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第46話
(6)
しおりを挟む横になったままラジオを聴き続けているうちに、いつの間にかうとうとしていた和彦だが、強い寒気で目が覚めた。ぶるりと身を震わせ、ため息をつく。きちんと布団に包まっていて、背筋がゾクゾクしてくるのだ。理由は一つしかない。
今日出歩いて汗をかいたのがいけなかったのか、そもそも本調子ではなかったのか。頭が痛くないだけマシかと嘆息して、慎重に体の向きを変える。いつの間にかラジオは消され、ときおり強い風の音だけが耳に届く。
常夜灯の明かりを見上げて少しの間ぼんやりしていたが、寒気が耐え難いものになってきて、手探りで電気毛布のスイッチを入れる。顔の熱さや、脈が速くなっていることから、それなりに発熱しているようだ。
子供の頃の体調に戻ったようだった。一時期和彦は、特に虚弱というわけではないが、何かとすぐに発熱しては、真っ赤な顔をしていた。普段からおとなしかったので、手がかからない分、弱っていてもわかりにくかったと大人たちから言われていたのだ。紗香の件があって口がきけなくなったこともあって、精神的にかなり負荷がかかっていた時期なのは確かだ。
今のこの体調は、子供返りのようなものなのかと考えて、すぐにバカらしくなる。半身を少しだけ起こして、ペットボトルの水を飲む。あっという間に蒸発していくようで、体に水分が行き渡るという感覚はない。結局、すべて飲み干していた。
寝室のドアに視線を遣る。薪ストーブで温められた空気が少しでも流れ込むようにと、ドアは開いたままになっている。今夜に限ったことではなく、鷹津は火の番をするという理由で、リビングダイニングで休んでいる。
和彦はまた横になりかけて、思い直してベッドを抜け出す。予想以上にふらついているが、歩けないほどではない。枕元に置いてある上着を羽織ると、覚束ない足取りで寝室を出た。
足音を抑えてソファの傍らを通り抜けようとして、声をかけられた。
「――どうした?」
ソファの肘掛け部分に足をのせて横になっていた鷹津が、読んでいた雑誌を閉じて起き上がる。
「水がなくなったから、取りにきた。あと、濡らしたタオルが欲しくて……」
和彦がふらふらとキッチンに入ろうとすると、鷹津に止められる。
「俺がやるから、お前はじっとしてろ」
半ば強引に薪ストーブの前に座らされ、鷹津がキッチンを行き来する姿を眺める。
「……あんたがここまで面倒見がいいなんて、想像もしなかった。刑事だった頃なんて、ものすごく偉そうで、嫌な奴だったし。ぼくなんて何度、意地悪されたか……」
「ガキみたいな恨み言をこぼすな」
ちらりと笑みをこぼした和彦は、鷹津に聞こえないよう小声で呟く。
「あんたに目をつけた、父さんの人を見る目は確かだったということだ」
鷹津の立場であれば、厄介事に巻き込まれたくないと判断すれば、身軽に一人でどこにでも行けたはずだ。それこそ海外にでも。秦に頼めば手筈を整えてくれただろう。
濡らしたタオルを手渡され、さっそく首筋に押し当てる。
「汗で気持ち悪いなら、着替えるか?」
「まだ、いい……。そこまで汗はかいてないから」
「水は枕元に置いておいてやる」
背後を通り過ぎた鷹津にさりげなく頭を撫でられる。その感触に、和彦の胸の奥が急にざわつき始めた。
膝を抱え、額に濡れタオルを押し当てていると、寝室から戻ってきた鷹津に軽く肩を突かれる。
「おい、さっさとベッドに戻れ」
「……もう少しここにいる」
「お前がいると、俺が落ち着いて横になれねーんだよ」
「鷹津――」
咄嗟に呼びかけて和彦が顔を上げると、今度は手荒く髪を掻き乱された。
「違うだろ」
「秀……。どうして……」
あることを問いかけようとして、寸前で思い止まる。とんでもなく自惚れの強いことだと気づいたからだ。熱で自分は少しおかしくなっていると言い訳しながら、立ち上がろうとして、和彦の体は大きくふらついた。素早く動いた鷹津に腰を抱えて支えられる。
「バカか、お前はっ。ストーブに顔から突っ込むかと思ったぞ」
何も言わず見つめ返していると、鷹津は苛立ったように舌打ちする。和彦は半ば引きずられるようにして寝室に戻された。
ベッドに入るよう言われた和彦は、反射的に鷹津のトレーナーの袖を掴む。この瞬間、鷹津の激しい動揺が伝わってきた。
「お前は……」
呻くように鷹津が洩らす。
「お前は、性質が悪い。元からそういう奴だとわかってはいたが、今のお前は、かまってくれとせがんでくるガキみたいだ。だから一緒の部屋にいたくないんだ」
「それは――……」
「弱っているお前に手は出せない。いくら俺が獣でもな」
突き飛ばされてベッドに倒れ込むと、そのまま肩を掴まれ押さえつけられる。のしかかってきた鷹津に真上から見下ろされて、和彦の心臓は壊れたように鼓動を打つ。これだけのことで、全身が燃え上がりそうなほど熱くなっていた。
「秀っ……」
「あまり刺激するな。けっこうギリギリだからな」
鷹津が腿にぐっと腰を押し当ててくる。感じたのは、昂った肉の感触だった。鳥肌が立つほどの強烈な疼きが、和彦の中を駆け抜ける。
このログハウスで生活を始めてから、和彦は鷹津と体を重ねることはおろか、口づけや抱擁すら交わしていない。鷹津が言ったとおり、和彦の体調を気遣ってのことなのだろうが、心のどこかで、鷹津の、自分への執着が薄れたのではないかと恐れていた。
しかし――。腿に触れる熱は、鷹津の感情を雄弁に物語っている。
「――……早く元気になれ。そして、抱かせろ」
熱い囁きが耳朶に触れ、和彦は小さく呻き声を洩らす。鷹津の唇は肌には触れず、ただ吐息だけが肌を掠めていった。
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