血と束縛と

北川とも

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第44話

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「どこに……」
 俊哉はゆっくりと腕時計を見遣る。
「早く着替えてこい。わたしは車で待っている」
 拒否できるはずもなく、和彦は指示に従う。急いで家に入ると、俊哉に合わせてスーツに着替え、洗面所で手早く髪を整える。
 ロングコートを抱えてガレージに戻ると、俊哉が待つ車の助手席に乗り込んだ。


 車中で和彦が、再度、どこに向かうのかと問いかけると、俊哉はある高級ホテルの名を口にした。
 なんのために、とさらに問おうとして、昨日の書斎でのやり取りが蘇る。俊哉の口ぶりから、和彦一人で〈どこか〉に向かうものだと思っていたが、どうやら俊哉本人も同行するようだ。
 俊哉がハンドルを握るという珍しい光景を横目に、こうして二人で出かけるなど、いつ以来だろうかとふと考える。
 幼い頃、和彦は、事情があって診察を受けるため病院に通っていた。忙しい家族に代わり、親戚の女性が付き添っていたが、一度だけ、俊哉が連れて行ってくれたことがあった。
 その帰り、いつもとは違う道を通っていたことを、和彦は鮮明に覚えている。遠回りというよりまったく違う目的があったようで、思えばあれが、最初で最後の俊哉とのドライブだった。
「昔、今のように車に乗せたときも、そうやって、おっかなびっくりな顔をしていたな、お前は」
「……父さんは、ぼくに興味がないのかと思ってた。見てたんだ、ぼくのこと」
「子供の頃から、何も不自由させなかったつもりだが」
 そういうことではないのだと、強い苛立ちが和彦の中で生まれる。しかし、それも一瞬だ。俊哉の言葉に、不承不承ながらも肯定せざるをえなかった。ただ、不自由はしていなかったが、和彦に選択肢は与えられなかった。
「ずっと疑問だったんだ。どうして、ぼくを医者にさせたかったのか。子供の頃は、それが父さんの希望ならと疑問にも思わなかったけど、今は――」
 いつかは佐伯家から放逐されるであろう自分には、医者になることは、ある意味最善の道だろうと、和彦は納得していたし、両親に感謝もしている。ただ、あえて医者でなくてもよかったはずだ。
 佐伯家は代々官僚を輩出している家で、少なくとも和彦が把握している限り、親戚に医者はいない。ただ、綾香の実家である和泉家はどうなのかはわからない。出生の複雑さと、それを秘匿するために、和彦はずっと和泉家から遠ざけられてきた。
「――お前の母親が、望んでいたからだ」
 ぽつりと俊哉が洩らし、和彦は眉をひそめる。脳裏に浮かんだのは、感情を抑制した綾香の顔だった。すると俊哉は、こちらの困惑を読み取ったように緩く首を振る。
「お前を産んだ母親のほうだ」

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