血と束縛と

北川とも

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第44話

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 優也の叔父である城東会組長の宮森は、和彦だけではなく、優也にも何か言ったのか、まるで日記のようなメールが送られてきたのだ。それがきっかけとなり、時間があるときは和彦も他愛ない内容の返信をしており、二、三日に一度程度のやり取りが続いている。
「どなたか、イイ人からですか?」
 揶揄するように中嶋に問われ、和彦は大仰に顔をしかめて見せる。
「元患者だ。今は……、友人になりかけ、だな」
「おやおや、そんなことを言うと、嫉妬する人がいるんじゃないですか。俺も最初は、先生の友人のつもりでしたから。つまり――」
「……君の今の物言い、秦にそっくりだ」
 率直な感想を述べたのだが、意外に中嶋には響いたのか、分が悪いと言いたげに正面を向く。和彦は笑いを噛み殺しながら、何げなくコンビニに目を向ける。この時期らしい派手な飾り付けにいまさら気づき、そういえば、と呟いた。
「ぼくのことなんて気にかけている場合じゃないだろ、明日は」
「そうです。クリスマスイブですよ。悲しいかな、俺は仕事がありまして。だから、先生のお供ってことにして、抜けられないかなと企んでいたんです。よければ、クリスマスケーキも買っておきますよ」
「ぼくは……、今年はそんな心境じゃないな。おとなしくして過ごすよ。君には悪いけど」
 去年のクリスマス時期は、クリニックの開業準備が大詰めであったり、英俊と思いがけない形で遭遇したりと、気持ちの浮沈が激しかった。それでも、充実したクリスマスだったと思い返せるのは、和彦を大事に扱ってくれる男たちが、絶えず傍らにいたからだ。
 それが今は――。
 傍らに置いた携帯電話に視線を落とし、和彦はため息をつく。すぐに、今は自分一人ではないことを思い出して、誤魔化すようにホットミルクを飲んだ。




 性質の悪い冗談なのだろうかと、総和会本部のエントランスホールに立ち尽くした和彦は、無表情のまま目の前のものを眺める。
 普段の和彦は、エントランスホールではなく、裏口から出入りしている。だから、〈こんなもの〉が設置されているなど、今日まで知らなかった。
 クリスマスイブ当日、仕事を終えてから、どこにも立ち寄ることなくまっすぐ本部に戻ってきたのだが、なぜか吾川に出迎えられた。一体何事かと身構える和彦に、吾川はまるで子供に対するような口調で言ったのだ。ぜひ見てもらいたいものがある、と。
「――今年初めてなんですよ。こういったものを準備したのは」
 吾川が手で示したのは、和彦の身長よりも高いクリスマスツリーだった。しっかりとオーナメントや電飾が取り付けられ、場所が場所でなければ、立派なものだと感心していたかもしれない。
「少し前から出していたのですが、先生はまだご覧になっていないのではないかと思いまして」
「……どうして、こんなもの……」
「ここで、浮ついたことをやるなと言われる方もいましたが、第二遊撃隊が運び込んで、飾り付けまでしたものですから、そうなると誰も止められません。会長も、行事やイベントには基本的に寛容な姿勢ですから」
 吾川の説明を聞いて、あの賢吾の父親だから当然かと、妙に納得してしまう。第二遊撃隊がこのクリスマスツリーを準備したということは、当然南郷の指示があってのことだろう。昨夜の様子からして、中嶋は知らなかったようだが。
「少しは先生の気持ちが晴れれば、と考えたのかもしれませんね」
「ぼくは……、クリスマスを楽しみにしている子供ではないのですけど……」
 他の人間からすれば、オンナが強請って設置させたと思われるのではないか――。
 そんな心配をしながら和彦は、エントランスホールを見回す。人が通りかかるたびに、奇異の目を向けられている気がする。
「ここ数日、本部は立て込んでいて、普段より人の出入りが多いのですが、好評のようですよ。このツリー。一部の方以外からは」
 返事のしようがなくて和彦は口ごもる。その間にも、何やら段ボールを抱えた男たちがエントランスホールにやってきて、片隅に積み上げていく。吾川はそれを、年越しの準備だと教えてくれた。
 総和会といえども、師走らしい慌ただしさとは無縁ではいられないようだ。そんな中、わざわざこんな立派なクリスマスツリーを準備した南郷の意図を、和彦は勘繰らずにはいられない。
 何より、あの男が、クリスマスというイベントを認識していたということに、和彦はざわざわとした感覚を覚えるのだ。
 別荘から戻ってきてから、南郷とはまだ一度も顔を合わせていない。思惑があってのことだと和彦は信じていたが、吾川の話を聞く限り、本当に仕事で忙しい可能性もある。一方で、クリスマスツリーを隊員に手配させたりしていたのだ。

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