血と束縛と

北川とも

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第48話

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 危うく身を乗り出しそうになった。和彦はアイスティーを一口飲むと、慎重に周囲を見回す。護衛たちは席が取れなかったらしく、少し離れた場所で立ったまま紙コップに口をつけている。
「たまたま、か?」
「たまたまです。買い物の最中にちょうど連絡があって。あの人も忙しいらしくて、手が足りないときはわたしを頼ってくるんですよ。急ぎだというので、こうして返事をしてるんです」
「忙しいって……、無事ということでいいのか?」
「今のところ誰もあの人に手を出せません。先生のお父さんが、各方面に釘を刺されたそうですね」
「……まだ使い道があるようだ。元悪徳刑事を駒にしようと考えるのは、ぼくの父親ぐらいだろうな」
「似ているんじゃないですか。父子で」
 皮肉かと思いきや、こちらを見つめる秦の眼差しは優しい。差し出されたフライドポテトを和彦も一個摘まみ上げる。
「先生が、鷹津さんと一緒に姿を消したと聞いたとき、わたしが何を最初に考えたかわかりますか?」
「鷹津と友人なのを後悔した」
 秦はあっさり首を横に振る。
「先生と鷹津さんの偽造パスポートを準備しようかと考えたんですよ。写真はどこで入手しようか。送り出す国はどこにしようか。どの業者に偽造を頼もうか――。まあ、あれこれと」
 胡散臭いが、品のよさも感じさせる男は、和彦が想像もつかない修羅場を潜り抜けている。前に少しだけ生い立ちを聞いたことがあるが、生まれた国から逃げてきたらしく、他人に国を捨てさせることにも抵抗がないのかもしれない。
「鷹津さんから連絡があって、その計画はとめましたけどね」
「よかったよ……。ぼくは、何もかも捨てる覚悟なんてつかなかっただろうから」
「本当に?」
 和彦は曖昧な返事をしておく。
「――鷹津さんからの伝言ですが、無茶はせずに待っていろ、とのことです」
「待っていろ……」
「あの人、各方面にケンカを売っておきながら、戻ってくる気満々ですよ。またわたしは、酒を集られるんでしょうね」
 口ではそうぼやく秦だが、表情は楽しそうだ。
「……戻ってきても勝算はあるということか。どうせ組ちょ――賢吾とも、手打ちは済ませているんだろ。ぼくが君と、こうして会えているのが証拠だ」
 賢吾からは本気か冗談か、新しい携帯番号は秦経由で鷹津に知らせてやれと言われている。和彦が頼むまでもなく、とっくに秦なら知らせていそうだが、確認する勇気はなかった。
 秦と会ったとき、指が全部揃っているのか実は気にしていたのだが、杞憂で済んでほっとした。和彦が鷹津と一緒だと知ったとき、賢吾はまっさきに秦に心当たりを尋ねたはずだ。そのときの詳細なやり取りを知りたかったが、秦は笑うばかりで教えてくれない。なんにしても、秦の立場は変わっておらず、商売も順調のようだった。
 順調という単語で大事なことを思い出す。和彦は単刀直入に尋ねた。
「そういえば、中嶋くんとはどうなんだ」
「どう、とは?」
 軽く睨みつけると、秦は苦笑を洩らす。
「先生はずっと中嶋のことを心配していますね。あいつとは、連絡を取っているんでしょう?」
「戻ってきてから取ってはいるけど、なんだか業務報告めいたメッセージばかり届いている。だからこっちも、立ち入ったことが聞けないというか……」
「わたしに対してはいいんですか?」
 この男も意地が悪い。和彦はテーブルにつくほど頭を下げた。
「わかった。もう聞かない。どうせぼくには関係ないことだし――」
「すみませんっ。わたしが悪かったです。少し意地悪が過ぎました。……頭を上げてください。向こうから、長嶺組の組員さんが睨みつけてくるんで」
 イスに座り直した和彦に、秦はこう告げた。
 同居状態は解消した、と。
「……一応、半同棲、じゃなかったか」
「そこはまあ、つまらないプライドということで、流してください」
 和彦が労わるように見つめると、秦は困ったように頬を掻く。
「なんだか誤解されているみたいですが、別れたわけじゃないですよ。中嶋の仕事の都合です。今任されている仕事の関係で、あのビルから通うのが大変だそうです。休みの日には、一緒に過ごしてますよ」
「だったらいいんだが……」
 こちらには何も報告してくれなかったなと、ふと寂しさを覚えたが、もちろんそんな義務は中嶋にはない。もしくは、和彦だから言えなかったのか――。
「今任されている仕事って――と、ヤクザがどんな仕事をしているかなんて、軽々に堅気に話すはずがないか」
「悲しいかな、わたしも一応カテゴリーとしては堅気ですからね。中嶋の仕事については何も。ただ、南郷さん直々に頼まれた仕事だとは言ってました」
 それは別に不思議ではない。中嶋は第二遊撃隊の隊員なのだから。だが、引っかかる。
「……時間があるときに、中嶋くんに会いたいな。顔が見たい」
「いろいろあった先生に、あいつなりに気を使ってるんですよ。先生のほうから誘ってくれたら喜ぶと思います」
 そうだといいけどと心の中で応じて、手早く昼食を済ませる。ゴミを片付けている最中に、何げなくと秦に問われた。
「先生は、クリニック再開まではのんびりとできるんですか?」
「そうもいかない。目を通しておきたい資料は溜まってるし、新しく雇うスタッフの研修もある。あとは、個人的事情で会っておきたい人がいて……」
 ちらりと視線を向けると、不思議そうに秦が首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや……。君とこうして会って話したのは、予行練習になったかもしれない」
「つまり、クセの強い人物なんですね」
 秦が清々しい笑顔で言い切り、和彦は苦笑いで頷いた。

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