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第48話
(12)
しおりを挟む昼食後、さすがに自分の汗臭さが申し訳ないと、三田村は着替えを抱えてシャワーを浴びに行ってしまう。残された和彦は、スマートフォンを取り出し、誰からも連絡が来ていないことを確認してから、電源を切る。
なんとなくソワソワとして落ち着かず、特に観たい番組があるわけでもないがテレビをつける。ワイドショーには興味がなく、適当にチャンネルを切り替えたあと、結局すぐに消してしまった。窓に近づき、カーテンの陰から外の様子をうかがっていると、三田村が戻ってくる。
「外が気になるなら、近所を散歩してみるか、先生」
「あー、いや、外に出たくて見てたんじゃないんだ。誰かいるかと思って」
和彦が言いたいことを察したのか、三田村はいきなり窓を開けて外を見渡す。
「ここに先生がいる間は、組の護衛はつかないことになってる。が、総和会については――」
三田村の隣に並んで和彦も外を眺める。穏やかな昼下がりの光景らしく、この辺りの住人たちがときおり行き交うぐらいで、変わった様子はない。それは当然といえば当然だった。
「そもそも今日、ここに行くと総和会には連絡してないんだ。いるはずがないな」
「……でも気になると?」
「こういう生活に慣れてたはずなんだけど、しばらく自然に囲まれてたせいか、人の気配というか、視線に過敏になってるかもしれない」
急に室内に引っ張り戻され、窓が閉められる。驚いて目を丸くする和彦の目の前で、三田村は怖いほど真剣な顔となっていた。
「三田村……?」
頬を温かなてのひらで包み込まれる。愛しげに何度も撫でられ、最初は戸惑っていた和彦も三田村の顔に手を這わせる。あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞると、身震いした三田村が顔を近づけてきた。
ゆっくりと唇が重なり、今度は和彦が身震いをする。優しく唇を吸われながら背を引き寄せられ、足元が乱れる。目が合うと、なんとなく笑いかけていた。久しぶりの三田村との口づけに、照れていた。
ベッドに腰掛けさせられた和彦は、シャツのボタンを外してくれる三田村に対して、無遠慮な質問をぶつける。
「さっき、鷹津のことを考えたんじゃないか?」
「……先生に隠し事はできないな」
「自分で言ったあとに、鷹津の顔が浮かんだんだ。だからきっと、あんたもそうだろうなと」
あえて話題に出さなくてもいいのかもしれないが、避けるのは不自然だ。三田村は一瞬複雑そうに唇を引き結んだが、すぐにふっと息を吐き出した。
「俺は、あの男に腹を立ててもないし、恨んでもいない。この間も言ったが、先生は戻ってきてくれたんだ。それで十分だ。――……先生がいなくなったと聞かされたとき、もう二度と会えないんじゃないかと思って、頭がどうにかなりそうだった。だけど、何もできなかった。待機だと組長に言われたら、逆らえない」
情けない、とぽつりと三田村がこぼす。和彦は慌てて三田村にしがみついた。
「そんなこと言わないでくれっ。……ぼくは、三田村が本宅で出迎えてくれたときに、嬉しかったのと同じぐらい、ほっとしたんだ。見捨てられてなかったんだって」
「俺は――」
何か言いかけた三田村が呼吸を整えたあと、優しく和彦の背をさすってくる。
「理屈はいいんだ。今こうして、俺と先生は一緒にいる。そのことだけが大事だ」
「ぼくにだけ……、都合がいい気がする」
「そうか? 口下手な俺が、これ以上あれこれしゃべらなくて済むというのは、俺にとっても都合がいいんだが」
「それはちょっと惜しいな」
くすりと笑った和彦が顔を上げると、再び唇が重なる。あとは夢中だった。
激しい口づけを交わしながら互いの服を脱がしていき、ベッドに転がる。久しぶりに味わう三田村の素肌の感触と重みに、意識しないまま和彦は深く吐息を洩らしていた。触れ合えなきった空白の期間が、瞬く間に埋まる。
「三田、村、三田村――」
切ない声で呼びかけると、間近から三田村に顔を覗き込まれた。優しいだけではない、激情も滲ませた瞳を見つめ返しながら、和彦は両手を背に這わせる。てのひらでじっくりと虎の刺青を撫でると、三田村の筋肉がぐっと引き締まる。
「まだ、まだだ、三田村。もう少し撫でたい」
猛る虎を宥めるように語りかけながら、和彦は思う存分刺青を撫で回す。その間、三田村は熱っぽい吐息を洩らし、ときには小さく呻きながら、和彦の好きにさせてくれる。
そんな男を煽りたかったわけではないが、ささやかな悪戯心を抑えきれなかった。背に軽く爪を立て、滑るように動かす。ビクリと身を震わせた三田村の理性は、簡単に崩れた。
「あっ」
大きく両足を広げられ、何も言わないまま三田村がその中心に顔を埋める。興奮のため緩く勃ち上がっていた和彦の欲望は、あっという間に熱い口腔に含まれていた。
きつく吸引された次の瞬間には、濡れた舌が絡みついてくる。和彦は上擦った声を洩らしながら、ビクビクと腰を震わせる。無意識に片手を伸ばして三田村の髪をまさぐると、より深く欲望を呑み込まれる。口腔全体で締め付けられ、包み込まれて、一方的に快感を与えられる。さらに柔らかな膨らみを優しく揉みしだかれると、下肢から力が抜けてしまう。
すでに透明な涙を滲ませている先端を、愛しげに三田村に吸われる。羞恥もあるが、それを上回る期待に逆らえない和彦は、おずおずと自ら足を抱え上げ、すべてを自分の〈オトコ〉に晒す。
柔らかな膨らみに舌を這わせながら、三田村が唾液で濡らした指で内奥の入り口をくすぐる。ささやかな刺激でも和彦は声を洩らし、腰の辺りから痺れるような疼きが広がっていくのを感じる。
「はっ、あぁぁ――……」
内奥に指が挿入されてくると、食い千切らんばかりに締め付ける。三田村は和彦の反応を確かめながら、もどかしいほど慎重に指の数を増やし、内奥を広げていく。
「三田村っ……」
焦れた和彦が堪らず呼びかけると、顔を上げた三田村がわずかに首を傾げる。
「痛むか、先生?」
「……痛いことを、まだしてないだろ」
和彦が拗ねた口調で答えると、微苦笑で返される。
「それは……よかった」
ぐうっと三本の指が付け根まで押し込まれてきて、息を詰める。和彦の感触を堪能するように、内奥を撫で回された。そのたびに襞と粘膜を刺激され、官能を呼び起こされる。内奥全体が淫らに収縮し、体温が上昇していく。
喘ぐ和彦に誘われるように三田村が顔を寄せてきたので、和彦から頭を引き寄せ、口腔に舌を差し込む。濃厚な口づけの間に、内奥から指が引き抜かれていた。
「先生――」
ひくつく内奥の入り口に熱く硬い感触が擦りつけられる。三田村を受け入れた瞬間、和彦は細い悲鳴を上げていた。
「あっ、あっ、い、い……。三田村、もっと、奥に……」
三田村の背にすがりつき、虎ごと抱き締める。耳元に注ぎ込まれたのは、獣じみた唸り声だった。
眩暈にも似た陶酔感に襲われる。じわじわと体の内から溶かされてしまいそうな欲望の熱さと、充溢した逞しさに、普段は見せない三田村の激しさを感じ取る。
侵入が深くなるたびに和彦は間欠的に声を上げ、腰をくねらせては、三田村の下腹部に自らの欲望を擦りつける。
深々とこれ以上なく繋がったところで、三田村に熱っぽく唇を吸われ、舌を絡ませ合う。緩く内奥深くを突かれ、そのたびに喉を震わせる。
一度目の交歓は穏やかともいえた。三田村はさほど動くことなく和彦の中で果て、和彦もまた、予兆を察して自らの手で素早く処理して果てる。互いに呼吸を身だしながら顔を見合わせ、照れた笑みを交わしていた。
「……久しぶりだから、抑えきれなかった」
ため息交じりの三田村の告白に、自分のオトコをいとおしいと思う気持ちに胸を衝かれる。それは微笑ましいものではなく、明け透けでドロドロとした欲情を伴っていた。
三田村、と小さな声で呼びかけながら、三田村の耳朶に柔らかく噛みつく。耳の形に沿って舌を這わせ、ふっと息を吹きかけると、三田村がゆっくりと体を前後に動かし始めた。
「んうっ、んっ、あっ、はあぁっ――。くぅっ……」
三田村の欲望が逞しさを取り戻し、強く襞と粘膜を擦り上げてくる。そのたびに、先に注ぎ込まれていた精が淫靡な音を立て、内奥からこぼれ出る。
一旦繋がりを解き、うつ伏せの姿勢を取られる。すぐに三田村は背後から押し入ってきて、和彦は腰から背筋へと這い上がってくる快感に、放埓に声を上げていた。
伸ばした手に、三田村の汗ばんだ手が重なってくる。きつく握り締められて、三田村がここまで味わってきたであろう不安や恐れといった感情が、わずかながら伝わってきたようだった。
「――……ありがとう、三田村」
ふっとその言葉が口をついて出た。謝るのは、違う気がしたのだ。
三田村の唇がうなじに押し当てられ、心底安堵したように、穏やかな掠れた声が応じた。
「いいんだ、先生……」
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