血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,168 / 1,268
第44話

(28)

しおりを挟む
「最初は、ぼくに、という話だったらしいんだ」
「何が?」
「結婚話。佐伯家と姻戚になれるのなら、人脈でも資金でも、兄さんの政界進出に力を貸すって、そういうことだったみたい。歳も、ぼくのほうが近いし」
 しかし現在、結婚話が進んでいるのは英俊だ。和彦の行方がわからなくなった結果、そうなったのか、実家に思惑があってのことか、帰りの車中で俊哉に確認することはできなかった。いつになく不機嫌そうな横顔を目にしたせいだ。
 俊哉にとって、今日の面談は不本意なものだったのだと、なんとなく和彦は察したのだ。
「――兄弟揃って物静かなのね、って嗤われたよ」
 ふうっと息を吐き出した和彦は、お茶を啜る。里見のほうは、和彦の話を熱心に聞きながら、いつの間にか食事を平らげていた。食べるのが早いのは、昔からだ。
「珍しいね。君が他人に対して、そんな刺々しい言い方をするの」
「ぼくは……昔から人嫌いの性質だよ。ただ、表面を取り繕うのが上手いだけで……」
「今は、それもしたくない?」
 和彦は返事の代わりに顔を背ける。
 彼女は、英俊との結婚話を進めると決めながら、その弟である和彦を露骨に値踏みしてきた。そのことがひどく癇に障り、反感を抱いた。自分でも意外だが、佐伯家そのものを軽んじられたような気もしたのだ。
「おれの誘いに応じてくれたのは、愚痴をこぼしたかったから?」
「……里見さんなら、他言しないと信用してるから。それに――」
「気に食わない相手だから、結婚を思いとどまるよう、英俊くんを説得してもらいたい、とか」
 柔らかな苦笑を含んだ声で言われると、和彦は、自分が子供の頃に戻ったような感覚に陥る。
「里見さん、そんなに意地の悪い物言いをする人だったかな」
「そうだな……。君があんまり健気だから、少し意地悪を言いたくなった」
「健気って、ぼくが?」
 きょとんとした和彦に、里見は真顔で頷く。
「英俊くんの心配をしてるだろ。彼女と結婚して幸せになれるんだろうか、って」
 和彦はドキリとして視線を伏せる。
「そんな……お人よしじゃないよ。ぼくは」
「君の人のよさは、おれが十分知ってる」
 臆面もなく里見に言われると、居たたまれなくなる。和彦は立ち上がると、不思議そうに見上げてくる里見に動揺を押し隠しつつ告げた。
「もう、お腹いっぱいだから。買い物も済ませたし、帰るよ」
「まだ早くないかな?」
 そう言いながら里見も立ち上がり、財布を取り出す。自分の分は自分で、と言う暇もなかった。伝票を手に里見はさっさと歩いていき、和彦は買い物袋を持って慌てて追いかける。結局、里見が二人分の食事代を支払ってくれた。
 なんとなく里見の斜め後ろを歩く。里見と一緒にいると、居心地の悪さがつきまとう。一方で、昔からよく知る安堵感もあるのだ。その安堵感に引きずられてはいけないと、和彦は自分に言い聞かせる。
 タクシー乗り場の案内を見つけて別れようとしたが、さりげなく里見に肩を抱かれる。
「里見さん?」
「もう少し君と話したい。おれの車で送るよ」
 穏やかな申し出とは裏腹に、肩にかかった手は容易には外せない力強さがあった。
「でも、もしかしたら家に兄さんが――」
「近くまでだよ。会わないよう気をつけるから」
 里見を振り払うこともできず、和彦はおとなしく車までついていく。乗り込む寸前、周囲を見回したのは、後ろめたさ故の行動だ。
 話したいと言った里見だが、車を運転しながら口を開こうとはしない。和彦のほうは、里見に聞きたいことがないわけではなかった。下世話と言われるかもしれないが、やはり英俊とのことだ。
 聞く権利はないのに。和彦は、ぐっと奥歯を噛み締める。
 この空間に耐え切れなくて、やはり適当なところで降ろしてほしいと言おうとして、異変に気づいた。里見が、明らかに実家に向かう道とは違う方向にハンドルを切ったからだ。
「どこに……」
「やっぱり、君を帰したくなくなった」
 里見の返答に、和彦は大きく目を見開いた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

処理中です...