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第44話
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何してる? と簡潔さをきわめた文章を目にして、今度は唇を緩める。いつもの優也らしいメールだ。
さっそく返信しようとメールを打ち始めた和彦だが、かじかんだ指が上手く動かず、もどかしくなって電話に切り替える。
『珍しい。そっちから電話くれるなんて』
挨拶もなく、驚いた様子で優也に言われてしまう。いつも電話を億劫がる和彦に対する皮肉かもしれない。それでも破顔したのは、優也が、和彦にとって〈あちら〉の世界を匂わせる相手だからだ。コーヒーの温かさよりも、ほっとする。
「君と話したくなった」
大まじめに和彦が答えると、なぜか電話の向こうで優也が沈黙する。
「――……ぼく、変なこと言ったか?」
『……いや、あんたが〈モテモテ〉な理由が、ちょっとわかった気がして』
声に動揺を滲ませた優也が、咳払いをしてから改めて問いかけてくる。
『で、何してるの、今』
「何もしてない。やることないから、公園でコーヒー飲んでる」
マジかよ、という呟きが聞こえてきた。
『確か、実家に戻ってるんだっけ』
「うん……。君は?」
『あー、こっちのことは、別にいいじゃん』
優也の歯切れの悪い物言いに、かえって和彦の興味はそそられる。宥めすかしてなんとか聞き出したが、なんと宮森の自宅にいるのだという。
『年末年始はこっちで過ごせって、無理やり連れてこられた。もうさ、うるさいんだよ。組の人間が出入りするわ、子供が家中走り回るわで。しかも、毎食、こんなに食えないっていうのに、ご飯もオカズも山盛りで出されて。寒いのに、朝晩散歩に連れ出されるし』
心底嫌そうな口ぶりで話す優也だが、健康的な生活を送っているのは間違いない。宮森は、優也に対して積極的に出ることにしたようだ。そのほうがいいと確信したのだろう。
「次に会うときは、多少は肉付きがよくなってるかもな。君は少し痩せすぎだったから、しっかり面倒見てもらうといい」
『……偉そうに言うな』
「君の主治医だから。偉そうに言わせてもらうよ」
舌打ちらしき音が聞こえてきたが、優也なりの照れなのだと思うことにする。
『で、あんたのほうは、里帰りはどんな感じなんだ』
「まあ……、普通だよ。よくある、普通の里帰り」
何か察したのか、他人の家庭事情に興味はないしと、優也がぼそぼそと言う。傍若無人なようで、実は繊細な神経の持ち主らしい配慮だ。和彦は背もたれに体を預けると、頭上を仰ぎ見る。
「いろいろと親不孝をしたから、家族と顔を合わせづらいだけなんだ」
『息子がヤクザのイロになったんだから、親不孝の一言じゃ済まないよな、普通』
配慮はあるが、物言いに遠慮がない。事実であるだけに、和彦は苦笑するしかなかった。
『まあ……、帰ってこいと言ってくれるだけ、いいじゃん』
「……そうだな」
ほろ苦い気持ちで応じると、電話の向こうでは、優也は誰かに呼ばれたのか返事をして、急に慌ただしい気配を感じさせる。今度は和彦が気をつかって、話を終わらせ電話を切った。
時間をかけて缶コーヒーを飲み干してしまうと、誰もいない公園を眺め続けるのも空しくなってくる。
気分転換にはなったなと、ごみ箱に缶を捨てて、諦めて帰途についた和彦だが、ガレージの扉が開いていることに気づいて駆け出す。中の様子をうかがうと、二台並んでいるはずの車のうち、英俊の車がない。
ガレージに続く階段を下りてくる靴音に、ハッとする。スーツ姿の俊哉が姿を見せた。
目が合ったものの、言葉が出ない。こういうとき、普通の父子ならなんと声をかけ合うのだろうかと、どこか自虐的に思ったそのとき、俊哉がいくぶん呆れたような口調で言った。
「そんな格好で外に出ていたのか。――風邪をひくぞ」
和彦はうろたえ、視線を伏せる。
「……兄さん、出かけたんだね」
「大学時代の同期と会うらしい」
「父さんも、これからどこかに?」
「――お前が戻ってくるのを待っていた。あと十分待ってから、携帯を鳴らすつもりだった」
「ぼく……?」
俊哉にひたと正面から見据えられ、緊張が走る。和彦は息を詰めた。
「これから、わたしと一緒に出掛けるんだ」
さっそく返信しようとメールを打ち始めた和彦だが、かじかんだ指が上手く動かず、もどかしくなって電話に切り替える。
『珍しい。そっちから電話くれるなんて』
挨拶もなく、驚いた様子で優也に言われてしまう。いつも電話を億劫がる和彦に対する皮肉かもしれない。それでも破顔したのは、優也が、和彦にとって〈あちら〉の世界を匂わせる相手だからだ。コーヒーの温かさよりも、ほっとする。
「君と話したくなった」
大まじめに和彦が答えると、なぜか電話の向こうで優也が沈黙する。
「――……ぼく、変なこと言ったか?」
『……いや、あんたが〈モテモテ〉な理由が、ちょっとわかった気がして』
声に動揺を滲ませた優也が、咳払いをしてから改めて問いかけてくる。
『で、何してるの、今』
「何もしてない。やることないから、公園でコーヒー飲んでる」
マジかよ、という呟きが聞こえてきた。
『確か、実家に戻ってるんだっけ』
「うん……。君は?」
『あー、こっちのことは、別にいいじゃん』
優也の歯切れの悪い物言いに、かえって和彦の興味はそそられる。宥めすかしてなんとか聞き出したが、なんと宮森の自宅にいるのだという。
『年末年始はこっちで過ごせって、無理やり連れてこられた。もうさ、うるさいんだよ。組の人間が出入りするわ、子供が家中走り回るわで。しかも、毎食、こんなに食えないっていうのに、ご飯もオカズも山盛りで出されて。寒いのに、朝晩散歩に連れ出されるし』
心底嫌そうな口ぶりで話す優也だが、健康的な生活を送っているのは間違いない。宮森は、優也に対して積極的に出ることにしたようだ。そのほうがいいと確信したのだろう。
「次に会うときは、多少は肉付きがよくなってるかもな。君は少し痩せすぎだったから、しっかり面倒見てもらうといい」
『……偉そうに言うな』
「君の主治医だから。偉そうに言わせてもらうよ」
舌打ちらしき音が聞こえてきたが、優也なりの照れなのだと思うことにする。
『で、あんたのほうは、里帰りはどんな感じなんだ』
「まあ……、普通だよ。よくある、普通の里帰り」
何か察したのか、他人の家庭事情に興味はないしと、優也がぼそぼそと言う。傍若無人なようで、実は繊細な神経の持ち主らしい配慮だ。和彦は背もたれに体を預けると、頭上を仰ぎ見る。
「いろいろと親不孝をしたから、家族と顔を合わせづらいだけなんだ」
『息子がヤクザのイロになったんだから、親不孝の一言じゃ済まないよな、普通』
配慮はあるが、物言いに遠慮がない。事実であるだけに、和彦は苦笑するしかなかった。
『まあ……、帰ってこいと言ってくれるだけ、いいじゃん』
「……そうだな」
ほろ苦い気持ちで応じると、電話の向こうでは、優也は誰かに呼ばれたのか返事をして、急に慌ただしい気配を感じさせる。今度は和彦が気をつかって、話を終わらせ電話を切った。
時間をかけて缶コーヒーを飲み干してしまうと、誰もいない公園を眺め続けるのも空しくなってくる。
気分転換にはなったなと、ごみ箱に缶を捨てて、諦めて帰途についた和彦だが、ガレージの扉が開いていることに気づいて駆け出す。中の様子をうかがうと、二台並んでいるはずの車のうち、英俊の車がない。
ガレージに続く階段を下りてくる靴音に、ハッとする。スーツ姿の俊哉が姿を見せた。
目が合ったものの、言葉が出ない。こういうとき、普通の父子ならなんと声をかけ合うのだろうかと、どこか自虐的に思ったそのとき、俊哉がいくぶん呆れたような口調で言った。
「そんな格好で外に出ていたのか。――風邪をひくぞ」
和彦はうろたえ、視線を伏せる。
「……兄さん、出かけたんだね」
「大学時代の同期と会うらしい」
「父さんも、これからどこかに?」
「――お前が戻ってくるのを待っていた。あと十分待ってから、携帯を鳴らすつもりだった」
「ぼく……?」
俊哉にひたと正面から見据えられ、緊張が走る。和彦は息を詰めた。
「これから、わたしと一緒に出掛けるんだ」
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