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第46話
(16)
しおりを挟む久しぶりの手足を伸ばしてのゆったりとした入浴は、非常に満足できるものだった。満足しすぎて長湯となり、のぼせたのは予想外だったが。
和彦は、鷹津に支えられてふらふらしながら大浴場を出たが、男湯の利用者がまばらだったのは救いだったかもしれない。冷たい水を飲んで休んでいるうちに落ち着いて、ついぼやいてしまう。
「ジェットバスにも浸かりたかった……」
「また連れてきてやるから、今日は我慢しろ。バカが。自分で加減もわからないのか」
「……そういうあんたは、カラスの行水だろ」
「俺は熱い湯に浸かるのは苦手なんだ」
それなのに和彦には、しっかり温まれと何度も釘を刺してきたのだ。浴場から出たら出たで、今度は髪をきちんと乾かせと口うるさい。子供ではないのだからと心の中では思いつつも、言われたとおり、鷹津に監視される中で髪を乾かす。
その後レストランに移動して、二人とも天ぷら定食を頼んだが、運ばれてきた天ぷらの多さに和彦の顔は引き攣る。さつまいもとしいたけの天ぷらを鷹津に引き取ってもらった。
施設内の売店を覗いたりしてのんびりと過ごしているうちに、次々と客が訪れ、受付がちょっとした混雑を見せ始める。鷹津に軽く肩を小突かれて、そろそろ出発することにする。
予定通り、スーパーで食材を買い足してから帰路に着くが、久しぶりに大勢――というほどではないが、見知らぬ人たちの中に身を置いたせいか、疲労感がどっと押し寄せてくる。食後というのもあるのだろう。強い眠気に目を擦っていると、寝てていいぞと鷹津に声をかけられた。意地を張ることなく和彦は目を閉じる。
うたた寝程度ではあったが、夢は見ていた気がする。断片的に記憶に残っている場面は、翻るコートの裾と、こちらに向けて伸ばされた手だ。
胸苦しくなる一方で、妙に浮き立つような気分になり、これが夢だとわかった途端、切なくなった。
慎重に背後を気にかけながら回り道を繰り返して、ログハウスに到着すると、帰ってきたのだという安堵感をまず覚えた。和彦が、買ってきたものをさっそく冷蔵庫や収納ボックスに収めている間に、鷹津は薪ストーブに火を入れる。天候が荒れるという予報もあり、小屋から多めに薪を運んできて、部屋の隅に積み上げていく。
積雪具合によってはまた何日かこもりきりの生活になるだろうが、想像しても憂うつな気分にはならない。
個人的に買ったものを寝室に運び込むと、ベッドの上で取り出していく。本については、ベッド下の空き箱に収納するようにしており、それ以外のものはクローゼットかサイドテーブルの引き出しに仕舞っておく。
ここまで済ませてから、ようやく寝室のほうにも暖かな空気が流れ込んでくるようになり、和彦は着替えを済ませてからリビングダイニングに戻った。
鷹津は薪ストーブの前に胡坐をかいて座り込み、何か考え込んでいるかのような横顔を見せていた。和彦は立ち尽くし、そんな鷹津の様子に見入っていたが、視線も動かさないまま鷹津に声をかけられる。
「そんなところに突っ立っていても寒いだろ。――こっちに来いよ」
言われるまま鷹津の隣に腰を下ろす。
「いい息抜きになったか?」
鷹津の言葉に、和彦はちらりと笑みをこぼす。
「別に、ここにいて息が詰まる思いはしてなかったけど……、楽しかった。あんたは?」
「俺に聞くか。そんなこと」
「先に聞いてきたのはそっちだろ」
「四十男が、楽しかったとか子供みたいな感想言えるか」
ぼくは三十男だが、と心の中で付け加えておく。その心の声が聞こえたわけではないだろうが、ふいに鷹津が笑い声を洩らした。
「そうだな……。少し、ほっとはしたかもな」
「どうして……」
「町で、買い物のためにお前と別れたあと、そのまま帰ってこないんじゃないかと考えていた。スーパーでお前を待ちながら、気を紛らわせるために新聞を買って、コーヒーを飲んで――。考えてみれば俺の人生、誰かを待つなんてことほとんどしたことがなかったなと、らしくない感傷に耽ってもいた」
和彦は意識しないまま鷹津との距離を詰める。鷹津は忌々しげに顔をしかめた。
「……なんだ。人を珍獣でも見るように……」
「初めて、あんたを可愛いと思って、戸惑ってる」
自分で言っておかしくて和彦は声を洩らして笑い、不機嫌そうな鷹津の頬にてのひらを押し当てる。ごわごわとしたひげの感触は、すでに慣れ親しんだものとなっていた。
舌打ちをした鷹津に乱暴に肩を引き寄せられ、間近に顔が迫る。そのくせ、唇に触れる指先の動きは繊細だ。
「唇、何か塗ったんじゃねーのか」
「……まだ塗ってない」
ドラッグストアでワセリンを買っておいたし、いくらでも塗る機会はあったが、そうしなかった。
「どうしてだ。あんなに切れて痛そうにしてたのに」
「別に理由はない」
本当か、と問いかけてくる鷹津の目が、意地の悪い光を湛えている。
「――……嫌な男だな」
「いまさらだな」
次の瞬間、やや強引に唇を塞がれた。熱い舌に唇をこじ開けられ、口腔に入り込んでくる。和彦の背筋にゾクゾクするような疼きが駆け抜け、喉の奥から声を洩らす。
触れ合った舌先同士を擦り付けながら、腰を抱き寄せられるまま、向かい合う格好で鷹津の膝の上に座らせられた。互いの唇を吸い合い、舌を絡め、唾液を交わす。片手を取られて導かれた鷹津の両足の中心は、すでに硬く盛り上がっていた。和彦も、同じだ。
確認の言葉も必要なく、セーターとその下に着ていたシャツを脱がされる。一瞬、ひやりとした空気が肌に触れたが、薪ストーブで暖められた空気がまとわりついてくるのはあっという間だ。和彦も鷹津のトレーナーをたくし上げると、鷹津自ら乱雑に脱ぎ捨てた。肌が重なり、高い体温が心地いい。愛しげに体を撫でてくるゴツゴツとしたてのひらの感触には、官能を高められる。
「――お前、俺の我慢強さに感謝しろよ」
「えっ……?」
「いつでも温泉に連れて行けるように、お前の体にそれとわかる跡を残さなかった。本当なら、こうして――」
喉元に唇が這わされ、ときおり強く吸い上げられる。首筋には歯を立てられたが、痛みはあっという間に心地よさに変化し、和彦は吐息を震わせた。
「どうせ雪が降ったら山から下りられないんだ。……かまわないよな?」
濡れた音を立てながら、鷹津に愛撫の跡をつけられていく。最初はされるがままになっていた和彦だが、ふと鷹津の肩から首にかけてのラインが目に入り、顔を伏せる。自分がされたように首筋に唇を這わせ、吸い上げ、歯を立てると、鷹津が小さく呻き声を洩らした。
「くすぐってーよ……」
間近から鷹津の顔を覗き込むと、ドロドロとした欲情を滾らせた目とぶつかる。この瞬間和彦は、自分もどうしようもなく発情して、この男が欲しくて、犯されたくて堪らないのだと自覚する。ベッドに行くかと囁かれて、首を横に振る。
一度体を離した鷹津は、ソファに置いてある和彦の昼寝用のクッションと毛布を持ってくると、手早く床の上に広げる。和彦は腕を掴み寄せられると、簡単にその上に転がされ、鷹津が覆い被さってきた。
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