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第47話
(23)
しおりを挟む賢吾が場所を移動し、裸となった千尋がのしかかってくる。ちょっと待てと言いたかったが、当然のように腰を密着させてきて、舌なめずりせんばかりのしたたかな表情を目の当たりにして、言葉を呑み込む。止めたところで無駄だと、一瞬にして悟ってしまった。長嶺の男がこんな顔つきになったとき、和彦は捕食されるしかないのだ。
賢吾に愛されたばかりで、物欲しげにひくついている内奥の入り口に、千尋の欲望が擦りつけられる。興奮しきったそれを押し込まれたが、なんなく受け入れていた。
深々と繋がってから、千尋が大きく息を吐き出す。
「まだ和彦の中、ビクビク震えてる……。刺激強すぎ」
「俺のおかげだな」
傍らで余計なことを言った賢吾に、簡単に千尋は煽られる。
「抜け駆けしやがって」
「されるほうがマヌケなんだ」
「……人の上に乗りかかりながら、父子ゲンカなんてするなよ」
「しないよ。それより――」
耳元に顔を寄せてきた千尋にあることを囁かれ、和彦は素直に従う。千尋の背に両腕を回すと、賢吾の大蛇にしたように、犬を撫でる。犬っころなどと呼べるような可愛い存在ではなく、犬の身で人間の姫を自分のものにしてしまった執着の化け物ともいえる物騒な犬だ。
もし稜人と一緒に風呂に入るとき、この背のものをどう説明するのだろうかと、つい余計な心配をしていると、千尋にぐいっと顔を覗き込まれた。
「和彦、誰のこと考えてる?」
「心配しなくても、お前のことだ」
露骨に疑いの眼差しを向けられたので、和彦は千尋の髪を手荒く搔き乱す。何をやっているんだかと言いたげに、賢吾が呆れた顔をしている。
じゃれ合うようなやり取りはここまでで、急に表情を改めた千尋に唇を塞がれる。側にいる賢吾が最初は気になっていたが、千尋のしなやかな筋肉の躍動を体全体で受け止めているうちに、和彦はそれどころではなくなる。
「ああっ、あっ、あぅっ、千、尋っ――」
内奥深くまで穿たれた欲望が、大胆に円を描くように動かされる。中からの刺激によって、再び和彦の欲望も勃ち上がり、反り返っている。先端から悦びの涙を垂らし始めると、千尋は無邪気に喜んだ。
さきほどからずっと痛いほど凝っている胸の突起を、べろりと舐められてから、軽く歯を立てられる。和彦は呻き声を洩らして仰け反り、ビクビクと体を震わせていた。
「和彦、可愛い……」
掠れた声で呟いた千尋が、もう片方の突起をてのひらで捏ねるように弄り始める。
思い出したように内奥を突き上げながら、千尋は和彦の体を堪能する。口腔深くに舌を差し込んだあと、耳を舐った。さらには指に一本ずつ舌が這わせてから、腕から肘にかけて舌先でなぞる。何事かと思った和彦だが、賢吾の愛撫の痕跡がない場所を探しているのだと察し、慌てて身を捩ろうとする。千尋の舌先がたどり着く場所がわかったのだ。
「千尋っ」
腕を押さえつけられて、露わになった腋に千尋の唇が這わされる。ゾクゾクするような感覚が背筋を駆け抜け、反射的に千尋の頭を押し返そうとしたが、賢吾まで加わって手首を掴まれ抵抗を封じられた。
「い、やだ……、それ……。気持ち、悪い……」
言葉とは裏腹に、腋で蠢く舌に異様なほど感じてしまう。気がついたときには達しており、下腹部を精で濡らしていた。
喘ぐ和彦を見下ろす千尋の目は爛々と輝いている。性質が悪い、と心の中で呟いていた。可愛い言動と表情で油断させてきながら、これが千尋の本質なのだ。とっくに知っていたことだが。
二度、三度と和彦の中で律動を繰り返してから、千尋も達する。賢吾とは違い、内奥にたっぷりの精を注ぎ込んできた。
もちろん、厄介な生き物を身に棲まわせる父子がこれだけで満足するはずもなく、少し休んで千尋がまた動き始め、賢吾は頭上から和彦の唇を塞いできた。
今朝の朝食が、自分だけ粥が準備されていたのはどんな意味があるのだろうかと、和彦は食後のお茶を啜りながらずっと考えていた。
目の前では賢吾が悠然と新聞を開いており、和彦の隣では千尋が、朝のニュース番組をチェックしつつ、トーストにかぶりついていた。ちなみにこれで三枚目だ。
若い千尋の健啖ぶりはいまさらといえばいまさらだが、昨夜あれだけ体力を使えば、食欲に拍車もかかるのかもしれない。一方の和彦は、限界まで体力と精を搾り取られて、シャワーを浴びに行くのも苦労した。
客間で一人で休みたかったが、その前に朝メシを食えと言われて、賢吾の部屋に連れ戻された。
テレビを観ていた千尋がふいに、和彦の前に置かれた空の椀を覗き込んでくる。
「和彦、あんま食ってないだろ。パンでも頼む?」
千尋のせっかくの気遣いだが、和彦は胃の辺りをさすって首を横に振る。
「お粥で十分腹いっぱいになった」
横から口を挟んできたのは賢吾だ。
「昨夜は肉をたらふく食ったからな。軽めに、と笠野に注文しておいた俺の読みは正しかったわけだ」
「……なんでお粥なのかと思ったら、あんたか」
「その代わり、昼には美味いものを食いに連れて行ってやる。鰻なんてどうだ?」
「今から、昼なにを食べるか聞かれてもなー。というか、昨日の今日で、出歩いて大丈夫なのか……」
和彦が何を気にかけているか、当然賢吾はわかっている。
「秋慈から、伊勢崎龍造に連絡して軽く牽制してもらうことになっている。実際の目的がどこにあるのかはっきりしないが、少なくともお前相手に狼藉を働こうという気はないはずだ。そんな気があったら、もっと早くに動いていただろうしな」
「前に会って食事をしたときは、悪い印象は受けなかった。もちろん堅気じゃないから怖くはあるんだけど、玲く――息子に対する情愛を感じられたんだ」
「……お前を騙すのは簡単だな」
そう言って賢吾は苦笑し、千尋は苦虫を噛み潰したような顔をしている。父子揃って、和彦は甘いと言いたいのだろう。
「うちでも伊勢崎組の最近の動向について探ってみる。なんとなくだが、秋慈だけにネタを握られているのが落ち着かん。尻の辺りがもぞもぞする」
千尋がトーストを食べ終わる頃には、三人で鰻を食べに行く話がまとまり、そのついでのように賢吾から報告を受けた。
「そういえば言うのを忘れてたが、休業中で都合がよかったから、クリニックを少し改装したぞ」
「改装って、どんな……」
「大したことじゃない。ドアと窓ガラスを頑丈なものに入れ替えて、防犯システムを一ランク上げたぐらいだ。ああ、それと、何かあったときに仮眠室に立てこもれるように、ちょっと要塞化を――」
「要塞化っ」
素っ頓狂な声を上げてしまい、千尋が腹を抱えて爆笑する。
賢吾の過保護ぶりをいまさら咎めるつもりはないし、止めたところで聞き入れる男でもない。むしろ、この程度で留めておいてくれることに安堵すべきなのだろう。やろうと思えば賢吾は本気で、和彦をどこかに閉じ込めて、外との接触を断絶することができるのだ。
呆れと恐れを込めた視線を向けると、悪びれた様子もなく賢吾が薄く笑む。
「お前の場合、執念深い男にばかり惚れられるから、やれることはやっておかないとな」
一番執念深いのはあんただと言いかけたところで、卓上の賢吾のスマートフォンが鳴った。画面に視線を落とした賢吾が一瞬眉をひそめたのを和彦は見逃さなかった。
スマートフォンを取り上げた賢吾は隣の寝室に入り、襖を閉める。和彦は千尋と顔を見合わせた。
「あー、今日は鰻はなしかもな。オヤジは」
「二人で行くのか?」
「俺もう、昼メシは鰻の舌になったから」
ついでに買い物でもして帰ろうかという話をしていると、賢吾が戻ってきた。どかっと座卓についた顔は不機嫌そのもので、いい内容の電話ではなかったようだ。
他人事のように分析していた和彦だが、その賢吾の眼差しがじっと自分に向けられ、ふっと不安に襲われた。
「……どうか、したのか?」
「オヤジからの電話だった。お前と相談したいことがあるから、今日か明日にでも、本部に来てくれと言われた」
この言い方だと、行かないという選択肢は与えられていないようだ。和彦の困惑ぶりに、賢吾が助け舟を出してくる。
「調子が悪いとか言って、もう少し先延ばしすることもできる。なんなら、俺が同行しても――」
「一人で行く。ちょうどよかった。ぼくも、会長に聞きたいことがあったんだ。だから……」
心配しなくていいと、和彦は目で訴える。
和彦が不在の間、賢吾と守光が緊張関係にあったのは聞いている。無用な火種は作らないに越したことはない。
「――……わかった」
重々しい口調で賢吾が応じた。
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