血と束縛と

北川とも

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第44話

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 護衛をつけられない代わりに、和彦自身に慎重になってもらいたいと、何度も念を押された。総和会だけではなく、長嶺組からも。
 後部座席に乗り込んだ和彦は、すでにもう気疲れしていた。
 今からこの調子で、実家に着いたときにはどうなるのか――。
 ふっと息を吐き出したところで、吾川が車内を覗き込む動作をする。ウィンドーを下ろすと、わざわざ声をかけてくれた。
「行ってらっしゃいませ、先生」
「……行ってきます」
「元気な姿で戻られるのをお待ちしております」
 吾川に見送られながら車が静かに走り出し、ウィンドーを戻す。
 本部を出た瞬間、出勤時とはまったく違う感情が和彦の胸の内に生まれる。もしかして、もう二度と、ここを訪れることがないのではないかと、漠然と考えていた。
 反射的に身震いをしたのは、そうなったとき、必然的に長嶺の本宅を訪ねることもできない可能性に気づいたからだ。
 魔が差したのかもしれない。自らを不安に陥れるようなことを考えてどうするのかと、和彦は身じろいでから、外の景色に目を向ける。見慣れた道を車は走り、曲がり角でスピードを落とす。
 前触れもなく、視界の隅に人影が映った。住宅街の景色に紛れ込んでしまう、地味な色合いのスーツを着た男――。
 ハッとした和彦は目を見開き、食い入るようにその人影を見つめる。数メートル先の電柱の陰に立っていたのは、紛れもなく和彦の〈オトコ〉の姿だ。
「みっ――」
 危うく声を出しそうになり、必死に呑み込む。三田村も、車中の和彦をじっと見つめていた。
 何時に本部を発つか、和彦は長嶺組に連絡を入れていない。総和会で予定を立てると言われて、和彦自身が把握していなかったためだ。つまり三田村は、朝からずっとあの場所に立っていたことになる。
 少しの間車を停めてもらおうとしたが、すぐに思い直す。三田村が独断でやって来ていたのだとしたら、総和会に行動を知られては、三田村の立場を危うくしかねない。
 和彦はウィンドーに軽くてのひらを押し当てる。手を振れないが、これで気持ちは伝わるはずだと信じて。
 振り返って最後まで三田村の姿を見ていたい衝動を、唇を噛んで和彦は堪えた。




 タクシーが走り去ってから、和彦は軽く辺りを見渡す。
 穏やかな表情の人たちが行き交う閑静な住宅街に、子供の頃から和彦は愛着というものを感じたことはなく、それは大人になった今も変わらない。
 医大生時代は、義務を果たすためだけに年に一度は実家に顔を出していたが、医者になってからは、その義務すら果たすことはなくなり、実家からも何か言われることはなかった。
 このまま自然に佐伯家とは縁遠くなっていくだろうと、漠然と想像していたのだ。
 一旦は歩き出したものの、足取りは重い。わざわざ実家から少し離れた場所でタクシーを降りたのも、わずかながらでも猶予が欲しかったからだ。どこかで時間を潰してもよかったが、監視の目があるのではないかと気になった。
 歩きながら何度も背後を振り返ってはみるものの、不審な人影はない。しかし素人の和彦が気づかない形で尾行はついているかもしれない。そう考えてしまう時点で、守光の手の内から逃れられてはおらず、指示された通りに行動するしかないのだ。
 昼前に到着すると、俊哉には連絡してある。ようやく実家前に立ったところで、和彦は腕時計に視線を落とす。普段は身につけていない、去年三田村から贈られたものだ。お守りは一つでも多いほうがいい。
 改めて実家の白い建物を見上げる。近隣の邸宅に比べて、一際目立つ豪邸というわけではないが、大物官僚が暮らしていると説明されれば、なるほどと納得できる程度には立派な外観を持っている。
 インターホンを押しても、応答はなかった。一瞬の躊躇のあと和彦は門扉を開く。久しく出番はなかったが、当然合い鍵は持っており、別に開けてもらうのを待つ必要はない。
 なんだか行動の一つ一つに言い訳をしているなと、内心苦々しい気持ちになる。
 玄関に入って声をかけたが、人がいる気配はなかった。すでに省庁は休みに入っており、険しい顔をした家族に出迎えられることを想定していた和彦は、拍子抜けする。
 スリッパに履き替えると、念のためダイニングやリビングを見て回ったが、やはり誰もいない。
「……出迎える必要はない、ってことかな……」
 和彦は特に感慨もなく呟く。

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