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第43話
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「……そういう話は、ぼくじゃなく、長嶺組組長と総和会会長がするべきです」
突然、カランと音がして、和彦は身を竦める。屈んでいた南郷が風呂桶を放り投げ、ゆらりと立ち上がった。素早く動けば逃げられたかもしれないが、百足を見せつけるようにして浴槽に入ってくる南郷に対して、無防備な姿を晒したまま和彦は何もできなかった。
「言い方を変えよう。あんたと協力関係を結びたいんだ。俺は、総和会の中での長嶺組の立場を守りたい。あんたは、長嶺組長の立場を守りたい。結果としてそれが、総和会と長嶺組のためになる。そう思わないか? いがみ合ったところで益はない」
「だから、あなたのオンナになれと?」
「いいや。あんたは昨夜、俺のオンナになった。そう言っただろ」
和彦は急いで湯から出ようとしたが、派手な水音を立てながら南郷が歩み寄り、手首を掴まれた。顔を強張らせる和彦に、南郷は獰猛な笑みを向けてくる。
「まだ自覚がないようだな、先生。かつては長嶺組長も、あんたをオンナとして躾けてきたんだろ。だったら俺も、そうしないと」
協力関係を結びたいと言いながら、南郷は平然と恫喝じみたことを口にする。
和彦は手を振り払おうとしたが、反対に引っ張られてバランスを崩す。しかも南郷に足元を払われて、湯の中に倒れ込んでいた。溺れかけ、慌てて体勢を立て直したものの、湯が気管に入って咳き込む。そんな和彦を、南郷はじっと見下ろしていた。
「――俺の前でよく転ぶな、先生」
苦しい息の下、和彦は南郷を非難しようとする。
「それはあなたがっ……」
「危なっかしい。俺が側にいて、しっかりとあんたを守ってやらないと」
こう言われたとき、和彦の視界に嫌でも入ったのは、南郷の脇腹にいる百足だった。次に、南郷の体の変化に気づく。
和彦は短く悲鳴を上げると、湯の中を這うようにして逃げようとしたが、あっという間に首の後ろを南郷に掴まれて動けなくなる。首にがっちりと指が食い込み、顔を湯に押し付けられそうな危機感を持った。
和彦の体の強張りがわかったらしく、南郷は芝居がかった優しげな声で語りかけてくる。
「まだ俺という男を誤解しているな、先生。俺は、手荒なまねはしない。昨夜言ったとおり、あんたによく尽くし、よく支え、よく愛す。だからあんたは、俺に笑った顔を見せてくれ」
南郷が傍らに屈み込み、和彦は顔を上げさせられる。何をされるかわかっていたが、また湯に沈められるのではないかと思うと、後退ることもできなかった。
「んうっ」
唇を塞がれ、噛みつくように貪られる。広く逞しい胸に抱き込まれると、濡れた肌同士が密着し、嫌でも昨夜の出来事が蘇る。和彦が小刻みに体を震わせていると、唇を離した南郷に軽く肩先を撫でられた。
「そんなに俺が嫌か? 鳥肌が立ってる」
答えられず目を逸らしたが、次の瞬間、和彦は抱えられるようにして浴槽の端に追いやられ、南郷が迫ってきた。もう逃げようがなく、なんとか腰を浮かせようとするが、足が滑って力が入らない。
南郷が、舐めるような視線を和彦に向けてくる。濡れて張り付いた髪を掻き上げてきて、さらには硬いてのひらで首筋を撫でられる。知らず知らずのうちに和彦の呼吸は速くなり、耐え切れなくなって顔を背ける。それが、獣に弱点を晒す行為だと気づいたのは、首筋に熱い息遣いを感じたからだった。
「うっ、うぅ……」
首筋を舐め上げられてから、じわりと歯を立てられる。食い千切られそうだという危機感の一方で、なぜか胸の奥でゾロリと蠢く感覚があった。
南郷の片手が無遠慮に足の間に差し込まれ、欲望を掴まれる。和彦は上擦った声を上げ、手を押し退けようとしたが、容赦なく扱かれる。もちろん快感など湧き起こるはずもなく、すがるように南郷を見つめていた。ゾッとしたのは、和彦を見下ろして、南郷が舌なめずりをしたからだ。
「――……今、何を考えてる? 嫌いな男に対してそんな顔を見せて、屈辱感でいっぱいなのか、ただ媚びてやろうというしたたかさの表れなのか。なあ、教えてくれ、先生」
南郷の片手が柔らかな膨らみへとかかり、優しく撫でられる。和彦が間欠的に声を洩らすと、南郷に片手を取られて、脇腹へと導かれる。おそるおそる目を向けると、湯の中で黒々とした影が揺らめいている。
「愛情深いあんたのことだ。撫でているうちに、可愛く思えてくるんじゃないか、こいつのことが」
揶揄するように南郷が言い、和彦は手を引こうとするが、骨が砕けんばかりに力を込められる。何より怖いのは、南郷が弄んでいる弱みを痛めつけられることだった。
開いた足の間に南郷がぐいっと腰を割り込ませ、密着させてくる。さきほどから高ぶりを見せつけてきていた南郷の欲望は、戦くほど熱く脈打っていた。
突然、カランと音がして、和彦は身を竦める。屈んでいた南郷が風呂桶を放り投げ、ゆらりと立ち上がった。素早く動けば逃げられたかもしれないが、百足を見せつけるようにして浴槽に入ってくる南郷に対して、無防備な姿を晒したまま和彦は何もできなかった。
「言い方を変えよう。あんたと協力関係を結びたいんだ。俺は、総和会の中での長嶺組の立場を守りたい。あんたは、長嶺組長の立場を守りたい。結果としてそれが、総和会と長嶺組のためになる。そう思わないか? いがみ合ったところで益はない」
「だから、あなたのオンナになれと?」
「いいや。あんたは昨夜、俺のオンナになった。そう言っただろ」
和彦は急いで湯から出ようとしたが、派手な水音を立てながら南郷が歩み寄り、手首を掴まれた。顔を強張らせる和彦に、南郷は獰猛な笑みを向けてくる。
「まだ自覚がないようだな、先生。かつては長嶺組長も、あんたをオンナとして躾けてきたんだろ。だったら俺も、そうしないと」
協力関係を結びたいと言いながら、南郷は平然と恫喝じみたことを口にする。
和彦は手を振り払おうとしたが、反対に引っ張られてバランスを崩す。しかも南郷に足元を払われて、湯の中に倒れ込んでいた。溺れかけ、慌てて体勢を立て直したものの、湯が気管に入って咳き込む。そんな和彦を、南郷はじっと見下ろしていた。
「――俺の前でよく転ぶな、先生」
苦しい息の下、和彦は南郷を非難しようとする。
「それはあなたがっ……」
「危なっかしい。俺が側にいて、しっかりとあんたを守ってやらないと」
こう言われたとき、和彦の視界に嫌でも入ったのは、南郷の脇腹にいる百足だった。次に、南郷の体の変化に気づく。
和彦は短く悲鳴を上げると、湯の中を這うようにして逃げようとしたが、あっという間に首の後ろを南郷に掴まれて動けなくなる。首にがっちりと指が食い込み、顔を湯に押し付けられそうな危機感を持った。
和彦の体の強張りがわかったらしく、南郷は芝居がかった優しげな声で語りかけてくる。
「まだ俺という男を誤解しているな、先生。俺は、手荒なまねはしない。昨夜言ったとおり、あんたによく尽くし、よく支え、よく愛す。だからあんたは、俺に笑った顔を見せてくれ」
南郷が傍らに屈み込み、和彦は顔を上げさせられる。何をされるかわかっていたが、また湯に沈められるのではないかと思うと、後退ることもできなかった。
「んうっ」
唇を塞がれ、噛みつくように貪られる。広く逞しい胸に抱き込まれると、濡れた肌同士が密着し、嫌でも昨夜の出来事が蘇る。和彦が小刻みに体を震わせていると、唇を離した南郷に軽く肩先を撫でられた。
「そんなに俺が嫌か? 鳥肌が立ってる」
答えられず目を逸らしたが、次の瞬間、和彦は抱えられるようにして浴槽の端に追いやられ、南郷が迫ってきた。もう逃げようがなく、なんとか腰を浮かせようとするが、足が滑って力が入らない。
南郷が、舐めるような視線を和彦に向けてくる。濡れて張り付いた髪を掻き上げてきて、さらには硬いてのひらで首筋を撫でられる。知らず知らずのうちに和彦の呼吸は速くなり、耐え切れなくなって顔を背ける。それが、獣に弱点を晒す行為だと気づいたのは、首筋に熱い息遣いを感じたからだった。
「うっ、うぅ……」
首筋を舐め上げられてから、じわりと歯を立てられる。食い千切られそうだという危機感の一方で、なぜか胸の奥でゾロリと蠢く感覚があった。
南郷の片手が無遠慮に足の間に差し込まれ、欲望を掴まれる。和彦は上擦った声を上げ、手を押し退けようとしたが、容赦なく扱かれる。もちろん快感など湧き起こるはずもなく、すがるように南郷を見つめていた。ゾッとしたのは、和彦を見下ろして、南郷が舌なめずりをしたからだ。
「――……今、何を考えてる? 嫌いな男に対してそんな顔を見せて、屈辱感でいっぱいなのか、ただ媚びてやろうというしたたかさの表れなのか。なあ、教えてくれ、先生」
南郷の片手が柔らかな膨らみへとかかり、優しく撫でられる。和彦が間欠的に声を洩らすと、南郷に片手を取られて、脇腹へと導かれる。おそるおそる目を向けると、湯の中で黒々とした影が揺らめいている。
「愛情深いあんたのことだ。撫でているうちに、可愛く思えてくるんじゃないか、こいつのことが」
揶揄するように南郷が言い、和彦は手を引こうとするが、骨が砕けんばかりに力を込められる。何より怖いのは、南郷が弄んでいる弱みを痛めつけられることだった。
開いた足の間に南郷がぐいっと腰を割り込ませ、密着させてくる。さきほどから高ぶりを見せつけてきていた南郷の欲望は、戦くほど熱く脈打っていた。
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