血と束縛と

北川とも

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第48話

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「――寮の空き地に何を作ってほしいと言ったんだ?」
 唐突な問いかけに和彦はすぐには思考が切り替えられず、硬直する。すると賢吾は噛んで含めるように言い直した。
「さっき言っていただろう。寮に空き地があって、お前のために犬でも猫でも飼ってやるとか、温室を作ってもいいとか言われたと。南郷やオヤジに揃って詰め寄られて困ったとも言ってたな」
「……詰め寄られたとまでは、言ってない」
「似たようなもんだ。あの二人に意見を求められたら。お前がなんと答えたかまでは、教えてもらってない」
「苦し紛れに言ったから、あんたの期待に応えられるようなものじゃないぞ。会長はさすがに表には出さなかったけど、南郷さんはなんか微妙そうな顔をしていたし」
「あの二人の表情を読み取れるようになったら、大したものだ。――で、もったいぶらずに教えろ」
「別にもったいぶってなんか……。野鳥の水飲み場だ」
 せっかく答えたというのに、賢吾の反応は、南郷と似たようなものだった。あまり手間も金もかけてほしくなかったため、本当に苦し紛れで出した要望だが、意外に悪くないかもしれないと和彦は心の中で自画自賛していたのだ。
「あれだけ緑が多い場所だから、野鳥も棲みついているんじゃないかと思ったんだ。水飲み場といっても、何も池を造ってほしいとかじゃなくて、野鳥が水浴びとかできる大きさの器を置けばいい。できれば、羽を休められる止まり木程度のものをちょっと植えてもらって」
「……お前はささやかなものを想像しているかもしれねーが、総和会の面子にかけて、植物園みたいなのを造るかもしれんぞ」
「そうなりそうだったら、絶対あんたが止めてくれっ。ぼくはただ、部屋の中から、飛んでくる野鳥を眺められたらいいなと思っただけだ。……何か言わないと、本当にでかい番犬を何頭も飼いそうだったし……」
 ぼやく和彦がおかしかったのか、賢吾の笑い声が浴室内に反響する。
「そりゃ南郷も微妙な顔になるな。ヤクザの巣窟に、小鳥を呼び込むつもりかと。そんなことを思いついてリクエストするのは、お前ぐらいだろうな」
 内奥から指が引き抜かれ、和彦はほっと息を吐き出す。興奮のせいでそろそろ頭がぼうっとしてきたところだったのだ。賢吾から体を離そうとして、次の瞬間力で引き戻され、顔を覗き込まれた。
「急に野鳥に興味を持ったのは、誰の影響だ?」
 鷹津から送られてきた荷物には野鳥図鑑と双眼鏡もあったのだが、当然賢吾も知っているだろう。知っていて、問いかけているのだ。
「あんたが嫌なら――」
「俺は、お前にはできるだけ日々の生活を楽しんでもらいたいと思っている。お前がしたいというなら、危険がない限りは止めない。何かの拍子に嫉妬しちまうのは、大目に見てくれ」
「嫉妬……」
「俺が嫉妬深いのを忘れたわけじゃねーだろ」
 賢吾に片手を取られて、熱く滾った欲望を握らされる。さらに耳元で低く囁かれ、和彦は頷くしかなかった。


 夕食は、外に食べに行くかという賢吾の誘いを断って、おとなしく過ごすことにした。なんなら賢吾一人で出かけてもらってもよかったのだが、俺がそんなに薄情な男に見えるかと言われては、仲良く二人で過ごすしかない。
 材料は最低限は揃っているので、山暮らしでレベルアップした手料理を振る舞おうかと思っているうちに、賢吾はさっさと組員に連絡をして、デパートで花見弁当を買って来させた。
「――余裕があれば、去年みたいに一泊して桜見物に出かけられるんだがな」
 弁当と一緒に買ってきてもらったインスタントの味噌汁を掻き混ぜながら、渋い顔で賢吾が洩らす。和彦は、自分の前にも置かれた弁当をまじまじと見つめる。春の陽射しの下で見たなら、さぞかし映えるであろう華やかさだ。今のこの状況だと少々わびしさを感じなくもないが、だからといって味が変わるわけではない。
 煮物の小芋をまず食べてみたが、ダシの風味がしっかりと効いて美味しい。ご飯は二種類あり、錦糸卵がたっぷりのったちらし寿司に、たけのこご飯だ。たけのこの触感を楽しんでいると、また賢吾がぼやく。
「花見会の予定がズレたせいで、どこもかしこもてんやわんやだ。知らん顔したいところだが、どこぞの父子が揉めたせいでこうなったと噂されているせいで、そうもいかん」
 その父子の片方が、和彦の目の前にいるというわけだ。
「……ささやかな雑用なら手伝えるけど、ぼくができる程度の仕事なら、組員のほうが機転が利いて使いやすいか」
「お前はお前の仕事がある。クリニック再開の準備もあるからな。猫の手も借りたくなるほどに忙しくなったら、頼るかもしれん」
「素直に、お前の手は必要ないと言ってもらったほうがいいんだが……」
 上機嫌で笑った賢吾は、桜の花の形のかまぼこを口に放り込む。
「ただまあ、どんなに忙しくても、お前が何をしているかわかる距離にいるのはいい。何かあれば、本宅の奥に匿っちまえばいいからな。当の本人は、嫌がるだろうが」
 一人になりたくてマンションに戻ってきた和彦に対する当て擦りなのだろうが、知らないところで奔走してくれた賢吾には言う権利がある。苦笑した和彦は、お詫びとばかりに、弁当に入っているエビの天ぷらを差し出す。ニヤリと唇を緩めた賢吾は、遠慮なく食べてしまった。
「俺〈たち〉の心配が杞憂じゃ済まないのが、お前の危ういところだ」
 あっ、と声を洩らしたのは、守光との会話を思い出したからだ。どうしたと、賢吾が視線で問うてくる。
「――……ぼくがつけられてたこと、会長に話したんだよな」
「当然。オヤジには情報が集まるからな。心当たりの一つでもあれば流してもらいたかったんだ。もっとも今回は、情報を掴んでいたのは秋慈だったわけだが」
「そのことも、会長に伝えたんだろう」
 一瞬、意味がわかりかねたように首を傾げた賢吾だが、和彦の表情で察したようだった。
「気に食わなかったか?」
「……なんとなく、会長の様子が気になって。御堂さんの立場が悪くなることは……」
「あいつとは長年の腐れ縁で友人だが、極道としてはなかなか食えない奴だ。オヤジ相手には俺はどうしたって肉親の情が入るが、その点秋慈はシビアだ。あいつが俺に知らせてくれたのは、お前を安心させたかったのもあるだろうが、本当の目的は伊勢崎組のネタをオヤジの耳にも入れたかったのかもな」
「なんのために?」
「さあな」
 はぐらかされたのはわかったが、和彦が知る必要はないと賢吾は判断したのなら、どれだけ問い詰めても無理だろう。
『――極道の考えることは、極道にしかわからん。多分な』
 守光がこう言ったように、賢吾には御堂の何かしらの意図が見えているのかもしれない。
 湯葉巻きを箸で摘まみ上げたまま考え込む和彦に、賢吾は苦笑を含んだ柔らかな声でこう言った。
「そんな難しい顔をしてると、美味いものでも不味くなるぞ」
 胃が痛くなりそうな話を聞いても、空腹感はしっかりある。和彦はがぶりと湯葉巻きにかぶりついた。

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