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第44話
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「――秦さんの行方がわからなくなりました」
驚きのあまり、声が出なかった。顔を強張らせる和彦に、信号待ちの車の列に加わった中嶋は、肩越しに笑いかけてくる。
「安心してください。今はわかってますから。……俺が部屋に行ったとき留守になっていたんですけど、どうにも不自然で。それで、階下で営業している人に話を聞いたら、いかつい男たちに囲まれて車に乗せられていったと言われたんです。秦さん、前に襲われたことがあるでしょう? 携帯に連絡しても電源は入っていないし、店にも顔を出していない。どうしたって最悪な状況が頭を過って、これは長嶺組に連絡をすべきかと思ったんですよ」
「それで、今はわかっているというのは……?」
「秦さん、長嶺の本宅にいたんです。長嶺組長の命令で」
「……どうして、そんなこと……」
「さあ、そこまでは。かなりきつく口止めされたらしくて、秦さんは教えてくれませんでした。ただ、暴行を受けたというわけではなかったので、そこは安心してください。――長嶺組長からは、俺もしっかり釘を刺されたんです。面倒に巻き込まれたくなければ、当分、うちの組には近づくなと。そう言われたら、ね?」
和彦は、賢吾と連絡が取れないというのに、一方で、賢吾の指示を受けて動いている者たちがいる。
自分がつま弾きにされていると感じ、和彦はきつく唇を噛み締めていた。賢吾から釘を刺されたという中嶋に、これから本宅に向かってくれとも言えず、胸苦しさだけが増していく。
和彦の様子に気づいているのかいないのか、中嶋が話を続ける。
「長嶺組では何か起こっている……というより、起こそうとしているのかもしれませんね。御堂さんも、そんなことをちらりとこぼしていましたが」
危うく聞き流しそうになったが、ハッと我に返る。
「御堂さんと話したのかっ?」
「ええ。忘年会が流れた代わりにと誘われて、会ってきました」
そうか、と和彦はひどく納得する。護衛がついている自分とは違い、御堂と中嶋なら、所属する隊が違うといえど、やり方次第で会うのは容易い。
こんなことも考えつかなかったのかと、和彦は落ち着きなく髪を掻き上げていた。
「――……だったら、よかったんだ。ぼくのせいで、予定が流れたから……」
また、知らぬのは自分だけかと、子供じみた僻みのようなものが芽生える。ここのところ被害妄想が強くなったかもしれないと、なんだか哀しくなってきた。
乱高下する気持ちを静めようと、和彦が大きく深呼吸を繰り返していると、車がコンビニの駐車場へと入った。
「急にコーヒーが飲みたくなったんですが、少し待ってもらっていいですか?」
シートベルトを外しながら中嶋に言われ、一拍置いて和彦は苦笑いを浮かべる。ささやかな気分転換に誘われたのだと気づいたのだ。
中嶋が店内に駆け込んでいき、和彦は一人車内に残される。普段、護衛についている男たちなら、和彦だけを残していくなどありえないだろうが、今は、中嶋の〈緩さ〉がありがたい。
車内から、通りを走る車を眺める。ぼんやりと、中嶋と御堂が一緒にいる場面に立ち会ってみたかったなと思っていた。
見た目はおよそ極道らしくない二人だが、腹にはしっかりと一物を抱えているのだ。単なる談笑で終わるはずがない。特に御堂が、第二遊撃隊の隊員である中嶋を、どう扱うつもりなのか気になる。見た目は優美な男も、一皮剥けば賢吾と同類なのだ。
中嶋が両手に紙コップを持って戻ってきたので、ウィンドーを下ろしてありがたく一つを受け取る。コーヒーかと思えば、和彦の分だけホットミルクだ。
「ストレス過多なところにカフェインは、胃に悪いと思ったので」
そんなことを言いながら中嶋が腰を屈める。そこで、和彦は今日初めて、中嶋の顔を正面から見た。
「……殴られた痕、もうほとんどわからなくなったな」
和彦の指摘に、ちらりと笑みをこぼして中嶋は頷く。
「加藤がずっと萎れた犬みたいな状態で、顔の痛みよりも、そっちのほうが鬱陶しくて堪らなかったですよ。一方の小野寺のほうは、何事もなかったような顔をしていて。あれはあれでムカつきましたね。あいつら、一発ぐらいぶん殴ってやればよかった」
「ムカつく相手にそうできたら、本当にすっきりするだろうな……」
ぽつりと和彦が洩らすと、運転席に乗り込んだ中嶋が振り返って目を丸くする。
「先生が誰を殴ってやりたいと思っているのか、気になりますね」
「……いろいろ、だ」
へえ、と声を洩らした中嶋は、和彦がさらに何か言うのを待っていたが、タイミングよくというべきか、メールが届いた。賢吾か千尋からではないかと思い、すぐさま確認する。
表示された名を見て、気が抜けたと同時に口元が緩む。送信主は、優也だった。
驚きのあまり、声が出なかった。顔を強張らせる和彦に、信号待ちの車の列に加わった中嶋は、肩越しに笑いかけてくる。
「安心してください。今はわかってますから。……俺が部屋に行ったとき留守になっていたんですけど、どうにも不自然で。それで、階下で営業している人に話を聞いたら、いかつい男たちに囲まれて車に乗せられていったと言われたんです。秦さん、前に襲われたことがあるでしょう? 携帯に連絡しても電源は入っていないし、店にも顔を出していない。どうしたって最悪な状況が頭を過って、これは長嶺組に連絡をすべきかと思ったんですよ」
「それで、今はわかっているというのは……?」
「秦さん、長嶺の本宅にいたんです。長嶺組長の命令で」
「……どうして、そんなこと……」
「さあ、そこまでは。かなりきつく口止めされたらしくて、秦さんは教えてくれませんでした。ただ、暴行を受けたというわけではなかったので、そこは安心してください。――長嶺組長からは、俺もしっかり釘を刺されたんです。面倒に巻き込まれたくなければ、当分、うちの組には近づくなと。そう言われたら、ね?」
和彦は、賢吾と連絡が取れないというのに、一方で、賢吾の指示を受けて動いている者たちがいる。
自分がつま弾きにされていると感じ、和彦はきつく唇を噛み締めていた。賢吾から釘を刺されたという中嶋に、これから本宅に向かってくれとも言えず、胸苦しさだけが増していく。
和彦の様子に気づいているのかいないのか、中嶋が話を続ける。
「長嶺組では何か起こっている……というより、起こそうとしているのかもしれませんね。御堂さんも、そんなことをちらりとこぼしていましたが」
危うく聞き流しそうになったが、ハッと我に返る。
「御堂さんと話したのかっ?」
「ええ。忘年会が流れた代わりにと誘われて、会ってきました」
そうか、と和彦はひどく納得する。護衛がついている自分とは違い、御堂と中嶋なら、所属する隊が違うといえど、やり方次第で会うのは容易い。
こんなことも考えつかなかったのかと、和彦は落ち着きなく髪を掻き上げていた。
「――……だったら、よかったんだ。ぼくのせいで、予定が流れたから……」
また、知らぬのは自分だけかと、子供じみた僻みのようなものが芽生える。ここのところ被害妄想が強くなったかもしれないと、なんだか哀しくなってきた。
乱高下する気持ちを静めようと、和彦が大きく深呼吸を繰り返していると、車がコンビニの駐車場へと入った。
「急にコーヒーが飲みたくなったんですが、少し待ってもらっていいですか?」
シートベルトを外しながら中嶋に言われ、一拍置いて和彦は苦笑いを浮かべる。ささやかな気分転換に誘われたのだと気づいたのだ。
中嶋が店内に駆け込んでいき、和彦は一人車内に残される。普段、護衛についている男たちなら、和彦だけを残していくなどありえないだろうが、今は、中嶋の〈緩さ〉がありがたい。
車内から、通りを走る車を眺める。ぼんやりと、中嶋と御堂が一緒にいる場面に立ち会ってみたかったなと思っていた。
見た目はおよそ極道らしくない二人だが、腹にはしっかりと一物を抱えているのだ。単なる談笑で終わるはずがない。特に御堂が、第二遊撃隊の隊員である中嶋を、どう扱うつもりなのか気になる。見た目は優美な男も、一皮剥けば賢吾と同類なのだ。
中嶋が両手に紙コップを持って戻ってきたので、ウィンドーを下ろしてありがたく一つを受け取る。コーヒーかと思えば、和彦の分だけホットミルクだ。
「ストレス過多なところにカフェインは、胃に悪いと思ったので」
そんなことを言いながら中嶋が腰を屈める。そこで、和彦は今日初めて、中嶋の顔を正面から見た。
「……殴られた痕、もうほとんどわからなくなったな」
和彦の指摘に、ちらりと笑みをこぼして中嶋は頷く。
「加藤がずっと萎れた犬みたいな状態で、顔の痛みよりも、そっちのほうが鬱陶しくて堪らなかったですよ。一方の小野寺のほうは、何事もなかったような顔をしていて。あれはあれでムカつきましたね。あいつら、一発ぐらいぶん殴ってやればよかった」
「ムカつく相手にそうできたら、本当にすっきりするだろうな……」
ぽつりと和彦が洩らすと、運転席に乗り込んだ中嶋が振り返って目を丸くする。
「先生が誰を殴ってやりたいと思っているのか、気になりますね」
「……いろいろ、だ」
へえ、と声を洩らした中嶋は、和彦がさらに何か言うのを待っていたが、タイミングよくというべきか、メールが届いた。賢吾か千尋からではないかと思い、すぐさま確認する。
表示された名を見て、気が抜けたと同時に口元が緩む。送信主は、優也だった。
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