1,177 / 1,268
第44話
(37)
しおりを挟む「――両手に花です」
隣を歩いている〈彼女〉の言葉に、和彦は軽く首を傾げてから、斜め後ろを歩いている英俊にちらりと目を向ける。不機嫌そうに唇を歪めたまま反応しないため、仕方なく和彦が問いかけた。
「何が……ですか?」
「今のわたしが、両手に花ということです。よく似た素敵なご兄弟に囲まれて」
なんとも答えようがなくて、和彦は視線をさまよわせる。
英俊の婚約者は楽しそうだが、和彦はずっと困惑し続けている。前日に俊哉から、家族で出かけるとは言われていたが、場所については何も教えられなかった。そのことについては、もう仕方ないと受け入れている。和彦は従うだけだ。
しかし、困惑するぐらいは許されてもいいだろう。
英俊の婚約者と、その両親を交えての昼食会だと告げられたのは、移動中の車内でだった。向かう先は、婚約者両親が暮らす邸宅。
ハンドルを握る俊哉の横顔を一瞥して、和彦は心の中で呟いた。三日前に会ったばかりではないか、と。
和彦の言わんとしたことを表情から読み取ったらしく、俊哉は、お前はお嬢様の眼鏡に適ったようだと、シニカルな口調で応じた。
和彦は、前を走る英俊が運転する車にぼんやりと目を向けていた。その助手席には綾香が座っている。わざわざ二台の車に分乗したのは、和彦に言い含めておくことがあったからのようだ。
つまり面談で、和彦の存在が不穏当だと判断されていれば、婚約の話は流れていたかもしれないのだ。そんな場に、大した説明もなく連れて行かれたのかと、ゾッとするしかなかった。俊哉にも、兄の婚約者にも。
そして現在、一同に会して和やかな雰囲気の中で昼食をとったあと、親同士で大事な話があるということで、英俊と婚約者、そこに和彦も加わって、部屋を移動していた。
大企業の創業者一族という、華やかな家柄に相応しい邸宅だった。建物だけではなく、さりげなく置かれた調度品や美術品には手間も金もかかっているのだろうと、容易に想像できる。
佐伯家の場合、俊哉も綾香も家の中が片付いていればいいという考え方で、だからこそ飾り立てることに興味がない。他人を招いたときの体裁を整えるために購入された品はいくつかあるが、二人の好みが反映されているとは思えなかった。
自分は一体誰に似たのだろうかと、買い物好きであることや、細々としたものを集めてしまう癖を思い返し、ついほろ苦い気持ちになってしまう。
長い廊下を歩きながら和彦は、飾られた絵画に目を向ける。名のある画家のものなのだろうが、あいにく立ち止まってじっくりと鑑賞できる状況ではない。なんとなくだが、英俊と婚約者を並んで歩かせてはいけないと、妙な危機感が働いている。婚約者がいくら話しかけても、英俊が短い相槌しかしないため、間を取り持つために和彦が応じるハメになっているのだ。
俊哉との約束で、今日が彼女との初体面ということになっている。英俊に勘繰られまいと、あまり親しげな雰囲気を醸さないよう、和彦はずっと気を張っている。彼女のほうも心得ているようだが、こちらの苦労も知らず、英俊はいつも通りだ。
一階の客間に入ると、勧められるまま和彦はソファに腰掛けたが、英俊のほうは窓に近づいた。
制止する間もなく窓を開け、そのまま外に出てしまう。
「ガーデンルームよ。うちに何回か来ているけど、英俊さんはあそこがお気に入りみたい」
客間に隣接したガラス張りの広々としたスペースには、たくさんの観葉植物が並んでいる。英俊が何に興味を示しているのかわかり、和彦は呼び戻すのはやめた。
ソファに座り直して、わずかに顔をしかめる。英俊の婚約者からの無遠慮な視線に気づいたからだ。
「――あなたは、政治家にはなれないわね」
「えっ」
反射的に彼女と視線が交わった。和彦に向けられる眼差しは楽しげで、興味深げでもある。三日前は、義弟になりうる和彦をあからさまに値踏みしていたが、どうやら様子が変わったようだ。
「感情が表に出すぎ」
「似たようなことを、よく言われます……」
「でも人たらしの才能はありそう。モテるでしょう? お兄さんよりずっと」
〈英俊の婚約者〉というフィルターを通してしか見ていなかった存在から、急に打ち解けたように話しかけられて、面食らう。
和彦はようやくまともに相手を見つめ返し、同時に、名を胸の奥で呟いた。
西宮光希。和彦より年下なのに、まるで物怖じしない、勝ち気な女性だ。
35
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる