血と束縛と 番外編・拍手お礼短編

北川とも

文字の大きさ
上 下
6 / 84

番外編 拍手お礼3

しおりを挟む
 落ち着かない――。
 心の中でそう洩らした和彦は、慎重に寝返りを打ち、敷布団の端へと移動しようとする。するとすかさず、背後から伸びてきた両腕に捕えられ、引き戻された。
「そんな端っこにいくと、布団から出るぞ」
 室内を覆う闇を震わせるようなバリトンは、わずかに笑いを含んでいるようだった。
 抱き寄せられた和彦は、浴衣を通してもわかる賢吾の硬い体に触れる。エアコンによって程よく冷えている部屋にあって、賢吾の体温は熱源そのものだ。確かに人肌なのに、側にいると汗ばみそうなほどの熱いものを感じさせる。
 それとも、賢吾を意識している和彦自身が生み出す熱なのか――。
「……やっぱり、自分の部屋に戻る」
「どうしてだ」
 そう問いかけてきながら賢吾が、和彦の体に薄手の夏布団をかけてくる。さらに、腕枕まで提供してくれた。
「ぼくがいつまでも寝返りを打っていると、あんたが落ち着いて眠れないだろ」
「なんだ。俺を気遣ってくれているのか」
「そうじゃないっ。……ぼくも落ち着かないんだ」
「俺が怖いからか?」
 からかうような口調で賢吾が言うが、どんな顔をしているかまではわからない。月明かりすら入らないほど、この部屋は家の奥にあるのだ。
 賢吾の大きな手に頬を撫でられ、うなじをくすぐられる。穏やかな手つきだが、和彦としては、昼間、秦にされた行為を指摘されるのではないかと、気が気でない。また、アルコールのせいで眠り込んでいたわけではないことも。
 悠然と身を横たわらせた大蛇の前では、何もかも告白してしまうことが、自分の身を守るもっとも最善の方法のように思えてくる。
「やっぱり――」
 和彦が口を開こうとした瞬間、賢吾の手が頭にかかり、引き寄せられた。息遣いを肌に感じたときには、唇の端にキスされた。そして、今度はしっかりと唇を塞がれる。
「……何もしないんじゃなかったのか」
「まだ、ヤクザの言うことを信じるのか、先生」
 呆れて言葉が出なかった。それをいいことに、賢吾の唇が顔中に押し当てられる。最初は身構えていた和彦だが、柔らかく唇を啄ばまれているうちに、つい応じてしまう。
 舌先を触れ合わせ、それだけでは物足りなくて、唇と舌を吸い合う。すると、熱い腕にしっかりと抱き締められた。思わず吐息を洩らすと、賢吾の唇が耳に押し当てられる。
「子守唄でも歌ってやろうか?」
 あまりに似合わない言葉に、たまらず和彦は噴き出す。体を震わせて笑っていると、ポンポンと背を軽く叩かれた。
 大蛇は怖いが、その大蛇の側が一番安全なのも、また確かだ。
 和彦は片腕をそっと、賢吾の背に回す。浴衣の薄い布越しに、てのひらで大蛇の刺青を慰撫する。
「こいつが恋しいなら、同じものを先生の背に彫ってやるぜ」
 冗談とも本気ともつかないことを賢吾に囁かれ、和彦の背に硬いてのひらが這わされる。ゾクゾクするような疼きが、背筋を駆け抜けていた。
「だが、先生に刃は物騒すぎて似合わねーな。やっぱり、絡み合う二匹の大蛇がいい。ギリギリと締め上げるようにして、愛し合っているところだ。先生の背中だけじゃ描ききれないだろうから、尻や腿まで彫ることになるだろうな。胸元まで大蛇の鱗で覆うのもいい」
 賢吾のてのひらが背から尻、腿へと移動し、和彦は声を上げそうになる。それでも、賢吾の背に当てたてのひらを退けることはできない。こうしている間に実は、浴衣の下で大蛇が蠢いているのではないかと、現実的ではないことを考えてしまうのだ。それぐらい、てのひらを通して感じる賢吾の体は、力強さを漲らせていた。
「……眺めるだけで十分だ」
「まあ、時間は十分あるから、じっくり口説いてやるよ、先生」
 後ろ髪を掴まれて顔を上げさせられ、賢吾に唇を奪われる。本当に人を寝させる気があるのかと思うほど、激しく官能的な口づけだ。
 ようやく唇が離されて和彦が息を喘がせていると、ヒヤリとするようなことを賢吾が言った。
「刺青を入れさせたいのは、先生に似合いそうだというのもあるが、一番は――間男除けかもしれないな」
 和彦は体を強張らせる。この反応は賢吾に気づかれたはずだが、大蛇のように怖い男は言葉を続ける。
「男を惹きつけて、快感に弱い先生だからこそ、守り神みたいな刺青がいいんだ。半端な奴なら一目見て逃げ出すような、凄絶に艶やかで怖い刺青が」
 やはり賢吾は何か感づいているのかもしれないと思うと、声が出なかった。そんな和彦とは対照的に、賢吾は優しい声で囁いてくる。
「俺がここまで言うのは、先生だからだぜ。――大事で可愛い、俺のオンナだからな」
 啄ばむようなキスを与えられ、和彦もおずおずと応じる。
「さあ、先生、もう寝ろ。俺がしっかり、守ってやるから」
 頭を抱き寄せられ、和彦は賢吾の胸に顔を埋める。
 怖いのに、忌々しいほど賢吾の体温は心地いい。背に回したてのひらで感じるのは、大蛇の蠢きだ。
 刺青は自分の肌に入れるより、触れ合う相手の肌に入っているほうがいい。そうでないと、こうして愛してやれない。大蛇だろうが、虎だろうが――。
 刺青に惹かれつつある自分に気づき、和彦は小さく身震いする。何も言わず、賢吾はしっかりと抱き締めてくれた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...