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第43話
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「……ぼくは、そこまで思い切れません。長嶺の男たちに庇護されて、賢吾さんの作った檻の中で、いろんな男たちと情を交わしていただけで……。御堂さんに軽蔑されるかもしれませんが、ぼくには大層な覚悟なんてなかった。ただ、力のある男たちに身を委ねて、自分が必要とされる感覚に満足できていたんです」
「軽蔑なんてしない。まっとうな人生を奪われても、君はしたたかに生きている。流されているだけだと言うかもしれないが、まったく無縁だった物騒な世界に放り込まれても、自分を保っているんだ。誇れとは言わないが、少なくとも卑下はしないでくれ」
御堂が腰を浮かせ、空になったグラスをナイトテーブルに置く。このとき、灰色がかった髪がさらりと揺れ、視線が吸い寄せられる。触れてみたいなと、ふと和彦は思い、そんな自分に戸惑った。
座り直した御堂がこちらを見て、首を傾げる。その姿は、総和会という巨大な組織の中にいて、屈強な男たちの一団を率いているようには見えない。痩せてはいるが決してひ弱そうではないし、触れるのをためらわせる冷たさをときおり覗かせる。こんな御堂を守りたいと思う男は、きっと一人や二人ではないだろう。
驕っているわけではないが、和彦にも、自分を守ろうとしてくれる男たちがいる。和彦が打ちのめされるのは、そんな男たちの足手まといになりかねない己という存在に対してだ。
なんとかしたいのに、足掻くことすらできない――。
御堂が驚いたように目を丸くする。
「頼むから、泣かないでくれ。あとで、賢吾がこのことを知ったら、わたしが責められる」
「いえ……、泣いてないです。悔しいのか悲しいのか、よくわからなくなっただけで……。本当に、いろいろ、あって――」
感情の高ぶりで熱くなった自分の頬を軽く叩くと、御堂にその手を取られる。間近に顔を寄せられ、和彦は目が逸らせなくなった。
「あの……?」
「前にわたしは、君は自分に執着していないと言ったが、少し変わったかもしれないね。男たちが大事にしてくれる自分自身を惜しむ気持ちが出てきたというか……。南郷とのことをつらいと感じているのは、それも関係あるんじゃないか」
「よく、わかりません……」
すみませんと謝ると、御堂はふっと笑みを消し、和彦の頬に触れてきた。
「隈がひどいし、やつれたように見える。可哀想に。よほど気を張っていたんだね」
胸の内まで探られそうな眼差しを受けながら、南郷が、御堂は毒を使うと言っていたのを思い返す。その威力は、和彦も身を持って知っている。御堂の言葉がなければ、和彦はもう少しだけ、守光に対して警戒心を抱くのが遅くなっていたかもしれない。
あのとき御堂は、無防備すぎる和彦を案じて、毒と称して警告したのだと思っていたが――。
御堂のこの優しさも、自分を毒に浸すための手段なのだろうかと、魔が差したように和彦は考えてしまう。それとも今度は、南郷に毒を注がれたのだろうか。
揺れる心が支えとして欲するのは、やはり賢吾の存在だった。
「――……あの、賢吾さんは本部には?」
「昼前に長嶺会長が本部に戻られたあと、すぐに飛んでやってきたよ。わたしはそのとき出かけていたから、部下から報告を受けたんだが、長嶺会長の部屋でしばらく話し込んでいたみたいだ。何があったのか、あとで賢吾に電話してみたが、繋がらなかった。だから、せめて君からの電話なら出るんじゃないかと思ったんだ」
「出て、くれるでしょうか……」
「かけてみる?」
「……あとで、かけてみます」
そう答えて俯くと、ふいに御堂の指先が頬から首筋へと滑り落ちる。指先が止まったのは、今日、南郷に歯を立てられた場所だった。
おずおずと視線を上げると、御堂が心底不快そうに眉をひそめていた。
「とことん、野蛮な男だ」
着ているセーターの襟元を軽く引っ張って、御堂が顔を寄せてくる。
「オンナを、自分が狩る獲物だとでも思っているんだろうか……」
次の瞬間、和彦は小さく悲鳴を上げる。首筋に柔らかく湿った感触が触れた。
それが御堂の舌先の感触だとわかっても、嫌悪感は湧かなかった。それどころか――。
心地よい感覚が緩やかに背筋を這い上がっていく。南郷が残した痕を消すように、丁寧に御堂の舌が肌を這い、唇で柔らかく吸われる。甘い毒が沁み込んでいくようでもあるが、不思議と怯えはなかった。
傷ついたオンナを癒してくれているのだろうと、漠然とながら御堂の気持ちが伝わってくる。
「――これは、わたしと君だけの秘密だ。賢吾にも言ってはいけないよ」
御堂がそう囁き、和彦は吐息を洩らして応じる。
自然な流れで、そっと唇同士を重ねていた。
「軽蔑なんてしない。まっとうな人生を奪われても、君はしたたかに生きている。流されているだけだと言うかもしれないが、まったく無縁だった物騒な世界に放り込まれても、自分を保っているんだ。誇れとは言わないが、少なくとも卑下はしないでくれ」
御堂が腰を浮かせ、空になったグラスをナイトテーブルに置く。このとき、灰色がかった髪がさらりと揺れ、視線が吸い寄せられる。触れてみたいなと、ふと和彦は思い、そんな自分に戸惑った。
座り直した御堂がこちらを見て、首を傾げる。その姿は、総和会という巨大な組織の中にいて、屈強な男たちの一団を率いているようには見えない。痩せてはいるが決してひ弱そうではないし、触れるのをためらわせる冷たさをときおり覗かせる。こんな御堂を守りたいと思う男は、きっと一人や二人ではないだろう。
驕っているわけではないが、和彦にも、自分を守ろうとしてくれる男たちがいる。和彦が打ちのめされるのは、そんな男たちの足手まといになりかねない己という存在に対してだ。
なんとかしたいのに、足掻くことすらできない――。
御堂が驚いたように目を丸くする。
「頼むから、泣かないでくれ。あとで、賢吾がこのことを知ったら、わたしが責められる」
「いえ……、泣いてないです。悔しいのか悲しいのか、よくわからなくなっただけで……。本当に、いろいろ、あって――」
感情の高ぶりで熱くなった自分の頬を軽く叩くと、御堂にその手を取られる。間近に顔を寄せられ、和彦は目が逸らせなくなった。
「あの……?」
「前にわたしは、君は自分に執着していないと言ったが、少し変わったかもしれないね。男たちが大事にしてくれる自分自身を惜しむ気持ちが出てきたというか……。南郷とのことをつらいと感じているのは、それも関係あるんじゃないか」
「よく、わかりません……」
すみませんと謝ると、御堂はふっと笑みを消し、和彦の頬に触れてきた。
「隈がひどいし、やつれたように見える。可哀想に。よほど気を張っていたんだね」
胸の内まで探られそうな眼差しを受けながら、南郷が、御堂は毒を使うと言っていたのを思い返す。その威力は、和彦も身を持って知っている。御堂の言葉がなければ、和彦はもう少しだけ、守光に対して警戒心を抱くのが遅くなっていたかもしれない。
あのとき御堂は、無防備すぎる和彦を案じて、毒と称して警告したのだと思っていたが――。
御堂のこの優しさも、自分を毒に浸すための手段なのだろうかと、魔が差したように和彦は考えてしまう。それとも今度は、南郷に毒を注がれたのだろうか。
揺れる心が支えとして欲するのは、やはり賢吾の存在だった。
「――……あの、賢吾さんは本部には?」
「昼前に長嶺会長が本部に戻られたあと、すぐに飛んでやってきたよ。わたしはそのとき出かけていたから、部下から報告を受けたんだが、長嶺会長の部屋でしばらく話し込んでいたみたいだ。何があったのか、あとで賢吾に電話してみたが、繋がらなかった。だから、せめて君からの電話なら出るんじゃないかと思ったんだ」
「出て、くれるでしょうか……」
「かけてみる?」
「……あとで、かけてみます」
そう答えて俯くと、ふいに御堂の指先が頬から首筋へと滑り落ちる。指先が止まったのは、今日、南郷に歯を立てられた場所だった。
おずおずと視線を上げると、御堂が心底不快そうに眉をひそめていた。
「とことん、野蛮な男だ」
着ているセーターの襟元を軽く引っ張って、御堂が顔を寄せてくる。
「オンナを、自分が狩る獲物だとでも思っているんだろうか……」
次の瞬間、和彦は小さく悲鳴を上げる。首筋に柔らかく湿った感触が触れた。
それが御堂の舌先の感触だとわかっても、嫌悪感は湧かなかった。それどころか――。
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