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第44話
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いまさらながら、急に気恥ずかしさが込み上げてきた和彦は、もそもそと寝返りを打って賢吾に背を向ける。
「――和彦」
名を呼ばれてから、目の前にグラスがつき出される。結局起き上がった和彦は、そのグラスを受け取り、シャンパンを注いでもらう。さすがにぬるくなっていたが、喉が渇いているため気にならない。あっという間にグラスを空にすると、また注いでもらう。
賢吾は、オードブルやケーキを取り分けた皿をベッドの上に置くと、自らも慎重にベッドに腰掛けた。こんな不安定な場所ではなく、テーブルで食べればいいのにと思っていると、ローストビーフをぺろりと食べた賢吾がいきなり切り出した。
「俺からのプレゼントは香水だ。千尋は名刺入れ。三田村からは……中身は見てないが、可愛い袋に入ってたな。申し合わせたわけでもないのに、かさばらないプレゼント揃いだ。愛されてるな、和彦」
意味ありげに笑いかけられ、顔を背けた和彦は二杯目のシャンパンも飲み干す。
「〈向こう〉に持って行っても不自然じゃないものだ。まあ、お守り代わりにしてくれと言うことだ」
「……ささやかでもいいから、ぼくも何か買っておけばよかった。あんたたちにクリスマスプレゼントを。今年は特に慌ただしくて――」
「年が明けて、また元気な顔を見せてくれたらいい。それが何よりだ」
ふいに胸が詰まって、返事ができなかった。うつむくと、乱れたままの髪を優しく撫でられる。
「ケーキはどうだ?」
「食べる」
賢吾が、フォークで掬い取ったケーキを口元に持ってくる。
「サービスがいいな」
「俺のオンナが初めて愛を囁いてくれたからな。機嫌は悪いままだが、良くもある」
「……意味がわからない」
食べさせてやるということなので、仕方なく口を開ける。クリームが舌の上で溶け、甘酸っぱい味が広がる。
「――美味しい」
「お前が好きそうだと、千尋がアドバイスをくれたんだ」
やはり仲がいい父子だなと思いながら、ありがたくもう一口食べさせてもらう。しかし、賢吾がじっと口元を見つめてくるため、嫌でも視線を意識してしまい、仕方なく賢吾から皿とフォークを受け取り、自分で食べ始める。
賢吾はよほど空腹だったのか、チキンにもかぶりついている。あまりに美味しそうに食べるので、なんとなく眺めていると、お前も食うかとチキンを突き出される。和彦は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「今はケーキだけでいい」
ふうん、と返事をした賢吾は黙々とチキンを食べ続けていたが、思い出したように問いかけてきた。
「里帰りしたら、何か予定はあるのか?」
「予定……」
「久しぶりに実家で過ごすんだ。どこかに出かけるとか、親戚がやってくるとか。なんかあるだろ。うちみたいなヤクザの一家ですら、人並みな年末年始を過ごすんだ。お前の実家ともなれば、いろいろあるんじゃないか」
「まあ、今回は、出奔していた次男がようやく顔を出したということで、あちこち連れ回される可能性は……、あるかな。兄さんも、ぼくを同席させたい用事があるようだし」
フォークの先を舐めながら和彦は、俊哉と会ったときに言われた言葉を思い返す。周囲に不安を抱かせるだけだと思い、誰にも話すつもりはなかったが、こうして賢吾と一緒にいると、むしろ黙っていることで自身の不安が増していく。
賢吾は察しがよかった。
「気になることがあるなら、言っておけ。俺は、口が堅い男だぞ」
チキンをきれいに骨だけにした賢吾は、紙ナプキンで指先と口元を拭う。和彦はケーキをフォークで小さくしながら逡巡していたが、最後は、黙っておくという選択肢を消した。
「……父さんは、里帰り中にぼくに、行ってもらいたい場所があるみたいなんだ」
ほう、と賢吾が洩らす。
「はっきりとは口にしなかった。総和会や長嶺組どころか、母さんや兄さんにも知られたくないらしい。ある人物と約束した、と言っていた。絶対にぼくを行かせると」
「見当はつくか?」
和彦は首を横に振る。
「ぼくの里帰りを望んだのは、それが一番の理由なんじゃないかと思う。父さんが、面倒を承知で約束を守ろうとする人物……。仕事上つき合いがある人とも思えないし、誰なのか――」
「オヤジからは、佐伯家の周囲に組の者を配するなと厳命されている。当のオヤジは、お前の父親から釘を刺されているようだ。久しぶりの家族団らんなのだから、不粋なまねはするなと」
お前の父親は恐ろしいと、冗談とも本気ともつかないことを呟いた賢吾は、和彦が使ったグラスでシャンパンを飲む。ふっと息を吐き出すと、和彦の手から皿を取り上げた。
「気もそぞろなようだから、あとで食べるか?」
「ああ、そうする……」
「――だったら、始めるか」
声音を変えた賢吾に、ゾクリと甘い悪寒が走る。怖いのに、賢吾の手が膝にかかっただけで和彦は、ベッドに横になり、自ら足を開いてしまう。
賢吾は満足げな笑みを浮かべた。
「――和彦」
名を呼ばれてから、目の前にグラスがつき出される。結局起き上がった和彦は、そのグラスを受け取り、シャンパンを注いでもらう。さすがにぬるくなっていたが、喉が渇いているため気にならない。あっという間にグラスを空にすると、また注いでもらう。
賢吾は、オードブルやケーキを取り分けた皿をベッドの上に置くと、自らも慎重にベッドに腰掛けた。こんな不安定な場所ではなく、テーブルで食べればいいのにと思っていると、ローストビーフをぺろりと食べた賢吾がいきなり切り出した。
「俺からのプレゼントは香水だ。千尋は名刺入れ。三田村からは……中身は見てないが、可愛い袋に入ってたな。申し合わせたわけでもないのに、かさばらないプレゼント揃いだ。愛されてるな、和彦」
意味ありげに笑いかけられ、顔を背けた和彦は二杯目のシャンパンも飲み干す。
「〈向こう〉に持って行っても不自然じゃないものだ。まあ、お守り代わりにしてくれと言うことだ」
「……ささやかでもいいから、ぼくも何か買っておけばよかった。あんたたちにクリスマスプレゼントを。今年は特に慌ただしくて――」
「年が明けて、また元気な顔を見せてくれたらいい。それが何よりだ」
ふいに胸が詰まって、返事ができなかった。うつむくと、乱れたままの髪を優しく撫でられる。
「ケーキはどうだ?」
「食べる」
賢吾が、フォークで掬い取ったケーキを口元に持ってくる。
「サービスがいいな」
「俺のオンナが初めて愛を囁いてくれたからな。機嫌は悪いままだが、良くもある」
「……意味がわからない」
食べさせてやるということなので、仕方なく口を開ける。クリームが舌の上で溶け、甘酸っぱい味が広がる。
「――美味しい」
「お前が好きそうだと、千尋がアドバイスをくれたんだ」
やはり仲がいい父子だなと思いながら、ありがたくもう一口食べさせてもらう。しかし、賢吾がじっと口元を見つめてくるため、嫌でも視線を意識してしまい、仕方なく賢吾から皿とフォークを受け取り、自分で食べ始める。
賢吾はよほど空腹だったのか、チキンにもかぶりついている。あまりに美味しそうに食べるので、なんとなく眺めていると、お前も食うかとチキンを突き出される。和彦は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「今はケーキだけでいい」
ふうん、と返事をした賢吾は黙々とチキンを食べ続けていたが、思い出したように問いかけてきた。
「里帰りしたら、何か予定はあるのか?」
「予定……」
「久しぶりに実家で過ごすんだ。どこかに出かけるとか、親戚がやってくるとか。なんかあるだろ。うちみたいなヤクザの一家ですら、人並みな年末年始を過ごすんだ。お前の実家ともなれば、いろいろあるんじゃないか」
「まあ、今回は、出奔していた次男がようやく顔を出したということで、あちこち連れ回される可能性は……、あるかな。兄さんも、ぼくを同席させたい用事があるようだし」
フォークの先を舐めながら和彦は、俊哉と会ったときに言われた言葉を思い返す。周囲に不安を抱かせるだけだと思い、誰にも話すつもりはなかったが、こうして賢吾と一緒にいると、むしろ黙っていることで自身の不安が増していく。
賢吾は察しがよかった。
「気になることがあるなら、言っておけ。俺は、口が堅い男だぞ」
チキンをきれいに骨だけにした賢吾は、紙ナプキンで指先と口元を拭う。和彦はケーキをフォークで小さくしながら逡巡していたが、最後は、黙っておくという選択肢を消した。
「……父さんは、里帰り中にぼくに、行ってもらいたい場所があるみたいなんだ」
ほう、と賢吾が洩らす。
「はっきりとは口にしなかった。総和会や長嶺組どころか、母さんや兄さんにも知られたくないらしい。ある人物と約束した、と言っていた。絶対にぼくを行かせると」
「見当はつくか?」
和彦は首を横に振る。
「ぼくの里帰りを望んだのは、それが一番の理由なんじゃないかと思う。父さんが、面倒を承知で約束を守ろうとする人物……。仕事上つき合いがある人とも思えないし、誰なのか――」
「オヤジからは、佐伯家の周囲に組の者を配するなと厳命されている。当のオヤジは、お前の父親から釘を刺されているようだ。久しぶりの家族団らんなのだから、不粋なまねはするなと」
お前の父親は恐ろしいと、冗談とも本気ともつかないことを呟いた賢吾は、和彦が使ったグラスでシャンパンを飲む。ふっと息を吐き出すと、和彦の手から皿を取り上げた。
「気もそぞろなようだから、あとで食べるか?」
「ああ、そうする……」
「――だったら、始めるか」
声音を変えた賢吾に、ゾクリと甘い悪寒が走る。怖いのに、賢吾の手が膝にかかっただけで和彦は、ベッドに横になり、自ら足を開いてしまう。
賢吾は満足げな笑みを浮かべた。
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