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第44話
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「最初は、ぼくに、という話だったらしいんだ」
「何が?」
「結婚話。佐伯家と姻戚になれるのなら、人脈でも資金でも、兄さんの政界進出に力を貸すって、そういうことだったみたい。歳も、ぼくのほうが近いし」
しかし現在、結婚話が進んでいるのは英俊だ。和彦の行方がわからなくなった結果、そうなったのか、実家に思惑があってのことか、帰りの車中で俊哉に確認することはできなかった。いつになく不機嫌そうな横顔を目にしたせいだ。
俊哉にとって、今日の面談は不本意なものだったのだと、なんとなく和彦は察したのだ。
「――兄弟揃って物静かなのね、って嗤われたよ」
ふうっと息を吐き出した和彦は、お茶を啜る。里見のほうは、和彦の話を熱心に聞きながら、いつの間にか食事を平らげていた。食べるのが早いのは、昔からだ。
「珍しいね。君が他人に対して、そんな刺々しい言い方をするの」
「ぼくは……昔から人嫌いの性質だよ。ただ、表面を取り繕うのが上手いだけで……」
「今は、それもしたくない?」
和彦は返事の代わりに顔を背ける。
彼女は、英俊との結婚話を進めると決めながら、その弟である和彦を露骨に値踏みしてきた。そのことがひどく癇に障り、反感を抱いた。自分でも意外だが、佐伯家そのものを軽んじられたような気もしたのだ。
「おれの誘いに応じてくれたのは、愚痴をこぼしたかったから?」
「……里見さんなら、他言しないと信用してるから。それに――」
「気に食わない相手だから、結婚を思いとどまるよう、英俊くんを説得してもらいたい、とか」
柔らかな苦笑を含んだ声で言われると、和彦は、自分が子供の頃に戻ったような感覚に陥る。
「里見さん、そんなに意地の悪い物言いをする人だったかな」
「そうだな……。君があんまり健気だから、少し意地悪を言いたくなった」
「健気って、ぼくが?」
きょとんとした和彦に、里見は真顔で頷く。
「英俊くんの心配をしてるだろ。彼女と結婚して幸せになれるんだろうか、って」
和彦はドキリとして視線を伏せる。
「そんな……お人よしじゃないよ。ぼくは」
「君の人のよさは、おれが十分知ってる」
臆面もなく里見に言われると、居たたまれなくなる。和彦は立ち上がると、不思議そうに見上げてくる里見に動揺を押し隠しつつ告げた。
「もう、お腹いっぱいだから。買い物も済ませたし、帰るよ」
「まだ早くないかな?」
そう言いながら里見も立ち上がり、財布を取り出す。自分の分は自分で、と言う暇もなかった。伝票を手に里見はさっさと歩いていき、和彦は買い物袋を持って慌てて追いかける。結局、里見が二人分の食事代を支払ってくれた。
なんとなく里見の斜め後ろを歩く。里見と一緒にいると、居心地の悪さがつきまとう。一方で、昔からよく知る安堵感もあるのだ。その安堵感に引きずられてはいけないと、和彦は自分に言い聞かせる。
タクシー乗り場の案内を見つけて別れようとしたが、さりげなく里見に肩を抱かれる。
「里見さん?」
「もう少し君と話したい。おれの車で送るよ」
穏やかな申し出とは裏腹に、肩にかかった手は容易には外せない力強さがあった。
「でも、もしかしたら家に兄さんが――」
「近くまでだよ。会わないよう気をつけるから」
里見を振り払うこともできず、和彦はおとなしく車までついていく。乗り込む寸前、周囲を見回したのは、後ろめたさ故の行動だ。
話したいと言った里見だが、車を運転しながら口を開こうとはしない。和彦のほうは、里見に聞きたいことがないわけではなかった。下世話と言われるかもしれないが、やはり英俊とのことだ。
聞く権利はないのに。和彦は、ぐっと奥歯を噛み締める。
この空間に耐え切れなくて、やはり適当なところで降ろしてほしいと言おうとして、異変に気づいた。里見が、明らかに実家に向かう道とは違う方向にハンドルを切ったからだ。
「どこに……」
「やっぱり、君を帰したくなくなった」
里見の返答に、和彦は大きく目を見開いた。
「何が?」
「結婚話。佐伯家と姻戚になれるのなら、人脈でも資金でも、兄さんの政界進出に力を貸すって、そういうことだったみたい。歳も、ぼくのほうが近いし」
しかし現在、結婚話が進んでいるのは英俊だ。和彦の行方がわからなくなった結果、そうなったのか、実家に思惑があってのことか、帰りの車中で俊哉に確認することはできなかった。いつになく不機嫌そうな横顔を目にしたせいだ。
俊哉にとって、今日の面談は不本意なものだったのだと、なんとなく和彦は察したのだ。
「――兄弟揃って物静かなのね、って嗤われたよ」
ふうっと息を吐き出した和彦は、お茶を啜る。里見のほうは、和彦の話を熱心に聞きながら、いつの間にか食事を平らげていた。食べるのが早いのは、昔からだ。
「珍しいね。君が他人に対して、そんな刺々しい言い方をするの」
「ぼくは……昔から人嫌いの性質だよ。ただ、表面を取り繕うのが上手いだけで……」
「今は、それもしたくない?」
和彦は返事の代わりに顔を背ける。
彼女は、英俊との結婚話を進めると決めながら、その弟である和彦を露骨に値踏みしてきた。そのことがひどく癇に障り、反感を抱いた。自分でも意外だが、佐伯家そのものを軽んじられたような気もしたのだ。
「おれの誘いに応じてくれたのは、愚痴をこぼしたかったから?」
「……里見さんなら、他言しないと信用してるから。それに――」
「気に食わない相手だから、結婚を思いとどまるよう、英俊くんを説得してもらいたい、とか」
柔らかな苦笑を含んだ声で言われると、和彦は、自分が子供の頃に戻ったような感覚に陥る。
「里見さん、そんなに意地の悪い物言いをする人だったかな」
「そうだな……。君があんまり健気だから、少し意地悪を言いたくなった」
「健気って、ぼくが?」
きょとんとした和彦に、里見は真顔で頷く。
「英俊くんの心配をしてるだろ。彼女と結婚して幸せになれるんだろうか、って」
和彦はドキリとして視線を伏せる。
「そんな……お人よしじゃないよ。ぼくは」
「君の人のよさは、おれが十分知ってる」
臆面もなく里見に言われると、居たたまれなくなる。和彦は立ち上がると、不思議そうに見上げてくる里見に動揺を押し隠しつつ告げた。
「もう、お腹いっぱいだから。買い物も済ませたし、帰るよ」
「まだ早くないかな?」
そう言いながら里見も立ち上がり、財布を取り出す。自分の分は自分で、と言う暇もなかった。伝票を手に里見はさっさと歩いていき、和彦は買い物袋を持って慌てて追いかける。結局、里見が二人分の食事代を支払ってくれた。
なんとなく里見の斜め後ろを歩く。里見と一緒にいると、居心地の悪さがつきまとう。一方で、昔からよく知る安堵感もあるのだ。その安堵感に引きずられてはいけないと、和彦は自分に言い聞かせる。
タクシー乗り場の案内を見つけて別れようとしたが、さりげなく里見に肩を抱かれる。
「里見さん?」
「もう少し君と話したい。おれの車で送るよ」
穏やかな申し出とは裏腹に、肩にかかった手は容易には外せない力強さがあった。
「でも、もしかしたら家に兄さんが――」
「近くまでだよ。会わないよう気をつけるから」
里見を振り払うこともできず、和彦はおとなしく車までついていく。乗り込む寸前、周囲を見回したのは、後ろめたさ故の行動だ。
話したいと言った里見だが、車を運転しながら口を開こうとはしない。和彦のほうは、里見に聞きたいことがないわけではなかった。下世話と言われるかもしれないが、やはり英俊とのことだ。
聞く権利はないのに。和彦は、ぐっと奥歯を噛み締める。
この空間に耐え切れなくて、やはり適当なところで降ろしてほしいと言おうとして、異変に気づいた。里見が、明らかに実家に向かう道とは違う方向にハンドルを切ったからだ。
「どこに……」
「やっぱり、君を帰したくなくなった」
里見の返答に、和彦は大きく目を見開いた。
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