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第43話
(28)
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さきほど口にした、『尽くす』という言葉を実行しているかのように。
ふっと、疑問が口を突いて出ていた。
「……あなたは、賢吾さんに成り代わりたいと思っているんですか?」
視線を伏せたまま南郷は笑った。
「先生はどう思う?」
「ぼくは……、権力争いや内部抗争とか、よくわかりません。ただ、長嶺組は、長嶺の血を引く男だけが跡を継げるんですよね」
「毒されてるな、あんたも。さっきも言ったが、俺には長嶺の血は一滴も流れてない。俺ごときが、長嶺組をどうこうしたいとも思っていないしな。心配しなくていい。それについては」
「心配なんて……」
「総和会の中にいて、くだらん噂を耳にしたんだろう。例えば――第一の御堂あたりか」
和彦はムキになって否定したが、聞いているのかいないのか、南郷はいきなり内奥に指を挿入し、掻き出すような動きをする。ますます屈辱に身を強張らせ、和彦はきつく唇を噛んだ。
「あの男は、見た目はほっそりとした優男で、いかにも荒事に向かない姿をしてるが、代わりに、毒を使う。流言飛語に真実を混ぜて、他人を翻弄する。そうやってどこかの組織を瓦解させた。と、俺は聞いたことがある。あまり御堂を信用するな、先生。あんたもうっかり利用されて、どう身を滅ぼされるか、わかったもんじゃないぞ」
「……今、あなたがそれを言うんですか」
違いない、と至極まじめな顔で南郷は頷く。
下肢の汚れを簡単に始末されたところで、ようやく和彦は解放された。起き上がった途端に頭がふらつき、額に手を当てる。すると、肩から新しい浴衣をかけられた。
「このまま浴場に行くといい。自分で体を洗いたいだろ。――別に、俺が手伝ってもいいが」
和彦が頷くはずがないとわかっていながらの、南郷の提案だった。萎えかけた気力を振り絞って浴衣に袖を通し、雑に帯を締める。
半ば逃げるように部屋を出た和彦は、次の瞬間ぎょっとする。廊下に吾川が立っており、和彦の姿を見ても表情一つ変えることなく、軽く頭を下げた。
「浴場に向かわれるのでしたら、あとでバスタオルなどをお持ちします」
そんな言葉に送られて、和彦は浴場に向かう。
守光との行為のあと、部屋に入ってきて片付けを行ったのは、南郷と吾川だったはずだ。あの場で、目隠しをして横たわっていた和彦が、さらに南郷を受け入れることになると知っていたのだろう。もしかすると、守光と一緒に立ち会っていた可能性すらある。
そう考えた途端、和彦は惨めさから涙が出そうだった。壁にもたれかかりたくなったが、背に吾川の視線を感じ、意地でもそれはできなかった。
長い一日だった――。
ソファに沈み込むように腰掛けた和彦は、今日という日を振り返りながら、苦々しさを噛み締める。疲労が蓄積された体は鉛のように重く、正直座っているだけでもつらい。それに、下肢にはしっかりと違和感と鈍痛が残っている。
部屋のベッドで休むべきなのだろうが、今の和彦は、閉ざされた空間に一人でいることができなかった。いつ、荒々しい獣のような男が忍び込んでくるかと考えると、怖くて仕方なかったからだ。これまでも南郷はそうやって、休んでいる和彦を嬲ってきた。
そんな和彦が避難場所に選んだのは、一階のリビングだった。広々とした空間は、寒々しくもあるのだが、少なくとも閉ざされた空間の息苦しさを味わわなくて済む。それに、何かあれば外に逃げ出すのもたやすい。
実はソファの下に、片手で持てるサイズの置き物を隠してある。何かあったときは、武器として振り回すつもりだ。暴力は苦手だが、この建物にいる男たちに対してそんな配慮をする余裕は、すでに和彦にはなかった。
今夜はここで休むと和彦が告げたとき、吾川は物言いたげな顔はしたものの制止はせず、それどころか毛布とクッションを用意してくれたうえに、ガスストーブに火を入れてくれた。
オレンジ色の火を見つめていると、一年前のことを思い出す。夜、今のようにガスストーブの火を見つめていたが、そのとき和彦の隣には賢吾や千尋がいた。穏やかな気持ちで会話を交わしていた。
胸が締め付けられて苦しくなり、きつく唇を噛む。もう、あんな時間は持てないかもしれないと、ふいに思ってしまったのだ。
和彦は自分の淫奔ぶりをよく知っている。賢吾は、そんな和彦を認め、受け入れてくれており、それどころか複数の男と関係を持たせることで、裏の世界から逃げ出さないよう鎖としている。
だが、今回は――。賢吾は、南郷を認めないだろうと、確信していた。
二人が顔を合わせた場面に数度居合わせたことがあるが、賢吾は南郷に対しては横柄で、傲慢だった。まるで、互いの立場の違いを知らしめるように。
ふっと、疑問が口を突いて出ていた。
「……あなたは、賢吾さんに成り代わりたいと思っているんですか?」
視線を伏せたまま南郷は笑った。
「先生はどう思う?」
「ぼくは……、権力争いや内部抗争とか、よくわかりません。ただ、長嶺組は、長嶺の血を引く男だけが跡を継げるんですよね」
「毒されてるな、あんたも。さっきも言ったが、俺には長嶺の血は一滴も流れてない。俺ごときが、長嶺組をどうこうしたいとも思っていないしな。心配しなくていい。それについては」
「心配なんて……」
「総和会の中にいて、くだらん噂を耳にしたんだろう。例えば――第一の御堂あたりか」
和彦はムキになって否定したが、聞いているのかいないのか、南郷はいきなり内奥に指を挿入し、掻き出すような動きをする。ますます屈辱に身を強張らせ、和彦はきつく唇を噛んだ。
「あの男は、見た目はほっそりとした優男で、いかにも荒事に向かない姿をしてるが、代わりに、毒を使う。流言飛語に真実を混ぜて、他人を翻弄する。そうやってどこかの組織を瓦解させた。と、俺は聞いたことがある。あまり御堂を信用するな、先生。あんたもうっかり利用されて、どう身を滅ぼされるか、わかったもんじゃないぞ」
「……今、あなたがそれを言うんですか」
違いない、と至極まじめな顔で南郷は頷く。
下肢の汚れを簡単に始末されたところで、ようやく和彦は解放された。起き上がった途端に頭がふらつき、額に手を当てる。すると、肩から新しい浴衣をかけられた。
「このまま浴場に行くといい。自分で体を洗いたいだろ。――別に、俺が手伝ってもいいが」
和彦が頷くはずがないとわかっていながらの、南郷の提案だった。萎えかけた気力を振り絞って浴衣に袖を通し、雑に帯を締める。
半ば逃げるように部屋を出た和彦は、次の瞬間ぎょっとする。廊下に吾川が立っており、和彦の姿を見ても表情一つ変えることなく、軽く頭を下げた。
「浴場に向かわれるのでしたら、あとでバスタオルなどをお持ちします」
そんな言葉に送られて、和彦は浴場に向かう。
守光との行為のあと、部屋に入ってきて片付けを行ったのは、南郷と吾川だったはずだ。あの場で、目隠しをして横たわっていた和彦が、さらに南郷を受け入れることになると知っていたのだろう。もしかすると、守光と一緒に立ち会っていた可能性すらある。
そう考えた途端、和彦は惨めさから涙が出そうだった。壁にもたれかかりたくなったが、背に吾川の視線を感じ、意地でもそれはできなかった。
長い一日だった――。
ソファに沈み込むように腰掛けた和彦は、今日という日を振り返りながら、苦々しさを噛み締める。疲労が蓄積された体は鉛のように重く、正直座っているだけでもつらい。それに、下肢にはしっかりと違和感と鈍痛が残っている。
部屋のベッドで休むべきなのだろうが、今の和彦は、閉ざされた空間に一人でいることができなかった。いつ、荒々しい獣のような男が忍び込んでくるかと考えると、怖くて仕方なかったからだ。これまでも南郷はそうやって、休んでいる和彦を嬲ってきた。
そんな和彦が避難場所に選んだのは、一階のリビングだった。広々とした空間は、寒々しくもあるのだが、少なくとも閉ざされた空間の息苦しさを味わわなくて済む。それに、何かあれば外に逃げ出すのもたやすい。
実はソファの下に、片手で持てるサイズの置き物を隠してある。何かあったときは、武器として振り回すつもりだ。暴力は苦手だが、この建物にいる男たちに対してそんな配慮をする余裕は、すでに和彦にはなかった。
今夜はここで休むと和彦が告げたとき、吾川は物言いたげな顔はしたものの制止はせず、それどころか毛布とクッションを用意してくれたうえに、ガスストーブに火を入れてくれた。
オレンジ色の火を見つめていると、一年前のことを思い出す。夜、今のようにガスストーブの火を見つめていたが、そのとき和彦の隣には賢吾や千尋がいた。穏やかな気持ちで会話を交わしていた。
胸が締め付けられて苦しくなり、きつく唇を噛む。もう、あんな時間は持てないかもしれないと、ふいに思ってしまったのだ。
和彦は自分の淫奔ぶりをよく知っている。賢吾は、そんな和彦を認め、受け入れてくれており、それどころか複数の男と関係を持たせることで、裏の世界から逃げ出さないよう鎖としている。
だが、今回は――。賢吾は、南郷を認めないだろうと、確信していた。
二人が顔を合わせた場面に数度居合わせたことがあるが、賢吾は南郷に対しては横柄で、傲慢だった。まるで、互いの立場の違いを知らしめるように。
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