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第44話
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しおりを挟む午後二時を少し過ぎて、ようやく西宮家を辞することになったとき、和彦は誰にも気づかれないよう深く息を吐いていた。自分の役目を無難にこなせたという安堵の気持ちからだ。
親同士はどうであったかはわからないが、少なくとも、光希とは終始無難に過ごせたと思う。もっと場を盛り上げられたかもしれないが、主役はあくまで英俊と光希だ。和彦は脇役らしく二人の会話を繋ぐことに努めた。光希は機嫌を損ねなかったし、英俊も再びガーデンルームに逃げ込んだりはしなかったため、働きとしては十分のはずだ。
和彦は、帰りも俊哉の運転する車に同乗し、わざわざ見送りに出てくれた光希の姿をサイドミラー越しに見つめる。
別れ際、英俊にも言葉をかけていたが、和彦には『近いうちにまた会いたいな』と耳打ちしてきた。言葉の深意は――考えるのはやめておいた。
「――明日、帰るよ」
信号待ちで車が停まったのをきっかけに、和彦は切り出す。なるべく自然にと思ったが、声はわずかに上擦っていた。
俊哉は前を見据えたまま唇に薄い笑みを浮かべる。
「どこに」
「どこに、って……」
「総和会と長嶺組、父親と息子で、お前の所有権を争っているんなら、お前がどちらを選んでも、波風が立つ。おとなしくこちらにいたほうが、結果として長嶺の男たちのためになるんじゃないか。息子とは面識はないが、父親のほうは狡猾で老獪な狐だ。揉めたところで、息子が痛手を負うだけだ」
実の父からこんなことを言われて、本来であれば消え入りたくなるべきなのだろうが、和彦は別の想いに囚われていた。俊哉は、長嶺の男――というより、守光の性質を知り抜いている、と。
俊哉と守光の関係を今こそ問おうとしたが、言葉を発したのは俊哉が先だった。
「お前の用は終わってない。むしろ、重要なのはこれからだ」
和彦は目を見開いて俊哉の横顔を凝視する。
「どういう意味……」
「言っておいただろう。行ってもらう場所があると」
「でもそれはっ――」
誰にも知らせず、ホテルで光希と会うことではなかったのか。和彦はそう思い込んでいたが、しかしそうではなかったと、俊哉の反応が物語っている。
「今からお前は、和泉の家に向かうんだ」
すぐにはピンとこなかった。ようやく、母親の実家を指しているのだと理解する頃には、車は走り出している。
「お前の母親の遺産に関する話だと言っていた。が、もちろん、それだけではないだろう。和泉の人間はずっと、お前に会いたがっていたが、そうできない理由があった。旧家ならではのしがらみと、わたしが拒絶していたからだ」
「母さんは……、違うよね。ぼくを手放したがっていた」
「仕方がない。お前の誕生については、身内であるのに綾香は蚊帳の外に置かれていたからな。知ったときには、すべてカタがついていた。だから綾香は――実家である和泉の家を憎んでいる。もちろん、原因となったわたしのことも」
俊哉の淡々とした言葉が、和彦の胸に深く突き刺さる。その憎んでいる実家に、綾香は和彦を養子に出したいと願っていたのだ。
正確には、〈戻したい〉と表現したほうがいいのかもしれない。
最初から事情を話してくれればよかったのにと、俊哉を責めたい気持ちがないわけではない。家族それぞれが知らされていない事情があり、すべてを把握しているのは俊哉だけ。そうやって長年、家族としての形を保ってきたのだと思うと、俊哉のおそろしいほどの利己主義と、孤独を感じ取る。
「――……まだぼくに、知らせてないことがあるんだよね?」
「わたしは、お前には何もかも見せてきた。知らないというなら、お前が忘れているだけだ」
実家に戻ってから、俊哉と話すたびに気になっていた迂遠な物言いについて、和彦はずっと、厄介な立場にいる自分に立ち入られたくないからだと考えていた。うそも隠し事も下手な和彦に情報を与えてしまっては、いつかは長嶺の男に筒抜けになると、そう危惧して。
しかし、そうではないと、ここに至って薄々とながら気づく。
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近々番外編をあげます。
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今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
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