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第46話
(18)
しおりを挟む鷹津とは、同じベッドで眠るようになっていた。他人と一緒に寝るのは落ち着かないと、最初は文句を言っていた鷹津だが、意外に寝つきはよく、先に寝息が聞こえてくるのも珍しくはない。
大きめのベッドとはいっても成人した男二人が並んで寝るには少々窮屈ではあるのだが、互いの体温がちょうどいい湯たんぽとなっており、電気毛布を使わずともけっこう快適な夜を過ごせている。何より、静かで深い闇の中、肩先で人の気配を感じられるのはいい安定剤となっていた。
降っている雪が窓に当たる音を、ずっと和彦は聞いている。眠くてベッドに入ったはずが、短くまどろんだあとにはすっかり目が冴えてしまったのだ。リビングダイニングに移動して本を読むのもありだが、寒い中、自分で薪ストーブに火を入れ、暖まるのをじっと待つのは億劫だ。
慎重に寝返りをうち、隣で寝ている鷹津のほうを向く。闇に目が慣れても、ひげのせいでどんな顔をして寝ているのかよく見えない。
「――……寝れないのか」
突然、鷹津から声をかけられる。眠っていると思っていた和彦は完全に油断しており、ビクリと体を震わせた。
「いや……、ウトウトしてたら、雪の降る音が気になって……。もしかして、起こしたか?」
「お前の視線が刺さって気になった」
それは悪かった、と言おうとして、鷹津がふっと息を洩らした。
「冗談だ。隣にお前がいない気がして、目が覚めただけだ」
「……ここにいる」
そう答えた和彦は、鷹津の腕に手をかける。すかさず抱き寄せられ、体が密着した。
「あまりくっついたら、寝苦しくないか」
「冷え込む夜には、この〈抱き枕〉はちょうど具合がいいんだ」
鷹津の胸元に額を押し当てながら、ぼくはどこにも行く気はないと、心の中で呟く。町に下りて別行動を取ったときといい、和彦の存在は、鷹津の中では不安を掻き立てるものとなっているようだ。
力強い鼓動を聞きながら、鷹津の背に片腕を回す。少し間を置いて、鷹津の手がするりと、スウェットパンツの中に入り込んできた。
「おいっ……」
下腹部をまさぐられ、勝手に体は熱くなる。昨日和彦は、鷹津の手によって初めての体験を味わった。
準備をしている最中は、どこか悪戯の細工を仕掛ける子供のような感覚だったが、準備が整うと、一気に淫靡な空気となり、まともに鷹津の顔を見られなくなった。ロクでもないことをしていると、笑い合っていればまた違ったのかもしれないが、これ以上なく二人は真剣に、秘密の行為に耽ったのだ。
鷹津の前で大きく足を開き、何もかも晒した無防備な状態で身を委ねた。簡単に肌を傷つけることができるカミソリが、ローションの滑りを借りて肌の上をすべるたびに、恐怖と紙一重の興奮が全身を駆け抜けた。すべて終わったあと、傷をつけていないか鷹津が顔を寄せて確認し、肌に触れる息遣いに和彦は感じ、反応していた。そしてまた、獣のように求め合ったのだ。
箍が外れたような淫らで破廉恥な行為を思い返すたびに、激しい羞恥に襲われる。なんとか考えまいと努めているのに、鷹津の手の動き一つであっさり翻弄される。
「――……昨日の約束、忘れるなよ」
気を逸らすために苦し紛れに和彦が言うと、鷹津が一旦手を止める。
「なんのことだ」
「もう忘れたのかっ。……次、温泉に入りに行くときは、個室風呂があるところに連れて行くと言っただろ」
そうだったかなととぼける鷹津の脇腹を抓り上げる。
「こんな状態じゃ、他人と一緒の風呂には入れない……」
「それは仕方ないな。だがまあ、未知の経験ってのを一度味わっておくのも悪くなかっただろ」
他人事だと思って簡単に言ってくれると、心の中で鷹津を詰る和彦だが、拒まなかったのは自分自身だとわかってはいる。だからこれは、八つ当たりだ。当分味わわなければならない羞恥と後ろめたさは、行為の代償としてやむをえないのだろう。
一方の鷹津は、昨日から甲斐甲斐しさが増している。
「すぐに寝れそうにないなら、何か飲むか?」
「……おばあ様が送ってくれたほうじ茶がいい」
俺にも分けてくれと言って、ライトをつけた鷹津がベッドから出ようとする。このとき、ささやかな電子音が鳴り始めた。一瞬、空耳かと思ったが、鷹津が素早く枕の下から携帯電話を取り出す。眠っている最中では、最小まで抑えた着信音には気づかなかったかもしれない。
「お茶を淹れてきてやるから、待ってろ」
そう言い置いて、携帯電話を持ったまま鷹津は寝室を出ていった。
夜中の電話というものは、自分宛てにかかってきたわけではなくても、なんとなく不安を掻き立てられる。和彦は体を起こして鷹津を待つ。
こういうとき、テレビがないのは意外に困るなと思った。観るつもりはなくとも、適当にチャンネルを入れ替えて気を紛らわせられるからだ。ラジオは、リビングダイニングに置いたままだ。和彦は仕方なく、昨日買った雑誌を開く。
結局、鷹津が寝室に戻ってきたのは、三十分以上経ってからだった。まだ和彦が起きていることに驚いたように、目を丸くする。
「起きてたのか……」
「――お茶は?」
そう問いかけると、鷹津は大仰に顔をしかめてから、肩を落とした。
「すっかり忘れてた。……待ってろ。淹れてくる」
和彦は慌てて鷹津を引き留める。本気で飲みたかったわけではないのだ。
布団の端を捲ると、鷹津は携帯電話をまた枕の下に突っ込み、ベッドに上がった。このとき触れた肩先から、体が冷え切っているのが伝わってきたため、電気毛布のスイッチを入れる。
日頃、電話の相手は詮索しない和彦だが、こんな時間にかかってきたということもあり、単刀直入に尋ねた。
「電話、誰からだったんだ」
「警察時代の知り合いの一人だ。いつも夜中に電話をかけてくる奴だから、お前は気づかなかっただろ」
和彦の体調が安定しなかった頃、鷹津は夜でもいつ休んでいるのかという甲斐甲斐しさを見せていたが、隣の部屋ではこんなふうに電話でやり取りをしていたのだろう。
一体どんなことを話していたのか聞きたいところを堪えて、ふうん、と返事をして横になった和彦を、鷹津は座ったままじっと見下ろしてくる。
「……秀?」
「最近頻繁に、長嶺が総和会本部に出入りしていると報告を受けた。その総和会では、遊撃隊らしき連中の動きが活発らしい」
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