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無敵の矛

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 水晶のような透明度を持つその巨大な爪は、百六十と少しのスタークの身長を大きく上回り、あわやジェイデンの強靭な爪と殆ど同じ大きさを誇っていた。

 当然ながら、その大きさに見合った質量をも兼ね備えている筈なのだが、スタークはそれを全く感じさせない愉しげな笑みのままに緋色の竜を見据えている。

『お前、いつの間に──いや、それよりも!!』

 それを視界に映したジェイデンは、カッと金色の瞳を見開きつつ、『投げ飛ばされた事』よりも『半透明の巨大な爪』の方に気を取られており、それまでは顔だけだったが今度は身体ごとスタークの方を向いた。

『何だよそいつはぁ!? お前、それ──』

 そして、腹の底に響くような声を荒げながらジェイデンが右前脚の爪でスタークを指差し、その爪の正体を問いかけつつ何やら言いたげにしている中で。

「はっ、ビビっちまったか? そう、こいつは──」

『りゅー!』

 スタークは挑発するように鼻で笑ってから自身の右腕に装備された爪──の形へ姿を変えていたパイクを見遣ると、その状態でも五感はあるらしく元気いっぱいに返事をしたパイクの鳴き声が響き渡る。

 そんな爪《パイク》の正体を『冥土の土産に教えてやろう』と考えたスタークが、その爪の先をジェイデンの方へと向けつつ今まさに明かさんとした──その瞬間。


『すっ──げぇええええ!! めちゃくちゃ強そうじゃねぇか!! 流石は聖女の娘!! しかもそいつ、さっきの神晶竜の片割れか!? マジで凄ぇなぁおい!!』


「……はっ?」

『りゅ……?』

 驚愕や畏怖──というよりは、歓喜や興奮といった感情の方がよほど当てはまりそうな反応を見せて自分を称賛してきたジェイデンの声に、スタークもパイクも思わず呆然として困惑の声を漏らしてしまう。

 しかし、ジェイデンはそんなスタークとパイクよそに、『くぁははは!!』と高笑いしてから──。

『言ったろ!? 俺は強ぇやつと戦いてぇんだ!! 弱ぇやつと戦って危なげなく勝って! しょうもねぇ勝利の余韻に浸る! それに何の意味があるってんだ!?』

 戦いが始まる前にも口にしていた自らの矜持を再確認するように、相も変わらず愉しげな──いや、どこが影のある笑みを湛えて二組の双子に叫び放つ。


 それは──冗談でも何でもなかった。


 生まれついての強者だったジェイデンは、自分を更に高める為に強者を求めて世界各地を回っていた。


 無論、世界は広くジェイデンが望む強者もいた。


 しかし、それはあくまでも──ほんの一部。


 魔族が侵略を開始する以前から人間同士で醜い争いを続けている者もいれば、その争いをすでに終えて人間が人間を飼っているかのような、いわゆる奴隷を従えて支配者気分に浸っている者もいたのだ。


 ジェイデンは、そんな愚劣な人間たちを見て。


 そして、そんな愚劣な人間たちを嬉々として蹂躙していく有象無象の名もない同族たちを見て──。


 全てを──壊したくなった。


 ハッと我に返った時、ジェイデンの目の前には。


 人間も魔族もない死屍累々の光景が広がっていた。


 それゆえに、魔王カタストロは──【破壊分子《ジャガーノート》】の称号をジェイデンに与える事を決めたのだった。


『魔族だった頃からずっとだ! 人間も同族も! 自分より弱いやつらを虐げて、それが正しい事かのように嗤う! こんな世界ぶっ壊れちまえって思ってた──』

 魔王カタストロが世界を支配したところで、この世界は何も変わらないんじゃないか──そんな風に思っていたジェイデンを大きく変える出会いがあった。


 ──そう。


『──【勇者】に出会うまでは!!』


「「!!」」


 スタークとフェアトは、ジェイデンの口から飛び出した自分たちの父親を指す言葉に目を剥いて驚く。

 事実、ジェイデンは魔族だった頃に勇者一行と三度も交戦しており、一戦目は互いの力を認め合って引き分けに、二戦目は他の並び立つ者たちシークエンスが横槍を入れた為にジェイデンが激怒し、その魔族を勇者一行と協力して斃した事で勝負が流れてしまっていた。

 そして──運命の三戦目。

 一人、また一人と膝をつく中、勇者ディーリヒトとジェイデンは最後の最後まで死力を尽くし、およそ半日にも亘る激戦の末──勝利したのは、勇者だった。

『あいつは凄かった!! 神に選ばれたっつっても、あれほど誰かの為に命を懸けられるやつはいねぇ!! 魔王様以外で俺が敗けた最初で最後の相手があいつでよかったと思ってる!! 分かるか!? 俺は──』

 ジェイデンはレイティアやその仲間たちと同じほどに──いや、もしかするとそれ以上にディーリヒトを高く評価していた事を、そして敗北した事実を微塵も後悔していない事を明かした後、一拍置いて──。


『敵ながらあいつに──憧れちまったんだ』


 これまでにない静かさとともに、そう告げた。


(……そんな事もあったわね)

 その一方、小規模の【光扉《ゲート》】を展開して家から紅茶のセットを持ち出していたレイティアは、その香りを嗜みながら勇者や仲間たちとの旅を懐かしんでいる。

『俺が転生を受け入れたのも、勇者の血筋がどこかに残ってるかもしれねぇと思ったからだ。 ま、結局見つけたのは聖女と──その娘たちだったがな』

 更に、一度目の生に未練がなかったジェイデンが魔王の最期の命令に従ったのは、勇者が子供を残していたかもしれず、その子供が勇者と同じく強く正しく育ったのなら戦ってみたいと考えたからだと語った。

『だが、それでいい! お前は──いや、は! 俺の予想を遥かに上回るほどの強者だったからだ!! さぁ、名乗れ!! 聖女の娘たちよ!!』

 そして次の瞬間、再び声量を戻したジェイデンが翼を広げて飛び上がり、スタークとフェアトを二人同時に視界に映した状態で彼女たちの名を尋ねる。


 次の一撃で決着がつく、そう考えたからこそだ。


「……あたしは──スタークだ」

「私は──フェアトです」

 それを受けたフェアトとスタークは互いに一瞬だけ顔を見合わせた後、頷き合ってから母にもらった自分の名を口にすると、ジェイデンは牙の生え揃った口を裂けてしまいかねないほどに広げて笑い──。


『っし! 互いの名も知ったとこで──そろそろ決着つけようぜ、スターク!! こいつが今の俺のぉ!!!』


 息吹《ブレス》と魔法の爆発の余波で更地になっていた渓谷の上を旋回しつつ、最後の一撃を放つ準備を開始する。


 口には先程よりも更に熱量を高めた業炎を蓄え、両の翼膜にはそれぞれ三つずつ真紅の魔方陣を展開。


 その魔方陣の術式は──【火爆《エクスプロード》】。


 属性に応じた爆発を発生させる魔法【爆《エクスプロード》】により、音を置き去りにするとまで云われる竜種の飛行速度を段階的に加速させ、その勢いのまま蓄えた煌々と輝く業炎の息吹《ブレス》を全身に纏い──突撃する。


『──全力だぁああああああああああああっ!!!』


 その技の名は──【火竜特攻《レッドアサルト》】。


 魔法、息吹《ブレス》、肉弾戦。


 怒赤竜《どせきりゅう》へと転生したジェイデンだからこそ可能とする、全てを乗せた最大で最強で──最高の一撃。

「望むところだ! パイク!! 準備はいいかぁ!?」

『りゅーっ!!』

 ジリジリと肌が焼けつくような──いや、実際に焼けついている中で、スタークは自分の身体などお構いなしにパイクに声をかけ、パイクは彼女の声に呼応して爪の状態のまま後方へ向けて魔方陣を展開する。


 奇しくも、それは──【火爆《エクスプロード》】だった。


「【迫撃拳《モーターノック》】──改め!!」


「【迫撃爪《モータースクラッチ》】!!!」


『りゅうー!!』


 そして、スタークは先程のレイティアとの手合わせの際に不発となった必殺技、極端なほどに助走をつけてから殴打する【迫撃拳《モーターノック》】の派生となる技を放つ。


 そして今、一人の人間と二体の竜の力が──。


 ──衝突した。


 先程の、ジェイデンの息吹とパイクたちの魔法が衝突した時よりも、より一層の激しい衝撃と真紅の閃光が辺り一面を包み込むも、フェアトやレイティアは特に目が眩んだりする事もなく見守っている。


 尤も──それはこの二人だからこそであり。


 ここに彼女たち以外の何某かがいれば、あっという間に吹き飛ばされてしまっていたのは間違いない。


『が……っ!! あぁああああああああっ!!!』

「くぅ……っ! っおぉおおおおおおおおっ!!」

『りゅ……っ! うぅうううううううう!!』


 両者──正確には人間一人と竜二体の力は完全に拮抗しており、身体が悲鳴を上げるのも気にかけず、ただ目の前の敵を倒す為だけに全ての力を尽くす。


「姉さん、頑張って……!」

『りゅー! りゅー!』

(大丈夫よ、スターク。 貴女ならきっと……)


 地上にいるフェアトとシルド、レイティアも固唾を呑んで戦いの行方を見守り──そして、次の瞬間。


「っ、あぁ!! いい加減にぃ……っ!! 吹っ飛びやがれぇええええええええええええええええっ!!!」


 中々終わらない炎と炎の鍔迫り合いに痺れを切らした──というより、すでに身体の一部が焼け落ちていたスタークが大声で吠えると同時に、それまで互角だった筈の衝撃がジェイデンの方に片寄り始め──。


『がっ!? ぎ、あっ──ぐがぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!』


 それを察するも時すでに遅く──凶暴な牙や緋色の鱗が音を立てて破壊されるとともに、ジェイデンはその質量からは考えられない速度で吹き飛んでいった。

「……っあ、やべ……着地……」

『りゅ~……っ、りゅあっ!!』

「ぅおっ! わ、悪いな……」

『りゅー♪』

 その後──もはや、まともに着地するのもままならない事を察したパイクが装備を解除し、一回りも二回りも大きな竜となってスタークを自分の背に乗せた。


 そして、スタークはパイクの背の上で寝転がりながら右腕を天高く掲げ──自分たちの勝利を宣言する。


「──っ、勝利ぃ!!!」

『りゅーっ!!』
 
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