十五歳の少女の身体で行使するには、やはり相当のエネルギーを消費し、また摂取しなければならないのだという事が分かるだろう。


 結局、数十分後に食卓に並んだ料理は──。


 スタークにとっては直前に食べた料理が海の幸だった事も考えて、港町らしからぬ豪勢な肉料理がメインのフルールやフェアトには随分と重めの朝食だった。

 だが、肉料理全般が好物のスタークや、よほどのゲテモノでなければ大抵の料理は喜んで食べるパイクたちは、ほぼほぼ同じペースでガツガツと食べ進める。

 その一方でフルールとフェアト、そしてアストリットの三人はメインとなる肉料理もそこそこに新鮮な野菜と果物を和えたサラダやパンを中心に食べていた。

 そんな折、大した時間も経っていないのに食卓に並べられた料理の半分を一人で食べたスタークが、さも箸休めだとばかりにコップに注がれた水を呑みつつ。

「……あんた、料理も上手いんだな」

 フェアトやパイクたちも手伝っていたのは知っているが、それでも主だって作ったのは家主たるフルールである為、彼女に対して料理の腕を称賛する旨の言葉をかけると、フルールはうっすらと苦笑いを浮かべ。

「まぁ、そうですね。 ずっと一人暮らしでしたから」

 レイティアに出会ってからも──いや、出会う前からもずっと一人だったと明かしつつ、それゆえに料理の腕なら食事処にも劣らないという自負を口にする。


 フルールは、いわゆる戦災孤児だった。


 二十五前、魔族との──ではなく魔導国家と機械国家間のくだらない小競り合いの影響で、フルールと同じく優秀な魔法使いだった両親を亡くしている。

 その後は、ろくに頼れる人もいなかった為に生まれ持った魔法の才能を活かした薬師や大工、或いは悪しき魔物の討伐といった今の彼女も続けている仕事を始めた結果、九歳とは思えないほどの周到さを見せる彼女を町の人々や魔導国家が見過ごす筈もなく──。

 いつしか彼女は──【六花の魔女】という二つ名で港町ヒュティカに住まう人々から、そして国内のあらゆる魔法使いからも慕われるほどになっていた。

 それもあってか勇者ディーリヒトを始めとした魔王討伐の旅に一時だが同行した経験もあり、その時に同い年だったレイティアとも仲良くなったのだとか。

 そんな過去を回想し目を細めるフルールをよそに。

「──それで? これから君たちはどうするんだい?」

「これから、とは?」

 見た目に違わず小食であるらしいアストリットが食後の紅茶を嗜みつつ、スタークたちがこの町を発った後の行動を問うも、フェアトは要領を得ず聞き返す。

 無論、姉ならともかく聡明なフェアトに限って彼女の言いたい事が理解できないといった事はなく、『何故それを貴女が?』という意味の問い返しだった。

「君たちは聖女レイティアに言われて、ボクたちを倒す為の旅を始めたんだろう? もし前に渡したメモを活用してくれるなら──まずは王都に行くといいよ」

 すると、アストリットは『少し提案があってね』と質問の意図を明かしつつ、スタークたちの旅の目的を再確認させるような口ぶりとともに七日前に手渡したメモについて言及したうえで、この国──東ルペラシオの中心に位置する王都に向かうのはどうかと言う。

「王都……あぁ、“ジカルミア”でしたっけ」

「じかるみあ? それが王都の名前なのか」

 一方、レイティアから世界の地理や歴史についても詳しく教わっていたフェアトは、もちろん王都の名も王城に座す王の名も把握していたが、そんな妹とは対照的にスタークは完全に忘れてしまっていたようで。

「……聞いた事ある筈ですよ」

「……覚えてねぇな」

 呆れてものも言えない──とでも言いたげな表情を浮かべるフェアトに対し、スタークは全く悪びれていなさそうにガリガリと乱暴に栗色の髪を掻いていた。

「……まぁ、それはそれとして。 どうして王都に?」

 尤も、フェアトとしても予想通りであった為にそれ以上の言及は避けるように視線を外し、『王都へ向かうといい』と提案したアストリットの真意を問う。

「あそこには二体の並び立つ者たちシークエンスがいる。 ついでに言うと、その道中でそれとは別の並び立つ者たちシークエンスの一体とも遭遇するかもね。 ま、経路次第だけど」

 それを受けたアストリットは自分やセリシアと同じように人間、或いは人間の町を歩いていても違和感のない種族に転生している並び立つ者たちシークエンスが王都に二体いる事と、その途中でジェイデンのように魔物に転生した並び立つ者たちシークエンスがいるのだと語り出した。

「……確かに、メモにもそう書いてますけど」

 そう言って、フェアトが取り出していた手元のメモに目を落とすと、そこには確かにこう記されていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 東ルペラシオ王都ジカルミア、二体。


 序列十二位、“ラキータ”。

 称号──【電光石火《リジェリティ》】。


 序列十四位、“ナタナエル”。

 称号──【月下美人《ノクターン》】。


 東ルペラシオの全域に出没の可能性あり、一体。


 序列二十位、“トレヴォン”。

 称号──【犬牙相制《ティンダロス》】。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「その三体はボクやセリシアに比べれば劣るけど、それでも充分に超人的な力を持ってる。 君たちの──というかの修行にはちょうどいいんじゃないかな」

「……うっせぇ」

 メモとアストリットを交互に疑わしげに見遣るフェアトをよそに、アストリットはスタークへ話を振りつつ『フェアトはともかく』と暗に告げると、それを珍しく察した──察してしまったスタークは舌を打つ。


 言われずとも分かってる──そう言わんばかりに。


「あぁ、それなら私にも妙案がありますよ」

「妙案、ですか?」

 そんな中、食卓に並べられていた料理を綺麗に食べ終わってくれた事に嬉しそうにしながら、フルールにも何やら提案があるらしく手を叩いて注目を集める。

「実はヴァイシア騎士団は、まだ町であの元魔族が起こした凶行の正確な調査と後処理をしてるらしいんです。 で、騎士団は王都から来たわけですから──」

 どうやら、イザイアスの件を抜きにしてもフルールと騎士団との交流は深く、まだこの港町に滞在し職務を全うしており、それこそが先程の妙案に繋がるのだと語りつつ、その先を口にしようと──した時。

「……なるほど」

 おそらくは、『目立たないようにしなければ』と気をつけていた自分たちの事を考慮しての提案なのだろう事を察したフェアトは、チラッと横目でアストリットを見遣ったうえでニヤニヤとした笑みを見せる。

 そんなフェアトの考えは【全知全能《オール》】でも読み取れないが、フルールの考えなら簡単に読み取れる為に。

「……二人して、ボクへの意趣返しのつもりかい?」

「ふふ。 さぁ、どうでしょうね」

 アストリットとしては珍しくジトッとした瞳でフルールとフェアトを見つめ、『いい度胸だね』と溜息混じりの声を漏らすも、フルールは俄かに微笑むだけ。


 要は、騎士団をにするという提案だった。


 それは、ご飯を食べ終わって満足そうに机の上で寝転がるパイクやシルドでさえ理解していた事だが。


「……?」

(……分かってないなぁ、あれは)


 その一方で腕組みしつつ首をかしげるスタークを見たフェアトは、『後で分かりやすく説明してあげないと』という旨の決意に人知れず満ちていたのだった。

「これでも私は騎士団にも顔が利きますから。 貴女たちの同行を願う旨の手紙を認《したた》めておきますね」

「何から何までありがとうございます、先生」

 そして、フルールが『推薦状みたいな感じで』と口にしながら、アストリットが行使したものと同じ収納の魔法、【風納《ストレージ》】で納めていたらしい便箋一式と羽根ペンを取り出すと、フェアトは多大なる謝意を示すべく、ニコッと笑ってお礼の言葉を口にする。


 そんな満面の笑みを浮かべたフェアトによるお礼を受けたフルールは、ふいっと視線を逸らしてから。


「……いいんですよ、フェアト。 これくらいは──」

「──先生として、当然ですから」


 何故か、わざわざ一拍置いて返答してみせた。


(……)


 無論、全知全能を司るアストリットには──。


 彼女が一拍置いた理由も──分かっていたのだが。
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