血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,128 / 1,268
第43話

(31)

しおりを挟む



 寝起きの気分は最悪だった。
 和彦は布団の中で、体の節々が痛んでいることを確かめると、慎重に体を起こす。部屋の暖房が効きすぎており、額や首筋がじっとりと汗ばんでいた。
 頭はぼうっとしており、すぐには思考が働かない。そもそも昨夜、自分はどうやって部屋のベッドに入ったのかすら、記憶は曖昧だ。
 和彦は、カーテンの隙間から差し込む弱々しい陽射しを漫然と眺める。そうしているうちにやっと、自分の身に起こった出来事が蘇ってきた。
 慌ててベッドから出ると、はっきりと筋肉痛を自覚する。もちろん、それだけではなく――。
 和彦は唇を噛むと、落ち着きなく室内を歩き回る。そうしているうちに、ようやく思考が正常さを取り戻す。大きく息を吐き出したあと、ひとまずカーテンを開けた。
 厚い雲の合間から、陽が差している。どこか神秘的ですらある光の帯がうっすらと伸びていたが、雲が流れたことによってあっという間に消えてしまう。そこで和彦も我に返った。
 時計を見れば、午前九時を少し過ぎている。いつもより遅めの起床となったが、あまり眠った気はしない。
 また横になりたい誘惑に駆られた和彦だが、ゆっくりしている場合ではないとすぐに思い直す。とにかくここを出たかった。こんなところに閉じ込められたままでは何もできないことは、昨夜痛感した。
 ため息をついて再び窓の外を見ようとしたとき、突然、ドアをノックされる。和彦はビクリと体を震わせ、声も出せずにその場に立ち尽くす。
 再びのノックはなく、いきなりドアが開いた。
「――起きてたか、先生」
 のっそりと部屋に入ってきた南郷が、和彦の姿を認めるなりニッと笑いかけてくる。その表情に馴れ馴れしさを感じたのは、ある種の被害妄想かもしれない。和彦は直視できず、反射的に顔を背ける。
「下りてきて、朝メシを食ってくれ」
 昨夜のことなど一切匂わせない南郷の言葉に、一瞬激高しかける。しかし、怯えが上回ってしまう。
「食欲はないです……」
「まあそう言わず、一口、二口でいいから、口をつけてくれ」
「いりませんっ。放っておいてくださいっ――」
 急に肩を掴まれて和彦はハッとする。思わず南郷を見上げていた。南郷はもう笑っておらず、無感情な目で見つめてくる。
「言い直したほうがいいか? メシを食え。あんたに弱られると困る」
 返事もしないうちに南郷に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにして部屋を連れ出される。腕に食い込む指の力の強さに、抵抗する気力も芽生えなかった。
 一階に下りると、人の姿はなかった。早々に守光と顔を合わせても困るため、和彦は内心ほっとする。すると南郷が言った。
「オヤジさんなら、今朝早くにここを発った。……用はもう済んだからな」
 どういう意味なのか、数秒の間を置いて理解する。次の瞬間、和彦は屈辱から、全身の血が沸騰しそうになった。
 すぐにでも部屋に引き返したくなったが、南郷がそれを許すはずもなく、ひとまず顔を洗いたいと言って、なんとか一人で洗面所に駆け込む。
 わかってはいたが、鏡に映った和彦の顔はひどいものだった。血の気が失せているうえに、くっきりとした隈ができている。当然か、と呟いて、勢いよく顔を洗ってからダイニングに向かう。
 テーブルには一人分の朝食だけが準備されていた。皿に盛られたサンドイッチをじっと見下ろしていた和彦は、ふと視線を感じて顔を上げる。キッチンから、南郷がこちらを見ていた。
 仕方なくイスに腰掛けると、皿にかかったラップを外す。
「先生、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
 モソモソと食べ始めた和彦に、南郷が尋ねてくる。紅茶を、と答えると、南郷はカップにさっとティーバッグを放り込み、湯を注いだ。
 予想はついていたが、食事はひどく味気なく、何より緊張した。もともと和彦は、南郷に対してずっと恐れを抱き、警戒もしていたが、昨夜の出来事は決定的だった。側にいられると、まるで首筋に刃を当てられているような危機感を覚える。結果、鼓動が不自然に早打ち、指先が痺れるほど冷たくなってくる。
 ふいにカタッと物音がして、身を竦める。見ると、南郷がカウンターの上にグラスを置いたところだった。グラスに牛乳を注ごうとしていた南郷が視線を上げた。
「先生も飲むか?」
 この男はなぜ、何もなかったような顔をして、平然と話してくるのだろうか。和彦の中でふっとそんな疑問が湧き起こる。
 昨夜、あんなことをしておいて――。
 ここで和彦は突然吐き気に襲われ、ダイニングを飛び出す。背後から南郷に声をかけられたが、答える余裕もなく、急いでトイレに駆け込んだ。
 食べたばかりのものを吐き出し、逆流してきた胃液に刺激され、激しく咳き込む。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...